第12話


「それ、何の話?」


 トノの質問に対して、キョウは何かを考えるように押し黙ったままだった。仕方が無いので代わりに僕が答える。


「四季さんの前の学校でも同じように失踪した生徒が居たんだって。それも、一人や二人じゃなくて何十人も。それでキョウは一昨日の日記とその失踪、ひいては四季さんが何か関係あるんじゃないか疑ってるんだよね?」


「日記との関係はタイミング的なバイアスが掛かっている。俺はあくまでも四季静から失踪者についての情報を得たかっただけだ」


 ジンが「バイアスって何だ?」と呟いたが、それを無視して僕は尋ねる。


「それで、SNSで情報を集めたんでしょう? 何か分かった事はある?」


「いや……メッセージを送っても殆ど返って来なかったな。そもそも一次情報が過去のものが大半で、生きているアカウントが少なすぎた。もしかすると、ネットに失踪者の話を投稿した人間も今では失踪しているんじゃないか?」


「そんなバカな話あるか? 同じ学校でそんだけ行方不明になってりゃ、大きなニュースになってるだろ」


「それもそうなんだが……」


 キョウは困ったように頭を掻く。相反するジンに正論を言われて、きっと歯がゆい思いをしているだろう。


「とにかくさ、四季さんに話を聞いてみる必要はあると思う。マヤちゃんの失踪と四季さんの前の学校との関係があるかは分からないけど、それも話を聞いてみる価値はあるよ」


「えー。私あんまりあの人と関わりたくない」


 反対したのはサクラさんだ。確かに、昨日の態度を思うとあまり率先して仲良くなりたい相手ではない。けれども、マヤちゃんの事を思うと少しでも可能性のある四季さんに縋りたい思いが僕には有った。


「ねえ、その四季って子は今日来てるの?」


「ああ、登校している。色々とごたついて話しかけられずにいたがな」


「それなら放課後に捕まえましょう。私とジンも行くわ」


「おい、部活はどうするんだよ?」


「いいでしょう、たまには少しぐらい遅れたって。それとも、ジンはその少しの時間も惜しんで練習したいほどバンドに入れ込んでいるの?」


 ジンは困ったように首を傾げるが、「まあ、少しぐらいなら」と結局は彼女の提案に乗る事になった。


「よし、決まりだな」


「みんな本気なの? トノちゃんは見てないから知らないと思うけど、あの子相当ヤバいよ?」


「まあ、確かに変な子だとは思うけど……でも別に少し話したぐらいで取って食われるわけじゃないよ」


 僕が楽観的な事を言う。しかし、それでもサクラさんは眉間にしわを寄せ、渋るように「うーん」と悩んで見せる。


「今日はバイトあるのか?」


 煮えを切らしたようにキョウが口火を切る。


「えっと……無いけど」


「それなら一緒に話を聞いてくれないか? 四季静に対して不信感を抱いているお前ならではの視点が必要になるかもしれない」


「それ本気で言ってる?」


 サクラさんが困惑気味に聞くとキョウは首を振った。


「いや、方便だ。ぶっちゃけ後で情報共有するのが面倒だから、一緒に話を聞いてくれ」


 皆が呆れた顔で沈黙する。もしも昭和のアニメなら、全員がズッコケていただろう。


「はぁ。分かったわ。行けばいいんでしょう」


 ようやく観念してサクラさんは首を縦に振る。


「よし、これで決まりだな。放課後になったらトノはこっちの教室に来てくれ。四季静はホームルームが終ったらすぐに帰るから、速攻で捕まえるぞ。聞くことは前の学校の失踪事件についてだ。もしも話が長くなりそうなら、トノとジンは部活に行っていいぞ」


「私も早く帰りたい……」


「バイト無いんだろう。少しぐらい付き合え」


 サクラさんは不服そうに「分かったわよ」と呟く。


「……意外ね」


「何がだ?」


 トノの言葉にキョウが語気を強める。


「キョウがマヤちゃんの事を心配してくれている事が意外。あんまり興味が無いと思っていたわ」


 トノの言いたい事は分かる。だから僕たちはキョウとマヤちゃんを引き合わせようと色々画策していたのだから。


「……正直言って一番驚いているのは俺だ。いくら失踪事件のニュースがあったからといっても、多々良摩耶が一日連絡が取れない事ぐらい、どうでもいいと思うんだがな。それこそ、行方不明になったのがヤツだったとしても、帰り道が静かになるだけだ」


「おい、そんな言い方……」


 僕がたしなめようとすると、キョウは「だが」と言葉を続けた。


「何だろうな。無性に腹が立つんだ。口数が一つ減るぐらい、ただの数字の変化でしかない。それこそ全国では年間に八万人前後の行方不明者が出ている。もちろんこれは大人も含めた数だが、自分の知っている人間が失踪する可能性は決して低くない。単なる確率の問題だ。そう頭では分かっているんだが、無性にむしゃくしゃする。俺はあくまでも俺の心の平静の為に……」


 多々良摩耶を探してやる。その言葉は緑のプールと青い空の間で響き渡った。

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