第11話


 翌日。僕が学校に登校すると、クラスの雰囲気にどこか違和感を覚えた。どこか皆の声のトーンが暗く、あまりバカ騒ぎをしている人が居ないのだ。


 妙な事は他にもあった。教室の片隅にキョウとサクラさん、ジンとトノが集まっているのだ。


「おはよう。どうかしたの?」


 僕は何の気なしに尋ねるが、皆の深刻そうな面持ちが僕から楽観さを奪う。


「あのね。マヤちゃんが学校に来ていないの」


 サクラさんの今にも泣きだしそうな震えた声に、眉間にしわを寄せてしまう。一体何をそんな深刻そうに言っているのだろう。学校を休む事なんて、別に特別な事ではない。


 僕のそんな感想を悟ったのか、キョウが補足説明をする。


「今朝の事件を知らないのか? 東明富高校一年の女子生徒が行方不明って話だ。ほら、これだよ」


 キョウは僕にけ携帯端末の画面を見せてくる。そこには”女子高生が謎失踪”の文字が表示されていた。確かに僕たちの住む市と学校の名前もある。そして行方不明者の年齢は十五才。つまり僕達の学年である事は間違いない。


 キョウから端末を受け取って軽く読む。家族によると、行方不明者は夕方に帰宅後、いつも通り過ごし就寝したとの事だ。しかし、夜間に部屋から妙な音が聞こえ、家族が様子を見に行くと姿が無くなっていたという。


 部屋には争ったような跡は無かったが……失踪者のものと思われる血痕が残されていたという。


「……これってマヤちゃんなの?」


 僕が事の深刻さを理解し皆の顔を見る。


「分からないわ。だけどあの子、基本的に私よりも先に学校に来てるから……ちょっと教室見て来る」


 トノが自分の教室へと戻ろうとする。僕らはその後について隣のクラスへと顔を覗かせるが、小柄な彼女の姿を見つける事はできなかった。


「ダメ。やっぱりまだ来てないみたい」


 悲痛な面持ちで戻って来る。


「だ、大丈夫だよ。どうせ拾ったもんでも食って腹壊してるだけだよ」


「アンタじゃないんだから、そんなわけ無いでしょう」


 ジンの冗談にトノが突っ込むが、昨日までの二人のやり取りが嘘のように元気のないやり取りだった。


「そろそろ朝礼の時間だね」


「……戻ろう」


 僕たちはトノと別れて教室に戻る。同時に朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り、僕らは慌てて自分の席に着く。


 教壇の上に立つ岩垣先生はいつになく深刻そうな表情を浮かべていた。


「……よし、”全員”居るな。今日は緊急の全校集会がある。これから体育館に移動するように」


 ああ、これはニュースの話だろうな、と誰もが感づいていた。この言葉が発せられた瞬間こそ、皆は色めきだったように声を上げたが、体育館への移動の道中は殆どの生徒が無言だった。


 体育館につくと、整列して並び地べたに座らさせられる。どうやら下級生から集められたらしく、上級生が後ろに整列するまでしばらくの間、暑い体育館の中で待たされる事になった。


 不思議な事に移動中はあんなに静かだった生徒たちが体育館で待っている間は騒がしく、周囲の友人との雑j団に興じていた。中には笑い声すら聞こえて来る。


 きっと笑い声を上げるような奴は、今回集められた件に関して他人事だと考えているのだろう。まったくもって腹立たしい。お前らも仲の良い友達が事件に巻き込まれているかもしれないという恐怖を味わえばいいのに。


 結局、全校集会では具体的な話しは無く、ざっくりとした話しだけがなされた。生徒の一人が行方不明になったこと、マスコミの取材には応じないこと。そして、生徒が復学した際は事件の詮索などせず、いつも通り接してほしいという話だった。最後に、行方不明生徒の無事を願っているという校長先生の言葉で緊急の全校集会は締めくくられた。


 その後の授業は滞りなく行われた。初めこそ校内はどこか沈んだように活気が失われていたが、昼休みには朝の話のことなど遠い昔の事のように忘れ去られ、完全に日常へと戻っていった。マヤちゃんとの交流があった僕たち以外は。


「やっぱり行方不明になった生徒ってマヤちゃんなのかな?」


 朝のメンバーと同じ顔ぶれが例のプールサイドに集合していた。友達を心配しているのだから、別に悪いことをしているわけではないのだが、教室でこの話をしていると不謹慎な奴らだと思われそうで、僕らはここまで移動してきていた。


「……電話にも出ないし、SNSのメッセージも既読にならないわ」


 サクラさんの問いにトノは曖昧な返事を返す。


「誰かマヤちゃんの家とか分からねえか? キョウとか、帰る方向一緒だろ?」


「生憎だが奴の家に行ったことはない」


 ジンは「まあ、そうだろうな」とボヤく。


「あれ、三組の杵築目きつきめ君とかマヤちゃんと同じ中学だったよね? 家とか知っているかもしれないよ」


「杵築目って、あのオカ研の杵築目健太か? 確かに同じ中学かもしれないが、あの変人がマヤちゃんの家を知ってるとは思えねぇな」


 オカ研とはもちろんオカルト研究部の略である。正式な名称は文化研究部であるのだが、過去に文化祭で地域の妖怪伝説や怪談を取り上げた事があり、それ以来オカルト研究部と呼ばれるようになったらしい。どうやら文化研究部でもオカルト研究部は公認のあだ名らしく、部員募集のポスターもオカルト研究部(文化研究部)という名称が使われていた。


「……別に家にわざわざ行かなくてもいいだろう。もしも行方不明になった生徒がアイツなら、仲の良かった生徒の元に聞き込みが来るはずだ。それが先生なのか警察なのかは知らないがな」


 キョウはどこか元気なさげに言う。昨日に引き続き、キョウの様子がおかしいと思うが、むしろこの状況で普段通り振る舞えていたならば、ジン辺りが殴り掛かっていた事だろう。


 そんな状況に追い打ちをかけるような形になるが、これは聞いておかなければならないと思い、僕は口火を切る。


「キョウって昨日、四季さんの前の学校の話を調べてたでしょ? 今回の件と関係あると思う?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る