第10話


 結局四季さんはその日、僕らに会う事が無かった。先生に理由を尋ねると、早退したとの事だった。


「その……昨日友達が居なくなった件ですかね?」


 放課後に岩垣先生を捕まえて問いただすと、先生は微妙な表情を浮かべる。


「聞いたのか?」


「はい」


「あまり広めるなよ」


 そう釘を刺された以上、あまり深く尋ねる事が出来なかった。先生はそのまま教室を後にする。


 席に残っていたキョウに岩垣先生の話を伝えると「そうか」と頷く。


「まあ、そうだろうな」


「……どうする?」


 キョウは教科書やノートを自分の鞄に詰め始める。


「今日は帰って情報を集めてみる」


「どうやって?」


「SNSにそれ関連の情報を投稿しているアカウントとコンタクトを取ってみる。一人か二人は口の軽いヤツが混じってるだろ」


「部活はどうするの?」


 僕が尋ねるとキョウは苦笑する。


「俺がそんな事を気にするとでも?」


 帰り支度を終えたキョウは教室を後にした。


 誰も居なくなった教室は静寂に包まれる。いや、実際には校庭から聞こえる運動部の掛け声や遠くの教室から微かに聞こえる軽音部の演奏などの音があり完全な静寂ではないのだが、個人的な感覚としては静寂と感じられる。


 サクラさんはバイトの為に早々に帰宅していた。どう時間を潰そうか、たまには早々に帰宅してみるかと考えを巡らせる。


「とりあえず、マヤちゃんの所に行ってみるか」


 僕はキョウが今日既に帰宅した事を伝えるため、マヤちゃんを探しに行く。メッセージを送っても良いのだが、どうせ暇なのだ。


 しかし、探すにしてもどこに居るのだろうか? いや、大方の目星はついている。部室か図書室だろう。


 とりあえず近場の図書室から当たってみよう。そう思い立ち教室を出ると、思いがけない人物と鉢合わせた。


「あっ、ごめん」


 出会い頭にぶつかりそうになり、慌てて身を翻す。


 相手は西成田さんだった。驚いた様子は無く、ただ無表情な目で僕を見る。


「いや」


「あれ、西成田さん一人? 珍しいね」


 いつも倉田や岡田と一緒に居る西成田さんが一人で居る所は珍しい。教室に戻ってきたという事は、忘れ物でもしたのだろうか。


しかし、僕の問いかけに彼女はうんともスンともいわず、ただ茫然と僕を眺めるだけだった。


「……」


「あっ、ちょっともう行くね」


 無言の時間が居た堪れなくなり、僕はその場を後にしようとする。しかし、西成田さんは僕の服の裾を掴んで引き留める。


「えっと……何か?」


「ごめん」


 急に謝られて一体何の話か分からず困惑してしまう。


「えっと、ごめんって?」


「葵からノート取り返せなかった。もう誰かにあげちゃったって」


 葵と言われて誰の事かと思ったが、倉田の事か。そういえば、西成田さんから後で返すと言われていたか。


「別にいいよ。そもそも僕のものって訳でもないし」


「そういう問題じゃない……かもしれない」


「どういう事?」


「あれ、何かとても嫌な感じがする」


 嫌な感じと言われ困惑してしまう。


「確かに嫌な感じだよね。不気味だし、何書いてあるのかよく分からないし」


「そういう次元の話じゃなくて……」


 西成田さんの煮え切らない態度に僕も困ってしまう。彼女自身、自分の伝えたい事をうまく言語化できていない様子だ。


「えっと……キョウには僕の方から伝えておくから、ノートの事は忘れちゃって大丈夫だ。それじゃあ、気を付けて帰ってね」


 僕は彼女に暇を告げてその場を立ち去る。無表情ながらまだ何かを言おうとして、口を開いたり閉じたりしている西成田さんの元を離れるのは気が引けたが、いつまでもここで無為な質疑を繰り返していても仕方がない。いや、正直言って気まずい。


 僕は二階に降り図書室へと向かう。スライド式の木製の戸を開けると、本と校舎の匂いが混じった独特な香りが鼻孔を刺激する。


 受け付けでは図書委員と国語教師の木戸先生が雑談していた。図書室ではお静かにという張り紙がその受付には貼られていたが、まるでその状況を示したかのように半ば剥がれ掛けている。


 僕は奥の席にマヤちゃんの姿を見つけ、足早に駆け寄る。


「よっ」


「あ、ユウ君」


 話しかけた後で図書室で会話して良いものかと不安を覚えるが、先生と図書委員も話をしているのだ。構う事は無いだろう。


「キョウがもう帰っちゃったから、一応伝えておこうと思って」


「わざわざ? ありがとうございます」


「ああ、それと……ちょっと言いにくいんだけど、昨日のノートあったじゃん。あれ、倉田達に取られちゃって……」


 そもそもあのノートはマヤちゃんが持ってきた事に思い至り、一応伝えておくことにする。


「ああ、アイツらね。どうせ図書室の蔵書でもないし、大丈夫だと思います」


 まあ、そういう反応が帰って来るよな。もうマヤちゃんも興味を失いつつあるのだろう。


「それじゃあ、また明日」


「はい」


 特にそれ以上話す事も思いつかず、僕はその場を後にする。


 この時、もう少し何か踏み入った事を話しても良かったかもしれない。キョウの事を実際のところどう思っているのか、昨日の帰りにどんな話をしたのか、もしも願いが叶うならキョウとどんな関係に成りたいのか。


 なぜなら、これがマヤちゃんとの最後の会話になってしまったのだから。

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