第7話


 その日の授業は滞りなく行われた。朝のホームルームに遅れてやってきた岩垣先生は理由を説明しなかったし、誰一人としてその理由を尋ねなかった。


 理由は単純に岩垣先生の怒りに触れるような真似をしたくないからだろう。細かい事でもグチグチと責めたてる岩垣先生の事だ、外のパトカーとの関係性を指摘されたら、野次馬的な好奇心を徹底的に否定してホームルームの時間が伸びる事が予想された。


 よって、僕の予想に反してクラスで警察が来たことが盛り上がったのはホームルーム前の僅かな時間だけだった。また、これも意外だったが誰も四季さんが教室に居ない事を気にしていなかったのだ。何人かの生徒はきっと気づいていただろうが、その噂に尾ひれが付いて噂になる物だとばかり思っていた。案外、みんな利口なんだなと思いつつ、もしかすると四季さんの事を気にしているクラスメイトがほとんど居ないだけなのかもしれない。


 そんな四季さんも、二限目後の中休みの間にしれっと帰ってきた。三限目は科学の授業で、理科室へ移動している最中に戻ってきたのだから、初めから四季さんが消えていた事を知っている人以外は気づかなかっただろう。


 ちなみにキョウはと言うと、一限目どころか二限目の終わりまでぐっすりと眠っていた。窓際の温かな日差しで熟睡できたのだろう。僕が移動教室で起こしてやらなければ、そのまま一人で眠り続けていた事だろう。起きてみると教室から生徒も先生も消失し、孤独に不安を覚えるキョウというのも面白そうだったが、それを実行するほど薄情な僕ではない。


「学校に警察?」


 理科の授業終わりに教室へ戻る道すがら、僕はキョウに眠っていた間の話をした。


「うん。先生たちの車を停めてる駐車場にパトカーが来てたんだ。どう思う?」


「どうって……ああ、うちの生徒が問題を起こしたとか疑ってるんだな」


 キョウはニヤニヤしながら諭すように言葉を続けた。


「なにも高校に警察が足を運ぶことに深い理由は無い。地域の防犯だとか、何かしらの啓蒙だとかでパンフレットやポスターを渡しに来ることは多々ある」


「あ、そっか。てっきり事件が起こった時じゃないと来ないかと」


「おいおい。うちの生徒が何かしらの犯罪を犯したとしたら、警察だけで処理するだろうよ。夜間に生徒が事件を起こして捕まったとしても先生方が警察署に出向くだろうし、ましてやその犯人をパトカーで翌朝の学校に送迎してやる事も無いはずだ。もちろん、学校には報告を上げるだろうが、電話や書面で済む話をわざわざ出向いて行う理由がわからん。いや、各種公務員はIT化が遅れているともいうし、もしかすると出向いて来るのかもしれんが……」


「それじゃあ、夜間に学校で事件が起こった場合は?」


「それなら朝方に警察が来ることも理解できるが、普通の学校なら即刻休校にして生徒を校舎に近づけないだろう。まあ、不法侵入とかで警察に身柄を引き渡した後、遺失物の確認とかで数人の警官が残っていたなら理解できるが……あとは、何かしら近隣の事件を生徒が目撃している可能性が有る場合も考えられるか。いわゆる事情聴取に来ている可能性だな。いずれのパターンにおいても、先生から何かしらの説明があるはずだ。朝のホームルームでそういう話は特になかったんだろう?」


「うん。特になかったな。でも、岩垣先生は遅れてきたよ」


「それは単にトイレが長引いただけだろ。警察との因果関係を疑うのは短絡的な思考だと言わざるを得ないな。言っただろう、焦って目の前の簡単な答えに飛びつくと命取りになるぜ」


 どうやら今日も簡単な答えに飛びついてしまったらしい。まったく、キョウと話していると命がいくつあっても足りない。


「そっか。それじゃあ、朝のホームルームの前に岩垣先生が四季さんを呼んでいた事も無関係だと思う?」


「何だって!?」


 キョウは目を見開いて驚く。何でも知っているかのような態度を貫くキョウが、僕の言葉に驚いた事に逆に驚いてしまう。


「どうしたんだよ、急に大きな声出して」


「……」


 キョウは考えるような仕草のまま黙って廊下を歩く。


「おい、どうしたんだよ?」


「週末に出かけるって話、四季静を誘うって言ってたよな」


「えっ?」


 急に話が飛躍して一瞬何の事かと考えてしまう。


「ああ、昨日の帰りに話してたやつね。今朝声を掛けようと思ったんだけど、先生に連れてかれちゃって」


「もしも四季静が来るなら、俺も行く」


「……まじ?」


 今日のキョウは一体どうしたというのだろうか。夜更かしをして授業中に寝ていたかと思えば、あんなに嫌がっていた遊びに付き合うと言い出し、しかもその条件が四季さんと来た。


「ちなみに理由を聞いても?」


「ちょっと四季さんと二人で話がしたい」


「そっかー。うん、分かったけど、それを他の奴には言うなよ。特にマヤちゃんには?」


「何故だ?」


「彼女の心の安寧の為に」


 どうせキョウの事だから、マヤちゃんが心配するような事は無いのだろう。何らかの思いつきに違いないのだが、他の皆にこの条件が伝われば間違いなく面倒な事になる。


 しかしこれは朗報だ。理由が何であれ、キョウが来てくれるというのなら問題ない。四季さんとの時間は上手く作ってやり、そのうえでマヤちゃんと引き合わせれば良いのだ。


 僕らは教室に戻り、すぐさま四限の授業が始まる。僕は俄然、四季さんを誘うモチベーションが上がりながらも、今朝感じた嫌な感じに後ろ髪が引っ張られるような気がした。

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