第8話


 四限の授業が終わった。僕はキョウとサクラさんはすぐさま四季さんの元へと向かう。


「ねえ四季さん。ちょっと良いかしら?」


 サクラさんが声を掛けると、彼女は僕らの方を向く。返事があるものかと期待したが、ただ僕らを黒々とした瞳で見つめるだけだった。


「と、とりあえずお昼一緒に食べない? 俺とキョウは購買に行くけど、四季さんも一緒に行こうよ」


 間が耐えられなくなり、僕は彼女に提案する。購買を利用している事は同じ購買常連である僕は把握していたし、今日に限って既に購入済みの場合でも、弁当を持参しているサクラさんがクラスに残る。どちらの答えが返って来ても逃がさない。


「まだ早い」


 しかし彼女から返って来たのは異質な言葉だった。女性にしては低めの声だが、心臓を貫くような冷たさを感じる。


「早い? えっと、お腹空いてないってこと?」


 サクラさんの疑問は尤もだ。僕もまだお昼には早いという意味で受け取った。


「私があなた達と仲良くなるのはまだ早い」


「えーっと。ごめん、どういう事?」


「そのままの意味よ。これからなの。あなた達と苦しみや恐怖を共有できるようになるのは。そして同じ目標の為に一緒になるの。私は仲間を増やすために来たのだから」


「ごめん、ユウ君。これって何かの漫画のセリフ?」


 サクラさんは僕が漫画に詳しいと思って聞いたのだろうが、僕にも心当たりは無い。もはや意味不明すぎて、そういえばサクラさんに貸した漫画が返ってきてないなぁ、などと別の事を考え始めていた。


 四季さんは席を立つ。僕らの話を切り上げて購買に向かうつもりなのだろう。


「あっ、待って。週末に隣のクラスの友達と遊びに行くんだけど、四季さんも行かない? みんな四季さんの事が気になってるみたいで」


 僕が食い下がるとサクラさんは冷やかな目で僕を見る。今のやり取りでサクラさんは四季さんを見限ったのだろう。


「週末?」


 四季さんは足を止める。


「いや、良かったらなんだけど……」


「いいわね。久しぶりに気晴らしに行きたい気分だったわ」


 断られると思っていたゆえに四季さんの返答には戸惑う。言葉を繋げなければと思案している間に、彼女は僕に歩み寄り顔を近づけてきた。


「もしも余裕があればね。きっとその頃には、遊びに行けるような状態じゃなくなってるわ」

 息がかかるほどの距離であの瞳が僕の目を射抜く。四季さんには悪いが、生理的な恐怖を感じて思わず「うわぁ」と声を上げて尻もちをつく。


「ユウ君大丈夫? ちょっと四季さん!」


 起き上がろうとすると、誰かが僕の肩を支えてくれる。キョウかと思ってその相手を見ると、なぜか西成田さんだった。いつの間に近くに居たのだろう。


「あ、ありがとう」


「うん。何事?」


 相変わらず無表情で何を考えているのか分からないが、何となく心配している事は察せられる。


「ええっと……」


 西成田さんの質問にどう説明したものかと考えていると、四季さんが彼女の手を取る。


「西成田さんね。きっとあなたとも仲良くなれそうだわ。それはとても高い確率でね」


「えっ、なに? こわ」


 彼女は四季さんの手を払いのけると、スタスタと倉田達の元へと戻って行った。何を考えているのか分からない西成田さんでも人間らしい反応をするのだと意外に思ったが、この場合はそもそも四季さんの言動が奇怪すぎるのだ。


 四季さんは今度こそ購買に向かおうと教室を出ようとする。僕が何かを言おうとすると、サクラさんが制した。


「もうやめよう。あの子ヤバいよ。なんか変な薬でもやってるんじゃないの?」


「いやでも」


 サクラさんはキョウが週末に来てくれる条件が四季さんだという事を知らない。だが僕も正直言って四季さんと一緒に休日を過ごしたいとは思えずにいた。


「おい四季静!」


 呼び止めたのは意外な事にキョウだった。いや、理科室の帰りに話していた事を思えば意外な事ではないのかもしれない。


「まだ何か?」


「今朝警察が来ていただろう。何を聞かれたんだ?」


 僕とサクラさんは揃って「えっ?」と疑問符を浮かべる。キョウは簡単な答えに飛びつくなと言っておきながら、ちゃっかり警察が四季さんを訪ねてきた案を採用していたのか。


「……知りたい?」


「ああ、大変興味深いな」


 腕を組んで尋ねるキョウは、言葉とは裏腹に四季さんの事を睨みつけていた。


「昨日会っていた友達の事を聞かれたわ」


「ほう。一体どうしてだ?」


 彼女は一瞬だけ悲しそうに眉をひそめ、その冷たい声で「居なくなっちゃったの」と答えた。


「私と別れた後、すぐにね。警察は誘拐か失踪って事で調べているみたい。どうせ無駄なんでしょうけど……あなた達の誰かが代わりに消えればよかったのに」


「どういう事だ?」


 四季さんはキョウの言葉を無視して教室の外に出て行ってしまう。


「何あの子……ごめんなさい、私が四季さんを誘いたいって言ったばっかりに……」


「ええっと、大丈夫だよ。サクラさんも四季さんをあんな人だと思ってなかったからね」


 僕とサクラさんがそんな話をしていると、キョウが教室の外へ向かおうとしている。


「おい、どこ行くんだ?」


「追いかける」


「まじ?」


 僕らの困惑をよそに、キョウは足早に廊下へ向かう。


「あっ、購買行くならてりやきバーガーとメロンパン、あとコーヒー牛乳買ってきて!」


 四季さんと顔を合わせたくない僕は、彼を追いかける事はせずお使いを頼む。キョウはサムズアップでそれに答えてくれた。

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