第18話 首藤操六の自殺未遂
出演者(イメージキャスト)
大川周明氏(疾患者) 役所広司
西丸四方(周明氏の担当医師) 國村 隼
首藤操六(疾患者・元参謀副長) 石橋 蓮司
岡田 滋(疾患者・元准尉) 中村獅童
山田欣五郎(性同一性疾患者・元海軍兵)
朝倉みち子(食事担当 看護婦)
鮫島昭子(東病棟担当 看護婦) 中条あやみ
ある日の朝。
周明氏は廊下の慌しい足音で眼が覚める。
首藤がストレッチャーに載せられて運ばれて行く。
畑婦長、朝倉看護婦が必死に首藤に声を掛ける。
朝倉「首藤さんッ! しっかりして下さい」
畑 「聞こえますか、首藤さんッ!」
周明氏がドアーを開ける。
周明「何か遭(ア)ったのですか?」
畑婦長がストレッチャーを押しながら、
畑 「一週間、物を食べなかったんです」
周明「助かりまか?」
畑 「分かりません」
ストレッチャーは、けたたましい足音と共に廊下を走り去る。
周明氏の声が廊下に響く。
周明「死なせないで下さーいッ!」
岡田がその声が聞こえたのか病室の中から大声で叫ぶ。
岡田「捧げ筒~ッ! 貴様は良く戦った。天皇陛下バンザ~イ!」
山田(山田欣五郎・107号室)が突然ドアーを開けて、
山田「うるさいッ! 気違い」
杉浦もドアーをそっと開けて合掌ながら、
杉浦「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・」
山田「チン~。はい、行ってらっしゃい。良いわねえ、素敵な所に行けて」
山田は神経質そうにドアーを閉める。
音 「バン!」
岡田は相変わらず病室で怒鳴って居る。
岡田「死ね~ッ! 全員玉砕だ~!」
突然、岡田が大声で歌い始める。
「海行ば~、水浮く屍~、山行ば~、草むす屍・・・」
隣の病室から山田の怒鳴る声。
山田「お黙りッ! 気狂いッ!」
周明氏は呆れた顔でドアーをそっと閉める。
病室の中央で座禅を組み直し、また瞑想にふける。
処置室。
西丸医師が首藤の寝ている様な顔を見て、
西丸「・・・呼吸は停止しているようだな」
朝倉看護婦が,
朝倉「はい」
西丸「脈は?」
朝倉「脈も停止しておりました」
西丸医師は首藤の頚動脈に指を添えながら、
西丸「絶食してから何日目だ?」
朝倉「ちょうど一週間です」
西丸「ダメかもしれないな」
陽も昇って、病院の屋根にはいつも見る雀が、雛(ヒナ)に餌を食べさせて居る。
病棟も朝食の時間である。
周明氏の部屋に朝倉看護婦が朝食を運んで来る。
朝倉「失礼します。朝食をお持ちしました」
周明「おッ、ご苦労様」
朝倉看護婦はアルミのトレイに載せた四品を、畳みの上に置く。
周明「あの患者は回復しましたか」
朝倉「ああ、首藤さんですか? 点滴を打ったら回復しました」
周明「それは良かった」
朝倉「それが・・・、本人は不満らしいんです」
周明「不満? やっぱり死にたかったのですか」
朝倉「そうなんです。もう、これ以上自殺者を出したくないですわ」
周明氏は驚いて、朝倉看護婦を見る。
周明「そんなに居るのですか・・・」
朝倉「昨年は女子と男子で十二名でした。そのほか、他殺が二人」
周明「他殺?」
朝倉「錯乱状態で患者が患者を殺してしまうんです」
周明氏は深くため息を吐(ツ)き、
周明「あの患者はなぜ死にたくなったんでしょう・・・」
朝倉「さあ、先日珍しく首藤さんにお手紙が届いたんです。その日から絶食し始めたんです」
周明「ほう」
朝倉「何しろ首藤さんは、言葉を忘れた患者さんですから」
周明「言葉を忘れた?」
朝倉「そうです。ビルマ戦線に従軍した後、少しおかしく成って、終戦から本格的に症状が現れたのです。院長が首藤さんの大切にしている軍隊手帳を見たらしいんです。そこに『木村兵太郎』と云う上官の悪口が沢山書いてあったと言ってました。相当、怨(ウラ)んでいた様です」
周明「木村兵太郎?・・・法廷で私の斜め前に座っていた戦犯だ」
朝倉「ああ、きっとその方です。首藤さんは当時はすごく偉い兵隊さんだったらしいんです。ある日、ビルマのなんとか云う河の近くで、精一杯戦っていた時、一番偉い上官の木村さんと云う方が女性と逃げちゃったらしいんです。どうも、発病の原因はその辺にあるみたいなんです」
周明氏の表情がこわばる。
周明「それが原因で・・・」
朝倉「えッ? それがー・・・そうでもない様なんです」
周明「そうでもない?」
朝倉「あの手紙の中に爪と髪の毛が入っていて、それが関係しているんじゃないかと院長がおっしゃっていました」
周明「爪と手紙が入っていた?!」
朝倉「ええ。詳しい事は大川さんの方から院長に聞いて下さい。それじゃッ、失礼します。あッ、血圧の薬は忘れずに飲んで下さいね」
朝倉看護婦が部屋を出て行く。
「参 考」
木村兵太郎とは「中将・後に極東裁判で絞死刑・いい加減の極みの御仁であった」
内とは「家内または妻の事である」
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます