6話 子猫預かります

01

「おつかれさまでーす」


 新聞配達を終え、事務所に戻ると、先輩がお茶を飲みながらテレビを見ていた。


「おつかれ。またテロ騒ぎだってさぁ。物騒だね」

「アイドルが狙われるってやつですか」


 翌檜学園は、アイドルというより魔法使いのアイドル”魔法少女”が多く在籍する。

 そのため、テレビ以上に事の詳細が噂として流れていることもあった。


「人工怪魔にロボットだってよ。テレビの撮影中だったみたいで、ほら、この映像」


 SNSにアップされていたらしいその映像は、槍を持った大男が暴れているというのだけは理解できるが、ロボットや怪魔というのは、後々に撮影された残骸を見なければ、正直わからない。

 しかし、どこか見覚えのある光景に、映像をまじまじと見つめれば、思い至った。


「これって……」


 一応モザイクはかけられているが、大胆だが正確な槍捌き、見る者を恐怖させる圧倒的な暴力的な強さは、赫田だ。


「知り合い? 翌檜学園の生徒?」

「あー……たぶんっすけど」

「あそこの学生さん優秀だもんね」


 翌檜学園は魔法士を輩出する学校だ。学生の内から、その実力を認められれば、バイトとして怪魔や護衛の依頼が来ることもある。

 赫田は優秀なAランクの魔法使いだし、依頼を受けていたのかもしれない。


「そういえば、こんな折込チラシ入ってたよ」

「はい?」


 渡されたチラシには、怪魔を生かして捕らえることができたら報酬を払うというもの。なんでも、怪魔対策用の防犯グッズ開発に使用するらしい。

 なかなか魅力的な金額だが、怪魔を捕獲という難しい依頼だ。


「持ってちゃっていいよ」


 できるとは思えないが、一応鞄の奥にしまった。


 学校へ向かいながら、いつもの路地に顔を出せば、いつも通り威嚇してくる痩せた猫がいた。

 数日前に突然襲われてからというもの、その痩せた姿に同情して、少しだけだが食事を持ってきていた。元気になれば、勝手にどこかに行くだろう。


「残り物で悪いな」


 決して生活に余裕があるわけではない。

 保護施設に連れて行った方がいいということはわかっているが、未だに慣れてはくれないらしく、その痩せ細っと体で威嚇され続けている。


「動けるようになったら、ちゃんとどっかにいくんだぞ」


 少しずつではあるが、体力が回復してきたのか、威嚇の元気がいい。

 苅野は未だ威嚇を続け、置いた餌を食べる様子のない猫に立ち上がる。苅野が見ているとあの猫はいつも食べないのだ。


「あんま誰彼襲うなよ」


 通じているかはわからないが、それだけ言葉を残し、苅野は学校に向かった。


*****


 あまり友達の多い方ではない苅野は、昼はいつも一人だ。


「あれ? 弁当?」


 模擬戦以降、妙に一緒にいることの増えた黒沼が、首を傾げる。

 毎日とは言わないが、黒沼は赫田たちと食事を取ることが多く、教室で食べることは少ない。


「ちょっと今月ピンチで、節約しねーと……黒沼は今日、ひとり?」

「なんか、ヒロ君たち大変みたい」

「あー……やっぱアレ、赫田なんだ」

「うん。一緒に食べていい?」

「あ、うっす」


 前の席に座り、弁当を広げる黒沼。

 なんでも、この見事な弁当は赫田が作っているのだという。あの大男が作ったとは思えない、主食や付け合わせなどがちゃんとしている弁当だ。


「本当は、あの映像削除してもらう予定だったんだって」

「バッチリ赫田映ってるしな……正直、どっちが暴れてるのかよくわかんないし」


 遠目の映像で、モザイクが掛かっているから、余計に魔法使いが暴れて、それをロボットたちが取り押さえようとしているようにも見えてしまっていた。

 ネットの反応でも、魔法使いが悪いのではないかと意見をする様子もあった。


「アイドルが襲われてるんだっけ?」

「うん。警察の話じゃ、ブリカラ出演者が狙われてるかもって」

「ブリカラ……あの、今度池袋でやるやつ?」

「そうそう。抽選は応募した」


 あまり人付きあいが得意ではない同士、妙に話しやすいが、その中でも魔法少女に関しては、少し気を付けなければいけない。

 突然、普段の間延びして、妙な間のある灯里の独特な空気が消え去り、ブレーキが壊れたように会話を続ける。

 好きだという熱量が嫌というほど伝わってくるのだ。


「てか、幸延彩花と友達なら、チケットもらえたりしないの?」

「抽選で当たったチケットと関係者枠でもらったチケットは全然違う」

「あ、はい」


 違うらしい。


「あ、そういえば、魔法少女の護衛やる? 手が足りないって言ってたし、バイト代結構いいよ」

「え、いや、さすがに無理だって……」


 護衛なんて、怪魔の討伐とは比べ物にならないくらい難しい仕事だ。

 新学期でただでさえお金が足りなくなる時期に、高給なバイトは確かに魅力的だが、できない仕事では意味ない。


「監視官もいるし、そんなに難しいって程難しくないと思うけど……」

「いやいや、簡単でもないから……」


 自分が規格外の性能をしている自覚は持ってほしいものだ。


「まぁ、黒沼はSランクだし、大丈夫なんだろうけど、気を付けろよ? ただの怪魔討伐ならまだしも、赫田もだけど、結構ネットじゃ色々言われたりするし」


 魔法使いが暴れると、必ずと言っていいほど”魔女狩り”をすべきだという意見が出る。

 日本は魔法少女のおかげもあってか、他の国に比べて魔法使いに対する印象は良い。

 だが、魔法という異能を使える人間は、昔から異端とされ、蔑まれていたのは事実。凶悪犯罪率も高く、事あるごとに魔法使いを排除や管理すべきだという意見が出る。


 テレビはモザイクが掛けられていたが、SNSの映像にはモザイクが掛かっていなかったため、おそらく赫田はすでに特定されているだろう。

 黒沼の言っていた『大変』というのは、そういった関連なのだろう。


「茨城じゃ、平気だったのか?」


 目立つ体型に、あの喧嘩っ早さだ。地元でも話題には事欠かなさそうだ。


「そんなネット見てる人いないし……」

「あ、そうなんだ……」

「それに、そんなくだらないことでヒロ君に喧嘩売るって、結構命知らずじゃない?」

「確かに……」


 もれなく全員病院送りだろう。想像がつく。

 誰だって、ライオンが檻の外にいる状況で、石を投げる奴はいないだろう。こちらへ絶対に手を出すことができないから、檻を叩くのだから。

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