05

 数十分前の事。

 先程まで元気よく動いていた怪魔の死体に、通行人も含めて怪魔を倒した畏怖の視線を赫田に向けていた。


「1匹か? つまんねェな」


 槍を肩にやりながら、怪魔の死体を蹴る。

 もっと組織的な犯罪の可能性があると聞いていたため、暴れられると思ったが、どうやら怪魔を大量に用意するほどの財力はないらしい。

 なら、もっと魔法使いだの、銃だの、ドローンだのを用意してくれなければ、暴れたりない。


 茨城にいた頃より大人しくしていた反動か、暴れられる機会に心弾ませていたが、呆気なさ過ぎる終わりに、まだ熱すぎる息を吐く。


「あ゛ー……いいわ。テメェで」


 この中で最も戦えそうな藤宮に殺気を向ければ、藤宮も驚いたように肩を跳ねさせる。

 味方同士の戦いなど以ての外であるが、それ以上に、彼に勝てるビジョンが浮かばない。


「待って。待ってください」


 任務前に、小林に黒沼は赫田のストッパーであることを聞いていたが、まさかここまで無茶なことを言うとは思っていなかった。


「うるせェ。付き合えよ」


 槍を構え直す赫田に、桜子もわけがわからないままふたりを交互に見やる。


「ちょ、ちょっと……!? 桜子ちゃん! 止めて止めて!」

「え、そ、そんなこと言われても……!!」

「魔法使いでしょ! これくらい簡単だろ!」

「魔法って、私は――」

「魔法使いの癖に!!」


 聞き慣れたはずの言葉のはずなのに、無意識に口を噤んでしまう。

 最低ランクの魔法使いは、魔法使いとは名ばかりで、魔法などほとんど使えず、一般人と変わりない。桜子はその最低ランクであるFランクだった。

 そのことは周知の事実だ。しかし、魔法使いとして区切られてしまったからには、まともなアイドルにはなれない。魔法少女になるしかない。

 使えない魔法を使えるフリをし続けるために、誰よりも努力した。


「――」


 藤宮はその努力を誰よりも近くで見ていた。だからこそ、”魔法使いだから”と、その一言で括ろうとする人から桜子を守るために専属のマネージャーになった。

 こちらに殺気を向ける赫田ではなく、『魔法使いの癖に』と罵ったスタッフへ目をやった時だ。

 赫田の槍が、飛んできた銃弾を弾いた。


「ロボット……!?」


 ラジコンのように道路を走り回る銃をこちらに向け、向かってくるロボットとドローン。


「そんぐらいやってくれなきゃなァ!!」


 叫びと共に大きく踏み込んだ赫田は、次々とロボットを蹂躙していく。

 地面を走るロボットわし掴むと、桜子へ照準を向けるドローンへ放り投げ、叩き落し、また別のロボットへ槍を突き刺し、薙ぎ、破壊する。


「…………」


 飛び道具代わりの魔法を一切使わず、肉体と槍だけでロボットたちを圧倒的な力で蹂躙した赫田の息は上がっておらず、ただ楽し気に口元を歪めているばかり。

 同じ人間とは思えない熱を持った目が、獲物を求め、彷徨い始めるが、ふと聞こえてきた着信音に、赫田はポケットから携帯を取り出した。


「おい」

「え、あ、私?」

「撮影に間に合わなかったら、お前抜きで撮るってよ」

「ぇ……あぁ、そっか」


 それはありえないことではない。特に今回のような不測の事態では仕方ない。安全の方が優先すべきだし、今回の目的であるブリリアントカラーライブの宣伝は彩花だけでもできる。

 ライブだけ参加できれば、宣伝という目的は達成できる。


「まぁ、仕方ない、よ。赫田くんが守ってくれたおかげで、みんな無事だし、十ぶ――」


 十分。と言いかけたところで、猫のように襟を掴まれ、担ぎ上げられた。


「テメェだけ、戻ればいいんだろ」

「え、いや、え……?」


 嫌な予感に藤宮へ目をやれば、がんばれとばかりに、親指を立てている。

 いや、そうじゃない。止めて。

 その言葉は、悲鳴に変わった。


 テレビ局は構造上どうしても正面から入れば時間が掛かる。

 なら、どうすれば最短で目的のスタジオに辿り着けるか。

 簡単だ。壁などを無視して、直接乗り込めばいい。


「ぎゃぁぁぁああああぁぁああぁあ!!!」


 赫田に抱えられ逃げ場がない中、道なき道を跳び、目の前に迫ってくるテレビ局の壁に、ただひたすらに悲鳴を上げるしかできなかった。


「壁!! ぶつかる!!」

「先輩。突っ込むぞ」


 必死の桜子の悲鳴など聞こえないのか、赫田は壁に向かって跳び込んだ。

 何かに薄い膜を通り抜けたような感覚と共に点滅した視界。


「ぁ゛?」


 見覚えのあるスタジオへ辿り着いたと思えば、見覚えのない巨大な怪魔。

 無意識に、槍を構えると、目の前の巨大なそれを叩き切った。


「なんかもう、意味わかんない……」

「さ、桜子……? だいじょう、ぶ?」


 キャラを崩さないことで定評のある桜子が座り込む様に、彩花も反応に困りながら隣に座れば、顔を上げたその表情は今にも「なんなのあいつ!!」と赫田のことに文句を言いそうだった。

 しかし、口には出さず、固く目を閉じ衝動を抑え込むと、両手で顔を覆うと長いため息が聞こえてきた。

 そして、立ち上がるといつもの営業スマイルが戻っていた。


「ごめんね。びっくりさせちゃって。彩花ちゃんたちも大丈夫だった?」

「う、うん。灯里が守ってくれたから」


 すっかり通常モードに戻っている桜子に感心しながら、灯里の方に目をやれば、赫田に文句を言われているようだった。


「急ぐなら時間を書けって言ってんだろ。あと、これがいるなら先に言えよ! 一発で倒しちまったじゃねーか!」

「今度なにか戦えそうなのと戦わせてあげるから」

「絶対だからな! 今夜な!」


 何やら不穏な会話をしているようだが、灯里によって怪魔は早々と片付けられ、無事収録は再開された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る