04

 跳ね上がった怪魔は、空中で翼を広げると、ライトを浴びている三人を見下ろす。

 熊猫が銃を抜き、空中の怪魔へ向けると、背中からの衝撃に照準が逸れる。


「機材に当たったらどうするつもりだ!?」

「ハァ!? この状況で機材の心配!?」


 鍛えている熊猫を中年の男に抑えられるはずがないが、屋内でまともに照準が合わない状況で撃つのは危険すぎる。

 舌打ちをしたい気持ちを抑え、灯里へ目をやれば、特に驚いた様子もなく空中の怪魔を見上げていた。

 そして、黒いサメのような何かが現れると、そのまま食らい、消えて行った。


「……」


 あまりに呆気ない終わりに、その場にいたほとんどがどうしたものかと周りを見てしまう。


「え、なになに!? 今のすごくない!?」

「灯里さんの魔法?」


 彩花の背中から顔を出して、目を輝かせているきらりとひかりに、彩花も安堵したように胸を撫で下ろすと、灯里に手を振れば、本人は気にした様子もなく手を振り返している。

 熊猫は安心しながら、後ろにいるディレクターへ目を向ける。


「撮影を中止してもらえますか? 再度、物品の確認を行います」

「何を言ってるんだ! あの魔法使いがいるなら問題ないだろ」

「彼女一人に任せるわけにいかないでしょう? それに、こちらの確認後にスタッフに機材を入れ替えられたら、確認の意味がありません」

「黙れ! 撮影は続ける!」


 取り付く島もないままに撮影を続けろと、指示をするディレクターに、他のスタッフも撮影再開の準備を始めたが、その表情は困惑そのものだった。

 小林は、怪魔を仕込んでいたであろうスタッフを拘束すると、改めて怪魔が隠されていたであろう場所を覗き込み、ため息をついた。


「なんかあった? あったところで、あの石頭が話を聞くとは思えないけど」

「それ言って平気なやつ? まぁ、普通に怪魔を閉じ込める檻。ただ、こんなカモフラージュをひとりでやったとは思えないってくらい」


 外の騒ぎも含めて、おそらく組織的な犯行だ。

 少なくとも、犯人が拘束されたひとりとは思えない。


「こいつもさっきからだんまりでね。いっそ、黒沼ちゃん呼んでくる?」

「あぁ……そういえば、できるんだったわね……」


 先日の久遠のことは、よくある学生同士のイザコザとして処理されているが、熊猫の耳にも確かに入っている。

 精神系の魔法は使えるなら、非暴力でこの犯人から仲間と計画について、口を割らせることもできるだろう。


「魔法使いを持ち上げているのは日本だけだ! 脳死バカが!! 偶像共を殺す絶好の機会を邪魔しやがって!!」


 拘束されたスタッフが叫ぶが、小林と熊猫は何の感情もないまま、スタッフを見つめた。


 魔法使いに対する過激な思想、事実それは存在する。

 日本は比較的差別は緩いが、確かに差別そのものは存在していた。

 聞こえてしまったスタッフが、彩花たち3人の方に目をやるが、3人は何も聞かなかったように一度外へ視線をやると、きらりが灯里の方へ駆け出す。


「ねぇねぇ! さっきの灯里ちゃんの使い魔!?」

「ぅぇっ!? つか、いま、うん。うん……ちょっと違うけど、似てるやつ」

「見せて!!」

「えぇ……というか、撮影は……?」


 助けを求めるように彩花に目をやると、スタッフたちも困ったようにディレクターに目をやった。


「ただでさえ、時間が押してるんだ。このまま続ける。桃井桜子が間に合わなさそうなら、ライブだけ別撮りにする。そこの騒がしい奴は廊下に連れ出せ!」


 指示を出すディレクターに、スタッフたちもおずおずと動き出し、撮影再開の準備が進められる中、彩花がそっと灯里の元に近づき、桜子の方で何かあったのか尋ねれば頷かれた。


「ヒロくんが倒したって話だったけど……間に合わなかったら、桜子ちゃんなし……?」


 確かに、予定ならもう帰ってきている時間だ。大きな騒ぎになっていないということは、大事に至ってはいないのだろうが、収録時間に間に合うかはまた別の話だ。


「安全が第一なのはわかってるけど…………」


 一ファンとして、買い出しの人が帰ってきて、全員で揃って盛り付けるシーンに全員が揃わないというのは悲しいし、スタッフが用意した飾り付けで完成というのも違うのだ。

 だが、桜子が怪我をするなど以ての外。

 なんとも渋い表情で携帯を握る灯里に、彩花は何とも言えない笑みを漏らした。


「なら、灯里さんが迎えに行くのはどうですか? こっちは警察の人が捕まえてくれましたし」


 先程の怪魔だって、すぐに倒した灯里が行けば、すぐに解決するだろうと、ひかりが提案すると、灯里も数度瞬きを繰り返す。


「う、うーん……」

「悪い人がまだいるかもしれないから、灯里まで離れるわけにはいかないからね」

「そっかぁ……」

「あ、いや、あの人が怪魔をどこかに隠してるみたいで、だから、さすがに離れられないってだけで」


 慌てて訂正するように言った言葉と指を指した人物に、周りにいた全員が言葉を失った。

 指された本人ですら、表情を引きつらせることしかできず、小林と熊猫も何を言っているのかと理解するのに時間が掛かった。

 だが、拘束しているスタッフの信じられないものを見たような表情が、灯里の言葉を確信させる。


「い、いやいやいや……当てずっぽうにしては、随分とひどくないですか? こんなので犯罪者にされたら、たまんないですって」

「そ、そうだよな」


 根拠も証拠もなにひとつない言葉に、他のスタッフも乾いた笑みを溢す。


「君もちょっと魔法が使えるからって、そういう人を貶めるようなことはいけないよ。人として問題だからね」

「すみません。そう、ですね……問題は、怪魔の方ですもんね」


 謝っているようで、全く謝っていない灯里に、そのスタッフの口端が少しだけ落ちた。

 彼女は、確信しているのだ。

 自分が怪魔を隠していることは。そして、自分自身には力がなく、脅威にもならないことを。隠されている怪魔以外は、脅威にもならないと。


「申し訳ないけど、形式的なものだと思って、確認させてもらえますか?」


 熊猫が、申し訳なさそうに眉を下げながら、指されたスタッフの肩を叩けば、スタッフは強く熊猫の手を払うとポケットから携帯を取り出し、ボタンを押した。

 直後、セットに置かれたクマの着ぐるみが大きく歪み、突き破るように現れた巨大な怪魔。


「ふざけんなッ!! ふざけんなッ!! 全員死んじまえェッ!!」


 周りのセットを倒しながら、前足を着いた怪魔のギラギラと獲物を狙う目に捉えられたきらりとひかりのふたりの足は、震えて動かなかった。

 逃げないとと思っても、なにも逃げる方法が浮かばなかった。

 何もしていないのに息が上がり、苦しくなったその時だ。肩に触れた手。


「大丈夫」


 柔らかい声色に顔を上げれば、灯里は先程と変わらない表情で怪魔の事を見ていた。


「そのまま入れる」


 誰かに語り掛けているような言葉に、視線を怪魔に戻した時だ。


「ぎゃぁぁぁああああぁああぁあ!?」


 桜子の悲鳴と共に、怪魔が真っ二つに割かれた。

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