03

「試食用のスペース、用意できた?」

「ちょっと、椅子置いたら、このクマ奥に置けないでしょ!」

「抜き型、ここに置きますね!」

「食材の最終チェック終わりました!」


 料理番組とはいえ、アイドルのやっているなんちゃって料理番組だ。

 正直、視聴者が楽しみにしているのは、最初のミニゲームや最後のライブ。メインの二人が子供であることもあり、料理も大したものを作るわけではなく、本当に簡単なメニューで飾り付けが本番というもの。

 そのため、スタジオがふたつに区切られ、料理スペースと試食スペースが、一気に作り上げられていく。


「お疲れ様。こっちは異常なし。そっちは?」

「こっちも特に不審なところはなし」


 予定にないセットや小道具が持ち込まれた様子はない。

 騒がしくなった方へ目をやれば、きらりとひかり、彩花がエプロン姿に着替え、差し入れの菓子を食べているようだ。

 少し離れて、きらりとひかりの様子を眺めようとする灯里が、彩花たちに無理矢理輪に入れられているが、感情が入り混じり過ぎている表情で泣きそうになっている。


「…………」


 あれで護衛ができるかは、本当に大分心配だが、たぶんできるのだろう。たぶん。


「この収録が終わるまでに、絶対灯里ちゃんと写真撮る」

「きらりちゃん。さすがに無理矢理はダメだって……」

「というか、なんでそんなに拒否してるの……」

「だって不純物じゃん!! キラキラ魔法少女の中に、自分! 一番、いらない!!」


 必死な顔で力説する灯里に、ひかりも少しだけ目を伏せると、思いついたように顔を上げた。


「着ぐるみ着たらどうですか?」

「それ、灯里の必要、ある……?」

「全身なら、まぁ……」

「じゃあ、あとであのクマで撮りましょうよ」


 ひかりが指さしたのは、試食用のスペースに置かれた大きなクマ。

 番組初期、ゲスト不在時にテーブル中央が空いてしまった際に、急遽穴埋めのために置かれた着ぐるみのクマ。意外に好評でこうしてゲストが偶数の時には必ず置かれるようになった。


「すみませーん! あとで、そのクマ着てもいいですかー?」

「えっ、着るんですか?」


 突然、セットの着ぐるみを着たいと言われれば、誰だって何かと思うだろう。

 きらりとひかりが事情を説明すれば、担当のスタッフも何とも微妙な表情で、頷いた。


「許可撮ったから、あとで絶対撮ろうね!」

「あ、はい」


 最早逃げられないと頷く灯里に、きらりとひかりは嬉しそうに飛び跳ねて喜んでいる。


「すごく、かわいいのに、素直に喜べない、この気持ち……」

「大丈夫? 本当に……」


 今最も推しの魔法少女だとは聞いているが、自分や桜子の時とはずいぶん反応が違う。

 確かに、桜子にもテンションは上がっていたし、恥ずかしがっていたが、自分の時はテンションが低かったように感じる。

 あの時は、自分も必死だったし、しっかりと覚えているわけではないが、少なくともスマホを抱えながら、肉眼で見るか、写真を撮るべきか迷うほどの反応は示していなかったはずだ。


「…………灯里、私の事好きじゃなかった?」

「……ぇ、え゛!?」


 推しの興奮すら一瞬で忘れる彩花の言葉に、灯里が目を見開いて彩花を凝視すれば、彩花も慌てて手を横に振る。


「違うの違うの。えーっと……ファン、的な方で」

「……好き、だよ?」


 嘘ではないことはわかるが、その間は推しというほどではない。ということなのは、察せた。

 別によくある事だし、気にしていたらアイドルなんてできない。むしろ、知っていたというだけで十分だ。


「歌は本当にうまいと思ってるし、パフォーマンスも好きだし、ブリサマのチケットも応募してるよ!? マジ恋シリーズは、種類多いし、彩花ちゃんのだいたいないから持ってないけど……!」

「ごめんって。気にしてないから、大丈夫だよ」


 慌てている灯里を宥めていれば、スタッフから準備ができたと呼ばれ、収録が再開する。


「それじゃあ、桜子ちゃんが帰ってくるまでに、ふわっふわのパンケーキ作るよ!」

「「おー!」」


 レシピは難しくないため、魔法を交えながら調理工程を進めている様子を見ていれば、ふと耳に入った声に振り返る。


「外で怪魔騒ぎが起きてる? 収録は続けられそうか? あぁ、それなら続けてくれ」

「怪魔騒ぎですか?」


 さすがに無視することはできないと、熊猫が声をかければ、大丈夫だと笑った。護衛で藤宮と苅野がついているのだ。ただの怪魔であれば問題ないだろう。

 だが、今、魔法少女は狙われている危険がある。怪魔騒ぎも狙って起こされているなら問題だ。


「あの大きな護衛の少年が瞬殺してくれたんですと。少し遅れるかもしれませんが、問題ありません」

「危険であれば、収録は中止するようにお伝えしましたよね?」

「怪魔を排除できるのであれば、危険ではないでしょう。怪魔が多少暴れた程度で中止するために、貴方方を雇ったわけではないんですよ」


 アイドル番組は安定した人気があるし、今回はブリリアントカラーライブに参加する今をときめく魔法少女が揃った回だ。中止などありえない。

 本当に危険だと判断すれば、藤宮から連絡が来るだろう。熊猫は、携帯を一度確認すると、周囲に目をやった。


「生地完成!!」

「じゃあ、焼いていこうか。コンロは危ないから、ホットプレートで焼こうね」


 科学推進委員会が黒幕ならブリリアントカラーライブに出演する魔法少女は狙われる危険が高い。

 スタジオの外はもちろん、スタジオ内にも手引きされて入り込んでいる危険がある。


「ねぇ、お兄さん、トラブルなら手伝いますよ?」


 先程から器具の積み上げられた場所で、何かを準備をしているスタッフに声をかければ、スタッフは肩を震わせた後、奥に手を伸ばすと、何かの鍵が開く音がした。

 直後、スタッフに飛び掛かるように影が飛び出し、スタッフにぶつかると、ゴムボールのように反射して、小林に向かってくる。


「ッ小型怪魔!!」


 紙一重で避けながら叫べば、スタッフが一斉に振り返った。

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