02
ただの着替えなら、大して時間はかからないのだが、そこはアイドルで収録ということあり、メイク直しなども含まれる。
ドアの前で、その様子を眺めていれば、向こうから聞こえてくる熊猫の声。
「ねぇ、貴方って、実戦経験はあるの?」
高ランクであっても、実戦経験の有無は大きい。
特に、魔法使い相手には。
「ごめんなさいね。貴方たちの資料には、一通り目を通したんだけど、アタシたち下っ端には伏せられてることも多いのよ」
「そうなんですか? でも、大澤さんが知ってることは知ってるんですよね?」
「正直、それが怪しいのよ。大澤さんって、アタシたちの中じゃ、上の上。やる気があったら、軽く所長になれるような人だもの」
だからこそ、一歩間違えれば厄ネタになりかねないSランクやAランクのふたりを預かる許可が出たのだ。
本人は最後まで渋っていたが、最終的に色々な圧力と良心の呵責に耐えかね、預かることとなった。
「だから、できれば貴方たちの口から聞きたいの。確認という意味でもだけど、勝手に知られてるって気持ち悪いでしょ?」
一方的に情報を知っているなど、自分がやられたなら恐ろしくて仕方ない。
「本当の実戦経験っていうと、わかりません。魔法使いとか怪魔とか人とか、一応、戦ったことはあります」
「模擬戦以外で?」
「はい」
「護衛の仕事とか、そういうわけじゃない?」
「怪魔は、お小遣い稼ぎで何度か。他は、自衛です」
「まぁ、普通に生活してたら、そうよね。お小遣い稼ぎってのはびっくりだけど」
怪魔は危険な存在のため、町中に現れた怪魔を討伐すると、報酬が払われる。そのため、収入源のひとつとされることもある。
だが、腕に自信が無ければ、なかなか選ぶことのない収入源のひとつだ。
「じゃあ、人とかの警戒はこっちがやるから、怪魔が出てきたら対応はお願いね」
「怪魔?」
護衛の仕事には、怪魔から守るというものはある。だが、今回は屋内、しかもテレビ局内だ。
警備もいるし、怪魔が現れにくい環境のはずだ。
「持ち込まれるかもしれないでしょ? 相手は、組織の可能性があるんだから」
「科学推進委員会、でしたっけ?」
一応、護衛に先立ち、魔法少女たちを狙っている可能性のある組織について、説明は受けていた。
その筆頭が”科学推進委員会”と呼ばれる、魔法使いを毛嫌いする組織であった。
魔法は、この世界の理を破壊する、異端な存在であり、その魔法を行使する魔法使いは、この世から排除すべきであると提言していた。
「そんなに大きな組織なんですか?」
「どこでも議席を獲得してるくらいには」
実際、魔法使いが一般的に受け入れられるようになったのは、ここ最近の事であった。
国を統治した魔法使いは確かに存在したが、一般的に魔法使いは異端とされ、迫害されていた。
迫害を加速させたのは、とある魔法使いが人に危害を加えることを目的とした”怪魔”を作り出した時からだ。
「…………それって、どのくらいすごいんです……?」
「……白墨事件の裏で糸を引いていたのが、彼らだって言われてるけど、それを隠す資金と組織力を持ってる」
「なる、ほど……」
白墨事件は、その異様な光景に目を引かれがちだが、そもそもテロ組織に狙われたのは、魔法と科学の共存についての講演会場だった。
テロ組織の放った怪魔と巨大な魔法。それにより、講演会に来ていた人以外にも、周囲にいた人にまで被害が及び、多くの人へ魔法の恐ろしさを刻むこととなった。
最初こそ、テロ組織が狙ったのは、講演会の演者の誰かかと思われていたが、調べれば調べる程、科学推進委員会の自作自演の可能性が浮上してきた。
事件後に科学推進委員会の支援者は、圧倒的に増加したことは事実であり、彼らの真の目的は、それだったのではないかと、証拠のない確信だけが警察の見解だった。
「今回の件、正直、あいつらも関わってると思ってるの」
狙われたのが魔法少女であること、加えて今度行われるブリリアントカラーライブは、白墨事件の恐怖を払拭するための、いわば魔法を恐怖の対象ではなく、恐怖を払拭する希望の光へ変化させるライブ。
彼らの目的にとって、それは阻止したい事態のはずだ。
「けど、まぁ、人に関してはこっちで警戒しておくわ。だから、貴方はアタシたちが対応できないレベルのをお願いするわ。一発目だけなら、どうにか防ぐから」
怪魔や強い魔法相手では、ただの人間にはできる限界がある。
そういう時のための灯里だ。
「えーっと……パンダさん、でしたっけ? そんなに話して大丈夫ですか?」
「ん? どうして? お互い背中を預けるんだもの、このくらい話しておいて損はないと思うわよ」
文字通り命を預けるような相手だ。隠し事ばかりでは、信頼だって得られない。
魔法使いを監視することが目的の監視官の中でも、幼い魔法使いを担当する者は特に、コミュニケーション能力が高い者が選出される。
コミュニケーションエラーが、大きな犯罪に繋がったり、凶悪な犯罪者を生み出しかねないからだ。
「……小林さんは、あんまり話さないタイプなので」
「あー……そうね。アイツ、なまじ優秀だから」
何より、子供が理不尽に巻き込まれ、使い潰されるのを嫌っている。
だからこそ、魔法少女としてや高ランクだからと、政治に利用されそうになっている彼女たちに全てを話したがらないのだろう。
「悪い奴じゃないから、仲良くしてあげて」
扉越しの言葉に、灯里は小さく口元を緩めた。
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