03

 ”Sランク”

 現在の測定器では、魔力量などの測定項目がひとつでも測定できない魔法士のこと。

 世界的にも、10人存在しないと言われている、魔法使いの中でも別格の存在。


「一応、新学期に言ってるからな。でないと、信じない連中がいるだろ」


 Sランクなど、あまりに遠すぎる存在に、学生はまず信じない。嘘をついていると、妙な正義心に駆られ、灯里を攻撃し始める。

 ただでさえ、編入生という目立つ存在な上、久遠のような面倒な人種に絡まれてみろ。

 想像できた光景にため息も漏れる。


 だが、苅野の記憶には一切言われた覚えはない。

 Sランクなど聞けば覚えているはずだ。灯里がSランクと知っていれば、声もかけなかったし、ペアも断っていた。


「あぁ。こいつ、認識を歪めたみたいだからな。俺の好意を無駄にしやがって」


 なにしてんだ。

 そう言いたくなる気持ちをそのままに灯里へ目をやれば、目を逸らされた。


「Sランクって、将来、約束されてるようなもんだろ。隠さなくてよくね?」

「絶対、目立つじゃん」


 転入生に真っ先に声をかけるのは、コミュニケーション能力の高い人間だ。

 プライベートなことを含めてマシンガンのように質問され、それにしっかりと答えないといけない。

 転入生を遠巻きに見ては、自分には絶対にできないと思った。


「わかる」


 つい言葉を漏らしてしまえば、担任から鋭い視線を送られる。


「誤魔化すなら最後まで誤魔化せ。あと、物理的な怪我にしろ。マシだ」


 それでいいのか教師よ。と本日何度目かの思ったことを飲み込む。


「そういや、なんで測定不能じゃなくて、ちゃんと数値がでたんです?」


 誤解を招いたのは、そもそも数値が出てしまったからだ。

 おかしな数値や測定不可と出れば、機械の故障かと思い、誰も灯里が嘘つきだとは思わなかったはずだ。


「ん? あぁ、魔力測定器の仕組み的に、黒沼は数値が出るんだ」


 魔力測定器は、無意識に本人から出ている魔力量と魔力に対する反射などから予測された数値を表示する。

 そのため、故意に魔力を周囲に撒いていれば、数値は高いものが出る。それによるランクの偽装は存在するが、企業努力により昔より大分マシになっている。


「あー……つまり、常に魔力を巻き散らせていると?」

「巻き散らせてるわけじゃ……空間魔法を使ってるだけで」

「もうその時点でおかしいんだよ」


 ”空間魔法”は、その魔力の消費量からひとりで行使できる魔法使いは少ない。

 それを軽々と常に使っていると言われては、頭痛が痛そうな表情をする担任の顔と同じ表情にもなる。


「完全ってわけじゃないんだよ!? 入口、ドア的な感じで、危険だったら、別空間に引き込む感じで! 魔力の消費もそんなに多くないし、ほぼ自動化してるし、だか、ら……あ、いや、ううん。ごめん」

「あ、いや、謝る事じゃ……」


 慌てたように取り繕う灯里に、苅野も首を傾げる。


「そういえば、幸延妹と池袋でドローン襲撃事件に巻き込まれたんだったな。二人共怪我はなかったらしいが、使用者が限られること以外は頼もしい魔法だな」


 だが灯里の顔は少し俯いていて、苅野の脳裏には先程の会話が一斉に再生され、繋がる。

 先程、『喧嘩をした』と言っていたのは、彩花が気まずくて話せていなかっただけではないか。


「うわぁぁぁ……!! 灯里、超勘違いしてるし! どうしようぅぅ……」


 苅野の予想は当たっており、彩花は測定終了後、頭を抱えていた。

 あの後、魔法少女が襲われる事件が数件発生し、彩花も狙われたのだろうというのが、警察の見解だった。つまり、灯里を巻き込んだのは自分だと、なんとなく彩花は灯里から距離を取っていた。

 その結果が、先程の喧嘩したと勘違いしている状況だ。


「うるせェ……」

「だって、怒ってないって、原因の私が言うの違うじゃん!! 仲直りってことにしても、私が原因で、謝ったからいいでしょ? はい。仲直り。とか、クソ野郎じゃん!!」

「……」


 とてもめんどくさそうに、赫田が長いため息をついた。


「原因もクソもテメェの所為だろ。気になるならすんじゃねェよ」


 気にしていることを遠慮なく言葉にする赫田に、尚更頭を抱えると近づいてくる足音に慌てて顔を上げる。

 桜子の予想通り、妙な噂は立っているため、少しだけ赫田といる時に配慮をするようにしていた。ただ、今回は以前の事件のおかげで、ペアを避けられている赫田と唯一組んでもいいと手を上げたため、一緒にいることは問題ないはずだ。


「彩花ちゃん! 大変! お兄さんが!!」


 久遠が倒れたという。

 正直、どうでもいいというのが本音だが、「あ、そう」と無慈悲な言葉を返すわけにもいかず、言葉を選んでいれば、驚いて困惑していると勘違いしてくれたらしく、状況を説明してくれた。


「ぇ、あ、灯里が?」

「さっすが先輩だな!!」


 彩花が灯里と知り合いであることに驚いた表情をしたクラスメイトも、隣で楽し気に笑っている赫田に、何か察したように口を閉ざした。


「と、とにかく、今は医務室に運ばれたみたいだから」

「わかった。ありがとう」


 赫田に近づきたくないのか、足早に去っていったクラスメイトを見送ると、彩花は少しだけ顔を俯かせた。

 本当は、灯里のところへ行きたい。

 久遠の事だ。嫌味を散々言われただろう。殴られてはいないだろうか。

 心配の尽きない頭を強い力が、物理的に掴む。


「気になるならすんじゃねェっつってんだろ。頭付いてねェのか?」

「は……!? やめてよ」


 相変わらず乱暴な赫田の腕を叩けば、鋭い眼光が彩花を睨みつける。


「テメェ、先輩が雑魚だとでも思ってんじゃねェだろうな?」

「そんなわけ――」

「思ってたら、今すぐその頭握りつぶすけどな」


 選択肢がないじゃないかと言いたくなる気持ちを堪え、赫田を真っ直ぐ見据える。


「私は、灯里に助けられたんだよ」


 灯里が強いなんて、誰よりもわかっている。

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