02
もし、今日目が覚める前の自分に会いに行けるなら、自分の腹を全力殴りたい。
それもう、学校を休みたくなるくらいに。
『黒沼は今年編入してきたから、全く勝手がわからないだろうから、教えてやってくれ。ヤバそうなことになりそうだったら、すぐ呼べ。シャレにならんから』
そう言い残した担任に、聞きたいことは山ほどあった。
本当に、山ほど。
「へ、編入だったんだ……」
編入ということは、少なくとも高ランク。Cランクなんかではなく、Aランクの可能性が高い。
「うん。魔力測定のために、こんな大きな施設にくるんだね」
「あー、それは、ほとんど午後のためだよ」
「午後?」
「ほら、高魔大会の選抜含めた試験」
全国高校生魔法大会。通称”高魔大会”
魔法使いの甲子園のようなものであり、全国有数の魔法学校である翌檜学園も、もちろん毎年選抜された生徒たちが出場している。
高ランクの魔力測定を行うついでに、その施設で実戦形式の試験が行われる。さすがの翌檜学園も、最新の魔法設備を常に備えられるわけではなく、高ランクの魔法を全力で扱うためには、施設を借りた方がよかった。
「魔法士とかアスリートも使ってる施設らしい。魔力測定の機械は……すごいかも」
灯里と共に魔力測定の部屋に向かえば、部屋の中を覗いて、アレかと何度も確認される。
「あそこに立つだけでわかるの?」
灯里が驚くのも無理がなかった。
一般的な魔力測定器は、血圧計のように腕に機材も巻いて調べることが多い。
目の前のは、指定の場所に立っているだけで、魔力量、魔力耐性、魔力出力がわかる。
「一応、予測数値らしいけど」
本来の数値とは多少のズレがあると言われているが、大きな施設であればあるほど、この簡便さからこちらの機械が使われている。
機械の上に苅野が立てば、数秒で体重のように表示される魔力量などのランク。
問題があるとすれば、この表示が他者から見えるということだろう。ボードに表示されたランクを記載している灯里だけではなく、他の生徒たちまでそのランクを見ている。
「そういや、一年にオールAがいたらしいよ」
「アイツだろ? 初日から、気に入らない奴病院送りにしたって問題児」
高ランクが集まる今日の測定でも、苅野のランクは目立つわけでもなく、話題は全ての数値でオールA。つまり、全ての最高ランクを叩き出した生徒で持ち切りだった。
オールAは、本当に一握りの魔法使いしかおらず、それこそトップアスリートか、フリーで働ける魔法士レベルだ。魔法使いの中のエリート。
「でも、彩花ちゃんの彼氏って話だぞ?」
「いやいやいや、ありえないって、俺の彼女だぞ」
「その嘘はないわ」
「証拠あんのか!?」
「ブクロの事件も知らなかったくせに何言ってんだ」
彩花の名前に、ふとボードを受けとりながら、先程のことを聞いてしまう。
「そういや、仲直りできたんすか?」
「……怒ってなかったらしいけど、わかんない……」
「喧嘩、したんだよな?」
「2週間くらい、ほとんど話さなかった」
同じ寮に住んでいて、顔も合わせないわけではなかったが、会話はおろか、視線を逸らされることも多かった。
「別に近くにいてくれれば、銃弾位防げるのに」
「……は?」
魔法防壁で銃弾が防げるのは事実だ。
しかし、それが簡単かと言えば、答えはノーだ。魔法士のように常日頃から訓練していれば、多少反応もできるだろうが、他人ともなれば話が変わる。
気が付かず撃たれれば当たるし、魔法が間に合わないこともある。そして、死んだ人間は生き返らない。
いくら魔法とはいえ、できないことはあるという代表例だ。
もし、灯里の言葉に偽りがないならば、相当の魔力量を持っていて、常に魔法防壁を張れるということだろう。
ならば、魔力量はAランクだろうと、靴を脱いで機械に乗る灯里の結果を待つ。
「……」
表示は、D~Gばかり。本来、ここに来ないはずの、低ランクの魔法使いだ。
「なにあれ……」
周りも数人が本来ありえない表示に眉を潜めて、灯里を見つめる。
低ランクと高ランクの測定日については、あくまで自己申告だ。だが、いくらお調子者とはいえ、低ランクで高ランクに混じるというのは、それは高ランクからの嘲笑を自分から受けに行くようなもの。高ランクな生徒ほど、低ランクを見下す高慢な生徒が多く、高確率でいじめの標的にされるため、普通はやらない。
「おいおい。見栄っ張りにも程があるぞ?」
しかも、よりにもよってやってきたのは、生徒会長である幸延久遠だった。
「えーっと……たしか、彩花ちゃんのお兄さん」
「幸延久遠だ。生徒会長の名前くらい憶えておけ」
灯里を見下ろす久遠は、一度表示されたランクへ目をやる。
「田舎ってのはランクの付け方も違うのか? それとも、田舎過ぎて測定器もなかったのか?」
ケラケラと嘲るような笑い声が周囲を満たす。
2年の測定時間だというのに、わざわざ別の学年の測定を見ているほど性格の悪い奴らだ。調子に乗って紛れ込んだ低ランクなど、いい的だったのだろう。
「彩花ちゃんのお兄さんなのに性格悪……」
ぴくりと震える久遠の頬に、苅野も担任を呼びに行くべきかと周囲に目をやるが、この部屋に担任はいない。
離れるにも、この状況で灯里を置いていくのも心配だ。
「アイツ共々、撃たれちまえばよかったのによ」
実の妹だというのに、吐き捨てるように言い放つ久遠に、灯里の目が細まる。
「なんだ? 文句があるなら言ってみろよ。別にそのお粗末な魔法だって構わ――ピョォォオオオーーッ!!!」
突然の久遠が白目を向いて、腕を上げて奇声を上げ始めた。
頭を振り乱し、奇声を上げたまま、跳び回る異常な光景に、周りにいた生徒は自然と後退っていた。
平然としているのは、灯里くらいで、この現象の原因が灯里であることを証明しているようなものだった。
「黒沼! ストップ!! ストップ!! 普通にヤバい!!」
慌てて止めるが、止める気はないとばかりに、久遠が脱いだパンツを頭から被って、パンツの中で首を横に振っている。
普通に怖くて逃げ出したいが、なんとか踏ん張り周りに目をやれば、見つけたその姿。
「アホッ!!」
担任のボードが、良い音を立てて灯里に頭に落ちた。
「シャレにならんことはやめろと言っただろ!!」
騒ぎを聞いて駆けつけてくれたらしい。
「どう考えても、そっちが悪い」
「手を出したら、出した方が負けだ」
「言葉の暴力だって、暴力です」
「現場に居合わせない人間にとって、結果的に被害がデカい方が被害者だ」
まだ白目を向いて走り回っている久遠を捕まえると、心底嫌そうな表情で灯里の方へ目をやる。
「これは気を失わせれば黙る系か?」
教師とは思えない発言をした後、静かになった久遠を抱え、医務室に向かった。
悪いとは思わないが、当事者として灯里と苅野も医務室の外までついていけば、話を聞いた保険医が頭を抱えたのだけは見えた。
「アンタ、なにもんだよ」
先程の魔法は明らかに精神系の魔法だ。
精神系の魔法を使えるというだけでも驚きだが、もっと驚くべきところがあった。
それは、予備動作なく行っていたことだ。
不可能というわけではない。使い慣れた魔法であれば、予備動作も魔方陣も詠唱もいらない。物理系魔法などは特に多く、武器を振る動作そのものを予備動作としている魔法士も存在する。
だが、精神系魔法は繊細な操作を必要としていることもあり、そのほとんどが予備動作を必要とする。
トップクラスになれば、”見つめる”という動作であることもあるらしいが、灯里のそれは少し違うように思えた。
「少なくともDとかGなんてレベルじゃないだろ」
少なくとも、これでランクがDなんてことはありえない。Aランクの可能性が高い。
「その通り。やはり、お前に任せて正解だったな」
「先生?」
医務室から出てきた担任は、大きくため息をついて灯里を見下ろした。
「ただ、あの機械が壊れてたわけじゃない。こいつは、”調べられない”んだ」
「……は?」
機械が測定できない”規格外”の存在。
それは、世界にも10人存在しないと言われる、Aランクよりも上の存在。
「”Sランク”だ」
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