3話 魔法少女おでかけ
01
昇降口の前で、壁を背に寄り掛かり携帯を見ている彩花に、生徒たちは遠巻きにそれを見ながら通り過ぎていく。
「生彩花じゃん。初めて見た」
「待ち合わせ?」
「例の彼氏? ヤバい奴って話じゃん」
「聞いた聞いた!」
遠巻きに聞こえる彼女たちの言葉に、桜子が気にしていた理由がよくわかった。
小さくため息をつきながら、目の前の携帯に映ったメッセージを眺める。
『先生に捕まった』
ただそれだけ書かれたメッセージに、よく知らない彼女たちの言葉以上にため息をつきそうになる。
放課後、買い物に行こう。
それだけの約束だが、ブリリアントカラーライブが近づけば近づくほど、宣伝の収録も練習も増える。
なにより、せっかく灯里と出かける約束をしたのだから、出かけたい。
「…………」
一年と違い、二年は新学期とはいえ、すぐに通常授業が始まるため、先生に捕まったというのも授業の関係だろう。
それなら、それほど長くはならないはずだ。
昇降口近くにいることを返せば、既読はつかない。
「おい」
翌檜学園は、芸能関係者も多いため、物珍しそうに見てきても、声をかけてくる人は少ない。
どちらにしろ、最初から喧嘩腰に声をかけてくる人の方が少ないと思うが。
「何」
ただ今回ばかりは、心当たりのありすぎる相手のため、携帯から顔を上げれば、不満気にこちらを睨む久遠の姿。
「お前、男の家に転がり込んどいて、なんだその態度」
「寮に入っただけだけど?」
きっかけは久遠の言葉であることには違いないので、少なからず両親から何かを言われたのだろう。
でなければ、学校でわざわざ声なんてかけてこない。少なくとも口論になることがわかっていて、外面が大切な生徒会長であるのだから。
「は? 隠してるつもりかよ。彼氏の家に泊まってるって知られてんだよ。アイドルなんて男に媚び売る仕事だってのは知ってるけどな」
鬱憤が溜まっているのは理解するが、どこをどう取ればそういう解釈になるのか。
やはり、相手にしてはいけないタイプかと、携帯に視線を落とせば、痛みと共に携帯が地面に落ちる。
「人が話してるんだぞ。何、携帯見てんだよ」
「他人の携帯を叩き落すのはいいわけ?」
さすがに睨むが、久遠はむしろ満足気で、呆れてしまった。
携帯を拾い、電源が入ることを確認すると、これ以上久遠に絡まれないように移動しようと鞄にしまう。
「逃げんのかよ」
何か返したら負けだ。
無視して歩き出した時だ。小走りで外に出てくる足音に、少し目をやれば、出てきた灯里の姿に足を止めた。
「よかった! まだいた!」
灯里は、安心したように彩花に近づくと、ふと久遠の方に目をやる。
「…………」
少し渋い顔で灯里の顔を見ている久遠と彩花を、交互に見やると、彩花の方に一歩近づき、小声で知り合いかと尋ねられる。
「……一応、二番目の兄」
「邪魔しちゃった……?」
「ううん」
むしろ、ちょうど良かった。
「話は終わったから」
「そう?」
こちらを睨みつける久遠が、そのよく回る口を回さない理由は、おそらく灯里のせいだ。
幸延家で、才能もあって、将来魔法士になるため育てられている云わばエリートのような存在は、この翌檜学園内では一目置かれる。
だからこそ、横暴であっても生徒会長を任せられる。
しかし、魔法だけの才能であれば、久遠に勝る生徒は存在する。そういった生徒たちを敵に回せば、たちまち今まで積み上げてきた信頼や信用は失われる。
故に、イレギュラーな存在である灯里に、それらを見極める時間が必要だった。
「それより、早く行こ。デートだよ。ブクロデート」
アイドルが”デート”と言うのはマズい気もしたが、女子同士だし、プライベートなのだからいいのかと、灯里は軽く久遠に会釈をしてから彩花についていく。
「また起きりゃいいな。白墨事件」
嫌味のつもりであろう言葉に、少しだけ足を止めそうになるが、じっと久遠を見ている灯里の腕を掴み、駅に向かった。
「――――編入書類?」
電車の中で、教師に呼ばれた理由を話す灯里に、彩花は驚いたように何度か瞬きを繰り返す。
てっきり翌檜学園には、赫田と同じように一年から入学していたのかと思っていたが、今年から入学したらしい。
「うん。ほとんどヒロくんが一緒にやってくれたんだけど、また帰ったらやらないと……」
めんどくさいとため息をつく灯里に、彩花は驚きを隠せていなかった。
力の強い魔法使いは、扱いを知らなければ魔力を暴走させる危険もあるため、高位になればなるほど、翌檜学園の方から招待される。
結果的に、将来有望な生徒が集まり、また魔法で犯罪を起こした場合、素早い犯人の特定に役立つ。
その翌檜学園に編入ともなれば、その生徒の魔法の才能はずば抜けた物であることの証明であり、普通は大騒ぎになる。
「何で騒ぎに――」
なってないのかと言いかけたところで、脳裏に過ったある事。
入学式から連日のように、派手に暴れていた人物がいた。
複数人の高位の魔法使い相手に、魔法を使わず素手で、ひとりで返り討ちにした新入生が。
「あー……うん。なるほどね」
情報のはっきりしない編入生より、実際に起きた事件の方が興味を引く。
「10年ぶりの池袋!」
「あれ以来、行ってないんだ」
「うん。行けるようにしておけば、ブリカラもひとりで行けるから、ついでに場所も教えてほしい」
白墨事件の後、テロの主犯が捕まっていないこともあり、池袋から人が消えた。
駅から出れば撃たれる、襲われるなどと風評被害も広がったが、それもこの十年で回復してきている。
元通りではないが、また活気づき始めているのは事実だった。だからこそ、国や都は、このライブに力を入れている。
「当日は特設ステージが組まれるから、駅前から案内の人が立ってると思うよ」
「超大規模ライブらしいもんね」
「うん。展望台からなら見渡せるかも」
「展望台?」
「サンシャインの」
「…………何見るの」
「えっ、す、スカイツリーとか……?」
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