04
「ん。いいよ」
寮に戻り、管理人である大澤に、歌やダンスの練習について聞いてみれば、予想以上にあっさりと許可が出た。
その上、使っていない大部屋まで使っていいと言われては、流石に気後れしてしまう。
「代わりに、その部屋の掃除はお願いしていいかな?」
「わかりました」
使わせてもらうのだから、掃除くらいは当たり前かと思ったが、大澤にとってはそれが一番大事だったらしい。
「ついでに任された建物の管理なのに、部屋が無駄に多くてね。ひとつでも減らせるなら、助かるんだよ」
確かに、琴吹荘の部屋は余りに余っている。その全てを大澤ひとりで管理しているとなれば、確かに嫌にもなるかもしれない。
案内された部屋は、寮の一室というより会議室のような部屋だった。
「元々ミーティングルームだったらしいから、音漏れはしないから安心して」
「……あの、ちょっと気になってたんですけど、ここ、本当に寮ですか?」
学生寮というには、少し違和感がある寮の形に、元ミーティングルームという部屋。
赫田が言うには、別にトレーニングルームまであるらしい。
さすがに、学生寮というには、少し厳しいものがあるだろう。
「あぁ、ここ、元魔法士の部隊が使ってた建物だよ」
急なテロ行為や怪魔の出現に対応できるよう、主要都市には特にこういった施設は存在する。
もちろん、ここは既に放棄されており、再利用方法として、学生寮にリニューアルされてることはよくあった。
魔法使いによるテロ行為などを監視する部隊にいた小林の元上司に、元魔法士部隊が使用していた魔力耐性などの設備の整った施設に、たったふたりの寮生。
やはり異様だ。
「……大澤さんは、灯里たちのこと、監視、しているんですか?」
高ランクの魔法使いになれば、故意、事故関わらず、魔力を暴走させれば大きな事件になる。
そのため、警察が監視することもある。ほとんど形式的なもので、こうして毎日のように顔を合わせるということではない。
「そうだよ」
あっさりと答えた大澤に、彩花は少しだけ目を細めた。
「あぁ、幸延ちゃん、
先程までと変わらない表情だというのに、全てを見透かされていそうで、背筋が震えた。
秘密だと約束したことですら、口を開きかけている大澤には知られてしまいそうで、自然と足が後退る。
「何してるの?」
ふと聞こえた声に、ふたりは振り返ると、そこには部屋を覗き込む灯里の姿。
「練習場所として貸すんだよ。ライブの練習があるんだって」
「ブリカラ!?」
ブリリアントカラーライブは、魔法少女の祭典だと銘を打たれているのだから、灯里が知っていてもおかしくないが、驚くほど目を輝かせている。
「桜子ちゃんと特別ユニットするんでしょ?」
ブリリアントカラーライブの現在解禁されている情報の多くは、彩花と桜子の特別ユニットと歌だ。
「あの時は別々でステージに立ってたけど、今度は一緒に立つなんて、楽しみ」
「別々で立ってた?」
白墨事件が起きる前、魔法少女イベントで確かに彩花はステージに立った。
一般参加のマジカルマイクを使った、誰でも歌って踊って魔法が使えるカラオケ大会だ。
歌うことは嫌いではなかったが、カラオケ大会に興味が無く、彩花は参加するつもりはなかったが、ステージを見て目を輝かせる灯里を見て、飛び入り参加した。
「一番最初に桜子ちゃんが歌ってたでしょ?」
不思議そうな表情で答える灯里に、忘れ去れていた記憶がフラッシュバックする。
灯里が、どうしても見たいと言って、ふたりで保護者に担いでもらって、ピンク色の魔法少女のライブを見た。
正直、ほとんど覚えていないが、灯里がすごく目を輝かせていたのは覚えている。
それがなんだか気に入らなくて、飛び入り参加したのだから。
「あー……あれか。あれだったのかぁ……桜子、子役とかもやってたもんなぁ」
芸歴はとても長く、それこそ教育番組にも、ドラマの子役として抜擢されていたこともある。
今は、魔法少女としての活動がほとんどだが、本人曰く、当時は今以上にキャラが弾けていたらしい。
当時は興味が無かったとはいえ、全く気が付いていなかったことは、桜子には言わないでおこうと、心にしまうことを決める。
「そういえば、許可出たんだって?」
小林が事情を説明しに行けば、両親はあっさりと家出どころか、琴吹荘に入寮することを許可した。手続きも既に終わっている。
色々と横から文句を言ってきたのは、きっかけである久遠だったが、さすがに両親の決定には、いつものよく回る舌も使えなかったらしい。
そして、芸能活動は、今まで通りで構わないと。
連れ戻されるや魔法少女をやめるなどという、心配など必要なかった。
両親は、
「彩花ちゃん?」
家出して、許可が出たようなものなのに、その陰りのある表情に、灯里は首を傾げた。
「ホームシック?」
「ううん。そういうわけじゃなくて、やっぱり、必要とされてないんだなって。わかってたけど、魔法の才能、ないから」
魔法士の家で、魔法士になれず、ただ歌って踊ることしかできない魔法使いに、何の意味がある。
意味がない。そんなこと、わかっていたじゃないか。
「魔法少女は、やりたくない?」
「そういうわけじゃ……! 本当に、本当に、歌うのは好きだし、それでみんなに喜んでもらえるなら嬉しい」
でも、理想と現実はあまりに解離していた。
「少しくらい認めてくれたっていいのにね」
ヘタクソな笑顔で、誤魔化すように笑う。
「魔法士になれないって諦めて、かわいい魔法少女としてがんばるから」
できることを頑張るから、才能のないことを求めないから、少しくらい褒めてくれたっていいじゃないか。
今まで伏せてきた思いが溢れそうになると、ふと頬に触れる温かいもの。
「強くてかわいい魔法少女」
それは、なにも気が付いていないかった時の、高慢な自分の言葉。
「彩花ちゃんは、ちゃんと強くてかわいい魔法少女になってるよ」
その力強い言葉に、心が一瞬傾きそうになる。
「本当は、褒めちゃいけないんだが、怪魔相手に子供を庇うなんてのは、弱い奴じゃできないよ。十分強いよ。幸延ちゃんは。まぁ、立場上止めないといけないから、今のオフレコで」
困ったように眉を下げる大澤に、彩花も困ったように顔を逸らした。
「それに、物理的に強いってなると、ヒロくんがいるし」
「あ、アレはちょっと……」
素手で魔法を弾くなど、見たことも聞いたこともない。
次元の違う行為を思い出しては、本当に遠い存在過ぎて逆に笑いが零れてしまう。
「そういえば、昔、灯里、赫田に襲われたって本当?」
ふと、昼間に赫田が話していたことを思い出しては、聞いてみれば、灯里がなんとも微妙な表情を浮かべる。
「びっくりして入院させちゃった時の話……? あれは、その……うん。びっくりしたから……」
本人も悪いと思っているのか、最後の方は消え入りそうで、ほとんど聞き取れなかった。
しかし、言ってることはほとんど一緒だ。つまり、事実なのだろう。
「でも、あの1回だけだよ? あれ以降は入院まではいってない」
「それ以降もあったんだ……」
灯里の言い方からして、一度や二度ではなさそうだ。
ふたりの関係が少しわからなくなりながらも、少し元気を取り戻している彩花に、灯里は安心したように頬を緩めた。
「灯里って、本当に強いんだね。ちょっと意外」
「うん。だから、強い人が強いって言ってるんだから、彩花ちゃんも強いんだよ」
強いを連呼し過ぎて、よくわからない言葉になってしまっているが、灯里の伝えたい言葉は伝わってきた。
「じゃあ、そう思えるように、がんばってみる」
強くてかわいい魔法少女。
まだ、自分では認められないけど、でもいつか、自分で認められるように、少しだけ頑張ってみよう。
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