第五話 承伏

「で、何故神のこの僕が一度は生を捨てようとした君の目の前に現れたのか、だったね」


「うぉ!?」


 静寂が戻った部屋にいきなりナギサの声が響いた直後に浩司の驚く声が響いた。


「相変わらずいい反応~」


 ニヤニヤしながらナギサは浩司を見ていた。そのニヤケ顔に浩司は強く苛立ちを覚えた。


「んで、"何故"か、わかるかい?」


「いや…全く、検討すら」


「だろうね」


 じゃあなんで聞いたんだよ…。無茶振りにも程があるだろ。


「ま、簡単に言うと、“君の幸福を叶えるため”さ」


 つまりはこういうことらしい。

 僕がこの世界への幸福を見出せず、自ら人生を終えたが、ナギサは“浩司の神様”として、そんな終わり方では困るらしく、こうして浩司の前に現れた。直接存在を把握してもらっているほうが、何でかは知らないけど神様にとっても都合がいいらしい。


「僕ら神は"死線"を超えた者のみが視認できるようになるんだ。一度君は死んだ。自ら絶ったんだ。そして"死線"を超えた。だから僕ら神が見えるようになった。"こっちの世界"に片足突っ込んだって感じだね。」


「“死線”…?“こっちの世界”…?」


「“死線”と言うのはありとあらゆる生き物にある生と死の境界線のこと。この国ではこの死線のことを“三途の川”と言うみたいだね。んで、その死線を超えると“こっちの世界”、つまり“亡き者の世界”さ。君は今片足を突っ込んでいる状態だから、僕を視認出来ているし、現世の人間にも視認されている。当然、“こっちの世界”の住人である僕は現世の人間には見えない。“死線を超えた人”は別としてね。」


 全くと言っていいほど納得出来てないし、理解も出来てない。

 浩司は今まで幽霊どころか、神様なんてあまり信じてこなかった。

 それなのに、今目の前に神様が現れて「死線」とか「亡き者の世界」とか言われてかなり混乱していた。

 そんな中、浩司は一つの疑問を抱いて、神に質問した。


「じゃあ、さっきから看護師さんが来ても消えて隠れる必要はないのでは…?」


「あの人が死線を超えてないって確証はないからね」


 なるほど。確かにそれはそうだ。自ら「私、過去に死のうとしたことあるんですよ~」なんて言う人はいないだろうし、普通なら隠すのが当たり前だ。だから他人が死線を超えているかどうかなんてわからない。


「まぁ、混乱するのは仕方ないよ、でもこれが今の現実なんだ。今すぐにとは言わないけど受け入れるんだ」


「これが、今の現実…」


 この先どうなるかもわからないのに、浩司は信じてもいなかった神、ナギサにいきなり別の現実を押し付けられている。「受け入れろ」だなんて言われてもすぐには難しい話だった。


「んー、よし、じゃあ抜け出すか。」


 急に何を言い出すかと思えば、ナギサは「ここから抜け出す」と言ったのだ。今はっきりとそう言った。

 そんな思っても考えてもいなかったことを急に提案された浩司は、ポカンと口を開けた。


「いや、…は?みたいな顔されても困るよ」


「いやいやいや、いきなり“抜け出そう”とか言われた挙句、読むなって言った心を読まれた僕の方が困るんだけど…」


「だって、暇じゃん、それとごめんじゃん」


「いやまぁ、そうだけど、僕まだこんな体だし、どうにもならないよ」


「早く治しちゃいなよ」


「馬鹿言えって…」


「治そうか?」


「は?」


「だって僕、“神”だし、余裕」


 企みを隠しきれていない不気味な笑顔と右手のピースサインがちょっとウザい。


「んなこと言ったって、いきなり治って歩き始めてたら不審すぎるでしょ。それに今ここにいれば別に何もしなくていいし、楽だから今はこれでいい。」


 正直その通りだった。もう何もしたくないから選んだ道、そして踏み外した道。ならもう尚更何もしたくない。楽にテキトーに生きていたい。


「じゃあ、そうやってここで何もしないでただただ時間が流れるのを待っているだけなのかい?」


「そうだよ、それしかないんだ」


“それしかない”。


「ふーん、時間が解決してくれると思ってるんだ?」


 そう言われると、なんか嫌だけど、その通りだった。図星だった。

 でも、浩司は時間が解決してくれることもあると思っていた。時間だけにしか解決できないこともあると信じていた。


「Time is “not” money、時間はお金じゃ買えないよ」


「そりゃそうだけど、金にもならない」


「じゃあ、抜けだそっか」


「いや、だから…」


「大丈夫、大丈夫!君の怪我は今治すし、関係者の記憶は消すから~!」


「そういう問題じゃ…あ?」


 え…?今、何て言った…?


「記憶…消せるの…?」


「えっ?…あー…まぁ…ね?」


「なんだよ、その不安そうな言い方」


 先ほどまで“私、神だから何でも出来ますアピール”していたナギサが急に自信を無くし始めたように見える。


「完全に関わった人間の全員の記憶は消せないけど、消せない部分については改竄できるはず、だから…」


 この神様、とんでもない悪魔的発言してる。


「記憶の改竄…?」


「ほんの一部だよ」


「いやいや、ほんの一部でも良くないだろ」


「はぁ...別にいいじゃないか、知らない人の記憶がどうなろうと君には関係ないことだろ?」


 ナギサはその皺の寄った眉間に手を当て、とても“神様の口から出た”とは信じがたいセリフを吐き捨てた。


「で?抜け出すの?それともこのままでいるの?どうなの??」


 浩司はいきなりそんな二択をナギサから威圧的に迫られた。

 つい1日前の自分がとった行動の結果として、今“こう”なっている。だからナギサの提案を飲むことにした。


「まぁ、いいよ、神様の仰せのままに」


 浩司はナギサの我儘っぷりに少し呆れながら仕方なく了承した。仕方なく。


「おっけ~!…あ、そうだ、言い忘れていたことが一つあるんだけど…」

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神有人 -kamiaribito- 瑞篠 翠雅 @Mizushino-Suiga

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