第四話 信疑
…。
「あー、なーんだ、ちゃんと死ねてるじゃん」
それが率直な感想だった。
失敗なんかしていなかった。ちゃんと死ねていた。果たしてそれが正しい道なのかはどうかはわからないけど、少なくとも自分の進みたい道に進めていることは嬉しかった。こんな、神を自称する奴なんて、気ぃ狂ってる奴か死後の世界くらいだもんな。良かった良かった。
「いやいや、君、死んでないから」
「…え?」
浩司は今この現状に理解が追いつかなかった…と言うより、到底できなかった。
「いや、“え?”じゃなくて、君生きてるから」
…????
「まぁ、理解できないのは無理ないよね。自分ではあれが確実に死ねると思って飛び込んだんだもんね」
僕は…僕は、本当に生きてるのか…?死んではいない…のか…?
「…あーあ、愚問愚問。君はそんなに死にたいの?生きたくないの?」
…あれ?ちょっと待った。
「ん?どうしたの?」
…ん?
「ん?」
「おい」
「なんだい?」
「お前…いや、なんでも…」
“コイツ、僕の思考読んでないか?”
「“コイツ、僕の思考読んでないか?”、そう思ったね?」
浩司は確証が持てず、下手に言いがかりをつけるのは良くないと考え、口にせずに頭の中で思い浮かんだことを、まるで代弁するかのようにナギサが声に出した。
自分だけの思考だと思い込んでいたことを一言一句違わず、しかも同時に声に出されたことに、驚き、「…は?」と声を漏らした。
「何も不思議なことじゃないさ、僕は“君の神様”なんだから、当然君の思考くらいは読めるさ」
“神”にとっては、思考を読むことは“当然”なのかもしれないが、浩司にとっては全然“当然”ではなかったので、理解なんかできず、ポカンと口を開けていることしかできなかった。
「…本当に?」
「ああ、本当だとも」
「じゃあ…」
「じゃあ?なんだい?」
どうしてもまだ半信半疑で確証が持てず、ただただ推測したことがたまたま一致していただけの可能性もあると推測した結果、“君の思考くらい読める”と言った“自称神”に一つ提案をしてみることにした。
「今から僕が考えることを言い当ててみろ」
「ふーん、まだ疑っているんだね。まぁ、いいよ。お安い御用だね。」
“自称神”のナギサは笑みを浮かべて言った。
(今日は7/26…)
「今日の7/26は…んー、あぁ、あの人の誕生日なんだね。君の好きな人…いや、正確には"好きだった人"の方が正しいかな?」
“自称神”は浩司の思考を完璧に読み当てた、というより、その思考より更に奥深く、過去の記憶まで遡って当ててみせた。
「おま…っ?!」
浩司が予想していた以上の回答をナギサから受けて、正直言葉が出なかった。
「だから言ったろ?人の思考なんて簡単に読めるの。」
「…ほ、他には、何が…出来るんだ?」
「何が…って、何でもできるよ?だって、“神”なんだから」
「“何でも”…?」
「ああ、言葉通り“何でも”だ」
そして、ナギサはこう付け足した。
「“神”だもん」
自慢げに言ったナギサのその態度は素直に浩司を驚かせ、今まで感じていた焦りは、気づけば関心に変わっていた。
「マジか…」
「マジだよ、大マジ」
ナギサは腕を組みながら至極当然のように頷いた。
その後も、浩司が指示したとおりに、浮いたり、飛んだり、小さくなったり、姿を消したり、望んだとおりの姿に変わったりした。
「とまぁ、お遊びはこの辺にして、ようやく君が僕の存在を"神"と肯定してくれたことで僕は“神”としての実在を確立出来たよ、礼を言うね、ありがとう!」
ナギサは浩司の気が済んだタイミングを見計らい、改まって小さく手を挙げて浩司に礼を述べた。
「え…?じゃあ、今の今までは神様じゃなかったってこと?」
「“神様”って言っていっても、あくまでも君達人間の思想理念によって様々な形で存在しているんだ。信仰する形が違えば神様の“形”が、信仰する規模によって“力”や“権能”が変わってくるんだ。ヒトが神様を信じさえすれば、そこに神様は現れる。“神様”ってそう言うモンだから。さっきまでは存在が不安定なものだった。神様がいるということを半信半疑に思われていたからね。だから君が私を“神様”として肯定してくれたことで、実在も肯定されたんだ。OK?」
ちょっと小難しい内容をざっと説明されたような気がしたが、要は“存在を肯定”されたから、“ちゃんとした(?)神様”になれたのだろう。
「じゃあ、今僕が君の存在を否定したら?」
「否定しようが何しようが、“否定する対象が存在している”わけであって、“存在がある”という事実に変わりはないから消えはしないかな。否定され続ければ弱くなり続けるけどね」
「なるほどな…」
なんか、単純で、複雑で、簡単で、難しい…?
だけど、浩司には一つだけわからないことがあった。
“じゃあ、何で神が僕の前に現れたのか”
「“じゃあ、何で僕が君の前に現れたのか”が聞きたいのかな?」
…あー。
「いや、ちょっとその前に」
「なんだい?」
「その、思考を読むの、やめてくれないか?」
そんなに事ある毎に思考を読まれていたら、何もできないし、気がもたない…。そして、何よりも気持ちが悪かった。
「あー、それね、うん…」
今まではきはきとしていたナギサだが、急に歯切れが悪くなったのが浩司にも分かって、嫌な予感がした。
「…え、出来ない…?」
「あぁ、すまないが出来ないね」
「一切読まなくするのは無理」とか「無意識下であれば特に伝わらない」などと言った中途半端な予感ではなく、「それは出来ない」と言う100%不可能だという返答になるだろうと薄々感じていた浩司の嫌な予感は見事に的中してしまった。
嫌な予感だけは神様レベルに的中してしまう。
「マジ…?」
「マジ」
マジか…。
「そもそもの前提の話で、さっき言ったように僕は“君の神様”だ。君とは思考、感情、見る物、聞く物、その他すべてのありとあらゆる情報全てを共有しているんだ。だから僕が意図していなくとも、君の思考や感情は、君が寝ていようが起きていようが、関係なく常にタイムリーで僕の頭の中に流れてくるんだよ。」
思考、感情、ありとあらゆる情報全て…意図せず…。マジかよ…。
「どうにかならないモノなの?」
「無理かな!」
無理なのかよ。
ナギサはこれ以上ないくらいにはっきりと否定した。いっそ清々しかった。何だよ、神様にもできないことあるじゃん…。という思考も伝わってしまうんだよな…と多少の面倒くささを感じた。
「じゃあ、今までもそうだったのか?17年間、ずっと僕の感じ取ったありとあらゆる情報を共有してたっていうのか?」
「まぁそうなるね」
だとしたら…。と、浩司が思い出そうとしたタイミングで、ナギサは「君は楽しかったよ」と続けた
「喜怒哀楽、感受性がとてもよくて、いろんな情報を感じ取れた。つっても、1年半前までの話だけどね」
「1年半前まで…つまりは高校に入学する前までか…」
高校入学前、つまり中学3年の冬あたりの時期まで。確かに浩司は残りの中学校生活を楽しんでいた。
高校の進路も決まり、卒業に向けた数か月の間、中学校きりになってしまう友人と思い出を作るのにとても楽しんでいた。それと…。
「嫌なことを思い出させちゃったかな?」
「いや、別に…」
別に、そこまで気にはしていない…と思う。が、いい気はしなかった。するわけがなかった。出来ればもう思い出したくない。
「じゃあ、本題に戻るけど…その前に、だ」
本題…?となったが、そうだ、浩司が話を逸らしてしまっていたことを思い出し、「何?」と聞こうとした時にはもうナギサの姿がはなく、何者かが部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「朝食をお持ちしました〜、入りますよ〜」
頼んでいた朝食が来たらしい。一人の看護師がカートを押しながら部屋に入ってきた。
「あら、外を見ていらしたんですか?」
さっきまでナギサがいた方向に視線を向けていると看護師が訪ねてきた。
恐らく見えていないだろうから、向けていた視線の延長線にある外を見ているのだと勘違いしたのだろう。
「あ、ええ、まぁ、そんなところです」
浩司はテキトーに話を合わせて濁した。
「今日いい天気ですものね〜」
「はい…そうですね…」
7月も終わりに差し掛かった今日、蒼く透き通った空に、一筋の飛行機雲とここぞとばかりに高く大きくなった積乱雲が広がっていた。
「ではここに置いておきますね〜。食べ終わりましたら、先程説明した右側にあるボタンで呼んでくださいね〜。では、ごゆっくりどうぞ〜」
そう言って看護師が部屋を出て扉がゆっくり動き、ピシッと閉まった。
飛行機雲と積乱雲はまだまだ広がり続けていた。
神有人 -kamiaribito- 瑞篠 翠雅 @Mizushino-Suiga
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