第三話 邂逅

 髪の長い少年のような少女のようないで立ちの“ソイツ”は組んだ腕の片方を上げてこちらに挨拶をしてきた。

 白い服を着てはいるが、見るだけで看護師ではないことは分かった。


「…誰?」


「誰でしょう?!」


 “ソイツ”は自信満々に自分の両の手を広げて浩司の質問に間髪入れず、質問を質問で返してきた。


「ウザいな」


 浩司は率直な意見を直球で相手にぶつけた。すると、相手は思ってもいなかった返しが来たかのように一度驚いて、その後すぐに冷静に戻り浩司のその態度に物を申した。


「失礼な!相手に名前を訊く時はまず自分から名乗るのが礼儀だよ?」


 浩司の態度も態度ではあったが、名乗りもしていないヤツに礼儀を説かれ、浩司をイラっとさせた。


 「は?名乗りもしない奴になんの礼儀がいるんだ?」


 元々、浩司は家の教育である程度の礼儀を叩き込まれていたので、礼儀と言うのは人並み、もしくは以上は身についていると思っていた。だからその礼儀とやらを説かれたのは余計に腹が立った。


「それは君もだ」


 確かに浩司は名乗っていなかった。名乗っていなかったが、特に名前を聞かれたわけではないので、別に言うつもりはなかった。ましてや、たった今はじめましての初対面の名乗りもしない“知らない人”に名乗る義理は当然無いと感じた。


「君は僕に名を聞いたか?」


「聞くまでもない」


 お互いがお互いの問いに淡々と答え、最後はあたかも知ったような口調で“ソイツ”が浩司の問いをバッサリと切り捨てた。

 理解しがたい“ソイツ”の返答に浩司は疑問を抱き、「どう言う意味だ?」と聞こうとした瞬間、「おっと、一旦失礼するよ」と、何かを思い出したかのように言い、指を鳴らした瞬間に灰塵のように舞って消えた。


「あっ、ちょ…!」


 目覚めたばかりだが、やたらと頭は回っていて、聞きたいことが山ほどあるのに、伸ばした手は空振った。

 “ソイツ”が消えた直後に扉をノックする音が聞こえ、「失礼しますよ〜」と声をかけた後、ガラガラっと扉が開けられ看護師が2人部屋に入ってきた。


「お身体具合の悪いところはありますか?」


「いいえ」


 一人が浩司に対して問診している間に、もう一人の看護師がなにやら装置を弄っていた。


「ダルさや吐き気はありますか?」


「いいえ」


 問診をする看護師の左手にはバインダーのようなものがあり、表側に紙が挟んであるらしく、ペンで何かを書いていた。


「お腹は空いていますか?」


「あー、はい、少し…」


 あの日、朝起きて家を出て水を飲んだきり、何も口にしていなかった浩司は、少し…いや、かなり空腹を感じていたが、ヘンな気を遣って遠慮気味に看護師に伝えると看護師は軽く頷き、「は~い」と答えた。


「わかりました、ではこの後朝食をお持ちしますね~」


「お願いします」


 そう言うと浩司は少し頭を下げた。

 時計は間も無く朝8時を指そうとしていた。


「あ、そうそう」


 何かを思い出したかのように問診をしてきた看護師が続けて言った。


「何かあったらその手元のボタン押してくださいね。ナースセンターに繋がってますので、お困りのこととかあれば、いつでも呼んでくださいね~」


 右の手元を見るとリモコンのようなものがぶら下がっていた。上に上下のボタンと、下に丸いボタンに電話のマークのようなものが印字されていてた。


 「ありがとうございます」と浩司が言うと看護師は「はーい」と返事をして、一人ずつ扉の前で一礼し、部屋を後にした。

 部屋には再び静寂が訪れた。


「んで?」


 不意に耳に飛び込んできた声に浩司は驚いて体が少し跳ねた。


「ビックリしてやんの〜」


 不意をつかれた上に、煽られて一層頭にきた。


「うっせぇな…」


 浩司はもうかなりウンザリしていたが、驚かしてきた“ソイツ”はクスクスと笑った。


「話を戻そうか、で、君は僕の何を知りたいんだい?」


 今度は“ソイツ”自ら質問を募集してきた。

 浩司は少し悩んでから「あ、じゃあ…」と思いついて“ソイツ”に質問をした。正確に言うと、質問と言うよりかは指示だった。


「とりあえず自己紹介してくれよ」


 正直、今は何でもよかった。とりあえず今はコイツのことが何でもいいから知りたかった。


「自己紹介?んー、まぁ、いいか」


 少し不服そう言うと“ソイツ”はポンッと小さなその拳を胸に当てて言った。それから「んんっ!」と一つ咳払いをしてから”ソイツ”は自己紹介を始めた。


「僕は“ナギサ”、君の“神様”だ!」

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