集結する者たち

近況ノートに主人公、華衆院國久の簡単なプロフィールと画像を載せていますので、興味があれば見て行ってください。

   ――――――――――



 俺は昔から、二つ下の弟が大嫌いだった。

 剣術の才能もなく、貴族の証である〝力〟も戦いには何の役にも立たないクズの出来損ない。代々武功を重ねることで元帥という誉ある地位を授かってきた我が家にとって恥晒し以外の何者でもなかったからだ。

 だから弟が父の意向によって家名を剝奪され、薄汚い貧民街へと追放された時は胸がすいた。これで我が家の汚名をそそぎ、一点の曇りもない栄光ある名門のあるべき姿を取り戻せたのだと。

 

 だがあろうことか、あの愚弟は侵攻中であった敵国である大和の姫に味方をし、我が帝国に牙を剝いた。

 恐らく誉ある我が家を追放されたことへの恨みなのだろう。除籍してもなお家名に泥を塗るような行い、それを決して許すまじと、俺も父も弟妹たちも皆、ケジメをつけるために戦場へと赴いた。

 生きている限り我が家の恥であり続ける愚弟を、自らの手で始末する為に。

 

 しかし……俺たちの剣が届くことはなかった。

 信じがたいことにあの愚弟は、俺たち帝国貴族が〝力〟を使う時に用いる神聖な魔力を悪用した、外法の技術を編み出しては大和の蛮族共に教え広めるという、神をも恐れぬ悍ましい行いに手を染めていたのだ。

 いずれにせよ、そのような下劣の輩に負けるわけにはいかない。俺たち一家は軍隊を率い、総出となって愚弟と戦い……そして敗れた。


 奴らが使う卑怯な技術と策の数々によって終始翻弄され、清く正しく受け継がれた剣術と授けられた〝力〟を磨いてきた俺たちは戦場で倒され、ついには仕えていた帝国すらも滅ぼされてしまったのだ。

 あのような卑劣な男と、その愚弟が組した蛮族共に敗れて殺されるなど、死んでも死にきれない。あのような結末があっていいはずがないのだ。


 しかし現実は非情で、どれだけ正当な訴えを声高に叫んでも時間は巻き戻らない。無念を抱きながら一生を終える他ないという絶望的な状況に、かつて出来損ないであると見下していた愚弟に追い込まれた屈辱を味わいながら、俺は誓った。

 もしもまた生まれ変わる時があれば、今度はあの愚弟が築き上げてきたものの全てを、この手で壊してやるのだと。


   =====


 何なのだ、この人間は!?

 海坊主は敵味方を巻き込む形で、水の大砲とも呼ぶべき激流を口から掃射しながら、それと並行して大量の妖魔を生み出しつつ、確かな恐怖心を抱いていた。

 大量の妖魔という軍隊にして肉の壁に守られ、高威力の砲撃を打ち出せる海坊主は、本来ならば人間に恐怖を抱くような妖魔ではない。危機感を与えるどころか、海坊主の近くに辿り着ける外敵などまず存在しないからだ。


「おおおおおおおおおおおおおおっ!」


 しかし、目の前で大気が振動するほどの雄叫びを上げながら、強烈な雷を纏う大長巻を振り回して妖魔の軍勢を吹き飛ばし、着実に近づいてくる人間政宗には、強大な力を誇る海坊主も恐れる他なかった。

 そもそも本当に人間なのか疑わしい戦い方だ。妖魔と比べれば体格で圧倒的に劣るはずの人間が、魔術込みとはいえ近接戦で妖魔の大群を圧倒するなど、海坊主側からすれば悪夢以外の何物でもない。


「吹き飛べオラぁああああああああっ!」


 そうこうしている内に、物量にあかせて政宗を押し潰そうとした妖魔たちが、政宗が繰り出した回転斬りと、それによって生じた雷を纏う大竜巻のような衝撃波によってまとめて吹き飛ばされていく。

 しかもそれだけに留まらず、政宗が放つ衝撃波が巻き添えという形で何度も何度も海坊主に直撃し、決して無視できない損傷を与えてくるのだ。これには海坊主からしても堪ったものではない。


(チッ……! さすがに時間が掛り過ぎてるな……!)


 一方、政宗の方も焦りを覚えていた。

 繰り出される無数の妖魔たちを難なく倒し続けているように見えるが、広域攻撃魔術に対する適性が低い政宗にとって、物量戦を得意とする敵は相性が悪い相手だ。

 本丸である海坊主の元には少しずつ近づいているものの、その歩みは牛歩のよう。遠くから放つ衝撃波では決定打にならないし、邪魔な妖魔の軍勢を一気に排除できる力を持った國久は、夜刀神の対処に手一杯の上に、新たに現れた敵の対処までしていて助力は期待できない。

 

「っ!? あの野郎……!」


 そうやって手をこまねいていると、恐れていた事態が起こる。

 政宗を明確な脅威と認識した海坊主が、ゆっくりと海に向かって後退し始めたのだ。

 体の構造的に陸上での動きは鈍いが、このまま海に逃げ込まれればその限りではなくなるだろうし、そうなったら追跡は極めて困難になる。

 そうはさせまいと魔力を限界以上に引き出して妖魔たちを薙ぎ払い、海坊主の元へと急ぐ政宗。


「……あぁ? 何だ、ありゃあ……!?」


 しかし、そんな彼の視線の先には信じたくないようなものが突然現れたのだった。


   =====


 片腕ごと武器を失い、まともに再生能力を発動することができなくなり、翼を羽ばたかせて空中に留まるのがやっとといった様子のレオナルド。

 慢心、一対一における対人戦闘技術の不足といった、こちらに有利な要素があったとはいえ、夜刀神を抑えたまま不穏な要素が盛り沢山な敵をここまで追い込めたのは僥倖だ。

 

「さて、もう終わりか? これ以上何も無いっていうなら、このまま死んでもらう」

「ぐ……っ。ぬぅううううううううううううううっ!」


 屈辱と羞恥、そして相変わらず無くならない憎悪で表情を彩りながらこちらを睨んでくるレオナルド。

 その様子だと、本当に何もないんだろう。そうなるとここからの逆転は俺も想像できない。魔力もさほど残っていないし、奴ができる事といえば――――。


「く……くそぉっ!」


 当然、逃げる事だけだ。俺にとって不覚な事ではあるが、奴の翼はまだ健在。隔てるものが無い空を自由に駆け回り、逃げることができる。

 だとしても面倒な選択を選んでくれる。あれだけ挑発したから怒りに任せて大振りの攻撃を繰り返していたけど、さすがにあそこまで追い詰められると、ある程度冷静になれるらしい。


(スピード勝負は互角なんだがな……!)


 技量はともかく、基礎的な能力は妖魔の中でもかなりのものだ。

 まともに他の攻撃魔術を使えない今、追いかけっこになるのは悪戯に時間を浪費するだけで都合が悪いが、それでも追いかけないという選択肢はない。

 俺は岩の足場に乗ったまま空を駆け、東の方へと飛んで逃げるレオナルドを追いかけると、奴はこちらに顔だけ振り返り、下卑た笑みを浮かべる。


「く、くははははっ! 俺にだけ集中しててもいいのか!? 少しは下を見てみろ!」


 そう言われて、魔力感知でレオナルドを集中的に捉えつつ下の方……政宗と海坊主の戦いが繰り広げられている戦場を見てみると、政宗の武威に押された海坊主が、ゆっくりと海へと逃げようとしているのが分かった。


「しかもそれだけではない……現れよ、我が下僕どもよ!」


 更に俺たちの優勢を覆すように、レオナルドが大声で号令をかけると共に、沖の方から十数にも及ぶ巨大な影が、水飛沫とともに姿を現した。


「大型妖魔の群れ……! 海中に隠してたか!」


 海鳥に近い姿、トドに近い姿、亀に近い姿……いずれも姿形は異なるし、海坊主よりも体格や魔力量で劣りはするものの、十分に強大な大型の海生妖魔が、突如として戦場に何体も加わる。

 しかも不味いことに、あれらの妖魔は水陸に適応している。このまま上陸を許せば、竜尾山での戦況が俺たちの不利な方向に傾くのは明白だ。


「本来ならば貴様らに対する後詰として用意していたのだが、こうなっては仕方がない……! そぉら、奴らの対処もしなければ貴様の兵士たちが死ぬぞ! それでもいいのか!?」

 

 そう叫び散らしながら全速力で逃げ出すレオナルド。

 正直、ここにきてレオナルドは最善手を取ってきたと思う。海中に隠していた兵力を出現させ、更には海坊主の逃亡を匂わせながら自軍への多大な損害を天秤にかけさせることで、俺の追撃を阻止しようとしているのだ。

 これだけの選択を迫られれば誰だって混乱するからな。そもそも夜刀神の対処にも追われている今、大型妖魔の群れの相手までできない。


「今回は油断したが、俺は決して諦めない! 必ず貴様ら大和の蛮族共を一人残らず滅ぼしてやる! せいぜい震えて待って――――!?」


 息巻きながら全力で逃げに徹していたレオナルドだったが、そのセリフが最後まで続くことはなかった。突如として現れた半透明の壁……巨大な結界が眼下を覆ったからだ。


「な、何だこれは!? 結界!? えぇい、こんな時に一体誰が……っ!?」


 突然現れた結界を見渡したレオナルドは絶句する。 

 まぁ気持ちは分かる……何しろ突如として竜尾山全域を覆いつくす超大規模結界が展開され、海坊主の逃亡と大型妖魔の群れの侵入を同時に防いでいるのだから。


「最高のタイミングだ。やはり俺の婚約者は究極にして最高と言わざるを得ない……!」


 俺や政宗は元々、敵の本丸の逃亡を危惧していた。そこで俺が頼ったのが、龍印と月龍による超大規模結界の展開を可能とする雪那だった。


(本来なら結界は術者を囲むことで防壁の役割を果たす魔術だが、ただそれだけが使い方ではない)


 敵を結界で囲むことで、相手を逃がさない檻の役割を果たすこともできる。今俺たちの目の前で展開されている大規模結界がまさにそれだ。

 しかし、いくら彼女でも竜尾山全域なんていう超広範囲を囲む結界を張るのはできない。それは勅使河原領での事件の時に分かっていたことだ。

 そこで雪那が取り入れたのは、仲介役となる魔術師を各地に展開し、結界の範囲を広げる魔術を発動させたのである。分かりやすく言うなら、一人で駄目なら頭数を揃えて、発動不可能の魔術を無理矢理発動するって感じだ。


(俺が岩船の支配権を配下の兵士たちに譲渡したみたいに、最近では複数人で発動する魔術も発展しているからな)


 魔術の発展も日進月歩……レオナルドが嘲弄した魔術は、この世に誕生した時とは比べ物にならないくらいに進化しているのである。


(といっても、この結界は急ごしらえ……人手が足りなさ過ぎて、燐まで動員したみたいだな)


 俺は結界の外側……波が打ち付けられる断崖に苦無を突き刺してぶら下がる燐を見る。

 仲介役となる魔術師の選定は雪那に一任したものの、術式を説明されただけで簡単にできる魔術じゃない。

 それに加えて、結界の最南端である海坊主がいる岬まで結界を伸ばすには、その戦場に極めて近い場所に魔術師を送り込まなければならない。そうなると必然的に、気配を遮断する術に優れ、同時に優秀な魔術師でもある燐に白羽の矢が立つ。


(そんな燐がわざわざあんな所にいるってことは、結界の最大拡張範囲は本当にギリギリ……戦闘の巻き添えにならず、それでいて海坊主を逃がさないように結界で閉じ込めるには、燐があの場所にいないといけないってことだろうが……!)


 あの場所は危険すぎる……そんな俺の危惧を本能的に察したのか、燐の存在に気が付いたレオナルドが、彼女を指さしながら大声で叫ぶ。


「あの小娘だ! あの小娘が何かをしている! 者ども、あの小娘を始末しろぉ!」


 レオナルドの号令に反応し、大型妖魔たちが一斉に口から炎や水、雷に氷と多種多様な属性の砲撃を燐に向けて発射する。

 政宗みたいな信じられない耐久力があるわけでもなし……燐が食らえば、間違いなく跡形も残らないであろう集中砲火だ。海坊主が逃げ出そうと足掻いている今、結界を維持しなければならないから影に潜ることもできない。


「ははははははっ! 思わず焦ってしまったが、これで貴様らの健気な抵抗も無に帰す! 所詮は蛮族の浅知恵というものだ!」 


 ここぞとばかりに哄笑するレオナルド。その言葉を聞いて、俺は一つ確信を抱いた。

 ……どうやらこの男が、水中にもいなければ、そもそも隠れる気がない相手の魔力を感知することもできないのだという事を。


「さて、それはどうかな?」


 余裕をもって答える俺の態度が意外だったのか、レオナルドが怪訝そうな表情を浮かべた瞬間、全身が水で出来た超巨大な明王が燐を守るように海から姿を現し、手に持っていた水剣で妖魔たちの砲撃を薙ぎ払った。


「な、何だぁっ!?」


 これにはレオナルドも驚愕するしかないようだが、急展開はそれだけに収まらない。

 今度は西の方角から、巨大な砲台をいくつも取り付けた装甲船……黒光りする巨大な鉄の戦艦が五隻、この世界の既存の造船技術ではあり得ない速度で迫って来て、大型妖魔の群れに向かって一斉砲撃を開始したのだ。


「な、何が……一体、何が起こっているっ!?」


 着弾と共に爆発する魔力弾を無数に浴びせられる大型妖魔たちに、突然現れた海坊主よりもさらに巨大な水の明王。それを見て、さっきまで形勢逆転とばかりに調子付いていたレオナルドが絶叫する。

 その叫びに応じるかのように、俺たちよりも更に上の高度から飛行魔術を使って舞い降りた、艶やかな長い黒髪をポニーテールにした怜悧な美貌の男は、声高々に叫んだ。


「我が名は西園寺家次期当主、西園寺晴信! 義により、勅使河原家次期当主、惟冬殿と共に土御門領の危機に馳せ参じた!」



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