人間臭い妖魔


 和風ファンタジーな世界観の【ドキ恋】。その舞台である実際の大和帝国に、西洋風の格好をした奴がいないという訳でもない。

 華衆院領を始めとした帝国西部では海外貿易が盛んだし、海の向こうから来た要人や商人を護衛する、鎧甲冑姿をした騎士もちょくちょく訪れる。

 しかし、今俺の目の前で夜刀神の口の中から出てきたソイツを、海外から来た人間と同じと判断するのは無理があった。


「これはまた、随分と人間くさい妖魔が出て来たもんだな。まさか喋るとは」


 天狗や大太法師みたいな人型の妖魔はこれまで幾度も遭遇してきたけど、喋る妖魔なんて初めて見た。肌は灰色で、翼が生え、身長が人間離れしていなかったら、本当に人間だと誤解していたかもしれない。


「口を慎め! 大和の野蛮な猿め! 俺は由緒正しき貴族の出! 蛮地の小国の人間如きが口を利いていい存在ではないのだ!」

「さっきから随分な言いようだな……妖魔の間にも階級制度があるのか?」


 見た目が人間に近いだけでなく、言ってることまで人間臭い。上流階級間でたまに見かける、貴族としての地位と権利の何たるかをはき違えたボンクラ息子みたいな台詞だ。 

 正直、コイツの正体は未だに掴めない。少しでも情報を引き出したいところだが……。


「しかも大陸統一を果たしている大和を小国呼ばわりとは……これでも世界に名だたる大国として認知されてるんだがな」

「ふんっ! 貴様ら大和の蛮族共が我が物顔で占領している土地も、本来ならば我らの物! それを奪った侵略者の子孫風情が生意気な口を叩くな!」


 そう言って大剣の切っ先を向けてくる騎士の赤い目には、明確な憎悪と殺意が滾っていた。

 感じるのは、大和帝国全てに対する激しい敵意。そして近代化が進んでいる昨今の時代に取り残された、古い思想を持っている貴族のような発言。

 

(ここまでの情報だけでも、あらかた予想は付くが……)


 今俺の中には、目の前の騎士鎧男に関してある予感が芽生えている。

 しかしその予感を確信に変えるほどの根拠が俺の知識には存在しない……仮に根拠があったとしても、多分信じられないと思う。

 俺の予想は、ファンタジー世界に生まれ変わって十八年以上経った今でもなお、現実味がない事だからだ。


(……もうちょい情報引き出せそうだな)


 華衆院家の次期当主として、交渉の席に着く機会が多かったからか、相手がどんな奴なのかは少し話せば大体分かるようにはなっている。

 そんな俺の経験則から言わせてもらえば、この騎士鎧男は典型的な頭に血が上りやすいタイプ。雑な挑発にもすぐに乗っかる猪だ。この国……ひいては、俺や雪那、晴信に惟冬、政宗たちに取り巻く問題や謎に大きく関与している可能性がある以上、情報は取れる時に取っておきたい。


「随分と大層な事をいう奴だ。それだけ啖呵を切ったのだから、天上天下に誇れる名前くらいあるだろう?」


 正直な話、戦いの前の名乗り上げなんて馬鹿のすることだと思っている。問答無用、無言で不意打ちでもした方が確実に勝てるからな。

 しかし、そんな戦術論が浸透している現代でも、正々堂々の精神を戦場に持ち込む人間は一定数存在する。古い・・価値観を持っている奴なら、なおの事だろう。


「いいだろう、冥府への手土産に我が偉大なる名を胸に刻むがいい! 我こそは、帝国・・最強の剣術、エルダール流の後継者にして代々元帥を輩出してきた名門中の名門、その跡継ぎであるレオナルド・エルダールぶぼぉっ!?」


 騎士鎧男……レオナルドとやらが気持ちよく名乗り終える瞬間を狙い、その顔面に魔術で作り出した火球をぶつける。

 と言っても、大した威力があるわけでもない。夜刀神の対処にリソースのほぼ全てを割いている今、魔術による攻撃はほぼ不可能。その証拠に、奴の顔にちょっと火傷ができる程度の火力しか出ていない。


「き、貴様……!? 俺がまだ名乗りを上げている途中……!?」

「馬鹿か。別にお前の名前を聞きたいなんて一言も言っていないぞ」


 名乗るように誘導はしたけどな。公人としてならともなく、個人としてはこんな変な奴のプロフィールなんて興味ねーよ。


「それで、何だっけ? エルダール流? これでも国内外から情報が集まる領地を治めてるんだが、一切聞いたことが無いな。最強だのなんだの言っておきながら、実は単なる無名の弱小剣術なんじゃないのか? 名前から察するに、大和の剣術流派じゃなさそうだが……」

「き、きき……貴っ様ぁぁぁあ……! この俺を侮辱するなああああああああああっ!」


 虚仮にされたことが相当頭に来たのか、灰色の肌でも分かるくらいに顔を真っ赤にしながら翼を羽ばたかせ、猛スピードで突っ込んでくるレオナルドは、俺を間合いに収めるなり、大量の魔力が吹き上げ始めた大剣を振り上げる。 


「エルダール流、剣虎噛み!」


 ゴウッ! と空気を引き裂きながら振り下ろされる大剣を、足場にしている岩の板を操作して回避。そのまま距離を取ると、レオナルドは再び翼を羽ばたかせて素早く俺に追撃してきた。

 それを尻目に、俺は力がどんどん強まっている夜刀神の動きを御するため、【岩塞龍】に更に魔力を込めながら妖刀、太歳を構える。


「エルダール流、螺旋昇竜!」


 俺に向かって突っ込みながら、自分の体を軸に繰り出される、残像が残るほどの高速回転斬りを得物で弾くと、レオナルドはそのまま間合いを空けながら何もない空中で連続で大剣を振るう。


「続けて受けろ! エルダール流、鳳凰乱舞!」


 連続で飛んでくる光波……大剣が描く軌跡に沿って放たれる、いわゆる飛ぶ斬撃が無数に放たれ、俺に向かって殺到する。

 込められた魔力量から察するに、人体くらい簡単に両断するであろう。そんな必殺の威力が秘められた光波を妖刀、太歳を振り回しながら弾いていると、夜刀神の口腔から強烈な光が漏れ出しているのが分かった。


「チッ……! こんの……!」


 口からビームだと、即座に判断した俺は夜刀神の首元に噛みついていた岩の龍の体を動かし、強引に夜刀神の顔を上空に向ける。

 それとほぼ同時に、夜刀神の口から極大の光線が放たれ、浮かんでいた大きな雲を吹き飛ばし、大気圏を突き破っていく。その余波は離れた場所にいた俺を押し流し、地面に生えていた木々が斜め向くほど凄まじかった。


「化け物め……肝が冷えたぞ……!」


 放たれた方向が違えば、遠く離れた場所にある町一つが容易に消し飛んでいたことは想像に難くない威力の光線だった。しかもそれだけの攻撃を仕掛けても全然魔力が減ってる気がしない。つくづく、龍に似た姿をした妖魔は化け物だと思い知らされる。


「ははははははっ! 不遜にも生意気な事を言っていた割には防戦一方ではないか! どうやら我が剣の前に手も足も出ないと見える!」


 そんな感じで夜刀神の対処に追われていると、俺の左側……武器を持っていない方から高速で接近してくるレオナルド。


「そのままこの俺を侮辱した己の愚かさを思い知りながら死んで行け! エルダール流奥義、光翼烈火――――」

「うざったいわボケぇぇえええっ!」

「ぶげぇっ!?」


 そんな奴の事がいい加減ウザくてウザくて仕方なくなった俺は、つい思わず声を荒げながら裏拳を放ち、レオナルドの顔面を打ち据える。

 ゴキリという鼻骨が折れる感触が手の甲に伝わり、奴は鼻血を吹きながら地面に落ちそうになるが、翼を動かして何とかバランスを取り戻す。

 一メートルを優に超える体格差はあるが、こっちは身体強化済みだ。今の俺なら、もっと体格のある妖魔ですら殴り飛ばせる。


「さっきから蚊や蠅みたいにブンブンブンブンと……! 夜刀神の対処に忙しいんだから後にしてくれないか!? 気が散る!」

「な、なな……! 馬鹿にしているんか!? 貴様の相手はこの俺だろう!?」


 馬鹿にしている……か。まぁ否定はしない。俺は奴の攻撃を単調にするため、奴から情報を引き出すために頭に血を上らせようとしている。

 それを踏まえての発言だったんだが……ここまで何合か打ち合って分かった。どうやら俺は、レオナルド・エルダールなる妖魔を過大評価していたらしい。


「それを何だ!? あの魔物・・はこの俺の手下のようなものなのだぞ!? だというのに、まるで俺と戦うのがついでのような言い方をするな!」

「ような、じゃない。実際にその通りなんだよ」


 一応言っておくが、俺は別にレオナルドが弱いと思っていない。実際に戦ってみて体感する速さも膂力も魔力もかなりのものだと思っている。

 だが、しかし。それでもあえて言おう……俺からすればコイツ、別に大したことないと。


「むしろお前が夜刀神以上に強いと本気で思ってるのか? 思い上がるのも大概にしろ」

「~~~~~~~っっ!」


 もはや怒り過ぎて言葉にならないと言わんばかりのレオナルドに対し、俺は妖刀、太歳の切っ先を向ける。


「だが夜刀神の対処をしながら相手をするのは面倒と思う程度には目障りであることを認めてやる。かかってこいよ……とっとと処分して、夜刀神の討伐に本腰を入れさせてもらうとしよう」



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