口から飛び出す


 かつてこの世界には自然界の化身、龍がいた。

 その強大さは神の如きと畏怖され、日龍宗を初めに、世界中で絶大な信仰を集めているほどだ。

 そしてそれと関係しているのかいないのか、妖魔というのは龍に近しい姿……蛇やトカゲ、ワニのような見た目をしているほど強大となる。

 夜刀神もそんな龍に近い妖魔の一体。それがどのくらい強大な力を持っているのかを、【ドキ恋】の原作で描かれていた。


(大和帝国の名家、その跡取りであるメインヒロイン枠の武闘派キャラが、連合軍を率いて総がかりで挑み、ようやく倒せたって話だったな……)


 妖魔一匹相手に随分と大袈裟だと思うかもしれないが、それほど夜刀神の力が絶大だということ。


(そして実際こうして対面してみれば、原作知識に誇張なしって感じだな……っ)

 

 魔力総量で言えば、海坊主にも匹敵するだろうか……その威容、その威圧を直に感じれば、なるほど確かにこいつなら国を滅ぼしうるだろう。

 これまで原作とは異なる事態がいくつも発生しているくせに、いらんところに限って原作通りとかふざけた話だ。


(しかも海に潜んでいたとは……これは燐を責めれないな)


 これほどの存在になぜ燐が気付けなかったのか……それは現代の魔力感知術式の限界によるものだ。

 魔力感知というのは水中の敵に対しては途端に精度が鈍る。少なくとも個人で使える魔術では水棲の妖魔の感知が非常に困難で、近年貿易船とかに取り付けられるようになった大型の魔導具でも用意しない限りは難しい。

 ましてや、周囲には海坊主を始めとする大量の妖魔がひしめいているんだ。海に潜んでいた夜刀神を感知することは、よっぽど魔力感知に長けた魔術師でもなければ不可能だっただろう。気付けなかったとはいえ、燐を責めるのは酷すぎる。


(だが、敵が海坊主や、奴が生み出した妖魔だけじゃないっていうのは、想定の範囲内だ)


 新たに現れた敵の強大さにこそ驚かされたが、やるべきことは同じ。ただ敵が一匹増えただけだ。

 

「國久っ! 分かってるよな!?」

「あぁっ!」


 だが敵がどれだけ強くても、俺たちも退くわけにはいかない。政宗が岩の龍の頭から飛び降りると同時に、俺は岩の龍を操って空を漂う夜刀神に向かって一気に間合いを詰める。

 この行動は完全なアドリブだが、理にかなったものだ。政宗が飛行魔術を扱えないことは事前に聞いていたし、空を舞う夜刀神を相手にできるのは俺しかいない。前世から続いた縁がなせる以心伝心ってやつである。


(これほどの敵を相手にするなら、地上の海坊主は政宗に任せるしかないが……やるしかない)


 俺の魔力を受けて天に向かって昇る岩の龍は夜刀神の首元に噛みつき、その長い胴体を絡み付かせる。


「シャアアアアアアアアアアッ!」

「ぐうぅっ!?」


 しかし、さすがは龍に近いと恐れられた妖魔なだけあってか、とんでもない力で暴れて振りほどこうとすると同時に、全身から強烈な電撃を伴う衝撃波を放って、岩の龍の全身に大きな亀裂を入れると同時に、俺自身の体が空に投げ出されてしまった。


「ふんっ!」


 しかし常日頃から浮遊する岩に乗る形で空を飛んでいる俺からすれば、空に投げ出される展開など常に予期している。

 俺は冷静に地属性魔術を再発動。壊れかけた岩の龍を瞬時に復元し、更に地面から岩の板を生成して空に飛ばし、それを足場にして着地する。


「【岩塞龍・炎天焔摩】!」


 更にすかさず岩の龍の全身が瞬時に赤熱化するほどの熱量を誇る紅蓮の業火で包み、夜刀神の体を焼く。

 大抵の妖魔ならひとたまりもない必殺の魔術だが、夜刀神は苦しげに悲鳴を上げているものの暴れる力がいっこうに弱まる気配がない。


(俺の地属性魔術は、操る鉱物の数や大きさを絞れば絞るほど強くなる……今足場にしている岩の板の操作もしているから全力ではないが、それでも夜刀神への攻撃・拘束にはほぼ百パーセントの力を使っていると言ってもいいんだが……)


 それでも、仕留めきれない。俺からすればこんなサーフボードみたいな足場を維持するのなんて全然大したことが無いから、感覚としては九割九分本気の力を岩の龍に注いでいる……締め付ける力も、嚙みつく力も、損壊の復元速度も、全力時と大して違いはない。

 にも拘わらず、こちらの拘束攻撃に拮抗するどころか食い破ろうとしている。このシチュエーションに、俺は三年前の土蜘蛛戦の事を思い出す。  

 ……だが、しかし。三年前とは決定的に違う点がある事に俺は気が付いていた。


「おい……出て来いよ。居るのは気が付いているぞ」


 海中から飛び出してきた夜刀神の魔力を感知した時に気が付いた……この巨大な妖魔の体内に、別の生物の魔力反応があるのだ。

 その正体不明の生物に語り掛けるように、俺は岩の龍が纏う炎の勢いをゆっくりと強める。


「もう一度言う。出て来い。さもなければ、夜刀神もろとも焼き潰してやる。それとも俺が怖くて外に出れませんってか? ん?」


 脅しの内容を現実にするために徐々に徐々にと力を増していく岩の龍。それを危険と感じたのか、はたまた俺の挑発に乗ったのか、夜刀神の口からそれは現れた。


「身の程も知らない大和の蛮族め……この俺を挑発するとは、よほど死に急いでいるらしいな」


 夜刀神の体液に塗れながらゆっくりと出てきたそいつは、人間とも呼べないが、妖魔と呼べるほど化け物じみた姿をしていない……背中から純白の翼を生やし、金色の西洋風甲冑と身の丈ほどの西洋剣を装備しているという、この東洋風の国ではまずお目にかかることができない格好をした、三メートルほどの身長を誇る赤目の巨人騎士だった。


   =====


 岩の龍から飛び降り、地鳴りと共に着地した政宗は肩に担ぐ大長巻を構え直し、眼前に広がる妖魔の軍勢……その先に陣取る海坊主と、その胴体に埋め込まれた上原篝を見据える。

 その姿は、言葉の通り戦いを目前とした人間とは思えないほど静か。その姿を緊張しているのか、はたまた臆しているのかと判断した海坊主は即座に配下の妖魔たちに向かって、人間では意味が理解できない音波を発して、一斉に政宗に向かって突撃させる。

 どういう腹積もりかは知らないが、たった一人で自慢の軍勢に向かってくるなど馬鹿な人間だ。一瞬で捻り潰し、そのまま他の人間たちを滅ぼしてやる……そんなことを考えていた海坊主だったが、すぐに自分の考えが間違いであることを知ることになる。


「いくぞ、羅刹王らせつおう


 自らの大長巻……妖刀の号を呼びながら、それを大きく振りかぶると、政宗の全身から眩いばかりの雷光が迸り、その電流が妖刀、羅刹王の柄から刀身へと伝導する。

 その瞬間、政宗の全身の筋肉が一気に膨張し、羅刹王が音速を優に超える速度で振り抜かれた。


「うぅぅぅるああああああああああああああああああっ‼」


 とても人間の喉から鳴ったとは思えない声量の咆哮が大気を揺らしたかと思いきや、政宗の前方から電撃を帯びた衝撃波が発生し、直線上に存在していた妖魔たちを吹き飛ばしながら海坊主に直撃したのだ。

 これには海坊主も困惑した。強大な魔力を誇り、妖魔を大量に生み出すという破格の能力を持つ海坊主だが、実は魔力の感知にも優れている。その海坊主が、自分に傷を与えるほどの攻撃魔術が届くのを感知できなかったのだ


「さすがに余波くらいじゃ大して効きやしねぇか……となりゃあ、やっぱり羅刹王コイツを直接ぶち込むっきゃねぇな」


 そう言って大長巻の切っ先を海坊主に向ける政宗。その眼光は海坊主が予想していたものとはかけ離れた、焼けつくような戦意の光を湛えていた。

 妖刀、羅刹王……この魔道具の力は非常に単純明快で、単に使用者が使う身体強化魔術と付与魔術を強化するというものだ。副武器としてならいざしらず、遠距離攻撃魔術全般に適性を持たない政宗が、主武器に依存した攻撃手段を不安視した結果である。

 要するに、海坊主を襲ったのは単なる近接攻撃から放たれた余波。純然たる物理攻撃でしかなかったのだ。

 

「覚悟しやがれ……俺の家族、俺の民、俺の臣下、そいつらに手ぇ出した落とし前、きっちり付けさせてやらぁっ!」


 それから起きた現象は、蹂躙と呼ぶに他なかった。


「オラオラオラァアアアアアアアアアアアッ‼」


 政宗が得物を一振りする度に、数体の妖魔が纏めて両断されるだけではない。音速を遥かに上回る斬撃が強烈無比な衝撃波を生み出し、それを浴びた妖魔は全身を爆散させ、飛び散った骨や角、爪の破片が散弾のように他の妖魔を穿つ。

 よしんば衝撃波の直撃を免れても、衝撃波の更なる余波によって十数体もの妖魔が吹き飛ばされ、後続に続く妖魔を圧し潰し、互いの骨をへし折る。そんな攻撃が得物を振る度に……長柄の武器とは思えない、短刀二刀流よりもなお速い連撃と共に繰り出されるのだ。


「オオオオオオオオッ!」


 これはいけないと思った海坊主は一旦妖魔を口から吐き出すのを止め、代わりに強烈無比な極太の鉄砲水を放射。自身の子供ともいえる妖魔を巻き込みながら、政宗に直撃する。

 大量の仲間で敵を足止めしながら、その仲間を犠牲にすることも厭わずに超強力な砲撃を敵に叩きこむ。この戦法が許される増殖能力を持った海坊主の恐ろしさは、誰もが認めるところだろう。しかも放たれた水の砲撃も強力無比。一撃で砦の分厚い壁を大破させるほどの威力を誇っていた。


「痛いじゃねぇか……しかもしょっぱい。テメェ、海水を汲み上げて叩きこんできやがったな?」


 しかし、直撃を受けたはずの政宗は依然健在。痛いなどと言いながら、ほぼ無傷だった。

 

「命令に忠実な手下を連続で生み出して肉壁にして遠距離攻撃たぁ、随分頭の良い事をしやがる妖魔だが……この分だと、押しきれそうじゃねぇか」


 そう言って、迫りくる妖魔を吹き飛ばしながらゆっくりと、着実に近づいてくる政宗を見て、海坊主は思った。

 もしかして自分は、とんでもない何かに手を出してしまったのではないかと。



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