不可思議な原作ヒロイン


 百鬼夜行を発生させる力を持った妖魔……その危険性と恐ろしさは土御門軍および華衆院軍全体にあっという間に共有され、通信魔道具を介した作戦会議はとんとん拍子に進んだ。

 大雑把に作戦を説明すると、岩壁に守られた状態での休息、兵糧による栄養摂取、魔石による魔力供給減に装備品の新調と、万全とまではいかなくても態勢を整えることができた土御門軍に、岩船によって上空からの援護攻撃が可能な華衆院軍が協力する形で本丸である妖魔……便宜上、海坊主と名付けた……に向かって進軍を開始。

 風雲砦から約五千、荒川砦から約三千の混成軍をもって海坊主を討ち取る……と見せかけて、そちらは囮。


(混成軍には、海坊主の元に戻ろうとする妖魔の殲滅、足止めをしてもらう)


 今回土御門領で現れた妖魔どもが海坊主の能力で生み出されたのだとしたら、そいつらを操る能力を海坊主が持っている可能性を考慮するべきだろう。

 風雲砦と荒川砦に攻め入った妖魔を全て薙ぎ倒した甲斐があったのか、燐からの報告によると妖魔の総数は今現在落ち着いていて、海坊主による補充待ちの状態なのではないかと思われる。攻め込むなら今こそが好機だ。


(そして混成軍が戻ってくる妖魔を止めている間、少数精鋭によって海坊主を討ち取る)


 その役目を買って出たのが、俺と政宗の二人である。

 全岩船の支配権を謙次たち華衆院軍の将兵たちに譲渡した今、俺は全力戦闘ができる。【岩塞龍】によって、妖魔たちの陣形を食い破り、海坊主にまで辿り着ける自信があるってわけだ。それは実際、風雲砦、荒川砦の防衛戦でも証明したしな。


(最後に雪那……今回の事件を最善の形で収める鍵を握るのは彼女だ)


 恐らく策が成るまで時間は掛かるだろうが……そこは俺たちの力の見せ所だ。

 こんな感じで、時間的猶予も無い中で現状でき得る範囲で作戦を俺たちは決行し……決戦の火蓋は切って落とされるのだった。


「こりゃまた、随分とど派手な戦になっちまったな」


 作戦が開始され、混成軍が妖魔どもを引き付けている隙を突く形で【岩塞龍・天征】を発動。新幹線くらいのスピードが出ていそうな勢いで空を駆け抜ける岩の龍の頭の上で、微動だにしない仁王立ちで戦場を見下ろしていた政宗はポツリと呟く。 

 上空から見た竜尾山では、混成軍と妖魔どもの攻防によって地獄絵図とも言うべき光景が繰り広げられている。炎の魔術で爆発が起き、雷が地面から天に向かって迸り、無数の竜巻が地表を蹂躙する……前世で見た戦争映画の様相とはまた違う、ファンタジー世界ならではの戦場の光景だ。


「……この領地の連中ってな、常日頃から妖魔との戦いに繰り出されてるだけあってか、他所の奴らからは戦闘狂みてぇな扱いされる時があるんだが、別にそんな事ねぇんだよ。むしろ戦いの連続だから平穏の大切さってのが分かってるっつうか」


 それは傍から見た土御門領とその実態だった。

 土御門領の兵士たちがそういう風に言われているのは俺の耳にも届いているし、実際この大和帝国は武勇で名を上げようとする連中が多いから、好き好んで危険な地に留まり続けているようにも見える土御門領の人間を憶測と伝聞だけで好き勝手言う奴はそれなりにいる。


「だがその平和も、この地の守りを破られちまえば元の木阿弥だ。そして俺らが負けた時に真っ先に犠牲になんのは、俺たちを信じてこの地に留まり、支えてくれてる連中だ。……だから退く気も負ける気もねぇぞ、俺は」


 戦うべき敵に近づくにつれて、政宗から感じる圧力が高まっていくのを俺は肌で感じていた。

 戦う理由、守るべきものを口に出すことで戦意を高めているのだろう。その横顔は、荒川砦に居た時に見せていたような人好きする朗らかなものではなく、瞳に静かな殺気を宿らせる武士もののふの顔だった。


「退く気も負ける気もないのは俺も同じだ。これ以上、妖魔どもの好きにさせるわけにはいかねぇ」


 情勢や政治的な意味合いもあるが、何よりも俺は雪那を待たせているのだ。ただでさえ心配を押して俺を送り出してくれたというのに、無様を晒すわけにはいかない。

 雪那が誇れる完全無欠のスパダリになる為にも、堂々と、完膚なきまでの戦果と共に彼女の元に戻ろうじゃないか。


「勝つぞ、政宗」

「応よ」


 互いに得物を強く握りしめながら、岩の龍は雲を突き破って真っ直ぐに、土御門領の最南端に位置する岬へと向かう。

 そうしてさほど時が経たない内に、件の妖魔……海坊主と、それを守るように布陣する無数の妖魔の姿が見えた。


「ありゃ強ぇな……とんでもねぇ魔力だぞ」

「まぁあのくらいなきゃ、竜尾山を妖魔で埋め尽くすなんてできないだろ」


 長い触手を除いても、おそらく五メートルは下らない巨体。そして何よりも、遠くからでもビリビリと肌で感じることができる馬鹿げた量の魔力。さすがに龍印を持つ雪那には遠く及ばないが、それでも俺がこれまで見てきた妖魔の中でも間違いなく一番だ。


「で……問題のケモ耳女は?」

「あれじゃないか? ほら、胴体部分に」


 よく間違われるし、燐も分からなかったみたいだけど、タコの胴体は丸っこい部分。そのタコと酷似した姿をしている海坊主の胴体は、中に妖魔でも入っているのかパンパンに膨らんでおり、その中央部分には人の体らしきものが食い込んでいる。

 遠見の魔術でよく見てみると、海坊主の胴体に食い込んでいるのは確かに女だった。伸びっぱなしになっている水色の髪と、それと同じ色の毛で覆われた狼のようなケモ耳が頭から生えていて、人間と同じ耳が見当たらない。

 そんな明らかに人間とは異なる肉体を持った女が、腕と下半身を海坊主の胴体に取り込まれていた。


(本当にケモ耳が生えてるとは……どういうこと? マジで獣人?)


 そんな疑問を抱いていると、ふと岬に吹いた強い海風が、女の顔を覆っていた長い髪を払いのける。そうして露わになった顔を見て、俺も政宗も思わずギョッとした。


「おい、今の顔を見たか?」

「あぁ……多分間違いねぇ。名前は確か、上原篝うえはらかがり……だったよな?」


 上原篝……その名前の女に俺はもちろん、多分政宗も直接面識があるわけじゃない。なのになぜ俺たちがあのケモ耳女の名前を口にできたのか……それは彼女が【ドキ恋】のヒロインの一人だからだ。

 顔が見えたのは一瞬だったけど、多分間違いない。そう思えるだけの根拠が俺たちの原作知識にあるからだ。


「海坊主の妖魔増殖能力……あれは取り込まれている篝の力が影響してるんじゃないのか?」


 原作知識によると、篝の力は式神……魔術で作り出した自立行動をすることができる即席使い魔の連続召喚だ。

 その篝を取り込んだ、妖魔を連続で生み出し続けている海坊主の力が無関係とは到底思えない。


(だがなぜだ? なぜ篝があんなところに?)


 上原家は大和帝国東部の名門であり、篝はその上原家の直系に名を連ねている、次第によっては次期当主になってもおかしくはない正当な血統の持ち主だ。

 そんなまごう事なき名家のお嬢様である篝が、なぜ妖魔に取り込まれ、なぜ土御門領で災いを振りまいている……? そもそも原作の篝にはケモ耳なんて生えてなかったはずだが……。


「……とりあえず、篝と海坊主を切り離した方がよさそうだな」


 事情は分からないが、海坊主を倒すという目的は変わらない。そこに篝の救出が加えられたというだけのことだ。何があったのかは分からないが、とにかく話を聞く必要がある。


「うしっ! そんじゃあ早速――――」


 俺と政宗が同時に仕掛けようとした、その時。海坊主の背後……すなわち海面から長大な何かが飛び出した。


「な、なんだ!?」


 雨のような水飛沫をまき散らしながら天空へと飛翔したそれは、俺が生み出した岩の龍に勝るとも劣らない体躯を誇る、夜闇のような黒い鱗と刀のように鋭く長い角を生やした巨大な蛇型の妖魔だ。

 その妖魔の名前を、俺は知っていた。


夜刀神やとのかみだと……!?」




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