百鬼夜行の原因
負傷兵の治療、装備の新調、そして何よりも食事による英気を養わせることで兵士たちに戦う気力を取り戻すことができた……そんなタイミングで、通信魔道具に連絡が入った。
折り畳まれていた通信魔道具を開き、魔力を流し込んで操作すると、水晶板に映し出されたのは燐の顔だった。
『……華衆院様。百鬼夜行の原因、分かった』
それを聞いた俺と政宗は同時に顔を見合わせる。何しろつい先ほどまで、今回の百鬼夜行の不可解さについて頭を悩ませていたところなのだ。そこに来てのこの報告は、まさしく朗報という他にない。
「早ぇな……あれからまだそんなに時間は経ってねぇぞ?」
「元々、竜尾山における妖魔どもの動きを探らせ、報告するように指示を出していたしな」
自分の持ち物ごと影へと変換し、影へと潜り込み、他の影から影へと瞬間移動をすることができる燐の力があれば、妖魔だらけの竜尾山の偵察も十分に可能だった。だから俺は土御門領に到着した時点で妖魔たちの偵察を命じ、通信魔道具で瞬時に報告してもらっていたのだ。
(まだこの領に設置できていない中継用の大型魔道具も、雪那の結界で守られている城下町に置いてきた岩船に搭載してるしな)
俺から連絡すれば、燐はいつでも動けるようにはなっていた。だから俺は政宗との話し合いをしてすぐ、燐に連絡を取って、妖魔の群れの動き……その流れを遡り、どこから来ているのかを調べてもらったのだ。
「それで、原因は何だったんだ? なぜ妖魔たちは減る気配を見せない?」
『ん……口で言うよりも、見てもらった方が早い』
燐がそう言うと、水晶板に映し出されている光景が回転し始める。どうやらビデオ通話機能を上手く活用し、原因となるものを直接俺たちに見せてくれようとしているらしい。
そうして俺たちが目にしたのは、正直信じたくなかった光景だった。
「これは……妖魔を生み出しているのか……!」
巨大なタコにも似た姿形をしている巨大な妖魔が、口と思われる部分から大量の妖魔を吐き出し続けているのだ。
中には平均にして三メートルを超える鬼などの大きな種類の妖魔も数多く含まれているから、この妖魔がどれだけ巨大なのかも大体予想が付く。
「予想はしていたが……やっぱり妖魔を増やしている妖魔がいたってわけか……!」
「あぁ。こいつを倒さなない限り百鬼夜行は終わらないだろう」
問題はこいつの周辺には数多くの妖魔が陣取っているという事。恐らく護衛として侍っているんだろう。こいつらを全員切り抜けて、首魁とも言うべき妖魔を討ち取る必要があるってわけか。
『後、それから……この距離からだと水晶板にはうまく映らないんだけど、あの妖魔にはおかしなところがある』
「それは何だ?」
『頭……? 胴体……? ちょっとよく分からないんだけど、頭から動物の耳みたいなのが生えてる女の人が埋め込まれてる』
「……はぁ?」
何それ獣人? いや、ありえない。この世界にはエルフや獣人みたいな亜人類は存在しない。
『もっと近づけばそっちの水晶板にも映し出されると思うけど……』
「いや、かまわん。お前は晴信殿からくれぐれも大切にと念を押されて預かった助っ人だ。妖魔が密集している場所に近づけてむざむざと死なせるわけにはいかない」
通信魔道具を使うには影と同化する魔術を解除しなければならない。いくら燐と言えども、敵の本丸で無防備な姿を晒して生放送とか無理がある。
「とりあえず、位置だけ教えてくれ。そうすればこちらで対処する」
『……風雲砦から真っすぐ南、竜尾山を越えた先にある岬にいる』
「あぁ、あそこか」
燐からの端的な説明を受けて得心がいったように呟く政宗。どうやら心当たりのある場所らしい。
「報告ご苦労。とりあえず燐は、俺たちが到着するまで例の妖魔の監視を頼む」
『……了解』
俺は通信魔道具を畳み、燐との通信を終わらせると、政宗が顔に疑問符を浮かべながら聞いてくる。
「今の通信相手って、【ドキ恋】の燐だろ? 臣下に加えたのか?」
「俺がっていうか、晴信がな。より正確に言えば、山本がやらかしたって言えば分かるか?」
「あのロリコン野郎……ついにやりやがったのか……!」
前世での奴の言動を思い出したのか、政宗は目元を手で覆って天井を仰ぐ。
時々思うんだが、この世界で一番エンジョイしている転生者は奴だと思う。前世じゃ許されなかった夢を、今世で思う存分叶えようとしているんだから。
「それより、どう思う? このタコみたいな妖魔と、その妖魔に埋め込まれてるって言う、ケモ耳女について」
「正直分からん。少なくとも、俺が知る限りではそんな見た目の妖魔は見たことがねぇな。このケモ耳についても同じだ」
この国で最も多い妖魔との交戦経験を誇り、研究が進んでいる土御門領の次期領主がそう言うんだから、間違いないんだろう。
一番人に近い姿をした鬼や天狗でさえ、一目見れば人外だと分かるくらいには化け物じみている。少なくとも『女の人』と明らかに人間相手に使うような言葉で表現されるような妖魔なんて、俺だって見たことが無い。
「ということは、今回もラスボス関連か?」
「それが一番あり得そうではあるな」
天魔童子は、妖魔を操り、合成することで全く別の妖魔を生み出すことができると推察している。
女王蟻のように妖魔を次から次へと生み出す、この未知の妖魔を創り出すことだってできそうではあるんだが……天魔童子っていうのは本当に何者なんだ? 原作通りなら妖魔の王で、この国を妖魔の国に変えようとしているんだろうが……。
「まぁ分からないことは置いておこう。今は百鬼夜行の元凶と思われるこの妖魔の討伐が先だ」
「それに関して俺から一つ懸念があるんだがよ……この妖魔、何とか逃がさねぇようにできねぇか?」
その言葉を聞いて俺は納得した。
妖魔というのは放置すればするほど強くなる。現段階でも妖魔を大量に生み出し、土御門領を窮地に追い込むほどの力を持っているこの妖魔を取り逃せば、次現れる時には俺たちの手に負えない存在になっているかもしれない。
「こいつの背後には海がありやがる。そこに逃げられたら追跡は困難だし、外国に流れ着けばその国がヤバい。確実に、この地で息の根を止める必要がある」
「同感だな」
問題は、具体的な策だ。逃げる前に仕留めることができれば最善だが、そんな簡単に上手くいくと考えない方がいい。どうやって逃亡を防げばいいのやら……。
「……あ、そうだ」
妙案が思いついた俺は通信魔道具を起動し、雪那へ連絡を取る。
『國久様っ! ご無事でしたか……!?』
「あぁ、今一段落して今後の行動について話し合っていたところだ。連絡が遅れて悪かったな」
『いいえ……っ。國久様がご無事でよかった……』
どうやら少数で援軍に向かった俺のことをずっと心配していたらしい。
これは連絡が遅れたことも含めて、事態が無事に収束すれば十二分の埋め合わせをしないとな。
「だがまだ何も終わってない……このままゆっくり話したいところだが、今はこっちの話を聞いてくれ」
俺はこれまでに分かったこと、そしてこれからするべき事と、やってほしい事を雪那に伝える。
それはいざという時、雪那が軸となる作戦でもあった。
「恐らく今回の戦いは、大和帝国だけでなく、海外諸国の命運を分けかねないものになる。それに応じて責任も重くなるが……やれるか?」
『……やります。私は私の言葉を違えません……國久様の後顧の憂い、私たちが晴らしてみせます』
「あぁ……頼み置くぞ、雪那」
婚約者の頼もしい言葉に安心と共に通信魔道具を切ると、政宗が俺の顔をマジマジと見つめているのに気が付く。
「どうした? 俺の顔に何か付いてる?」
「いや、何つーか……前世と比べて雰囲気変わったなって思ってよ。良い意味で自信が付いたっつうか、堂々としてるっつうか」
「まぁその自覚はあるけど、それはお前もだろ」
極々普通の一般人でしかなかった前世とは違う。俺も政宗も、晴信も惟冬もこの世界で色々と変わった。
それでも政宗が俺のことを良い意味で変わったと思うのなら、それはきっと重文たち華衆院領の臣民たち……そして何よりも雪那のおかげだろう。
雪那たちが誇れるだけの男になりたいとここまで来たんだ。今さら昔みたいに『自由な立場で気ままに生きる』なんて無責任な言葉を吐ける気がしない程度には、俺も大人になったという事か。
「にしても……雪那殿下と婚約したって話は伝え聞いちゃいたが、さっきの様子を見る限り、随分と上手くやってるみてぇじゃねぇか。異世界でイケメンに転生してそのままリア充ルートまっしぐらってか? 山本も何かよろしくやってるみてぇだし、普通に羨ましいんだが?」
「ふふっ。まぁな」
雪那との関係が傍から見ても良好だと言われるのは気分がいい。是非とももっと言ってくれ。
「だがそういうお前こそ、これぞと思う相手はいないのか? お前だって今世ではイケメンに生まれ変わってるし、武門の名家、土御門家の跡取りともなれば引く手数多だろ?」
「それがそうでもねぇんだよなぁ……知り合いに女がいないって訳でもねぇんだが男女の仲とは違うし、訓練に遠征にと忙しくて婚約話を進める余裕もねぇんだわ」
これは意外だ……武芸の国である大和帝国では強い男ほどモテるし、妖魔の出現が多い過酷な地に嫁ぐことを嫌がらない女だって一定数存在する。そんな中で、これほどの色男が未だに婚約者もいないとは。
(そう言えば、【ドキ恋】のヒロインの中でも突出して好きっていうキャラがいない奴でもあったっけ?)
本人の言った通り、多忙だという事もあるんだろう。それでいて女に興味が無いってわけでもないし、本人が望むならこっちで見合いの一つでもセッティングしてもいいかもしれない。
「ま、今は俺のことはいいだろ。とっとと作戦を決めちまうとしようぜ」
「そうだな」
面白そうな話題は全部後回し。全部事件を解決した後のお楽しみにするとしよう。
そんな未来への展望を胸に抱き、過度に緊張しないように軽口を叩き合いながら、俺たちは大和の命運を分ける一戦に身を投じるのだった。
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