坂田「デブですが何か?」


 それは前世での話。中学から死ぬ瞬間まで一緒に行動をしてきた俺たち四人の中で、坂田という男はエロ同人誌集めにアホほどハマっていた。

 二次創作や雑誌に掲載されないような漫画でも面白いものは沢山ある。そんな理屈で同人誌を買い集める心情は俺も良く理解できるんだけど、坂田はいくらなんでも集め過ぎだった。

 その総数は数百冊に及び、バイト代の大半をつぎ込む勢いだったと言えば、そのハマり具合が分かってもらえるだろう。そんな男が今、異世界でイケメンに転生し、胸を抑えながら蹲っていた。


「お、おおおおお……! この心の傷の抉り方、お前北川だろ……!?」

「うん、そうだよ。久しぶり」

「久しぶり、じゃねーよ!? 何だその薄いリアクション!? こっちは黒歴史ほじくり返された上に前世の友達が現れてメッチャ驚いて、何から言えばいいのか分かんねーんだが!?」

「いや、だって……」


 坂田からすれば初見で驚くのも無理はないだろうけど、俺はこういう展開に直面するのは三度目なんだ。再会に感動しているのは確かだけど、今さら冷静さを失うって方が無理がある。


「異世界に転生して十八年以上経って、前世の友達とまさかの再会を果たすのと同時に、何で俺は古傷に塩を塗り込まれるんだ……!?」

「状況が状況だからな。一から口頭で説明する時間はないし、俺の前世が誰なのかが一発で分かる印象深いエピソードをチョイスしてみた」


 前世での俺たちは基本的に、代わり映えのない平凡な人生を送ってきたのだ。十八年の年月が経っても摩耗しない、インパクトのある共通の話題となると限られてくる。


「でもそのおかげで、俺が誰なのかがすぐに分かっただろ?」

「あぁそうだな! おかげさまであの事件は未遂に終わって、表沙汰にならなかったからな! でも証明なら他に何かあっただろ!?」

「安心しろ。俺も森野も前世の黒歴史をほじくり返された」


 この手の恥ずかしい失敗が無い奴って言ったら、晴信もとい山本くらいなもんだ。あいつは何だかんだで冷静で自分を客観視できるからな。ロリコンであることも包み隠さないオープンな奴だったし。


「まさか転生してまで浮ついてリアルに変な夢を見た俺の黒歴史を掘り返されるとは……! オタクに優しいギャルなんて、この世にいる訳ねぇのによぉ……!」


 トラウマ……というよりも、当時の自分の浮かれポンチ具合を思い出し、羞恥心でまともに顔を上げれなくなる坂田。

 正直、俺自身はオタクに優しいギャルは嫌いじゃないんだけどな。そう言う系統のヒット作は沢山世に出てたし、好きなギャルキャラも結構いた。何なら雪那にギャルファッションを着て見せてほしいと思ったことすらある。

 ただそれと同時に、オタクに優しいギャルはエルフや獣人と同じ、この世に存在しえない亜人キャラと同じ系列に分類されてると思ってただけだ。 


「むしろ驚いたのはこっちだ。何だこの割れてカッチカチになってる腹筋は。前世の見る影もないじゃねーか」

「おい、やめろ! 腹を揉もうとするんじゃねぇ! 前世の霜降りボディとは違う、俺はもうバターの代わりになれないんだ! 搾ったって脂は出てこねーぞ!」 


 俺はポヨンポヨンの腹をした前世の坂田の姿を思い出しながら脂肪の感触が一切ない腹筋を揉みしだくと、坂田は実に懐かしいリアクションをとる。

 友達に対して思いっきりデブと言った俺だけど、坂田の事を真っ先にデブキャラとして弄り始めたのは他の誰でもない、坂田自身だ。

 いわゆる自虐ネタなのである。十八年ぶりに聞いたネタに『土御門政宗は坂田だった』と再確認し、それと同時にこの腹筋では二度と自虐ネタを使えまいと、少し寂しい気持ちになった。


「……と、感動の再会の続きはまた今度にするとして、そろそろ本題に入らないとな」


 俺は坂田の腹から手を放し、表情を引き締めながら伝えるべきことを伝える。

 上空から見た竜尾山の様子や、蟻の群れのように蠢く妖魔の数。ついでに前世関連で周囲に怪しまれないようにするための呼び名の徹底……これからの方針を決めるのに必要になるであろう情報の全てを聞くと、坂田改め、政宗は難しい表情を浮かべた。


「なるほど……その様子を聞く限りだと、あれだけ倒したってのに妖魔どもの数は減ってねぇみてぇだな」

「それは出現した妖魔の総数に対して、倒した数が少なすぎるからそう見える……って意味じゃないんだよな?」


 聞き返した俺の言葉に、政宗は重々しく頷く。


「あぁ。いくら百鬼夜行と言っても妖魔が無限にいるわけじゃねぇ。倒し続ければいずれ殲滅できるはずなんだが……百鬼夜行の発生から俺たちはずっと戦い続けているにも拘らず、減っている気がしない。むしろ増えている」

「原因があると考えるのが妥当だな……分かった。そちらに関しては、こっちで調べてみる」


 幸いというべきか、この手の調査に最も適した人間がいるしな。恐らく近い内に結果が出るはずだ。


「となると、いつでも戦えるように備えた方がいい。悪いが、兵士たちを集めてくれないか?」

「それは構わねぇが、一体どうした?」

「兵士の戦支度と言えば、古今東西共通するものがあるだろ?」

  

   =====


「うめぇっ! 何だこりゃ!?」

「これが本当に兵糧か!?」

「こんなうめぇ兵糧は食ったことがねぇ!」


 五重の岩壁に守られた荒川砦の真ん中。見張りの兵士と交代しながら順番に集められた土御門軍の兵士たちに、我が華衆院軍の兵士たちが兵糧……戦場に持っていく保存のきく食料を配っていた。

 本来、兵糧というのは美味い物じゃない。保存性を第一に作られ、美味さや栄養に関しては二の次三の次って感じだから、かなり味気ないのだ。


(前世みたいな缶詰やレトルト食品みたいなのだったらまだ良かったけど、この大和帝国だと干し飯や梅干し、味噌がメインだからな)


 保存技術と持ち運びの兼ね合い的にそうせざるを得なかったのだ。冷蔵庫みたいな魔道具が普及されているとはいえ、まさかそれを背負って戦場に行くわけにもいかないしな。兵士全員分の食料の保存となると、冷蔵魔道具も相当な数が必要だし。


(だがそれも、俺がいる限り過去の話だ)


 保存という問題をこの岩船の魔術が全てを解決した。大勢の兵士や装備品、魔石や魔道具を載せてもなお、食料の為のスペースは十分確保できるくらいには、俺が作り出した岩船がデカいからな。冷蔵魔道具を大量に載せるくらい問題ない。


(それに……兵士たちの様子を見る限り、晴信からの協力を取り付けて正解だったな)


 我先にと食料の配給に並び、手にした兵糧にがっつく兵士たちを見て、俺は内心で一人ごちる。

 そこまでして俺が兵糧に手間を割いた理由……それは土御門軍の兵士たちの状態を予想してのことだ。

 怪我や魔力切れ、装備の損耗だけではない。長期間にわたって竜尾山に籠り、無尽蔵と思えるほどの数の妖魔と戦い続けるのは、とんでもないストレスだったはずだ。

 何だったら、土御門軍の兵士たちの不満が爆発し内部分裂を起こしていた可能性すらある。戦場におけるストレスとは、それほど恐ろしいものなのだ。


(そこで活躍するのが、華衆院家協力のもと作られた、西園寺領産の美味い兵糧だ)


 昔からストレス解消には美味い飯というのが定番。冷蔵魔道具の大量搬送が可能という前提の下、西園寺家には甘味類や体を温める香辛料をたっぷり使った料理を、小さい壺を始めとしたコンパクトな容器に詰めて持ってきて貰ったのだ。

 味に重きを置いたから保存性がなくなったけど、それはこっちで解決。当然、栄養価もしっかり考慮されていて、風雲砦でも同じように配給している。


「重ね重ねありがてぇ……兵士たちの明るい顔を見るのも久々だ」


 事前に打ち立てた方針と準備に間違いはなかったのだと確認していると、後ろから政宗が近づいてきた。


「兵士たちにストレスが溜まってるのは分かってたが、俺じゃあ大したことはしてやれなくてな。おめぇには随分とでかい借りを作っちまった」

「そこは気にしなくてもいい。こっちに利があってのことでもあるしな」


 俺の隣に並び立ち、活力を取り戻していく兵士たちを眺める政宗。その眼差しはどこか温かく、そして優しいものだった。


「……それにしても、お前も大変だったな。よりにもよって土御門家の嫡子に転生するとは」


 恐らくこの世界でも特に過酷な領地、その跡取りとして転生するなど、大抵の人間には耐えられまい。むしろよく今の今までこの領地から逃げ出さなかったなと感心すらしている。


「まぁ思うところが無かったわけじゃねぇが……家族に領民に友人、俺もこの世界で好きな連中ができたんだよ。そいつらをほっぽり出して俺一人逃げれねぇや」


 快活に笑いながら言ってのける政宗。その表情には迷いと呼べるようなものは一切感じられなかった。

 自分の為ではなく誰かの為……損得勘定を度外視したその生き方は、人によっては不器用にも馬鹿者にも見えるかもしれないけれど、今思えば政宗坂田という男は昔からそうだった。


(お人好しで、何度痛い目見ても懲りずに困ってる奴に手を差し伸ばしてしまうところは相変わらずか)


 前世でも、俺や晴信山本惟冬森野が不良に絡まれてたら真っ先に助けに入っては代わりに殴られる……なんてこともあったくらいだし、俺たちが中学から大学まで友達で居続けられたのも、この男が潤滑油的な役割を果たしていたところが大きい。

 俺たちはそんな馬鹿が付くくらいお人好しで情に厚い坂田のことが大好きだった。 

 



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