実は希少資源だった魔石


「そちらの結晶……もしや魔石か?」


 魔石……字面で分かると思うけど、元々は不定形の魔力が結晶化した物体の事だ。

 用途としては、魔道具を継続的に起動させる電池のような役割が主だが、戦場に持っていけば兵士たちの魔力回復にも使える見込みがある……とされている。


「しかし、それだけの魔石ではどうにもならんだろう。数千、数万単位の数があれば話は別だが、それだけの魔石を用意するのは華衆院家でも難しいのではないか?」


 忠勝殿の言う通り、魔石の大量生産には大きな問題がある。製造コストの高さだ。

 特に金銭が必要って訳でもないんだけど、魔力を半永久的に物質化させるには、膨大な魔力を長時間かけて処理しなければならない。しかもそうやって出来上がった魔石に籠められた魔力量は、生成に使用した魔力に比べて雀の涙ほどしかない。

 現状、魔石の入手は何千年もの時間を掛けて自然界に生み出された天然物を採取するのが主で、人工的な生成はまだ研究途上、実用には至っていないのだ。


「もちろん、忠勝殿の懸念は理解できます。しかし、それらを踏まえた問題を解決できたが故の提案でありますれば」


 そう言って俺が手を上げると、華衆院軍の兵士たちが大きな木箱を持ってきて、俺と忠勝殿、そして土御門軍の諸将に見えるように配置して蓋を開ける。


「おおぉぉぉっ!?」

「な、何と……!? その箱に詰まっている結晶、全て魔石か!?」


 彼らが驚いたのも無理はない。現状では希少価値の高い魔石が、木箱一杯になるくらい乱雑に詰め込まれているのだ。今の魔石の価格的に、これだけの数が揃えばちょっとした貴族の領地くらい、丸ごと買い取れると思う。


「岩船の中には、この二百倍近い量の魔石が積み込まれております。これら全てを魔力供給源とすれば、岩船を動かしての負傷者の搬送のみならず、政宗殿の援護、さらには此度の百鬼夜行鎮圧にも大いに役立つ事でしょう」

「むぅ……確かに……!」


 これにはさすがの忠勝殿や諸将の面々も黙って唸るしかないようだ。今回俺たちが用意した魔石を全て使い、全兵士たちが魔力の消耗を気にせずに戦えば、この史上最大規模の百鬼夜行鎮圧も現実味を帯びてくる。


(たとえ、この魔石の出処に疑問を持ったとしても、受け入れざるを得ないだろう)


 もちろん、これは全て天然物ではない。さすがの華衆院家でも、これだけの魔石を用意するのは不可能だ。金銭面じゃなく、単に現物がないからな。

 しかしこちらには無尽蔵の魔力を星から供給できる雪那がいる。魔石を生成するために大勢の魔術師たちの魔力を使い果たして他の仕事ができなくなるという最大の問題点を、雪那一人で解決できるってわけだ。


(やはり俺の婚約者は究極にして至高の存在だったという事か……)


 ちなみにこれは雪那から提案され、実現されたものである。さすがに事業として継続的に続けていくには問題があるけど、今回の緊急事態を凌ぐには十分すぎる。

 容姿も究極。性格も最高。それでいて有能。そんな婚約者を得た俺は銀河で一番の果報者に違いない。


「如何でしょう? これらの魔石の出処に関して、この場で口にするわけにはまいりませんが、品質は紛れもない一級品。必ずや土御門家の方々の力になれると自負しております」

「忠勝様……これは……っ」

「うむ」


 俺の婚約者がいかに素晴らしいのかを脳内で再確認していると、土御門家側も決心がついたらしい。その代表として、忠勝殿が俺に真っすぐ視線を向けてきた。


「これらの魔石に関して疑問が尽きぬが、今はその事は置いておこう。國久殿、其方からの助力、ありがたく受けさせてもらおう」


   =====


 そんなわけで、忠勝殿を始めとした土御門家の諸将からの指示を受けて岩船の艦隊を三つに分けることにした俺たち華衆院軍。

 内訳としては、七隻ある内の二隻は負傷者を雪那の結界に守られた城下町へ移送、二隻は引き続き風雲砦を上空から援護、そして残り三隻を引き連れた俺が荒川砦にいるであろう政宗殿の援護である。

 

(単純だけど妥当な振り分けってところか)


 防衛に回った風雲砦や、負傷者を移送する部隊に、敵陣を切り開いて荒川砦に向かう俺たちほどの兵力は必要ない。

 むしろ俺としては、操作する岩船の数が減ったことで、より速度を出しながら戦いに集中できるというものだ。


「……そういう訳で、そちらには負傷者を送るから、結界の一部に穴を空けて通れるようにしてほしい」

『承知いたしました、國久様』


 出陣の直前、通信魔道具を使って雪那に連絡を取り、必要な報告事項と指示を伝えていた。

 負傷者の移送中でも恐らく妖魔と接敵することになるだろう。別に妖魔と戦わずに逃げることに徹底してもいいとしても、岩船の破損や兵士の負傷によって飛行ができなくなる。そうなった場合、移送部隊はそのまま雪那たちと合流し、城下町の防衛と風雲砦に続く街道の確保に協力してもらうことを伝え、最後の報告を口にする。


「俺はこれから政宗殿への援軍として荒川砦に向かう。一段落するまでは次の通信を送ることはできそうにない」

『そう、ですか』

「……心配かけて悪いな。それでも分かってほしい、今ここが正念場なんだよ」

  

 水晶板に映る雪那の顔を見ると、どうしても後ろ髪を引かれる気持ちになる。

 考えてみれば、今回の一件が始まってからというもの、雪那には心配かけてばかりだ。もっとスマートに事態を解決できればよかったんだけど、さすがにそこまで現実は甘くない。


『そうですね……國久様はもちろんのこと、兵士の皆さんのことも心配です。どうせならこの力で貴方を傍で守りたいと思ってしまう』


 そう言って、雪那は向こう側の通信魔道具に映っているであろう俺の姿に手を添えたのか、こちら側の通信魔道具に雪那の白くて細い指が大きく映しだされる。


『それでも私は國久様の事を信じております。どれだけの危難を前にしても、いつものように無事に帰ってきてくれると』

「あぁ、当然だな。こちとら自殺願望なんぞありはしない。何があっても雪那の元に戻ってくる」

『でしたら私から言う事はありません。國久様の後方、帰るべき場所を守り、貴方を待っています』


 俺は通信魔道具に映された雪那の手のひらに合わせるように、自分の手のひらを重ね合わせる。

 本当に良い女に成長したものだ。そんな愛する婚約者との水晶板越しの触れ合いは酷くもどかしいものがあるけど、この一件が終われば好きなだけスキンシップできると思えば、俺のモチベーションは俄然上がる。今なら大太法師百体くらいノーダメ撃破できそうだ。


「だったら俺も五体満足で帰ってこないとな。あんまり心配かけるのも嫌だし、事態が落ち着いたら、そろそろ逢引き以上のことも雪那としたいし?」

『く、國久様!? こんな時に何を言うのですかっ!?』

「まぁまぁ、気合入れてるだけだって。それじゃあ、また折を見て通信する」


 雪那のリアクションに満足した俺は通信魔道具を畳み、改めて謙次に指示を出す。


「そんじゃあ、俺は行ってくる。風雲砦の警備は任せるぞ、謙次」

「はっ! 承知いたしました!」


 本当なら謙次も連れて行きたいところではある。魔術師としての実力もさることながら、その指揮能力は大きな戦力だ。

 しかし忠勝殿に万が一があってはいけないのも事実。政宗殿と同様、忠勝殿はこの大和帝国……ひいては俺たちの計画に必要な存在だ。生きていてもらわないと困る。

 

「一番船から三番船、出陣するぞ! 気合入れてけよお前らぁっ!」


 俺は号令を出し、兵士たちが乗り込んだのを確認してから、三隻の岩船を飛ばす。

 ここに来るまでよりも明らかに速度が増した岩船は飛行する妖魔すら振り切って、貰った地図に沿いながら真っ直ぐに荒川砦へと向かう。


「……こう言ってはなんだが、土御門政宗様はご無事なのか? 我々が風雲砦に到着してからかなりの時間が経ったが……」

「……あぁ。こんな大規模な百鬼夜行の渦中で、未だ生き残っているとは……」


 その道中、ひそひそと呟く兵士の不安そうな声が俺の耳に入ってきた。  

 まぁ彼らの不安は分からないでもない。俺たちが政宗殿の動向を知り、兵力の振り分けを決めている内にそれなりの時間が経ってしまった。この妖魔の大軍勢の中、未だに政宗殿が生きていると考えられないのは当然だろう。

 しかし、それでも忠勝殿を始めとした土御門軍の面々は皆、心配こそしていたが、同時に政宗殿の生存を信じていた。


(それにもし、政宗殿が坂田の転生先だとすれば――――) 


 その時、一体の赤鬼が俺が乗る岩船に向かって吹き飛んできた。

 翼を持たず、空を飛べない筈なのにどこからともなく飛来してきたその妖魔を妖刀の一振りで両断し、真っ二つになった死体を甲板にぶちまけると、俺は妖魔が飛んできた方向に向かって視線を向けた。


(この妖魔、どこから飛んできた……?)


 少なくとも、ただの肉眼では把握できないほどの遠方からだが……気掛かりな事が一つある。

 それはこの妖魔は俺たちの進行方向上……荒川砦の方から飛んできたという事だ。


「國久様! 荒川砦を確認できました! 城壁などに損壊が多数見受けられますが、砦及び兵士たちはどうやら無事の様子!」


 兵士からの報告を受けて、ようやく肉眼でも荒川砦を確認できた俺は、龍の頭を象った船首の上に乗って状況を確認する。

 城壁とかがところどころ崩れてボロボロになってはいるけど、荒川砦は健在だった。俺が風雲砦周りに作り上げたものほどではないが、地属性魔術で壁を作り、中にいる兵士たちが妖魔の侵入を阻んでいるんだが、それよりも気になることがある。


「よ、妖魔どもが吹き飛ばされている……?」

「國久様、あれは一体……!?」


 兵士たちの動揺も無理はない。荒川砦を囲んでいる妖魔の大群が、片っ端から吹き飛ばされているのだから。

 例えるならそれは、ちょっとした竜巻に巻き上げられる落ち葉を見ているかのよう。荒川砦の周辺を信じられないくらいの速度で動き回る何かが、迫りくる妖魔の大群を次々と薙ぎ倒して、荒川砦への攻撃を防いでいる。


「さっきの赤鬼を岩船まで飛ばしてきたのは、あれが原因か……!」


 俺は遠見の魔術を使って戦況をより正確に確認する。

 強化されて遠方の様子までくっきりと映し出されるようになった俺の目は、妖魔の大群を相手に大立ち回りをする、一人の若武者の姿を捉えることができた。




――――――――――



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