フィクションに騙された男の現在


「……何あれ?」


 岩の防壁に守られた荒川砦からの魔術による援護攻撃が撃ち込まれてはいるものの、ほとんど一人で妖魔の大群と渡り合っているその男を見て、俺は思わず呟いた。

 無双系というジャンルのゲームがある。大量の雑魚敵をバッサバッサと薙ぎ倒していく爽快感が売りのゲームで、プレイアブルキャラクターの通常攻撃一発で五体くらいの敵を巻き込んで倒せたりする。

 今俺の眼下で繰り広げられている光景が、まさにそれを彷彿とさせるものだった。


(これ援護いらなかったんじゃ…‥)


 そう考えたけど、戦況を見てすぐに思い直す。

 あの若武者は広範囲に及ぶ攻撃魔術を使っていないのだ。個々によっては範囲攻撃系の魔術の適性が無い魔術師も多くいるけど、恐らくあの男もその類なんだろう。


(忠勝殿が言っていた、相性が悪いってこういう事か)


 もはや正体が完全に割れたと言って過言ではない若武者は恐らく、身体強化や付与魔術が得意なゴリゴリの近接型魔術師だ。その手の魔術師は確かに百鬼夜行のような数の猛威とは相性が悪い。

 ……まぁどういうわけか、その常識をぶち壊して若武者が圧倒しているんだけど、それでも数が数。チマチマ減らしたところで焼け石に水だ。


「俺は援護をしてくる、岩船の操作は任せたぞ」

「はっ! どうかご武運を!」


 風雲砦の時と同様、岩船の支配権を配下の魔術師に譲渡してから甲板に飛び降りた俺は、【岩塞龍・天征】を発動する。

 地面から空に向かって飛び上がるように生み出された巨大な岩の龍の頭に着地し、立ち塞がる妖魔たちを纏めて轢き殺しながら、例の若武者の元へと駆けつける。


「緊急時につき頭上から失礼する。貴殿が土御門家次期当主、政宗殿とお見受けするが、返答は如何に?」

「その通りだが……何者だ、あんたは? その半端じゃねぇ魔力量、只者じゃねぇだろ?」


 突然現れた俺に対して当たり前のように警戒を露わにする若武者……政宗殿は、身長が百八十はありそうな筋肉質な肉体と精悍な顔つきが特徴的な、赤毛のワイルド系イケメンといった感じの男だった。

 口調こそ貴族にしては粗野だが、戦による返り血や土汚れが付いた服や、身の丈を超える幅広で分厚い刃の長巻……刀身と柄の長さが同じ刀……を肩に担ぐ姿も相まって、非常に様になっている。


(だが何よりもその魔力量、一分の隙もない立ち姿……只者じゃないって言うのはこっちの台詞だ)


 雪那のような例外を除けば、破格とも言える量の魔力が凝縮された肉体を、俺のちょっとした仕草や目の動きに合わせてミリ単位で身動ぎをする政宗殿に、俺は彼の魔術師として、あるいは武人としての力量を感じ取っていた。

 しかもこの男、あれだけの妖魔と近接戦を繰り広げていたというのに、怪我らしい怪我が一切見当たらないのだ。


「我が名は華衆院國久。土御門家当主、忠勝殿からの要請により、嫡子政宗殿の援軍に参った」

「華衆院家の? そんな男が、なぜここに……?」

「……話したいことも聞きたいこともあるだろうが、それよりも先に――――」


 俺は地属性魔術を発動する。

 その瞬間、荒川砦周辺の地面から鋭い岩の杭が一斉に生えてきて妖魔たちを貫いた。

 魔力感知でざっと確認してみたところ、今ので数百体は仕留めることができただろう……そんな光景を見て、さすがの政宗殿も目を瞠っている。


「周辺一帯の妖魔を撲滅しよう。そうでなければ、落ち着いて話もできない」

「……たしかに、今は話し込んでいる場合じゃねぇな」


 俺と政宗殿は肩を並べ合い、同族の死体を踏み荒らしながら迫りくる妖魔の大群を真っ直ぐに見据える。

 そこから先は、はっきり言って蹂躙だった。元々、荒川砦くらいの規模の砦の防衛と妖魔の迎撃なら、俺一人でも何とかなるのだ。そこに相性不利を覆して百鬼夜行と渡り合っていた政宗殿との共闘となれば、結果はおして知るべし。

 俺の到着から一刻ほど経過した頃には、荒川砦周辺から生きた妖魔がいなくなった。


   =====


 その後、風雲砦の時と同じように、荒川砦を囲む形で分厚く高い岩の壁を五重に展開し、ようやく落ち着いた時間を確保できた俺は、事の次第を政宗殿に説明すると、政宗殿は意を得たとばかりに明るい笑みを浮かべた。


「あぁ、なるほど! そういう事があったわけか! 今回の一件にゃあ、さすがに困り果ててたもんでな。助かったぞ、國久殿! あんたは紛れもなく命の恩人だ!」

「気にするな、政宗殿。こちらにも利があってこその行動、持ちつ持たれつというやつだ」


 バシバシと俺の肩を叩きながら豪快に笑う今の政宗殿には、戦闘中に見せた鋭い雰囲気は感じられない。

 基本的にこちらが素なんだろう。整った精悍な顔立ちの大男なのに、滲み出る人懐っこさに好感を覚える……政宗殿はそういう印象を受ける人間だった。


(まぁギャップっていうのもあると思うけども)


 なにせ間近で見る戦闘中の政宗殿は、味方であるはずの俺も畏怖を覚えるほどの鬼気迫る戦いぶりだったからな。

 先の戦いでは、敵の数が数だけに、広範囲攻撃を得意とする俺が主軸となって戦ってたんだけど、風雲砦の時のように守りにリソースを割かなかった。単にその必要性を感じなかったからだ。

 

(何しろこの男、俺が討ち漏らした妖魔を一匹残さず瞬殺してたしな)


 俺だって最初の内は砦周りに防御壁を張りながら戦おうと考えてたんだけど、その必要が無いと感じたのは戦いを始めてすぐのこと。一定まで砦に近づいてきた妖魔は皆、さながら雷光のような速さで動き回る政宗殿が一刀のもとに切り伏せてしまうのだ。

 正直、我が目を疑った。身体強化が施された俺の視力をもってしても、政宗殿の動きを追い切れなかった。その上、どんな妖魔が相手でも一撃必殺……数の利をものともしない、近距離戦闘を突き詰めた魔術師の完成形を見た気分だ。


(そうでなかったら、今頃荒川砦は壊滅してるか)


 ぶっちゃけ、魔術ありきでも人間の動きじゃないと思った。終いには長巻を使わずに殴る蹴るで妖魔をギャグ漫画みたいに空の彼方に吹き飛ばすし、多分俺でも真っ向勝負じゃ政宗殿には敵わない。

 まぁそのおかげで防御に余力を割く必要はないと思ったし、結果的に想定よりもずっと早く妖魔の大群を撃退することができたしな。


(しかしやっぱり原作とは違うな)


 土御門政宗は、原作でも強キャラとして描かれていたけれど、さすがにここまでじゃなかった。

 何よりも性格が違い過ぎる……原作通りなら、もっと横柄で乱暴、人が好んで近寄りたいと思えるような人間じゃなかったはずだし。


「それで、二人で話したいことがあると聞いて場を用意したが、一体どうしたよ?」


 そんな政宗殿と俺は今、荒川砦の一室で二人っきりで向かい合いながら座っていた。

 前回、前々回の時のように酒も肴もない対面だ。そんな中で俺はあらかじめ思い出しておいた、俺と政宗殿の互いの前世における素性を確認できるような、確実な話題を口する。


「……二月十四日、オタクに優しいギャル事件」

「…………え?」


 この言葉に政宗殿は呆けた顔をするが、そこに含まれる僅かな驚愕を俺は見逃さなかった。


「高校二年の時、オタクに優しいギャルを装った女子がバレンタインの日、俺の友人の一人にパッケージだけ高級品の中身安物チョコを使ってハニトラを仕掛けて金品を騙し取ろうとしていたことがあった」

「は? ……え、ちょ……」

「その時の友人は「フィクションは現実だった!」って言って完全に浮かれててな。普段接したこともない相手なのにいきなり優しくしてくるなんて絶対怪しいのに、友人は言われるがままにホイホイ付いて行こうとしてたから、俺は必死に宥めてたよ」

「ちょっ……待て!? 色々待てっ!?」

「案の定というべきか、件の女子はオタクに優しいどころかオタクを狩るギャルだった。ハニトラで誘惑して止めに入る第三者がいない場所まで連れ込んだところを、数人がかりで囲ってカツアゲしようと企んでた会話を、山本と森野の二人がスマホを使って証拠を押さえてくれたから事なきを得たが……騙されたと知った友人はその日以降、バレンタインとオタクに優しいギャルが大嫌いになった」

「な、なぜその黒歴史を……! お、お前はまさか……!?」


 愕然とする政宗殿の台詞を聞いて、俺や晴信、惟冬が抱いていた疑念が確信に変わった。

 今思えば皮肉なものだ。かつて俺は目の前の男に『オタクに優しいギャルなんてフィクションの産物、現実にいるわけねーだろ。目を覚ませ』と説得していたのに、四人まとめてフィクションの代表格とも言える異世界転生を体験しているんだから。


「そう、お前のことだよ! エロ同人デブの坂田!」


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