土御門忠勝との会見


 天に向かって無尽蔵に突き上がる岩の杭は妖魔を貫きながら堅牢な壁となり、地面から生み出される棘で覆われた丸い大岩は雨あられと降り注ぎ、地面に着弾してからも跳ねて転がりながら妖魔を圧し潰していく。

 終いには三桁単位の妖魔が同時に不可視の力で空中に浮かび上がり、そのまま地面に埋まるほどの勢いで叩き潰され、これまで終始優勢だったはずの妖魔の大群がたった一人の人間によって形成を覆され、逃げ始めいた。


「な、何なのだ、あの御仁は……!?」


 そんな常識の範囲外にあるかのような光景を見て、さしもの勇猛な土御門家の兵士たちも唖然とするしかない。

 彼らの視線の先にいるのは、空を駆ける岩の龍に乗り、恐ろしいほどの魔力を妖刀に滾らせながら妖魔の大群を見る見る内に駆逐していく、まだ二十歳にも届いていないであろう若者の姿があった。

 

「さ、先ほど空から響いていた言葉通りなら、華衆院家が土御門家へ援軍を……? となると、あのお方が華衆院國久様か!?」

「おぉっ! 齢十五にして単身で土蜘蛛を討ち取ったという!」


 土蜘蛛は妖魔退治を生業とする土御門軍でも大きな脅威とされており、単身で討ち取れる人間はほんの一握りしか存在しない。それをまだ成人もしていない少年がたった一人で討ち取ったという話は、当人が大貴族の跡取りであるということも相まって、人の行き来が比較的少ない土御門領にも届いていた。

 その他にも西園寺領で現れた大太法師に、勅使河原領を脅かした天狗を始めとした数々の強大な妖魔の討伐に貢献しており、力をもってして身を立ててきた兵たちの関心を買っていたのである。


「所詮は噂だと話半分に聞いていたが、これほど絶大な魔術の連続発動……! 伝え聞く武勇に偽りなしという事か……!」

「あの武勇……もしかすると、政宗様にも並ぶ・・・・・・・やもしれん」


 風雲砦周辺で妖魔たちにとっての地獄絵図が巻き起こる中、上空に浮かんでいた岩の船が降りてきて、中から医療品が入った小さな棚を背負った兵士たちが、満身創痍の土御門軍に駆け寄ってきた。

 

「お初にお目にかかる。我らは華衆院軍の医療部隊、主君である國久様の命により、負傷者の救助に参上した」

「……かたじけないっ! すまぬがよろしくお願いいたす!」


 なぜ華衆院家が援軍に訪れたのか、そもそも彼らは本当に華衆院軍なのか、様々な疑問が頭をよぎるが、今は猫の手も借りたい緊急事態。ひとまず彼らの言い分を信じた土御門軍の兵たちは、負傷者の治療と安全の確保を任せ、余力のある者たちは武器を握りしめて打って出る。


「今こそ千載一遇の勝機だ! 妖魔どもを風雲砦から追い払うぞ! 我ら土御門軍の意地を見せてやろうではないか!」

『『『おうっっ!!』』』


   =====


 戦いを始めてどれくらいの時間が経ったのか……風雲砦周辺を、地面が見えないくらいの数の妖魔の死骸で埋め尽くした頃になって、ようやく妖魔の大群が途切れ、撃退に成功したことを確信できた。

 

「首尾はどうだ、謙次」

「は。國久様の命により、負傷者の治療は滞りなく完了いたしました。これも國久様が妖魔どもを砦に一匹たりとも入れなかったおかげです」


 今回、風雲砦への援軍に向かうにあたって、俺が真っ先に気を遣ったのは負傷して動けない兵士たちだ。

 負傷兵というのはそこにいるだけで軍を弱体化させてしまう。いざっていう時には見殺しにするという非情な決断を下さなければならない場合もあるけど、それをやれば大なり小なり士気が下がるから、負傷兵を見捨てるのは基本的に最後の手段となる。


「同じ釜の飯を食った仲間を好き好んで見捨てたいわけないからな。余裕を見せつつ負傷兵を助けることで、土御門軍からの信頼を買うってわけよ」


 その甲斐あって、俺に向けられる土御門軍の視線は戸惑いが多分に混じっているけど、好意的なものも多い。最初に名乗りを上げ、家紋が縫われた大旗を掲げている事も相まって、大体の兵士たちが、連絡することもできずに現れた俺たちの事を援軍だと信じているようだ。

 

「とは言っても、負傷者や戦死者の数が多い。これから軍が身軽になるためにも、負傷者たちを結界で守られている城下町に送って治療に専念させた方がいいだろうし、その旨を土御門家当主である忠勝殿に進言するとしよう。そこから先の行動は、忠勝殿たち次第だな」


 援軍として現れた以上、指揮系統を混乱させないために、俺たちは土御門軍に合わせる形で戦う事になるだろう。そこら辺ちゃんと話し合わないと、せっかくの軍勢も烏合の衆になるし。


「忠勝殿、並びに政宗殿への会見の申し出は?」

「恙なく。じきに使いの者が呼びに来るかと」


 謙次がそう言ってすぐ、一人の兵士が俺たちの元へ駆け寄ってきた。


「失礼いたします! 華衆院國久様に間違いはございませんでしょうか!?」

「相違ない。忠勝殿たちの支度は済んだか?」

「はっ! 我が主君、土御門忠勝様が風雲砦の軍議の間にてお待ちしております!」


 先導して案内をする使いの兵士の後を追い、俺と謙次の二人が華衆院軍の代表として風雲砦の中へ入る。

 対人ではなく、あくまでも妖魔との戦いに備えて建築された風雲砦の内装は迷いようがないくらいに単純な構造になっていて、軍議の間にはすぐに到着した。


「忠勝様、華衆院國久様をお連れしました」

「うむ。入ってもらえ」


 開けられた襖を潜り、真っ先に俺の目に入ったのは、妖魔の襲撃から生き残った諸将たちと、上座に座る赤い髪をした大柄で筋肉質の、いかにも武人然とした武骨で威厳のある男だ。

 年頃から見ても、あの方が土御門忠勝殿と見て間違いないだろうが……。


(致命傷とまではいかなくても……かなりの重傷みたいだな)


 大小様々な傷を負っているが、何より目を引くのは着物の胸元から見えている血で滲んだ包帯だ。顔色も良くないし、俺たちが来るまでの間に妖魔と戦い続けて重傷を負って戦えなくなった……そんなところか。


「援軍感謝いたす、華衆院國久殿。儂が土御門家当主、土御門忠勝だ」

「お初にお目にかかります、忠勝殿。この華衆院國久、土御門領の危急を聞きつけ、同じ大和帝国を守護する貴族として馳せ参じました。……恐らく忠勝殿を始めとした諸将の面々も困惑していることが多いと愚考いたしますが、早速経緯の説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ。そうしてくれると助かる」


 商人から伝え聞いた情報で、土御門領の人間は長々と形式ばった挨拶をするのを面倒くさがる傾向があると知っていた俺は、挨拶もそこそこに援軍に来た経緯、城下町を始めとした町村の警護状況などを通達。

 今ここに至るまで、忠勝殿の頭越しに色々と勝手な事をやったように見えるかもしれないが、ここまでは権限を預かっている筆頭家老の早川殿との合議の上で行ってきた。その事を踏まえて説明すると、忠勝殿や諸将の面々は満足そうに頷く。


「改めて礼を言わせてくれ、國久殿。天龍院家からこの地の安寧を守ることを任せられておきながら情けない体たらくだが、お主たちが駆け付けてくれたおかげで九死に一生を得ることができた……音に聞こえし武勇に嘘偽りはないようだな」

「どうかお気になさらず。土御門領の危機は大和帝国全体の危機。窮地に駆け付けるのは貴族として当然のこと」


 まぁ俺の場合、私情の割合の方が多いんだけどな。前世からの繋がりなんて説明するわけにはいかないから、嘘ではない建前を口にすると、諸将から「何と誇り高い」とか、「まこと、國久様は大和武士の鑑だな」とか、好意的な台詞を呟かれた。


「ひとまず、この風雲砦は分厚い岩壁を五重で覆わせていただきました。残っている地属性魔術の使い手が防壁の維持に努めれば、また妖魔どもが襲ってきても易々と突破されることはないでしょう。その間に負傷者を城下町へ搬送した方がいいと具申いたしますが、如何でしょう? 我が岩船があればそれも容易ですが」

「いいや。空を駆けることができるというのなら、それよりも先にやってもらいたいことがある」

「……それは、この場に居ない政宗殿に関する事でしょうか?」


 そう……この場には居ると思っていた政宗殿坂田がいないんだ。そんな状況で負傷者の搬送よりも優先してほしいことと言ったら、それしか考えられない。


「然り。この竜尾山には風雲砦とは別に、荒川砦という兵士が常駐している拠点がある。百鬼夜行が発生し、取り残されたであろう荒川砦の兵士たちを救うため、政宗めは僅かな手勢を率いて向かっていったきり、戻ってきておらぬのだ」

「なるほど、そんな事が……」


 更に詳しく聞くと、荒川砦には元から常駐している兵士に加えて、今回討伐に連れて来ていた兵士たちの内、三割ほどが別動隊として向かっていたらしい。質、数ともに、この危局を乗り越えるには容易に見捨てられない兵力だ。


「この事は既に諸将とも話し合って決めた事だ。我が息子は確かな実力を持つ魔術師だが、多勢が相手となると些か相性が悪い。このまま手をこまねいて、もしもの事があってはならぬ……必要ならば、儂もろとも切り捨てても構わない。それはこの場にいる将兵全ての相違である」

「……政宗殿の事を、随分と高く買っておられるのですね」

「無論。親の贔屓目に見えるだろうが、政宗はこの土御門領の未来そのものであるが故に」


 未来そのものとは、随分と大きく出たものだ。【ドキ恋】原作の土御門政宗のことしか知らなければ、誰もが忠勝殿の言葉を意外に思うだろう。


「でしたら、負傷者の搬送と政宗殿への援軍、この両方を同時に行うというのは如何でしょう?」

「確かにそれが最善ではあるが……そのようなこと、可能なのか?」

「可能です。条件付きではありますが、我が軍の兵士たちは私が居なくても岩船を飛ばすことができますので」

「ですが、魔力は如何なさるのです? あれだけ大きな岩の船を飛ばすとなると、相応の魔力が必要となるはず。失礼ながら、華衆院様方の今の魔力では……」


 諸将の一人が口にした言葉を皮切りに、俺に向かって疑問の視線が集中する。

 確かに岩船を長距離飛行させるには莫大な魔力が必要。俺を含めた華衆院軍の兵士たちも、先の戦闘で大量の魔力を失っているし、負傷者の搬送と政宗殿への援軍は欲を張っているようにも聞こえるだろうが……。


「問題ありません。そちらに関しては、あらかじめ持ち込んでおいたこれを使えば、万事解決です」


 そう言って俺が懐から取り出したのは、黄金色に輝く、鉱物に似て非なる半透明の結晶体だ。




――――――――――



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