國久無双


 無数の岩の杭が風雲砦を囲み、その周辺から絶え間なく妖魔の大群が蟻のように襲い掛かる戦場。

 そんな妖魔たちが群がる地面に対して、俺は地属性魔術を発動した。


「【岩塞龍・天征】」


 妖魔を景気よく吹き飛ばしながら現れ、俺がいる上空へと昇ってきた巨大な岩の龍。その頭に飛び乗った俺は、岩船に残った一人の武将に向かって素早く指示を出した。


「お前たちは引き続き、上空からの殲滅を続けろ。そして謙次かねつぐ!」

「ははっ!」


 岩みたいな厳つい顔で鼻と頬に大きな傷がある鎧甲冑姿の大柄な武将……栗川謙次くりかわかねつぐは普段俺に代わって華衆院軍を取り仕切る陣代を務めている、華衆院家の重鎮の一人だ。

 陣代というのは簡単に言うと、華衆院軍の最高責任者である俺の代理を務める権限が与えられた、実質上のナンバー2に位置する武将で、今回の大戦に備えて連れてきたのである。


「謙次、お前に与えた役割は今回の戦のみならず、今後の戦にも大きな影響を与える非常に重要なものであり、お前ならば任せられるものと信じている。俺に代わり、見事この岩船の艦隊を操って見せろ」

「承知仕りました! この謙次、命に代えましても國久様のご期待に応えてみせましょうぞっ!」


 今現在、この大和で俺以外に発動することが出来る者が存在しない空飛ぶ岩の船を操る魔術……こんな便利な魔術を、自分一人にしか使えないという現状を甘んじている俺じゃない。どうにかして俺がいなくても兵士たちが空飛ぶ岩船を操れるように前々から動いていた。

 しかし【宙之岩船】は非常に高い地属性魔術への適性が求められる極めて高難度の術。魔力量の問題もあり、真似できる人間なんてそう都合よく見つからなかったんだが、複数人が役割分担することで、俺から岩船の支配権を引き継がせることに成功した。


(欠点としては、術の発動自体は俺自身がやらないといけないっていう難点があるけど、それだけやっておけば後は兵士たちが変わってくれるって言うんなら御の字だ)


 俺は各船にいる魔術師たちと連携する形で引き継ぎの魔術を使っている謙次に合わせて、岩船の支配権を譲渡する魔術を発動。

 これで岩船艦隊の維持と操作は謙次たちに任せて、俺は自由に動けるというものだ。


「それじゃあ、行ってくる。この場は任せたぞっ!」

「承知いたしました! どうかご武運を!」


 岩船の艦隊の操作から解き放たれた俺は、岩の龍を勢い良く操って天空を駆け抜ける。

 こうして俺が岩の船から飛び降りて戦場を駆け回り始めたのは、戦場全体の様子を詳しく見ながら、劣勢を強いられそうな所に素早く駆けつけて対処し、それと並行して敵の数を一匹でも多く減らすためというのもある。

 

「……早速バリケードが破られそうなところが」


 俺が風雲砦の周辺に展開した、巨大な岩の杭によるバリケード。それの一部がいきなり壊され、大量の妖魔が砦に押し寄せようとしているのを確認できた。

 簡単に破られないよう、岩の杭はかなり巨大な物を地面から生やしたんだけど、さすがにあれだけの数の妖魔が押し寄せれば結構簡単に壊されるか……。


(だが想定内でもある)


 俺は即座に新たなバリケードを一新する為に、再び風雲砦の周辺に巨大な岩の杭を無数に地面から生やし、風雲砦に押し寄せようとしていた妖魔たちを貫き、吹き飛ばす。

 元々地面に残っていた岩の杭を巻き込む形で、より巨大なバリケードを作ってやったんだ。これで少しの間は持つだろう……そう考えた俺は、この瞬間を逃さず攻勢に出ることにした。


(この戦い、守ってばかりじゃ勝てないしな)


 こんな数えきれない数の妖魔と戦うとなったら、いつ途切れるかも分からない敵の攻撃をただ耐えるのではなく、圧倒的な火力で敵を怯ませ、撤退させる必要がある。それこそ、風雲砦に近寄れば無為に命を落とすだけだと、妖魔どもの本能に刻むくらい壮絶に。


「オラオラァッ! 死にたくなかったら道空けろ!」  


 俺を乗せた岩の龍は大口を開けて、食い放題と言わんばかりに妖魔の群れを切り裂くように突っ込み、地面を抉りながら敵という敵を撥ね飛ばし、口の中に入った妖魔を噛み潰していく。

 いくらあれだけの大群でも、巨大な岩の龍による突進には耐えきれなかったようだ。突進で妖魔たちが薙ぎ払われ、一本線を引くようぽっかりと隙間ができたけど、それもすぐに妖魔の大群で埋め尽くされていく。少なくとも、今の一撃じゃ妖魔どもが逃げ出すほどじゃないらしい。


「上等だ……だったらこれでどうだ!」


 俺はさらに地属性魔術を発動し、スパイクのような棘付きの巨大な岩の塊を生成。それを一斉に地面に転がした。

 スパイクの効果で勢いよく転がり回る岩塊は縦横無尽に妖魔たちを引き潰していくが、向こうもただやられているわけじゃない。転がる岩塊に反撃し、砕かれてしまった。


「ちっ……!」


 しかし、妖魔たちの反撃はそれだけに留まらない。

 どうやら連中は岩の龍と、それを駆る俺の事を脅威と見なしたらしく、それぞれが各々のやり方で一斉に炎や雷、風の刃やビームなどといったありとあらゆる遠距離攻撃で岩の龍に攻撃を仕掛けてきた。

 

「……おおぉっ!」


 大半は攻撃を受けてもすぐに修復できる岩の龍に直撃したが、中には当然、俺目掛けて飛んでくる攻撃もある。

 しかしこんな特に狙いすましたわけでもない、偶然飛んできたかのような攻撃を対処できないような鍛え方をしてきたつもりはない。この程度なら魔術を使うほどでもないだろう……そう判断した俺は最小限の動きで攻撃を躱し、避けきれない分は手に持つ妖刀で弾く。

 天空を動き回る岩の龍に乗った俺に攻撃を当てること自体が至難の業だ。数撃ちゃ当たる戦法くらいじゃないと俺を撃ち落とすこと自体ができないだろう。

 ……問題となるのは、やはり攻撃手段だ。 


「チマチマ攻撃してても迎撃できる気配がないとなれば……使うべき魔術はおのずと決まってくる」


 広範囲攻撃を得意とする地属性魔術でも凌ぎきれない数の妖魔が後から後からやってくるようなら、やり方自体を変える必要がある。そしてその手段はこの手で握られているのだ。

 俺は手に持つ太歳に莫大な魔力を込めると、風雲砦周辺に存在する全ての妖魔たちが、大小さまざまな岩石と共に天高く浮かび上がった。


「俺の魔力を吸え、太歳……! もっと……さらにっ!」


あえて・・・魔力の大量消費を度外視して俺が発生させているのは無重力地帯という奴だ。

 この重力魔法の影響が及ぼす範囲は見る見るうちに広がっていき、中に踏み込んだ妖魔たちは手足をバタつかせながら抗うことも出来ずに宙に浮かぶ。

 それは後続として遠くから風雲砦に直進してきた妖魔たちも巻き込み、戦場の上空が妖魔と岩石で埋め尽くされた、その瞬間。


「墜ちろ、木っ端妖魔ども」


 無重力から反転、通常の何倍もの重力場を生み出して、普通に落下する以上の速さで地面に叩きつけられた妖魔たちはもれなく大地の染みとなる。

 前方に存在していた同族が一斉に全滅し、見るも無残な亡骸を見れば、後詰として向かってきていた妖魔たちはさすがに怯んだらしく、その侵攻が目に見えて止まったのが上空からはよく見えた。


「非常事態だが、太歳の試運転には格好の実験台だ……一匹たりとも逃がさねぇから覚悟しな」


 妖刀の切っ先をたじろいでいる妖魔たちに向け、威圧を兼ねてあらん限りの魔力を滾らせる。

 そんな俺が奴らの目にはどんな風に映っていたのか……一部が後ろに向かってたじろぐ妖魔の群れに向かって、俺は地面から生み出した大量の岩を流星群のように斜めの角度から降り注いだ。




――――――――――



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