参戦と開戦
打ち捨てられた妖魔の死体と、犠牲になった兵士たちの亡骸が散乱する戦場跡は屍山血河と呼ぶべき有様だった。
華衆院領では軍だけじゃなく、商人を始めとした有志たちの私兵団の力を借りながら妖魔の駆除を日常的に行い、百鬼夜行が発生しないようにして販路を守っているから、実際にこうして数千規模の妖魔の大群と戦うのは極稀。何だったら、数と包囲網にあかせて妖魔を一方的な蹂躙になるなんて事も珍しくない。
だが今日この場で繰り広げられたのは圧倒的に数で勝る妖魔と、それに抗う人間の正面衝突。まさに人間と妖魔の生き残りをかけた〝戦争〟に参加したのはこれが初めてだ。
「それでも、将兵や住民たちは悲観することなくできることをしてるんだから、逞しい限りだな」
「えぇ……本当に」
妖魔の駆逐が終わった戦地には、余力のある兵士たちだけではなく、領民たちも交じって妖魔の死体の適切な処理や、死んだ兵士たちの埋葬、武具の修復や負傷者の治療に精を出している。
俺も軍を率いて妖魔と戦ったことがあるから分かるけど、戦いの後っていうのは疲れ切って何もしたくなくなるもんだ。勝っても負けても、戦いが終われば緊張の糸が切れて士気が落ちるからな。
(でも土御門領の人間たちは不満を表さない)
皆がいい意味で緊張感を保っている。妖魔の襲撃が多い土地柄だからこその気風という訳か。
そんな町や人の様子を眺めていた俺と雪那の元に、四十代半ばといった年頃のガタイの良い男がこちらに向かってきた。その案内役は、華衆院家から連れて来ていた将が務めている。
「國久様、早川様をお連れしました」
「ご苦労……こうして直接会うのは初めてになるが、以前通信魔道具越しに会話して以来だから、改めましてになるか。俺が華衆院家次期当主、國久だ。土御門領の危急を聞きつけ、援軍に参上した次第である」
「改めまして、拙者は土御門家筆頭家老、早川三武郎と申しまする。國久様、並びに雪那皇女殿下を始めとした華衆院家の方々には、感謝の念を禁じ得ません」
筆頭家老……うちでいうところの、重文と同じポジション。土御門家のナンバー3に位置する人間だ。
こういう人間を残してくれていて助かった。筆頭家老ともなると当主代行としての役目もある人間だから、そういうのがいると話が早いのだ。
「物資も手筈通りに配給しているのでな、そちらの方は担当の者に任せるとして、早速だが本題に入らせてもらいたいんだが、百鬼夜行が発生した時の状況を出来るだけ詳しく教えてもらえないだろうか?」
「もちろんにございます……と、言いたいところなのですが、情けないことに我々が話せる事は殆どないのです。何しろ、今回の百鬼夜行は本当に唐突に起こったものでありましたがゆえ」
その言葉を聞いて、俺は思わず眉をひそめた。というのも、百鬼夜行には前兆があるからだ。
百鬼夜行は本来、ある日突然起こるようなもんじゃない。原因は不明だが、本来群れることのない違う種族の妖魔同士が一緒に行動を取るようになり、それが雪だるま式で徐々に数を増やしていく……妖魔の生息域をちゃんと見回りしてれば気付けることだ。
しかも今回は史上類を見ないほど大規模な百鬼夜行。それを妖魔の討伐を専門に成り立っている土御門家が気付かなかったなんてことがあるのか?
「何を言っても言い訳になると思いますが……増えた妖魔を間引くために主家の方々が軍を率いて竜尾山へ遠征に向かわれた際、それを見計らったかのように、どこからともなく妖魔の大群が現れ、我々は忠勝様や政宗様と分断されたのです。町村の防衛もあって援護へ向かうことも出来ず、竜尾山で今何が起こっているのか……」
「それは言い訳にしてくれてもいいと思うぞ。そんなこと、誰にも予想出来るわけがない」
しかし、上空から見ても分かる規模の大群の存在に誰も気づかなかったとなると、不注意の範疇を越えている。この一件は明らかに別の要因が働いていると考えてもいいだろう。
(まず疑うべきは、天魔童子……妖魔を操ることができるラスボスなら、この事態を引き起こすのも不可能と断言できない)
しかし、これだけの規模の百鬼夜行を誰にも感付かれる事なく結成させるとなると、どうしても違和感がある。いくらラスボスでもそんな芸当が出来るとは考えにくい。
となると別の要因があるんだと思うんだけど……正直、俺には見当がつかない。
(ラスボスの仕業でないなら、要因は妖魔そのものにあると考えるのが妥当なんだけど……そもそも、妖魔って謎が多いんだよな)
世界中のあらゆる地域に生息し、生体部位が魔術の触媒や魔道具の素材として流通し、国によっては魔物だとか魔獣だとか、色んな呼ばれ方をしている妖魔だけど、色々と分かっていないことが多い。
というのも、狩っても狩っても妖魔が一向に減る気配がないことに説明がつかないのだ。解剖しても生殖器がないし、人里から離れた場所に群れやすいけど巣を作っているわけでもない。そんな繁殖には適さない生物のくせに、減るどころか増加しているなんて。
「……原因に関しては後で考えるとして、今はとりあえず忠勝殿、並びに政宗殿の救助に向かうべきだろう。この状況下でお二人が向かう場所に心当たりはないか?」
「恐らく、風雲砦かと」
町村の外に出て妖魔を間引き続けている土御門軍は、その為の軍事拠点を竜尾山にいくつか建設している。その内の一つが風雲砦だ。
確かに百鬼夜行との戦いで防衛施設を拠点とするのは分かる。しかし数ある軍事拠点の中から、なぜ風雲砦に候補を絞れたのか。その事を聞くと、早川は淀みなく答えた。
「元々、忠勝様たちは風雲砦を拠点とした妖魔討伐に赴かれました。百鬼夜行が発生した時期と照らし合わせても、討伐軍が風雲砦に入ったあたりだったはずですし、候補の中では一番あり得るかと」
「なるほど……であれば、やることは決まった。風雲砦がある地点を教えてくれ」
そう言いながら、俺は町の外れに着陸させておいた岩船に向かう。
「これより岩船を動かして土御門家の方々、並びに討伐軍の救援に向かう! 一番船から七番船は俺と共に出陣! 八から十番船の兵士たちは城下の防衛、そして結界の要である雪那を死守せよ!」
=====
華衆院と土御門の混成軍と物資の数々を乗せ、七隻の岩船が竜尾山上空を進む。
いくら勇猛と名高い土御門軍でも、これだけの規模の百鬼夜行を長期間にわたって相手にし続けたとなると、その損耗は計り知れないし、下手をすれば壊滅状態に陥っている可能性すらある。
(最悪、土御門家の当主と嫡子が討ち死にしかねない……!)
そんな未来を防ぐため、飛翔して襲い掛かってくる妖魔たちは太歳が引き起こす重力と兵士たちの迎撃によって地面に落としながら全速力で空を駆け抜ける。
行きと違って雪那がおらず、俺や兵士たちの魔力の消費量は馬鹿にならないが、その辺りは作戦の構想段階でとっくに織り込み済みだ。
(雪那は元々、竜尾山と人里を結界で分断し、領民を守るために動かせない戦力だからな)
もちろん、戦禍のど真ん中に連れ出すなんて危ない真似はさせたくなかったって言うのはあるんだけど、雪那には領民の警護に徹することで妖魔殲滅の為の後顧の憂いを断つという重要な役割がある。
月龍が張れる結界の大きさにだって限度はあるし、結界の起点となる雪那をおいそれと動かすわけにはいかない。
(当然、雪那の元に残してきた部隊は華衆院軍の中で最も警護と探知に特化した近衛部隊。天魔童子のみならず、雪那に手出ししようとする不特定多数の下賤の輩を皆殺しにするよう指示しているから、雪那の守りも万全)
本来近衛部隊というのは当主を守ったり一緒に戦ったりするのが役目だが、雪那との婚約以降、彼女と将来生まれてくるであろう子供を守ることに特化するよう念頭において、より護衛に特化するよう年月をかけて編成し直してきた。
そこに龍印による無尽蔵の魔力供給と、領地の防衛に残った土御門軍も加わるのだ。ここまでの鉄壁の守りを敷いておけば、さすがの俺も後顧の憂いを断てる。
(その他にも、想定しうる事態と、想定し切れない不測の事態に対する準備も完了して、俺たちは今ここにいる)
となれば、後はもう突き進み、勝って生き残るだけだ。全ては望んだ未来を手に入れるために。
「國久様! 風雲砦を捕捉いたしました! 分断された土御門軍の健在も確認! 【岩船艦隊】が到着するまでおよそ三十秒です!」
魔力感知や遠見の魔術を駆使して観測手を務めていた兵士からの報告を聞き、俺は最後の一息だと言わんばかりに七隻の岩船を最大まで加速させ、あっという間に戦場の上空へと到達する。
土御門軍の兵士たちは地属性魔術を駆使して、風雲砦を囲むように壁を形成しつづけ、襲い掛かる妖魔たちを凌ぎながら少しでも数を減らそうと攻撃魔術を放っていたが、群がる妖魔はさながら津波だ。誰か一人でも魔力切れを起こせば、あっという間に均衡が崩れるだろう。
だから俺は、そうなる前に地属性魔術を発動した。
『『『ギャアアアアアアアアアッ!?』』』
その瞬間、太歳が持つ増幅機能と連動し、一人の魔術師の独力では発揮できない規模で大地が形を変える。
崩れかけていた岩壁を補強するかのように、風雲砦の周辺全域から塔のように巨大な岩の杭が無数に突き立ち、妖魔を貫き、あるいは吹き飛ばしながら土御門軍を守る壁となる。
この事態にはさすがに混乱したのか、遠見の魔術を使って上空から様子を見てみると、土御門軍にも動揺が走っているのが分かった。
「遠からん者は音にも聞けっ!! 近くば寄って目にも見よ!! 我が名は華衆院家次期当主、華衆院國久! 義によって、土御門軍の助太刀に参上した!!」
緊急事態だったとはいえこれはよろしくないと思った俺は、すぐさま拡声魔術を使って戦場全体に声を届ける。兵たちの混乱を収め、少しでも士気を高めるために。
「大和に名高き勇猛果敢なる土御門の
とりあえず、これでよし。同国の貴族なら華衆院家を知らない訳ないし、上空を見れば明らかに人工物っぽい岩の船が浮かんでいるのだ。
少なくとも俺たちが妖魔であるなんてあらぬ誤解は受けないだろうし、身分を明かした援軍となれば、状況を加味した上で事実の確認はいったん後回しにして共闘の姿勢に入ってくれるはず。
「いくぞお前ら! この地に巣食う妖魔どもは、一切合切皆殺しだぁあああああああっ!!」
そんな言葉に同調した周囲の兵士たちが雄叫びを上げながら、俺たちは戦いの中に身を投じるのだった。
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