重力刀・太歳
例えるなら蟻の大群……木々が生い茂る竜尾山を上空から見下ろしても、その存在が明確に見て取れるくらいの数の妖魔が蠢いているさまは、餌に群がる蟻を連想させるほどだ。
(もっとも、敵は蟻なんて可愛げのあるもんじゃないけどな)
以前、勅使河原領で天狗が集めた群れなどとは比べ物にならない数の敵。それら全てが凶暴な妖魔なのだ。これが妖魔被害を象徴する光景かと再認識すると、俺でも背筋が凍る思いだ。
(それにしても……これだけの数の妖魔が現れているってことは、もしかして……)
この百鬼夜行の原因に関して心当たりがある俺はそのまま考え事に没入しそうになった……その時、けたたましい無数の鳴き声を響かせながら、こちらに向かって妖魔の大群が飛んできているのに気が付く。
その数はおよそ百体以上。百鬼夜行の中心である竜尾山を迂回するように進んでいるというのに、これだけの数の妖魔がこちらに気付いて襲い掛かってきているのだから、今回の百鬼夜行の規模のほどが伺える。しかも百以上の妖魔が群れから離れたというのに、パッと見だと数の変化を感じられないし。
「雪那、頼む」
「はいっ」
俺の言葉に応じて雪那はそっと瞳を閉じ、両手で持った月龍に膨大な魔力を込める。
短刀に施された術式が魔力に反応して、岩船の艦隊を包み込むように球体状の結界が形成され、それに無数の妖魔が張り付いていて結界を破ろうと攻撃を仕掛けてきた。
しかし龍印と月龍の組み合わせによる結界は破れる気配がない。いくら数が多くても、虫けらの群れに鉄の壁が破れない……雪那がいる限り、この艦隊は無敵だ。
「さぁ行くぞ
拡声魔術によって艦隊全域に届くように鳴り響いた俺の声に応じて、岩船に搭乗していた全ての兵士たちが一斉に魔術を発動する。
もっとも、このまま船上から魔術を撃っても、月龍による結界によって阻まれて妖魔には届かない。味方全体を覆い隠す広範囲結界は心強くあるけど、それと同時に攻めに転じ難いという欠点も抱えているのだ。
だからこそ、俺は魔術研究所との協力の下、華衆院家の兵士たちに新しい魔術を採用させた。
「遠隔術式、構築! 発動位置、艦隊の上空五十間!」
「魔力充填開始! 完了まで残り三……二……一……発射っ!!」
兵士たちの魔術が放たれたのは、彼ら自身からではなく、結界の外側から。
ちょうど俺たちの頭上で生み出された無数の炎が、雷が、氷が雨のように降り注ぎ、結界に張り付いていた、あるいは結界の周囲を飛び回っていた妖魔たちを撃ち落としていく。
威力のほども申し分なく、大抵の妖魔は二~三発食らえば絶命するなり翼が千切れるなりして地面に墜落していった。
「うちの兵士たちもやるもんだ。この分なら、敵の殲滅も時間の問題だろ」
結界の外側から敵を攻撃するために、新たに発明された遠隔魔術だ。
元々は、通信魔道具の開発中に考案された術式を戦闘向きに改良したものだったんだけど、これだけの威力と範囲があれば実戦運用に問題はないと改めて実感する。
(実戦に雪那を組み込んだ戦法としては、やっぱりこれが最適解だな)
この戦い方ならほぼ一方的に敵を攻撃できる。遠隔魔術を発展させていけば、もっと色んなことができるようになるだろう。
新魔術の成果に満足しながら、俺は岩船の艦隊を動かして、土御門家の居城である檮杌城がある城下町へと突き進む。
目的は城下町を始めとした土御門領の町村の守護を任されている筆頭家老への挨拶。そして人里への侵入経路を雪那の結界で防ぐ為だ。
その辺りの作戦の立案と実行は通信魔道具を持たせた使者を介し、緊急事態につき略式で済ませたが、向こう側との了承を得ている。分断されて竜尾山に押し込められた土御門軍のことは気掛かりだが、向こうだって町村の安全が確保できなければ安心できないだろうしな。
(……いずれにせよ、どちらも援軍を求めている緊急事態に陥っている事には違いないはずだ)
必然的に岩船の艦隊を全速力で飛ばし、あっという間に城下町を視界に収めるところまで来た俺たちは、今まさに攻め込んでいる妖魔の大群と、それに抗う土御門軍の戦いを目の当たりにした。
「どうやら間に合ったみたいだな!」
土御門領の城下町は、妖魔の生息域である竜尾山から他の町村や他領への侵入を防ぐ城塞都市としての役割を持っている。その関係上、守りやすい地形の上に防衛に優れた造りの堀や城壁が設けられているんだが、上空から見た限り、攻撃を受けた城壁や堀はところどころ壊されているものの、妖魔の侵入自体は防げている。
ただ設備や地形に頼り切った防御じゃない。前線で妖魔と戦っている軍の動きを見る限りだと、兵士一人一人の練度が非常に高い。体格や数で勝る妖魔を押し返す勢いだ。
しかしそれも長くは続かないだろう。妖魔の群れの後方を見る限りだと、援軍とばかりに迫ってくる群れもいる。まずはそいつらの侵攻を防がないと。
「これから結界を張りますっ!」
それは雪那も理解していたのか、月龍に更に魔力を込めて竜尾山と城下町を分断するように、地の果てから果てまで続く巨大な防壁のような壁を形成し、これ以上の妖魔の侵攻を見事に防いでくれた。
「よくやってくれた! 後は任せろ!」
あとは壁の内側……土御門軍と交戦中だった妖魔を片付ければ、この領の町村はひとまず安心だ。
「全軍、俺に続け!」
俺は妖刀・太歳を鞘から抜き放つと同時に、岩船を上空に待機させたまま地上……土御門軍と妖魔を挟み撃ちできる地点に向かって飛び降りる。
その後ろに付いてこさせるように、船から華衆院軍の兵士たちが飛び降りるのを確認してから、俺は太歳に魔力を込めた。
「ガ、アアアアアアアアアアアッ!?」
「ギャアアアアアアアアアッ!?」
その瞬間、無数の妖魔たちが宙に浮かび、俺の元に吸い寄せられていく。
物体操作なんてチャチな魔術じゃない。今俺が太歳を用いて操っているのは引力……数ある魔術の中でも最上位に位置する高等術式である重力魔術だ。
これが妖刀・太歳の真価と呼ぶべき機能。重力魔術は扱いが非常に難しく、魔道具抜きでは発動することができないが、いざ発動できれば御覧の通り、数十体もの妖魔がまともに身動きが取れない状態で引き寄せることができる。
そうやって十分な数の妖魔を引き寄せた俺は上半身を捩じり、刀身から十数メートルにも及ぶ長大な雷の刃を形成し――――。
「――――くらいやがれっ!!」
体の捩じりを元に戻すように回転し、引力で集めた妖魔を雷の刃で纏めて薙ぎ払う。
大量の妖魔が一気に消し飛ばされて出来たスペース……丁度岩船から飛び降りた華衆院軍の兵士たちが降り立てるだけの広さの隙間に着地した俺は、再び太歳の力で重力を操ると、兵士たちの落下速度は一気に下がり、ゆっくりと地面に着地していく。
そうして全員が着地するのを見届けると、俺は太歳の切っ先を残っている妖魔どもに向けて高らかに叫んだ。
「これより、土御門軍と共に妖魔どもの掃討を行う。一匹残らず叩き潰せぇえええええええっ!!」
『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』』』
その後、無事に結界の内側に残っていた妖魔の殲滅を完了した俺たちは、土御門軍との合流に成功するのだった。
――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければフォロー登録、☆☆☆から評価をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます