どんなチャンスも見逃さないタイプの恋愛脳


「それじゃあ、そちらからの武具や防具は明日中には届く見込みと考えてもいいのか?」

『うん。急な事だったけど、土御門領の危機となると色んな意味で黙ってられないからね。最速で家中の決議を取らせてもらったよ』


 饕餮城の表御殿にある執務室。俺が日頃から事務仕事に使っているその部屋に置かれておる俺専用のデカい机の片側に山積みの書類を、正面に現在進行形で筆を走らせている書類を、そしてもう片側に通信魔道具を設置して、惟冬と連絡を取っていた。


『まぁさすがに援軍まで出すとなると、今すぐには難しいんだけどね。位置的でなら勅使河原家が一番援軍を出しやすいんだけど……』

「それは仕方ない。あんなことがあってからまだ時間も経ってないしな。今回は俺たちに任せてくれ」

『ありがとう……でもこのまま指を咥えて見ているつもりはないよ。手段が無いわけでもないしね』


 ふむ……? どうやら何かやってのける腹積もりみたいだ。

 いったい何をしようとしているのか、それを詳しく聞いてみようと思った矢先、執務室に家臣の一人が入ってきた


「お忙しいところ失礼いたします、國久様。先ほど、西園寺家より兵糧が届きました」

「分かった。すぐに使者殿へ挨拶に向かう……悪いな。用事が入ったからまた連絡する」

『気にしなくていいよ。僕も色々と立て込んでるからね。それじゃあ、そちらの健闘を祈るよ』


 通信を切り、俺は立ち上がって執務室を後にする。

 ……土御門家への援軍は俺と華衆院家が主体となって送られることが決定し、西園寺家からは食料が、そして勅使河原家からは武具や魔道具を送ってもらえることとなった。

 その体制が正式に整うまでに掛かった時間は三日もかかっていない。細かい取り決めを通信魔道具で大幅に節約できたおかげである。


(予想はしてたけど、勅使河原家も支援してくれるっていうのは嬉しいところだな) 


 まぁ魔道具の製造にも、妖魔の生体部位が使われることが多々あるしな。土御門家から輸出される妖魔の生体部位が無くなって困るのは勅使河原領……軍を送り込むならともかく、物資を送る事には躊躇もないだろう

 何はともあれ、これで必要な物の調達準備は恙なく進んでいる。家中でも指折りの実力がある武将を使者にして土御門領へ向かわせ、向こうの筆頭家老へ先触れも出したし、あとは俺や雪那が不在中の対応を立案すればいいだけだ。


(さすがに援軍を出してもらえるほどじゃなかったけど……それは高望みし過ぎか)


 何しろ西園寺領は大太法師、勅使河原領は天狗の事件の影響でゴタついている。そんな時に援軍まで出すのは難しいだろう。

 そんなことを考えながら饕餮城の城門前まで移動すると、そこには兵糧を載せた荷車が列をなしていた。


「予定通り、主に保存食が運ばれて来たみたいだな」


 荷車の中身は主に保存のきく干物や発酵食品だ。

 さすがに缶詰に関しては製造が難しいから、鮮度の高い食事を提供することは難しい。だがこの世界の……西園寺領産の保存食は中々捨てたものでもないのだ。少なくとも、日頃から美食に慣れている俺が認めるほどの一級品揃いだし。


(まぁ単なる干物や発酵食品なら、分断された土御門軍も食べ飽きてそうだけど)


 そこは帝国一の食料生産地のクオリティー。送られた品々は単なる保存食に留まらない物であると、俺も太鼓判を押せる。詳しくは実際に御覧じろ、だ。

 量に関してもあくまでも予測だが、軍隊規模の人間に配っても一月は食い凌げるだろう……そんな予定されていた数の兵糧がちゃんと届いていることを確認し、俺は西園寺家からの使者に挨拶をすることにした。


「此度の兵糧の運送、ご苦労であった使者殿。当主の高時殿、並びに晴信殿には、この華衆院國久が深く感謝していたと伝えてほしい」

「過分なお言葉、恐縮でございます。これも西園寺領の窮地を晴信様と共に救ってくださった華衆院様への恩義、ひいては迫りくる帝国西部の危機を退ける為なれば、支援に応じるのは当然のことだと、我らが主家よりお言葉を授かっておりまする」

「心強い言葉、痛み入る。細やかだが、歓待の用意もできている。西園寺領からここまでの疲れを存分に癒されるがよかろう」


 俺は家臣に命じて使者、並びに兵糧を運んできた兵士たちを迎賓館へと移動させるのを見送ると、自分の足元……俺自身の影に視線を向ける。


「斑鳩燐。出てこい」


 その声に応じるように影から現れたのは茶髪のくのいち……燐だった。

 通信魔道具で晴信から兵糧部隊と合流させる形で向かわせると伝えられていたから来ていることは分かっていたけど、いざ自分の影に意識を集中させるまで、燐の魔力を探知できなかった。どうやらしばらく会わない内に一段と腕を上げたらしい。 


「晴信殿から伝えられていると思うが、出陣の間は俺の指揮下に入ってもらう。土御門領へ入れば主に斥候として役立ってもらうが、各方面への連絡役や雪那の警護に従事してもらうこともあるので心してほしい」


 俺からの指示を聞いた燐はコクリと頷く。

 通信魔道具は量産体制に入っていない。斥候や警護はもちろんのことだが、通信魔道具を持っていない人間への最速かつ正確な連絡手段を握っているのは、影から影へと瞬間移動をする疑似的な空間魔術の唯一の使い手である燐だ。いずれの役目も……特に雪那の警護は重要極まりないので、存分に働いてもらう事にしよう。


「とは言っても、今は急を要する用事はない。ひとまず、こちらからの指示を出すまで影から雪那の警護に当たってくれ。……帝国に名高き西園寺晴信殿の懐刀の働きを期待している」


 命令に対して首肯で返し、再び影の中に消える燐。分かりにくいが、魔力の形跡を辿った限り、速攻で雪那の警護に向かったのだろう。相変わらず仕事人気質なロリっ子である。


(……今回、燐の働き次第では華衆院家への養子に迎えやすくなるからな。是非とも結果を残してほしいもんだ)


 それは何のためにと聞かれれば、もちろん晴信の正室に燐を据えるためだ。

 身分の低い忍者の燐を大貴族である西園寺家次期当主の正室にしようと思えば、同じく大貴族である華衆院家の養女になるのが一番手っ取り早いんだけど、その為には箔を身につけてもらった方が反対意見も少なくなって色々とやりやすいのだ。


(どんな非常時でもチャンスに変える抜け目の無さを大事にしないとな)


 この国は身分制度があると同時に実力主義でもある。卑しいとされる生まれの人間でも成果さえあれば貴族の養子になれる。

 土御門家で発生した史上最大規模の百鬼夜行殲滅に貢献したとなれば、その成果に文句を言える奴なんてそうはいないだろうし、燐が仕事を完遂できれば確実に貴族の仲間入りをさせられる自信がある。

 そんなこんなで、先の事も見据えながら準備は滞りなく進み、俺たちは土御門領へ向かうのだった。


   =====


 大和帝国上空を突き進む岩の大船。それは例の如く俺の魔術によって生み出されたものだが、その数は大小含めて十艘にも及んでいた。

《岩塞龍・岩船艦隊》……俺が乗っている母艦を中心に、それよりも小さな九艘の岩船を同時に飛行、操作を可能とする、《宙之岩船》の発展系だ。

 正直に言って、以前までの俺なら独力ではこれだけの規模の魔術を実用段階に漕ぎつけるのは難しかったんだが、今ではそれも可能である。


(それも惟冬が送ってくれた妖刀こいつのおかげだな)


 俺は甲板に突き立った刀の柄尻に両手を置きながら、改めてこの魔道具の力を評価した。

 妖刀・太歳には複数の機能があり、その内の一つに発動した魔術の強化がある。これによって俺の魔術は威力、規模共に増幅し、空を飛ぶ岩船の艦隊という大規模な魔術の長時間行使を可能としたわけだ。


(数多くの兵士や物資を同時に運べるようになったし、この機能を使った魔術を優先的に練習したのは正解だったな)


 援軍に行くと決めてから俺がやっていたのは事務仕事だけじゃない。これまでにない規模の戦いを予想し、改めて自分自身を鍛えていたのである。

 ……もっとも、勝算があるかどうかは実際についてからじゃないと分からないんだけど。


「國久様」


 風を浴びながら激しくなるであろう戦いを予想していると、後ろから声をかけられた。その聞き心地の良い声の持ち主は疑問に思うまでもない、雪那である。

 普段着ている楚々とした服装ではない、柄の無い着物と袴、草履を身に着け、たすき掛けで袖を捲った戦装束姿も、普段とは違う凛とした雰囲気があって非常に素晴らしい……そう暢気に萌えていると俺とは対照的に、雪那は緊張した様子だ。


「……もうすぐ土御門領へ着く頃ですね」

「あぁ。この調子なら、土御門領を横断する山脈、竜尾山たつおさんが見えるのも時間の問題だが……やっぱり、いざ戦場を前にすると怖くなったか?」


 出陣前にも言ったとおり、戦場に絶対はない。雪那には後方で支援に集中してもらう事になるが、俺も守り切れる保証はないし、燐も斥候で忙しくなる。

 何の贔屓目抜きに言っても、初陣で恐怖を感じない奴なんてそうはいない。俺だって初陣はやっぱり怖かったし、雪那を責める気はないんだが……雪那の反応は俺が予想していたものとは少し違っていた。


「えぇ。怖くないと言えば嘘になるのですが…………あぁ、そうですね。自画自賛に聞こえるかもしれませんが、どうやら私も武を尊ぶ大和の人間であるようです」


 そう言って、雪那はどこか困ったように笑った。


「自分の身の安全よりも、貴方の傍で支えになれない自分になることが嫌のようです」


 ……おいおいおいおい。随分といじらしいことを言ってくれるじゃないか。そんなに俺を萌えさせてどうするつもりなんだ?

 ここは良い雰囲気を見逃さず、抱き寄せてそのまま――――


『國久様! 目前に竜尾山が見えてまいりました! まもなく土御門領へ突入します!』

「チィッ!」


 そんな甘い雰囲気に水を差す、拡声魔術で極大化した部下の声に思わず舌打ちをする。

 いや、全速力で艦隊を飛ばしていたのは俺だから文句を言うのも筋違いなんだけど、もうちょっと時間が掛ってほしかったと思うのは致し方ないことだ。

 それもこれも妖魔どもが全部悪い。奴らさえいなければ俺はゆっくりと心ゆくまで雪那とイチャイチャできたのに。

 これはもう奴らを捩じりミンチにするしかないと思いながら、岩船から土御門領を見下ろす。


「……はっ。これが百鬼夜行か……!」


 そこに広がるのは、ある種の地獄絵図とも言える光景だった。



――――――――――



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