そうだ、危険地帯に行こう②
百鬼夜行が発生してる土御門領へ乗り込む……そう言った時の三人の表情の変化は劇的なものだった。
「なりませぬぞ國久様! 西園寺領や勅使河原領の時は事後承諾のような形になりましたし、國久様のお力は信用しておりますが、今回ばかりは容認できかねまする!」
『俺も同感だ。國久殿とて、百鬼夜行を甘く見ているわけではあるまい?』
言わんとしていることは理解できる。俺だって、別に百鬼夜行を甘く見ているわけではないのだ。
魔術が栄え、一人の力が軍団に匹敵することがあるこの世界だが、それでも圧倒的な数の力が脅威であるというのは前世と変わらない。しかも土御門家の軍でも対処しきれない規模となれば、その危険度の高さが伺えるというものだ。
「だがいずれにせよ、救援を出さないという訳にはいかんだろ」
本来なら、別の貴族が治めている土地の運営に手を出すのはNGではあるんだけど、今回ばかりはそうも言っていられない。
貴族っていうのは自分の領地さえ守ってればそれで万事OKって訳じゃないのだ。妖魔が他所の領地を荒らし、街道を塞ぐようになれば、生産や物流が停滞すること間違いないし、そうなったら行商で稼いでいる華衆院家の財政に大打撃を受ける羽目になる。
(もちろん、介入するにあたって土御門家の面子を潰さないよう、何らかの体裁をとる必要はあるけど)
同じ国の貴族の為だけではない。自分の領地を守るためにも、土御門家への協力は必須だ。
「それに、今回の案件はどう考えても俺向きだ」
第一に、俺には【宙之岩船】がある。魔物との接敵回数が低くなる空中を移動し、一度に多くの物資や人材の運送を可能とするのは、この国では現状俺だけだ。
そして第二に、俺が使う地属性魔術というのは本来、大軍を相手にした時にこそ真価を発揮する魔術だ。地形の変化による敵の侵攻経路のコントロールに、急造の砦の建造と、その多様性は戦争でも大いに重宝される。攻撃に関しても言わずもがなである。
(しかも、土御門政宗が坂田の転生先である可能性が高いとなるとな……)
俺は水晶板に映る晴信の顔をチラリと見る。常識的、対外的な観点から口では反対寄りのことを言っていたけど、坂田のピンチに駆け付けたいというのは俺も晴信も同じはずだ
それに自慢に聞こえるかもしれないが、この大和帝国で最も地属性魔術に長けているのは恐らく俺だ。華衆院家から援軍を出すにあたって、俺を組み込んだ方が色々と有用だろう。
「繰り返して言うが、俺は百鬼夜行を決して侮っていない。下手な援軍を送って返り討ちに遭うよりも、より確実に土御門家の助けになれるようにするには、俺が自ら動いた方がいいんだよ」
「し、しかしですな……」
俺なりに説得材料を並べてみたが、重文は納得しきれていない様子だ。
正直、重文の心配も理解できる。百鬼夜行の真っただ中に次期当主が進んで突っ込んでいくなんて前代未聞だろうし。
「……であれば、お二人に提案があるのですが……私が國久様に同行するというのは如何でしょう……?」
「な……っ!? せ、雪那様まで何を仰るのですか!?」
これには重文だけでなく、俺も思わず難色を示しそうになった。
ただでさえ雪那に魔の手を差し向ける
「松野殿が難色を示すのも無理もありません。私は戦場というものを実際に体験したことのない人間。そのような者がいれば足手纏いとなるでしょう……しかし、それを踏まえても尚、龍印と月龍を持つ私には戦略的な価値がある。違いますか?」
しかし雪那は冷静に客観的な事実を口にしながら、それでも迷いのない声色で問いかける。
はっきり言って、何も違わない。龍印による無尽蔵の魔力供給と超広範囲に及ぶ大規模結界は、百鬼夜行との戦いの中で護衛対象を増やすデメリットを帳消しにできるくらいには恩恵がある。事情を説明すれば土御門家も納得するだろうし、完全ではないにせよ、俺の身の安全も確保できる。
(それに、雪那が狙われている今だからこそ、俺の傍にいてくれる方が安心できる)
土御門領への援軍に出向くにあたって、俺の一番の懸念点がまさにそれだ。
正直に言って、天魔童子の力は未知数な部分が多い。俺が傍を離れている間に月龍による結界、華衆院家の護衛といった守りを突破して雪那が攫われるようなことが起これば……そんな心配を常に抱えながら戦わなければならなくなる。
……いや。むしろそれが狙いだったりするのか……?
(いずれにせよ、雪那には俺の傍にいてもらった方が色々とやりやすいのは事実だ)
……もちろん、好き好んで雪那を戦場に連れて行くような真似はしたくないんだが。
「雪那。お前も分かってはいると思うが、実際の戦場はお前が思っているよりもずっと過酷だ。見栄もなく正直に言えば、絶対に怪我をさせないと約束はできないし、弱音を吐くことすら、俺が許したとしても周りが許さない。はっきり言って、妖魔退治はお前が考えるほど甘くはないぞ」
雪那の婚約者として、次期領主として長年妖魔から領民を守ってきた魔術師として、俺は敢えて厳しめの言葉を口にする。
しかし、それでも雪那は怯む様子がない。向けられる視線は真っ直ぐに俺の目に注がれていた。
「先の勅使河原領で話した事……それが私の答えの全てです、國久様」
「華衆院國久の妻になる者として、龍印とどう向き合うか……か」
まったく……寂しいもんだな。あの自信なさげに俯いていた少女が、いつの間にこんな目をするようになったんだ?
自分が定めた道を自分の力で切り開く、侍の目を……。
「華衆院家次期当主の婚約者としてそこまで言われたら、俺も応えねぇとな」
「國久様……雪那様……」
きっと俺が感じただけの雪那の覚悟が伝わったのか、重文は何も反論できない様子で俺たちの名前を呼ぶ。
「悪いな、重文。心配ばかりかけちまって。それでも、今回ばかりはそうする必要があるってことだけは理解してくれ」
「私の方からもお詫びします。松野殿に心労をかけてしまうことは重々承知していますが……」
「~~~~わっかりましたっ! お二人がそこまで仰るのでしたら、私も覚悟を決めましょうっ!」
ありったけの言いたいことを全力で吞み込んで、重文は自分の両腿を叩いてパンッと小気味いい音を鳴らす
「ただし、準備は入念にさせていただきますぞ! お二人あってこその華衆院家であるという事を、くれぐれもお忘れなきように」
「あぁ分かってるよ。俺も雪那も好き好んで怪我したいわけじゃないしな……そういう訳で晴信殿。俺たちは土御門家への救援に向かう。その間、家同士のやり取りは重文が俺の代理を務めることになるだろうからよろしく頼む」
『はぁ……確かに、土御門領の現状を指を咥えて眺めているわけにはいかないか』
溜息を吐きながら……しかしどことなく安心したかのように、俺が土御門領に出向くことを納得する晴信。
前世と比べてより一層、表情から感情が読み取れないが、坂田疑惑のある人物の救出を、晴信もどうにか実行に移したかったんだろうな……。
『となれば、兵糧に関してはこちらから支援しよう。軍が孤立状態にあるなら数も心許ないだろうし、土御門軍の分も出陣に合わせて届くように手配する。……それから、燐を國久殿たちに合流させよう。必ずや役に立つはずだ』
「あぁ、助かる。それじゃあ早速細かい調整を取り決めていくとしようか」
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