そうだ、危険地帯に行こう①
余りにタイムリーな話題に思わず目を見開く。しかしそれと同時に、晴信がこの情報を渡しに連絡してきた理由と経緯に思い当たるところがあった。
『事の発端は、食料の売買を取り扱う我が領の商人が、土御門家の当主一家との謁見が叶わなくなったことだ』
西園寺領は帝国中に食料を卸している我が国最大規模の農耕地帯。国内のコネクションという意味では華衆院家以上のパイプを持っていて、妖魔が多くて土地が瘦せている土御門家とも古くから関係を持っていた。それこそ、お抱えの商人が当主への謁見が叶う程度には。
しかしその謁見がある時から叶わなくなったらしい。最初は単なる不在かと思ったそうだが、それが二度三度と続けばさすがに違和感を覚えたのだとか。
『そこで土御門家の内情を探るため、俺は燐を送り込むことにした。通信魔道具の性能確認も兼ねてな』
一応補足しておくと、他所の領地に間者を送り込むことはどこの領主もやっていることだ。
スパイと言えば聞こえは悪いけど、そうじゃないと情報戦で後れを取ることになるし、俺だって国内外問わずに自分の息がかかった人間を送り込んで情報を送らせている。
しかしそんな領主たちでも容易に間者を送り込めないのが、土御門領のような妖魔の数が多い危険地帯だ。
(道徳的な問題って訳じゃない。妖魔という脅威を搔い潜り、確実に情報を持ち帰るだけの能力を持った人間っていうのは貴重って話だ)
この国では忍者の身分は低いが、底なしに湧いてくる人材という訳でもない。かく言う俺も家中に妖魔を独力で退け、なおかつ諜報に長けた人材が居ないから、土御門領に関する情報は出入りしている行商人頼りだから、噂の範疇を出ないものも多いしな。燐みたいな戦闘・逃亡・諜報の全てに長けた人材が居れば、俺だって積極的に確実な情報を集めていたところだ。
『そしてつい先ほど燐からの報告が届けられたのだが……単刀直入に言うと、土御門領で百鬼夜行が発生した』
百鬼夜行……海外ではスタンピードとも呼ばれる、妖魔の大群が発生して町村を襲う災害だ。
領主が抱えている軍隊が定期的に領内の妖魔をわざわざ探し回って掃討しているのはそれを起こさないためであり、一度百鬼夜行が起これば領地存亡の危機……下手をすれば国そのものに大打撃を与えかねないことから、俺たち領主にとっては百鬼夜行の未然阻止は最大の使命の一つでもある。
……だが、しかし。
「……解せないな。確かに一大事であることに変わりはないが、こと土御門領では百鬼夜行はそう珍しいことでもないだろう」
あの地は毎日のように妖魔の掃討が行われても尚、それ以上の数の妖魔が生み出される過酷な場所であり、百鬼夜行が起こることはままある。
だからこそ、国内最大クラスの軍事力を誇る土御門家が代々治めることで他領に妖魔が侵攻することを防いでいる。連中なら百鬼夜行を相手にする経験も豊富だし、制圧できるだけの実力があるはずなのだが……。
「察するに、あれか? 今回の百鬼夜行は史上類を見ないほどの規模と質ってことか?」
『まさしくその通りだ。現状、政宗殿や父君にして現当主である
ここで俺はようやく、事情の全貌を察した。
土御門家の筆頭家老が茶を濁すように会談の申し入れに関する返事を引き延ばしていたのは今回の事が原因だ。そりゃ、武力によって領地を任されている土御門家が、妖魔を相手に苦戦していますなんて口外すりゃあ、信用問題に関わるしな。
「これは不味いですぞ國久様。もしも土御門家が妖魔どもに敗北を喫するようなことがあれば……あるいは、膠着状態が長引いたり、妖魔どもが他領に侵攻するようなことが起これば……!」
皆まで言わなくても、重文の言わんとしていることは理解できた。
というのも、土御門家みたいな妖魔による被害を抑えることで貴族の位を与えられた家は、その強さと実績によって信頼を勝ち得ている。簡単に言えば、「自分たちが居ればお宅の領地に妖魔が侵攻しないようにするから融通を利かせて」と、近隣の領地から色んな支援を受けているのだ。
(しかしそれも信頼を保ち続ければこそ。一度でも妖魔の被害を他領に広げようものなら、数多くの貴族が土御門家への支援を取り止めかねない)
例えるなら、護送中の凶悪犯を取り逃した警察への信頼失墜をイメージすれば分かりやすいか?
……いや、全国民の義務である税金で運営されている警察と違って、妖魔退治を含めた領地運営が基本的に自腹であり、他領からの支援そのものは任意である分、土御門家が被る被害は更に大きいか。
(で、そうなったら必然的に土御門家の軍事力が低下するから、妖魔が溢れかえって他領に侵攻する可能性が上がるんだよなぁ)
そうなった時の人的被害、経済的被害は甚大なものなんだが……それが分かり切っているのに、自分たちのことばかりを優先して手を引く奴っていうのは絶対に出てくる。
仮に領主が支援の続行を決めても、家臣の中にも反対する人間が現れて家中に不和が発生したりと……まぁ色んな意味で負の連鎖が起こる可能性が高い。それは華衆院家でも同じことだ。
ならばどうするべきか? その答えは、割とすぐに出てきた。
「……國久様? もしや、何か妙案でも思い浮かびましたか?」
「あぁ、まぁな」
そう尋ねてくる雪那の言葉に首を縦に振り、俺は水晶板越しにいる晴信を含めた全員に対して提案するように言う。
「ここはいっちょう、土御門領に乗り込んでやろうと思ってな」
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