その昔、歴史的カップルがそこにいた


 勅使河原家との事業提携……もとい、今後予想される混迷期を乗り切るための同盟を結んでからしばらく経ち、華衆院家では土御門家との会談に向けて準備を進めていた。

 ここのところ、天龍院家の財政難に伴う求心力の低下が更に深刻化したこともあって、帝国東部を中心に独立の気運が高まってきていて、その影響は西部にまで波及してきている。


(まぁ誰だって、共倒れなんてしたくないからな)


 昔は皇族との繋がりは一種のステータスなところもあったけど、今となってはその風潮も無くなってきた。下手に親戚付き合いとかするようになったら、融資の相談を断りにくくなるしな。しかも凋落しても皇族は皇族、返済の催促もし難いときたもんだ。


(……と言っても、今この国で一番皇族に金を搾り取られてるのは、他でもない華衆院家なんだけどな)


 雪那と婚約したことで、華衆院家は皇族の親族という関係になっている。その関係上、華衆院家はこれまで莫大な財産を皇族に援助してきた。

 ウチの経済状況なら問題ない金額ではあるけど、その総額は超多額……並の領地なら買い取れるほどで、西園寺家や勅使河原家も物資という形でかなり援助している。

 正直な話、美春の即位を認めていない俺たちは近い将来、皇族と敵対することになると予想していて、そんな相手に景気良く塩を送るような真似をして何がしたいんだって感じかもしれないが――――


(問題ない……全て計画通りだ)


 俺や晴信、惟冬は今、今後の展開に向けてある計画を水面下で始めている。

 その為には、華衆院家、西園寺家、勅使河原家は皇族の為に動いているという大義名分……言い換えれば、国中の貴族や民衆から、俺たち三家への信頼を得るための投資をしているというわけだ。


(信頼は金で買える内に買うに越したことはないからな)


 本来、信頼なんて長い時間行動を起こすことで得られるのだ。それを金で買えるなんて安いものである。

 そんな考えを一旦放棄し、俺は隣に雪那を伴って華衆院領が誇る劇場へと足を運んでいた。


「以前にも増して立派な劇場が完成しましたね……! 華衆院家でも投資していますが、実力派の役者が入団した事で有名になり、投資者が増えたとは聞いていましたが」


 西部の交易の中心である華衆院領は商店やら港、工房などが立ち並ぶ大和帝国屈指の都会だが、その中には娯楽施設も存在する。そんな領地に存在する劇場は、伝統ある首都の歌舞伎座にも勝るとも劣らない造りとなっていた。


「大和の芸能は海外から来た商人からの人気も増えてきているからな。これからは政治の場としても役立つようになってくるだろう」


 こういった施設は主に民衆が楽しむ為のものだが、有力商人や他家の貴族との社交の場としても使われていて、日龍宗の寺社と同じような理由で投資する有力者も少なくない。会食と同じく、向こうに良い思いをさせるほど財布の紐が緩くなるものなのだ。

 そんな思惑もあって華衆院家が中心になって投資していたんだが、今回建物が古くなっていたこと、これから需要が増えることを見越して劇場をリニューアルすることになったということである。


(そのおかげで、俺たちは役得にありつけるってわけだ)


 今回俺たちが新しく建て直した劇場を訪れたのは、最大のパトロンとして劇場側から感謝の意を込めて招待されたからである。要するに、これからの付き合いをより円滑にするための接待みたいなもんなわけだが……。


(仕事をしながら雪那とのデートを楽しめる……実に役得だ)


 しかも完全貸し切り……今日はこの大きな劇場で、俺たち二人の為だけに舞台が開かれるのだ。こんな贅沢、金持ちの権力者以外に出来ないだろう。少なくとも、前世では考えられない待遇だ。

 

「國久様、雪那様、本日はようこそお越しくださいました」


 そんな事情があって、護衛を引き連れて劇場の前に辿り着くと、仕立ての良い着物に身を包んだ男に出迎えられた。

 この劇場の支配人だ。事前に到着予定時刻を通達していたから、前もってここで待機していたんだろう。


「華衆院家には日頃から当劇場をご支援いただいたこと、感謝の念に堪えません。今日はお二人の為に役者一同、誠心誠意演じさせていただきますので、どうぞお楽しみください」

「こちらこそ、本日はご招待いただきありがとうございます」

「新築された劇場で、心機一転した皆の最初の浄瑠璃じょうるり、楽しみにさせてもらおう」


 浄瑠璃……簡単に言うと、大規模な人形劇だ。大和では歌舞伎や能楽と並ぶ伝統的な芸能で、異世界らしく魔術を駆使して人形たちが意思を持ったかのように動く様は、地球だとまずお目に掛かれないだろう。

 引き連れてきた護衛に劇場や客席周りの警備を任せて中へ進むと、ふと雪那の足取りが軽い事に気が付いた。


「珍しく浮かれているな。そんなに今日の事が楽しみだったか?」

「は、はい……! 仕事の一環とはいえ、國久様とお出かけ出来ることもそうなのですが、今日の演目が『伏魔恋情』を基にした新作だと聞いたので……!」


 目を輝かせながらやや興奮気味に語る雪那。その様子は微笑ましくも可愛らしい。

 普段はおしとやかを絵に描いたような人間の雪那をここまで興奮させる『伏魔恋情』とは、この大和帝国で実際にあったという史実を物語に仕立て直したもの……言うなれば、異世界版恋愛小説みたいなもんだ。


「確かに今回の舞台は俺も楽しみだ。宮子や他の城勤めの女連中も羨ましがってたしな」


 少し話は変わるんだけど、この大和帝国は巨大な大河で二等分にされた、地球で言うところのオーストラリアみたいな大陸規模の島国だ。

 そんな小さな大陸全土を統一する大和だが、今から千年以上も昔、この国は大陸の西端……丁度、華衆院領がある場所を統治している小国に過ぎなかった。

 当時のこの大陸ではオルタリアという侵略で領土を広げていた巨大帝国が幅を利かせていて、大和もそんな侵略戦争に敗れ続け、時の王や有力な家臣たちは次々と殺され、ついには華衆院領の沖にある小さな小島……伏魔島へと追いやられることになる。


(そんな大和の絶対的危機を救ったのが、魔術の開祖であるゼクス……そして雪那の先祖であり、時の女王である天龍院桜花ってわけだ)


 当時の記録の多くは戦火に焼かれているが、歴史書によると、世界で初めて魔術を開発したゼクスは元々オルタリアの人間だったが、侵略と同時に略奪だけでなく、明らかに無意味な殺戮や拷問などの非道な行いの数々に手を染める祖国を見限って出奔したが、その先で数百名にまで数を減らした国民を連れて伏魔島に潜伏していた若き女王、天龍院桜花と出会う事になる。

 人徳に溢れ、高潔な精神を持った天龍院桜花に惹かれ、忠誠を誓ったゼクスは、編み出した魔術によってオルタリアから領土や奴隷にされていた国民を奪還。遂にはオルタリア帝国そのものを滅ぼし返して大和を大陸を支配する大帝国にまで押し上げ、その名声を永久不滅のものにした……というのが、現代に伝わるゼクスの伝説だ。


(そういう経緯があって、千年前に起こった大和とオルタリア帝国の戦いは、ゼクスが主役みたいな感じで取り扱われてるけど……為政者としての目線で見てみると、主役は天龍院桜花だと思うんだよな)


 かつてこの世界の人間は内に秘めた魔力を持て余していた。そんな中でゼクスが編み出した魔術という新技術は、人口数百人にまで追いやられていた大和が、大陸を支配していた巨大帝国を逆に滅ぼしたことから分かる通り、千年前の時点でも相当画期的な技術だったんだろう。

 そんな新技術を編み出したゼクスが良い意味でも悪い意味でも畏怖されていたというのは、想像に難くない。


(俺も貴族の次期跡取りとして勉強してるから分かるけど、人間っていうのは新しい事を始めるのに抵抗があるからな)


 どんなに画期的な新技術でもそれは変わらない。従来の技術にこれといった問題が無かったのなら尚更だ。しかもゼクスが生み出した魔術やら魔道具は、当時の文明を飛躍的に進歩させ、民衆の生活レベルを劇的に上げたらしい。

 例えば、今でこそ火を起こす魔道具は当たり前のように存在するけど、千年前では薪を用意して摩擦で火を起こしていた。当時は薪を売って生計を立ててた奴らもいただろうし、他にも何かと不便な事があって、それに合わせた職業が多く存在していた。


(そんな時代に薪がいらない、井戸も一々掘らなくていいみたいな、魔術や魔道具を広めようとしたら、色んな奴との衝突は免れなかったし、下手をすれば内部分裂にまで発展して、実はゼクスは妖魔の一種で人間を騙して食らおうとしている……みたいなプロバガンダが広まってもおかしくなかっただろうな。人間、自分とは違い過ぎる人間を迫害したりするし)


 当時魔術なんて無かった時代に、火を操って空を飛ぶゼクスを化け物扱いする人間は決して少なくなかったはずだ。

 そんなゼクスと民衆の間に折衝として立ち、反発を抑えながら上手く魔術を民衆に広めたのが、他でもない天龍院桜花というわけである。

 史実では天龍院桜花は尋常じゃないカリスマの持ち主とされていて、人を取り纏めて動かすことがとんでもなく得意だったと聞く。彼女が居なければ魔術は人々の間に広まらず、国を挙げて研究されるほど発展することが無かったとされるほどだ。


(活躍としては地味だけど、史上最大の大天才である魔術の開祖を臣下に引き入れたカリスマ性と、文明を大きく揺るがす新技術を穏便に広めた卓越した折衝能力が評価されて、天龍院桜花は大和帝国中興の祖とまで呼ばれるようになった……だったな)


 そんな天龍院桜花は、ゼクスとの恋物語を多く残している。

 実際この二人は結婚しているし、伏魔島を始めとした帝国の各地では、二人が初めて出会った場所とか、二人が恋人同士になった場所とか、果てには二人が初めて同衾どうきんした場所とか、恋愛関連の色んな名所があったりするのだ。

 言わば天龍院桜花とゼクスは大和帝国史に残る歴史的なカップル。そんな二人を題材にした演劇や小説は『伏魔恋情』を始め数多く存在するし、国内の女は皆、一度は憧れたりするというわけだ。



 

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