今後の方針
次期領主である惟冬が華衆院家と手を組み、勅使河原領を脅かしていた妖魔を打ち破った……この事実は空を覆いつくしていた不気味な雲が掻き消されたことも相まって、領内各地の人々の耳に届くことになった。
話題に上がる暇もないくらいのスピード解決に持ち込んだのに、城下町に戻った段階で町民たちが討伐隊を派手に出迎えてきたことからも、烏天狗の魔術と、それを搔き消した雪那たちの働きは、領民にとってよっぽどインパクトがあったんだろう。行商人とかを通じて俺たちの功績は、あっという間に広まることだろう。
(この調子だと、国中に轟くのも時間の問題だな)
今回の事件の方が規模が大きいけど、俺が土蜘蛛退治した時と同じだ。武勇を尊ぶこの国では、この手での話題は放っておいても広まる。
(いずれにせよ、今回の一件で俺たちの株はまた上がるな)
良い傾向だと思う。これからの情勢を考えれば、貴族や国民を一致団結させるだけの求心力っていうのは必要だ。結果的に言って、今回の一件は勅使河原家にとって災難であると同時に、好機でもあったという事だろう。
……ただし、喜んでばかりではいられないというのもまた事実なわけで。
「ラスボス……天魔童子の分身体が、雪那を直接狙ってくるとはな」
烏天狗を討伐したその日の夜、諸々の報告を受けた俺と惟冬は、惟冬の私室で内緒話に洒落込んでいた。
雪那の身柄が狙われた……この由々しき事態を前にすると、どうしても喜んでばかりではいられない。全くもって嘆かわしく、そして許しがたい話だ。
「報告によれば、薫が雪那の身を守ってくれたらしいな。明日にでも礼をしないとな」
「そうしてくれると嬉しいよ。華衆院家次期当主からの覚えもめでたいとなると、僕との婚姻を反対する人間もまた少なくなるからね」
聞くところによると、雪那が天魔童子の分身体に連れ去られるという未来を予知をした薫は的確に対処して、分身体を討ち取ったらしい。俺が雪那の傍におらず、対処できない時に起こった出来事だったから、今回の一件は本当に感謝してもし足りない。
薫の意思次第なところもあるけど、もしも彼女が惟冬との婚姻に対して前向きになり、それを反対する人間が現れるなら、俺が口添えなり何なりしても全然オッケーだ。そのくらい、雪那を助けたという事実は俺にとって大きい。
「それで本題なんだけど……問題はどうして天魔童子は雪那の身柄を狙ったか、だな」
そう言いながらも、俺はおおよその見当はついていた。原作においても雪那を貶め、闇落ちさせたラスボスが、原作とは全く異なる筋書きを辿っている今になって雪那を狙う理由なんて、一つしか考えられない。
「龍印のこと……ついに感付かれたと考えるのが妥当だろうね」
そう言う惟冬に、俺も首を縦に振って肯定で返す。
まぁ遅かれ早かれバレることは予想はしてた。西園寺領での事件の時に月龍の力を使って大規模な結界を張ったし、今回の烏天狗の一件では領地全域を覆いつくす、広域殲滅攻撃を放つ雲を掻き消した……これらはいずれも、一人の人間の魔力量ではどうにも出来ないことだ。
「僕たちが転生してきたことも相まって、大和帝国の情勢やら人間関係やらは原作とは全く違うものになりつつあるから、天魔童子の思惑は僕にも分からないけど……これまでの経緯から察するに、西園寺領で月龍による結界を見た天魔童子が、雪那殿下に龍印が宿っていることを確信する為に、勅使河原領で起こった事件に干渉した……そう考えるのが妥当なんじゃないかな?」
「……その推察が一番しっくりくるな」
原作でも天魔童子は龍印の力を警戒していた。だからこそ姦計を用いて雪那を闇落ちさせてきたのだ。それと同じような事を、今後もしてこないとは到底思えない。
「そして龍印のことが外部に漏れたという事は、これから情報が拡散されるってことだ」
龍印のことが他の貴族連中や皇族にバレたら面倒だ。勿論、いずれバレることを想定して動いていたし、皇帝が俺と雪那の婚姻を白紙に戻し、雪那を黄龍城に連れ戻そうとするのを防ぐ為に、西園寺家や勅使河原家と同盟を組んで、皇帝でも手出しできないくらいに権力を高めようとしているわけだが……正直、今は時期尚早。まだバレてほしくない。
皇帝も得体の知れない妖魔の言葉を簡単に信頼するとは思えないし、すぐにどうこうって訳でもないと思うから、まだ猶予はあるけど……。
「……これは早々に対策を練らないといけないな。惟冬、一応確認しておきたいんだけど、天魔童子って催眠術みたいな事って出来なかったはずだよな?」
「原作を基準に考えればその通りだけど、ここまで原作とかけ離れた状況下だとそれも未知数だよ? 正直、どんな手段を使ってきても不思議じゃないと思う」
「まぁな。それでも、原作知識は優先順位を決める指針として今でも使えるから」
今でも人をやって原作キャラたちの情報を探らせているが、得意魔術や戦法、性格や容姿などは原作と同じらしい。そんな中で、天魔童子だけが完全な例外というのはちょっと考えにくい。
「敵の能力は原作知識を参考にしつつ、そこから更に強大になっていると仮定して、どんな術を使ってきても対処できるように準備を進める……現状ではこれが今できる精一杯だ」
幸い、華衆院領の魔術研究所の規模は大きい。通信魔道具の開発と並行しつつ、雪那の身辺警護の強化に必要な魔術・魔道具の開発に必要な人員は揃っている。それに加えて、雪那の護衛を増やし、俺自身が出来るだけ雪那と行動を共にするようにすれば、まぁ防衛は盤石だろう。
……別に雪那と一緒に過ごす時間を無理矢理捻出するために言っているわけではないので、そこら辺は勘違いしないでほしい。
「雪那や天魔童子に関する大雑把な方針はこれで良いとして……もう一つの報告。こっちの方が惟冬は気になるだろ?」
「…………」
惟冬は難しい顔をして唸る。
薫が天魔童子の分身体を撃退した時、奴は薫に向かってこんな事を口走ったらしい。
――――オノレ……忌々シキ……アノ男ノ……!
これが何を意味するのか、それは全く見当が付かない。原作知識をちゃんと覚えている惟冬でさえもだ。
しかし、何らかの形で薫の縁者と天魔童子が関係している可能性が高い。危険な思想と強大な力を持つラスボスと、惚れた女が関りがあるなんて突然知らされた惟冬の心情は、俺にはよく理解できる。
「……天魔童子は、【ドキ恋】の原作でも殆ど謎に包まれた存在だ。僕たちを含めて、誰かが何らかの形で繋がっている可能性もゼロじゃない」
それに関しては俺も同感だ。何だったら、俺たちをこの異世界に転生させたり、刀夜たちを転移させたりした黒幕が天魔童子じゃないかって疑ってたりもする。
確証はないし、意図が理解できないからあくまで疑惑止まりだけど……何となくそう感じさせる不気味さが、天魔童子から感じられるのだ。
「話を聞く限りだと、別に悪い意味での繋がりじゃなさそうだし、あまり不安は抱いてないんだけどね。いずれにせよ、薫と天魔童子の繋がりに関してはこっちでも調べてみるよ」
「それがいいだろうな」
……雪那に龍印が宿っていることを知られていないか、俺も黄龍城の様子に探りを入れる必要がありそうだ。何だったら、西園寺家に協力を要請して、燐に偵察を頼むのもありかもしれない。
「何にしても、まずは帝国西部の貴族を一纏めにして、天魔童子や内乱に備えるのが肝要だ。その為には、西部四大貴族の最後の一家……土御門家との交渉に出向かないとな」
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