烏天狗退治


 小銃による遠距離攻撃を得意とする惟冬に対して近接戦闘を仕掛ける烏天狗に、地面が抉れるくらいに足に力を込めて接近。そのまま刀を振り降ろそうとした瞬間、俺は烏天狗から吹き荒れる風に体を押し戻されてしまった。


「うぉっと!?」


 慌てず体勢を整えて、今度は惟冬に当たらないように地面から岩の杭を突き出して攻撃を仕掛ける。

 材質はたかだか石だが、先端は針のように鋭い。直撃すれば恐らく串刺しにも出来ただろうが、烏天狗は石の杭が体に刺さる前にその先端を掴んで足を地面から離すことで直撃を避け、即座に惟冬に距離を詰めてきた。


(あくまで近接戦の間合いからは離れないって事か……!)


 あくまでも近接戦に拘るその姿に、合体することで明らかに厄介になっていると思い知らされる

 これまでの戦闘から俺と惟冬の得意戦法を割り出して確実な対策をしてくる頭の良さが健在であることもそうだが、近接戦闘能力が明らかに向上しているのだ。特にスピードの上がり方が尋常ではなく、少し離れても一秒未満で距離を詰めてくる。


(惟冬もよく凌いではいる。小銃を上手く操って烏天狗の打撃をいなし、攻撃の直撃は受けていないけど、反撃に出れるほどじゃない)


 転生してから剣術を習得してきたから分かるが、インファイトでの戦いは、コンマ一秒以下の攻防が勝敗を決する。

 ただでさえ遠距離武器というのは接近されると弱いのに、ああも近づかれては反撃に移るのも難しいだろう。

 おまけに、惟冬を巻き込まないために下手に範囲の広い攻撃は使えないし、さっきみたいに近接戦に持ち込もうとしても、風で飛ばされてしまうときたもんだ。


「……だが、その程度で俺をどうこう出来ると思うな!」


 俺は地属性魔術を使い、惟冬と烏天狗の間に差し込むように、巨大な岩の壁を地面から生やす。

 これで惟冬を近接戦の間合いから外すことは出来るが、ぶっちゃけた話、強大な魔力を持つ妖魔を視界から外すような壁を生み出すのは愚策だ。


「ガァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 案の定、烏天狗は鋭い風の刃を幾つも放ち、岩の壁をいとも容易く切り裂く。

 敵の挙動が見えない中、あの攻撃を避けるのは困難だし、流石にあれだけ速度のある攻撃だと修復が間に合わない。風の刃は岩の壁を貫通して、惟冬が居る場所をズタズタに引き裂いた。

 ……いいや、正確には惟冬が居た場所というのが正しいか。


「ありがとっ! おかげで助かった!」


 岩の壁が出現した瞬間を見逃さず、惟冬は即座に烏天狗から離れ、俺の元に駆け寄ってきたのだ。

 その間、俺たちの間に言葉は一切交わされていない。完全にぶっつけ本番の連携でしかなかったのだが、何ら問題はないと確信していた。

 こちとら前世で七年以上親友をやっていたのだ。たかが十八年離れた程度で阿吽の呼吸が出来なくなるような関係を築いちゃいない。


「ガァアアアアアアッ!!」


 近接戦闘の間合いから逃げられたばかりか、俺たちが合流することまで許してしまった烏天狗は、明らかに焦った様子でこちらに向かってくる。

 その速度は相変わらず常軌を逸脱しているが……今回ばかりは対応が遅れたな。


「【岩塞龍・天征】!」


 俺と惟冬の足元から巨大な岩の龍が現れ、俺たちはその頭に乗る形で宙を駆ける。

 烏天狗を閉じ込める岩の檻との兼ね合いで、生み出された岩の龍の大きさは大太法師すら押し倒す最大出力での発動と比べれば随分と小さいが、それでもかなりの大質量。俺が魔術で形状を保全してやれば、烏天狗の風でも吹き飛ばせない。


「キョエエエエエエエエエエッ!!」


 勿論、烏天狗は岩の龍に乗る俺たち自体を風で吹き飛ばし、戦況を振り出しに戻そうとしてきた。確かに奴の読み通り、このまま岩の龍から落とされるのは厄介だが、こちらだって何の対策もしていないわけではない。


「【岩塞龍・颶風旋陣ぐふうせんじん】!」


 俺たちを含め、岩の龍の全体を覆うように旋回する風の刃が形成される。【炎天焔摩】の風属性バージョンみたいなものだ。

 岩の龍への搭乗と両立しつつ、攻撃性能を上げる術式の開発をしている時に編み出したもので、直接攻撃を避けられても、近づくだけで敵を切り刻むというものだが、単純な殺傷力なら【炎天焔摩】の方が上だ。このまま攻撃目的だけに使っても、【炎天焔摩】の下位互換になりかねない。

 

(だが【颶風旋陣】の本領は、防御力の底上げにある)


 風属性魔術というのは意外にも守りに優れている。地属性のように質量のある攻撃に対しては効力は薄くなるが、それ以外の属性の攻撃魔術ならその軌道を逸らすことが出来る……まぁ惟冬みたいに、風の影響を受けない攻撃魔術なんて訳の分からないものを使ってくる奴もいるが、そんなのは例外中の例外だ。

 正直に言って、俺の風属性魔術は天狗には及ばないが、何事にも相性差はある。今奴が使ってきたような、敵を吹き飛ばすことが目的の殺傷力が低い、広範囲に及ぶ突風ならば、鋭く研ぎ澄まされた無数の風の刃で切り裂き、受け流せるって訳だ。


(だが根本的な問題の解決にはなっていない)


 俺が魔術で動かす岩の龍よりも、烏天狗の移動速度の方が速いのだ。岩の龍全体を覆う風の守りもあって、少し攻めあぐねている様子ではあるが、突破されるのも時間の問題だろう。

 惟冬も再び小銃を猛連射しているが、合体前よりも格段にスピードが増した敵には目に見えて効果が薄くなっているようにも見えるし、このままでは再び烏天狗に有利な接近戦に持ち込まれる。


「……しかも、急に寒くなってきたな……!」


 周囲の大気は轟々と不穏な音を上げながら唸り、周囲の気温が急激に下がり始めているのに気が付く。しかも空からは季節外れの雹まで降り始めたのだ。

 前世で少し興味が出てネットで調べただけだけど、こういうのは確かダウンバーストが発生する前兆だったはず。どうやら勅使河原領全体への無差別攻撃は近いらしい。

 

「國久、一瞬でもいい。奴の動きを止められない? そうすれば、僕が一発で仕留めてみせるから」

「……何か手があるんだな?」


 惟冬は無言で頷くと、懐からあるものを取り出す。

 それは薬莢のようなものが付いた金属製の弾丸が円形に連なった物だ。前世だとスピードローダーとか、ムーンクリップとか呼ばれている、素早く弾を装填出来る道具によく似ていて、惟冬は素早く小銃の弾倉に無数の弾丸を同時にセットする。


「……よっしゃ! やってやろうじゃねえか! その代わり、一発で決めろよ!」

 

 俺がそう言うと同時に、烏天狗は風の守りを突き破って急接近してきた。

 惟冬の攻撃は間違いなく警戒されているだろうし、俺の攻撃だとスピード不足だ。このまま適当に仕掛けても、拘束はおろか攻撃を当てることも出来ないだろうが……俺はあえて、真正面から攻撃を仕掛ける。


「【岩塞龍・飛鱗ひりん】!」


 岩の龍の全体から鋭く尖った鱗を飛ばすように、無数の石礫を烏天狗に向けて発射した。

 しかしその攻撃は惟冬の小銃による掃射と比べると威力も速度も大幅に劣る。烏天狗は旋回しながら石礫を楽々と回避して近づいて来て……ここぞというタイミングで、俺は予め・・準備していた魔術を発動する。

 その瞬間、地面から強烈な電撃を纏った鉄の杭が、岩の檻を突き破り、そのまま雲を貫きそうな勢いで天へと昇っていった。


「ギィイイッ!?」


 突然とんでもないスピードで地面から放たれた攻撃……【鳴神之槍】を烏天狗は目を白黒させながらもギリギリのところで回避する。

 実を言うと、俺は【鳴神之槍】用の鉄塊の一部を地属性魔術で切り離し、刀の形にして隠し持ってきていたのだ。それを【岩塞龍】のような派手な魔術の発動に紛れて地面に投げ捨て、不意打ちの為の布石としたという訳である。


(鉄杭も小さく、魔術の発動を悟られないように発動速度を重視してた分、威力も範囲も下がっているとはいえ、死角から放たれた超速の一撃を避けるのは流石と言うべきだが……)


 それでも、【鳴神之槍】は確かに烏天狗の翼の一部を抉り、一瞬だけ奴の動きを止め……その隙を惟冬は見逃さなかった。


「食らえ……【術式弾じゅつしきだん閃光刃せんこうじん】!」


 惟冬が小銃を振ると同時に、その銃口から細長い光の刃が伸びる。

 今しがた装填した弾丸は、惟冬の小銃専用の魔道具だったのだろう。腕を振り切るまでの一瞬の内に形成された、先端が見えないくらい長大な光の刃は、岩の檻どころか、空高く浮かぶ厚雲ごと、烏天狗を真っ二つに斬り裂くのだった。


「これで妖魔は無事に倒せた……が、一番の問題は解決していないな」


 空を見上げてみれば、そこには依然と積乱雲が浮かび、雹を降らしている。薫の言った通り、術者である天狗を倒しても攻撃は止まらないらしい。


「悔しいけど、こうなるともう僕らに出来ることは限られてくるね」


 惟冬の言う通り、この見渡す限りを覆いつくす雲をどうにかする力は俺たちにはない。水魔術を極め、雲を制御できる晴信が居れば話は違ったんだろうが、無い物ねだりしたってどうしようもないのだ。


「……そう言えば、さっき薫が来てたけど何を話したの?」

「ん? あぁ……頼みごとをしたんだよ。この状況をどうにかする為にな」

「もしかして……雪那殿下の龍印と、月龍の力を当てにしてる? でもあれは領地全体に結界を張るには時間がかかるよ?」


 確かに、魔道具の性能には限界がある。それは月龍だって例外ではないだろうし、魔道具の第一人者である惟冬が言うんだから間違いないだろう。このまま幾つもの町村が壊滅してしまう可能性は決して低くはない。


「でもな惟冬、覚えておいた方がいい。時には伴侶となる女を信じて待つのも、良い夫の振る舞いって奴なんだよ」


 ただ一方的に守るだけが恋人関係、夫婦関係ではない。いずれ俺たちは病める時も健やかなる時も共に居ることを誓い合う事になる。そんな生涯を一緒に過ごす相手の力を、この俺が信じなくて誰が信じるって言うんだ。


「……そら、見てみろよ。早速雪那たちがやってくれてるみたいだぞ」


 そう言いながら俺は空と地面の境界線を眺める。

 目に映る空の全てを覆いつくしていた雲に異変が起こったのだ。

 


――――――――――


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