ラスボスの影


 天狗に止めを刺そうとした直前、異常事態は鉱山から突然巻き起こった。


「何だ、あれは……!?」


 まるでイナゴの群れのように妖魔たちが鉱山から飛んできたかと思ったら、そのまま一か所に集中し、柔らかい無数の粘土をこね合わせるかのように一体化し始めたのだ。

 そんな妖魔の集合体の方に向かって、飛行能力を失ったはずの天狗が独りでに浮かび上がり、飛んでいこうとする。


「させないっ!」


 具体的に何が起こっているのか、俺たちには見当が付かない。しかしこのままではよくないことが起こる。惟冬も同じ事を考えたのか、小銃から魔力弾を天狗に発射した。

 更に俺は追撃として、岩の龍を妖魔たちが一体化した肉塊へと向かわせる。このままむざむざと見ているだけなんてあり得ない。ボス戦なんて、リアルだと事前に対処して発生させないのが正解なのだ。

 ……しかし、そんな俺たちの攻撃は、突如として現れた黒くて巨大な人型の靄のようなものによって遮られてしまった。


「こいつは……!」


 岩の龍の顎で体を大きく食い千切られ、魔力弾が頭を貫通しても、血を流している様子もなければ、苦しんでいるようにも見えないソイツに、俺と惟冬は思わず警戒をそちらに向けるが、それによって時間を稼がれてしまう。

 妖魔の集合体は天狗をも取り込んだかと思ったら一気に収縮し、新たな一体の怪物が誕生した。


「グォオオオオオオオオオオオッ!!」


 全長は三メートルほどと妖魔の中では中型の、背中から黒い翼を生やした人に近い姿をした、鳥頭人身の妖魔だ。

 展開から察するに、天狗をベースにして無数の妖魔の力を無理矢理合体でもさせたのだろうか? その証拠に、天狗の力の名残である強烈な嵐を全身を覆うようにして巻き起こしている。


『クハハハハハハ……!』


 そんな新たな妖魔の誕生を見届けて満足でもしたのか、黒い人型の靄はユラユラと炎のように揺らめく顔に笑みを浮かべ、笑い声まで上げながら煙のように消えていく。その声や笑みには、底知れない邪心のようなものが透けて見えた。


「……なぁ。これは俺の記憶違いかもしれないから確認しときたいんだけど、今の奴って【ドキ恋】の原作に出てこなかったか?」

「いいや、記憶違いじゃないね。流石にあれほど大きくはなかったはずだけど……間違いなく、ラスボスが帝国中で暗躍する為に作り出した分身体だ。今見たみたいに妖魔同士を合体させるのもラスボスの能力の一つだし、今回の天狗に纏わる一件は、ラスボスが裏で糸を引いていたと思って間違いないと思う」


 俺と違って、前世で【ドキ恋】をしっかりと読み込んでプレイした惟冬がそう言うのだから、俺の推測も間違いないんだろう。


「やっぱり動いていたか……【ドキ恋】のラスボスである妖魔の王、天魔童子てんまどうじが」


 西園寺領に大太法師の大群が来た時から疑惑を抱いていたが、今回の事ではっきりした。

 一体何が目的で、どういう意図があってこんな事をしているのかは分からないが、原作に登場したラスボスである天魔童子もまたこの世界に実在していて、俺たちの邪魔をする形で悪事を働いているようだ。


「天魔童子の方も気にはなるけど、今は目の前の敵に集中した方がいいね。あの妖魔の合体した奴……黒い羽根で鳥の頭だし、暫定的に烏天狗とでも呼ぼうか? 大量の妖魔の集合体なだけあって、凄い魔力だ……!」 


 惟冬の言う通りだと思い、俺も天魔童子の事は頭の隅に追いやって、目の前の敵に向き直る。

 感じる魔力量から察するに、烏天狗の強さは間違いなく大太法師を凌ぐだろう。こんなやつをこのまま取り逃がせば……あるいは俺たちが負ければ、途方もない被害が出るのは目に見えている。

 しかし合体直後で自分の体の変化に戸惑っているのか、動き出す様子が無い。勿論魔術で直接干渉すれば即座に反応しそうな気配があるが……。


(なら、俺がまず打つべき一手はコレだ)


 俺は地属性魔術を発動し、俺と惟冬、烏天狗を閉じ込めるかのように、半球型の巨大な岩の檻を形成する。

 これは烏天狗を逃がさず、この場で倒すために急造で作り出した決戦場だ。日の光を取り込んで光源を確保するために網目状にしているから強度は低いが、この程度の規模の檻の保全なんて、戦いながらでも出来るから、拘束としては十分すぎる。


「グォオオオオオオオオオオオッ!!」


 しかしそれと同時に、烏天狗の全身から空に向かって魔力の柱が立ち昇り、雲一つなかった空が視界一杯の薄黒い厚雲で覆われた。


「何だこれは? 檻を破るでもなく、俺たちに攻撃を仕掛けるわけでもない……?」

「少なくとも良くないことは起こるんだろうけど……この手の術は術者本人を倒したら解除されるって相場が決まってるし、手早く叩いて――――」


 そう言って惟冬が銃口を向け、俺も地属性魔術を発動しようとした……その瞬間、烏天狗は一瞬で俺たちを間合いの内側に収め、俺に拳打を、惟冬に蹴りを食らわしてきた。


「ぐっ……!?」


 俺たちは咄嗟に手に持っていた武器を盾にして攻撃を防ぐが、烏天狗のパワーはかなりのもので、身体強化を使っていても大きく吹き飛ばされてしまう。

 地面に足裏で線を引きながら、何とか体勢を整えるが……パワーだけではなく、とんでもないスピードだ。恐らく体から風を噴射させることで、スピードと打撃力を同時に引き上げているんだろう……烏天狗は惟冬に接近し、猛ラッシュを仕掛ける。


「うわっ!?」

「惟冬っ!」


 合体前と違って、ゴリゴリのインファイターとなった烏天狗と惟冬を引き離すために地属性魔術を発動しようとして……一瞬だけ戸惑ってから、惟冬に当たらないように、地面から岩の杭を生やして烏天狗を貫こうとするが、その直前に避けられてしまい、そのまま即座に惟冬へ再び近接戦闘を仕掛けた。


(コイツ……! 理性が無いように見えて、ちゃっかり俺と惟冬を相手にする対策を立ててやがる……!)


 俺も惟冬も、基本的には広範囲に及ぶ遠距離攻撃を得意としている。それに対して烏天狗は片方に近接戦闘を仕掛けることで、俺たちが得意としている攻撃を封じているのだ。

 広範囲攻撃というのは敵も味方も巻き込みやすい。だからこうも味方に接近されては、俺たちの攻撃は大幅に制限されてしまう。どうやら合体後でも地頭の良さに変化はないらしい。


「若様ぁっ!」


 とりあえず惟冬の援護に入ろうと思ったその矢先、切羽詰まった女の声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、声の主は薫だった。身体強化魔術を使っているのか、馬よりも早く岩の檻の前に駆けつけてくる。


「何てこと……! 駆けつけるのが遅かった……!」

「……お前は確か、末来視の魔術を引き継ぐ宮代家の者だったな。話には聞いている。その様子を見るに、何か不吉な未来を視たのか? もしそうなら手短に伝えろ!」

「は、はいっ!」


 烏天狗と厚雲に覆われた空を見て顔を青褪めさせる薫。その様子を見て薫がここに来た理由を直感した俺は捲し立てるように命じると、薫は気を落ち着かせながら一度だけ頷く。


「詳しくは不明ですが、予知できた範囲内の未来から推察するに、空を覆いつくす厚雲はあの妖魔が作り出した、時間差で発動する攻撃魔術のようなもののようです。このまま放っておけば、雲から強烈な突風が地面へ向かって無数に放たれ、領内の町村が壊滅的な被害が出る……そんな未来を予知しました」


 突発的な未来視による情報なのだろう。いまいち要領を得ない部分もあるが、烏天狗が生み出した厚雲の正体にある程度見当がついた。

 恐らく、地面に巨大なクレーターすら作る自然災害、ダウンバーストを引き起こす術と見て間違いないだろう。それを勅使河原領全土に及ぶ広範囲に展開しているって訳だ。


「だがそれなら早急に奴を倒せば、あの雲も消えて――――」

「いいえ、それだけでは駄目なのですっ!」


 地属性魔術で小規模な攻撃を仕掛けて惟冬の援護をする俺の言葉に被せるように、薫は叫ぶ。


「私が視た末来では、術者であるあの妖魔を倒しても雲は晴れず、町村や領民に大きな被害が出ました! 恐らく、一度発動してしまえば後は術者に関係なく、独立して稼働し続ける類の術と見受けます!」

「あぁ、なるほど。そう言う事か……!」


 確かに魔術の中にはそういった術式のものも存在する。恐らくは天魔童子の仕業なのだろうが……随分とえげつない事をしやがるもんだ。

 正直、天魔童子の意図は気になるところではあるが、今はどうでもいい。今どうにかするべきは、この事態の解決法だ。


「それで、俺たちの元に来たって事は、そうする事で何か事態を好転させる未来が視えたって事か?」

「……魔力不足ゆえに断片的な情報しか得られませんでしたが、私がここに駆け付けることで、お二人があの妖魔に勝利する未来と、領民たちが救われる未来の両方が微かに視えました。ですが何がどうなってそうなるのかまでは分からず……情けない事ですが、手の施しようのない事態に藁にも縋る気持ちで馳せ参じた次第です……!」


 自分の不甲斐なさが許せないといった面持ちで、絞り出すような声を出す薫。自分の力では大したことが出来ないと悔やんでいるのだろうが……。


「結果的に俺にその未来を知らせることが出来たなら、その選択は正解だ」


 今俺たちは不確かな情報しかない中、烏天狗に勝利して、尚且つ超広範囲に及ぶ殲滅攻撃から領民や町村を守らなければならない状況に陥ってる。

 そんな状況下、守るべきものを守りながら、予期せぬ事態にも対応する手段があるとすれば、手段は一つ。


「宮代! お前は今すぐ窮奇城で待機している雪那の元へ向かえ! そして状況を手短に伝え、俺の名前を出して、後の事は気にせずに力の限り・・・・協力するように伝えろ!」

「せ、雪那殿下にでございますか!?」

「色々と説明が足りてないのは分かる。だが今は長々とくっちゃべってる時間はない。間違いなくそれが今できる最善手だ!」


 無差別殲滅攻撃から領民たちを守るには、雪那に宿る龍印と月龍の力が必須だ。そこに無尽蔵の魔力供給によるサポートを得た薫の未来視が加われば、ありとあらゆる不測の事態にも対応できる。

 勿論簡単な事じゃない。情報伝達も十分じゃない中、薫だけでなく、雪那にも難しい仕事を押し付けることになるが……他の誰でもないこの俺が、愛する婚約者の事を信じなくてどうするってんだ。


「俺はお前に命令できる立場にないが、今はとにかく俺の提案に乗って雪那の助けになってほしい。あの妖魔は、俺と惟冬殿の二人で必ず討ち取る」

「ですが、それは……!」


 俺の言葉に流石の薫にも戸惑いが生じるが、無理もない話だ。烏天狗は見るからに強大な妖魔……それと戦う主君を置いて行く選択肢を、家臣の身で選べる奴はそうはいない。ましてや薫は、惟冬の世話係だったんだから尚更だ。


「お前の心配は分かる。だが未来視で俺たちが勝つ光景を視たんだろ? 惟冬殿は何時までもべったり守ってやらなきゃいけないほど弱い男か?」

「……っ!」

「俺も惟冬殿を助けるという、勅使河原家の家臣団と交わした約束を必ず守る。今は俺の力と宮代家伝来の未来視、そして何よりも惟冬殿を信じてこの場を託せ」


 俺の言葉を受けた薫はギュッと薙刀の柄を握りしめると、俺に向かって深々と頭を下げた。


「承知いたしました……華衆院國久様。どうか若様の事を、よろしくお願いいたします!」


 そう言って全速力で窮奇城へと戻っていく薫。その気配を背中に感じながら、俺は刀を手に烏天狗へと斬りかかるのだった。 



――――――――――


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