不吉な未来に抗う者
「■■■■■■■っ!?」
上空特有の激しい気流にも一切影響されずに真っ直ぐ飛んでいく、凄まじい貫通力を秘めた魔力弾は弾切れ知らずと言わんばかりに延々と天狗に殺到する。
数秒掃射するだけで数十人は撃ち殺せそうな弾幕とは裏腹に、消費魔力量が少ないことも惟冬製の魔道具の利点だ。品質向上された既存の魔道具の中には、魔力の消費を抑えられたというものがあるが、そのノウハウを兵器作りにもしっかりと活かしているらしい。
少なくとも、魔道具抜きで同じことをしようとすればあっという間に魔力切れを起こすだろう。
(災害級と呼ばれる妖魔の中でも、単体の強さなら大太法師以上と呼ばれる天狗が手も足も出せていない……仮に惟冬と演武で戦うとなったら、相当手を焼くだろうな)
勿論、その時は俺も負けるつもりはないが、苦戦する事には違いない。
何せWEB小説で定番の、異世界で銃火器を生み出した系チート主人公みたいなことをしているような奴だ。その強さはまさに折り紙付きである。
「……それにしても、天狗も中々しぶといな。この弾幕をあそこまで避けてみせるか」
巻き起こす暴風もそうだが、高速で空を飛ぶのもまた天狗の強みだ。ガトリングのような魔力弾を背後から掃射されているにも拘らず、気流の変化を読みながらジクザクに飛行することで、ギリギリ掠る程度にまで惟冬の攻撃に対応して回避し続けている。
「でもそれも時間の問題だよ。いずれ体力切れになって終わりだ」
そう言って淡々と掃射を続ける惟冬の言う通り、天狗の体力だって無尽蔵じゃない。いずれ体力が尽きて回避力が落ちれば、あっという間に蜂の巣になるだろうが……その前に恐るべきことが起こった。
天狗の逃げる方向に村が見えたのだ。
「■■■■■■■……!」
一気にスピードを上げて村の方へと飛んでいく天狗。恐らく坑道と同じように、今度は村を人質にするつもりなんだろう。
確かに村に入られたら俺たちは領民の存在が気になって攻撃が出来なくなる。何だったら、領民を捕まえて盾にし、そのまま逃げるくらい天狗ならやってのけるだろう。
(だが奴はミスを犯した)
知らなかったんだから仕方のない話ではあるんだが……俺が敵に回っている以上、鉱山から離れたのは愚策だ。
そのおかげで、俺も遠慮なく戦えるようになったんだからな。
「【岩塞龍・炎天炎摩】!」
地面から巨大な岩の龍が高速で隆起し、全身が赤熱化するほどの炎を纏って天狗の行く手を遮る。
「■■■■■■■っ!?」
それに驚いたのか、一瞬だけ動きが硬直する天狗だが、すぐさま手に持つ扇を振るって極大の風の刃を幾つも放った。
風属性との親和性が高い天狗の強大な魔力で放たれた鎌鼬は、小山すら両断する威力を誇ることだろう。それで岩の龍を細切れにしようとしたのだろうが、切断された岩の接着など俺からすれば容易すぎる。
「オラ落ちろ蚊蜻蛉ぉっ!」
切断された瞬間に岩の龍を超速修復し、まるで攻撃など受けていなかったかのように、岩の龍は燃え盛る尾を天狗に向かって振るう。
流石に攻撃が一切通じていないかようなその動きには天狗も戸惑ったのか、若干体勢を崩しながら慌てて回避行動を取る。そうして出来た隙を見逃さず、俺は岩の龍の口から濁流のような激しい炎を噴射した。
単純に威力だけを追求した炎属性魔術だ。直撃すれば殆どの妖魔は消し炭になる、まさに竜の息吹といった一撃だが、その攻撃は天狗が巻き起こす突風によって搔き消されてしまった。
(まぁそうなるだろうな)
元々、風属性の使い手に炎の魔術は相性が悪い。惟冬の魔力弾のように、風の影響を受け付けない術式でも使えば話は違うのだろうが、今使ったのは何の変哲もない、威力が高い炎を放射するだけの魔術だ。天狗の風で煽られれば掻き消されてしまうのは目に見えている。
……しかし、目晦ましにはなった。
「やっと止まったね」
立て続けの猛攻に対する対処で、天狗の動きが止まる。その隙を惟冬は見逃さなかった。
天狗に向かって真っすぐに向けられた銃口から連続で魔力弾が掃射され、天狗の胴体が、手足が、扇が、そして飛行を支える翼が蜂の巣になり、ようやく天狗が墜落する。
そのままグチャッ! と地面に叩きつけられて動かなくなる天狗を見て、俺は岩の船を天狗の元に降ろした。
「……まだ生きている。流石にしぶといな」
手足も満足に動かせないのか、まるで芋虫のように地面に這いつくばっている天狗だが、まだ生きてはいた。
とは言ってももう虫の息……瀕死だ。このまま放っておいてもじきにくたばるだろう。
「でも一応、止めはしっかり刺しておこう」
「そうだな。生き延びられたら面倒だし、掃討部隊との合流も早めにした方が良い」
このまま放っておいて万が一のことがあってはいけないし、とっとと天狗を始末して残った妖魔の残党を始末しに鉱山に戻った方が良い。そう俺たちは判断し、惟冬は小銃の銃口を天狗に向けた。
=====
少し時は遡り、國久と惟冬が天狗を追い詰めていた頃、鉱山で行われていた妖魔の掃討戦は佳境に入っていた。
戦いは終始、討伐隊の優勢だった。元々天狗を國久たちが抑えていたことでこれと言った強敵が居なかったし、薫の末来視によって不意打ちや崖崩れなどの突発的な事態は未然に防がれたおかげで、怪我人を出しながらも着実に妖魔たちの数を減らしていった。
しかも天狗が逃亡したことによって指揮する者が居なくなり、妖魔たちは最早ただの烏合の衆となった今、勝敗は決したと言っても良い戦況である。
「敵はもう総崩れよ! 後もう一押しで勝敗は決する! 皆、最後まで気を抜かないで!」
拡声魔術によって戦場全体に居る味方に届く薫の声に、兵士たちは勝鬨に似た咆哮を挙げながら妖魔たちへ更に激しい攻撃を仕掛ける。
戦況が人間たちの優勢に傾いていることを本能的に察したのか、群れから離反して逃げ出し始める妖魔たちが増えていくのを見て、薫の中で勝利の確信が芽生えた。
(いける……若様たちが一番厄介な天狗を抑えてくれているおかげで、妖魔退治は驚くほど順調だわ……!)
元々、幾度にも渡る討伐戦が失敗した最大の理由は、天狗に坑道を抑えられていたことにある。
しかし國久という援軍と、惟冬という天狗を一対一でも倒せる戦力の参戦によってこれらの問題は一気に解消された。そうなれば後は普段しているのと大して変わらない妖魔退治だ。
兵士たちが特別精強という訳ではない勅使河原軍だが、領主直属の軍である以上、妖魔との戦いは慣れたもので、大きな被害を出さずにここまでこれた。
(今のところ死者も出ていないようだし、この成果を見れば若様もきっとお喜びになるはず!)
戦場は残酷だ。たとえ末来視の力があったとしても、兵士たちは死ぬ時は死ぬし、当主不在の今、その責任は次期当主である惟冬が背負わなければならない。
勿論、薫は惟冬が背負うものを分かち合い、どこまでも供をするつもりだ。しかし、そんな戦場で誰一人死なずに町へ戻れるなら、それに越したことは無いのだ。兵士たちの親類縁者は喜ぶし、何よりも惟冬の心の重荷が減る。
次期当主として兵士たちを戦場に送ることも仕事とはいえ、人を死地に追いやる事に、惟冬は無感情でいるわけではないのだ。
(いけないいけない……今は妖魔退治に集中しなきゃ)
惟冬が喜ぶ顔を想像して口角を上げそうになった薫は、無理矢理意識を切り替えて目の前の戦いに再び集中する。
このまま逃げた妖魔の追撃戦に移行するために指示を飛ばそうと口を開きかけた……その時、薫の脳裏に記憶にない光景が次々と走馬灯のように浮かぶ。
それは倒壊する町村の数々に、血を流して倒れる人々。……そして、嵐を纏って上空から地上を睥睨する、黒い翼を持った怪物の光景だった。
(今のは……未来予知!? どうして今!?)
宮代家伝来の末来視の魔術を使う者は、まるで虫の知らせのように危険が迫る未来を突発的に視ることがある。今しがた薫が視た光景がまさにそれだ。
しかし何がどうなってそうなるのか……未来の光景に至るまでの経緯まで事細かに分かるほど、末来視も万能ではない。結果から過程を想定する必要があるのだ。
大惨事が訪れる未来を突発的に知ってしまった薫は思わず硬直してしまう。それは数秒ほどの僅かな時間に過ぎなかったが、その間に信じられないことが立て続けに発生する。
「な、何だ!?」
「妖魔たちが浮かんでる……!?」
兵士たちから逃げ惑う妖魔たちが一匹残らず、飛行能力の有無に関係なく、まるで見えない手で持ち上げられたかのように宙へと浮かび、そのまま凄まじい速さでどこかへ飛んで行ってしまったのだ。
その後を視線で追うように空を見上げると、無数の妖魔たちが同じようにどこかへと飛ばされている。移動の流れの向きを見る限り、どうやら全ての妖魔は同じ場所へと向かっているようだ。
「総員、警戒態勢! 今この場は未知の魔術による干渉を受けている! 対魔術阻害防御と逆探知魔術の発動を急いで!」
慌てて兵士たちに指示を飛ばしながら、この異常事態をどう対処するかと、薫は思考回路を全力で回転させる。
(今視た末来は、このまま手を拱いていたら必ず訪れる。そして今しがた目の前で起こった事態も無関係とは思えない。このままだと鉱山どころじゃない……きっと多くの人的被害が出る! まずはそれを食い止める!)
不幸中の幸いと言うべきか、今この場から妖魔たちは根こそぎ居なくなった。薫は余力を残さない勢いで、ありったけの魔力を末来視の魔術に費やして発動する。
宮代家が代々受け継いできた末来視は、魔力を費やせば費やすほど、先の未来を視ることが出来る。一秒でも先の未来を視ようとするだけでも大量の魔力を消費するが、それでも薫は構わずに魔力を魂から絞り出す勢いで術に注ぎ込む。
(諦めずに、頭を動かし続けないと……より良い未来を手繰り寄せる為に!)
急速な魔力の消費で立ち眩みをしながらも、薫は執念で魔力を捻出し続けて……ついに解決への糸口になる未来を視ることに成功する。
そのままこの場での指揮権を他の者に預けるように指示を飛ばし、余力のある兵士たちから魔力の供給を受けると、薫は身体強化魔術を全力で発動し、馬以上の速さで山を降りて平野を走り出す。
未だ訪れていない不吉な未来を防ぐ為の希望の光である、惟冬と國久の元へと。
――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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