惟冬の鉄砲、薫の末来視
軍の編成が終わった翌朝、俺たちは数百人規模の兵士たちを引き連れて、魔石が採掘される鉱山へとやって来ていた。
名目上、華衆院家との合同で行われる討伐作戦だが、今回華衆院家から引き連れてきた兵士たちは護衛程度の人数でしかないから、そいつらは全員窮奇城で待機している雪那の護衛に回ってもらい、俺一人が勅使河原軍について行くことになったというわけだ。
「例の天狗は今、妖魔の軍団を従えて目の前の鉱山を根城にしている。もっとも、従えていると言えば聞こえはいいけど、全ての妖魔が知能が高いわけじゃないから、その実態ははっきり言って烏合の衆でしかない。ただ偵察からの情報によると数は多く、山の麓から頂上、坑道の内部と広範囲にわたって妖魔が跋扈しているから、これらの討伐は兵士たちに任せることになる」
「まぁこの手の掃討戦は人海戦術が基本だしな」
華衆院領に限らず、他の領地でも妖魔が大群を成して山や森を棲み処にする時があるけど、その時はとにかく兵数を集めて一気に虱潰しにするのが一番確実だ。
妖魔は一匹逃がすだけでも被害が出るし、ましてやこの鉱山はこれからも大勢の鉱員が出入りするのだ。妖魔が報復を考えたり、戻ってくることが無いように、一匹残らず始末するのがこの戦いの前提になる。
「で、兵士たちが戦っている間に俺たちで天狗を倒すと」
「その通り。……こういう言い方はしたくないけど、天狗を相手に数頼みは愚策だからね」
俺は抜身の刀を肩に担ぐように持ちながら、惟冬に軽く最終確認をする。
天狗は空を自由に飛び回りながら暴風や竜巻による広範囲攻撃を主戦法にする、多数と戦う事に長けた妖魔だ。
俺が懸念していた通り、天狗には生半可な魔術は届かないし、相性の悪い戦い方をする奴では相手にもならない。対抗するには、真っ向勝負が出来るだけの力量を持つ魔術師か、天狗の戦い方と相性のいい能力を持った魔術師を用意する必要がある。
「これまで送り込んできた兵士たちは、うちの軍の選りすぐりの魔術師ばかりだったけど、坑道を天狗の攻撃から守りながら戦うことは出来なかった……そういう意味では、大和帝国中に轟くほどの地属性魔術の使い手である君が助太刀してくれるのは、本当にありがたい」
「まぁ打ち合わせ通り、そっちの方は任せてくれてもいいんだが……お前の武器は、本当にそれで大丈夫なんだよな?」
俺は惟冬が右手に持つ武器を眺めながら、改めて問いかける。
「正直、風を操る天狗を相手に鉄砲なんて持ち出してくるとは、今でもちょっと信じがたいんだけど」
惟冬が扱う得物は、長さが打刀ほどはある鉄砲だった。
外見だけなら火縄銃に近いだろうか……よく見てみれば回転式の弾倉が取り付けられていて、火縄銃というよりもリボルバーライフルと言った方が良いかもしれない。
「常に強風を吹かせている天狗を相手に遠距離攻撃を仕掛けても、弾道がズレて当て難いって言いたいんだろう? そこは大丈夫だよ。根拠は実際に見せて証明したでしょ?」
「まぁな。ただ試験と実戦では違いも出てくるからちょっと心配でな」
「言わんとしていることは僕も良く理解できる。でもここだけの話……この小銃の運用試験には妖魔を相手にした実戦も、家臣たちには内緒でしていてね。その時に天狗とも戦ったんだけど、普通に通用したから安心してくれていい」
「他の人には内緒にしておいて」と小声で言う惟冬に、俺は小さく頷いた。
確かに、この小銃の性能は俺もこの目で確かめさせてもらったからこそ、惟冬が天狗と直接対決する作戦を受け入れられたところがある。その根拠は、天狗との戦いで改めて見ることになるだろう。
「それにしても、よく銃なんて作れたな。俺も最初は考えたけど、結局は諦めたし」
異世界転生作品ではポピュラーな銃火器の作成だし、俺もそれに倣おうとした時期があったんだけど、そもそもにおいて銃作りの知識が足りないし、何よりも材料費や技術力の足りなさという壁にぶち当たってしまった。
「拳銃を作るところまではどうにかなったんだよ。一番の問題だった砲身も地属性魔術で解決できたし。でも飛距離は出ないし命中率も低いし、おまけに弾を大量生産するコストが馬鹿にならないしで、どうやっても攻撃魔術の劣化になるから、結局作るのを断念したんだよな」
一応妖魔が相手でも殺傷力が出るところまではいったんだが、どこまでいっても「これ普通に攻撃魔術で良くね?」って感じになってしまう。実際、俺の【鳴神之槍】は銃とは比較にならない威力が出るし、俺の中で作るだけの意義がなくなってしまったのだ。
「まぁ地属性魔術で出来る鉱物の加工には限度があるからね。弾一つ作るにしてもかなりの手間で、大量生産には程遠かったでしょ?」
「そうなんだよなぁ……おまけに材料の金属代も馬鹿にならないし、戦争って本当に馬鹿みたいに金が掛かるんだってよく理解できたよ」
実を言うと地属性魔術では、細かい装飾やミリ単位の大きさ調整をするのは難しい。
出来ないとは言わないけど、その分集中と時間が必要になるから、実戦で使う事は勿論のこと、緻密な金属部品の大量生産にも向いていないのだ。結局、細かい作業をするのには人の手に勝る道具は無いって事なんだろう。
「特にライフリング加工……砲身の内側に螺旋状の溝を作って飛距離と命中率を上げようとしたんだけど、これが魔術でも手作業でも上手く出来なくてな。そもそも螺旋状の溝って一口に言っても、具体的にどんな感じにするのかっていう知識が無かったから、これならわざわざ銃を作るよりも、直接弾になる鉱物を操って撃ち出した方が早いよなって事になってな」
そんな俺がぶち当たった問題を全て解決してのけて生まれたのが、この小銃って訳である。流石は帝国で最も魔道具産業が発達した勅使河原領と言ったところか……華衆院領の魔術研究所は、魔術師個人で使う魔術の研究がメインだから、魔道具産業はちょっと畑違いだしな。そこら辺の下積みの差が出たってところか。
「とは言っても、ちゃんと道具として形にするのにも意義はある。お前、この銃を大量生産して魔術を修めていない一般人が妖魔に対する自衛能力を持てるようにしようとしてたんじゃないのか?」
「まぁね」
この世界では、誰も彼もが魔術を使える訳ではない。勿論、魔術大国と呼ばれるだけあって、他の国と比べれば魔術師の輩出率が高い大和帝国だが、全体的に見れば、専門的な知識が必要であり、習得に長期間の訓練が必要な魔術を生業とする人間は少数派だ。
しかし、起動するのにこれといった技術が必要ない魔道具は、身分や年齢問わず、誰もが日常的に扱っている。そんな中、銃という誰もが扱える攻撃魔道具を世に出せば、確かに妖魔の被害を抑えることは出来るだろう。
「でも攻撃魔道具なんて普及させれば、絶対に犯罪率が跳ね上がるからね。だから今は、僕個人が戦う為だけに生産してて、護身用の魔道具は敵の動きを封じたり、結界を張ったりする魔道具の普及に留めてるんだ」
「それでも凄いと思うぞ。おかげで郊外を行き来する行商人たちは、妖魔に襲われても格段に逃げ延びやすくなったって聞くし」
むしろ攻撃魔道具を普及なんてしてくれなくて助かった。大多数の一般人が訓練も無しに簡単に人を殺せる道具を持つようになるなんて、領主として流石に許容できないし。……自衛手段を制限しているから、その分俺たちが軍を率いて頑張らないとだけど。
「若様、並びに華衆院様。突入の準備が整いました」
「うん、分かった」
そんな時、妖魔が蔓延る鉱山に踏み込む準備が出来たことを薫が伝えにやってきた。
俺たちは気持ちを切り替え、改めて薫の方に向かい合う。戦場に立つ彼女は今、手足や胴体など最低限の部分だけを守った動きやすさ重視の鎧を身に纏い、薙刀を握りしめて佇んでいた。
「それじゃあ手筈通りに、僕と國久殿は本丸である天狗を討つ。薫には何時も通り、討伐部隊の指揮権を預ける。彼らを率いて鉱山に巣食う妖魔たちを、根こそぎ排除してくれ」
「お任せくださいっ。この宮代薫、必ずや若様のご期待に応えてみせましょう!」
使命感に燃える真剣な表情で主君の命令を受けた薫は、小走りで兵士たちの元へ戻っていく。俺は惟冬と一緒にその後について行きながら、誰にも聞かれないように小声で問いかけた。
「何時も通りって事は……薫には、原作と同じような仕事を与えているって事か?」
「正直、前線指揮官としては誰よりも適任だからね。好きな子を戦場に連れ出すのは抵抗があるけど、助かるのは事実だし……何よりも、何の働きも期待しないで城に閉じ込めるような真似をするのは、忠誠心が高い薫を却って傷つけるからね」
原作シナリオでもそうだったんだが、宮代薫は【ドキ恋】の作中屈指の前線指揮官である。
魔術や武術の腕前が高く、緊急時に咄嗟に適切な判断を下し、口に出せる能力があるというのも理由の一つなんだけど、あの若さで大勢の兵士たちが薫に命を託すのには、宮代家に代々伝わる魔術が最大の理由だ。
「ということは、末来視の力は原作通りにあるってことなのか」
確かめるように問いかける俺に、惟冬は無言で頷く。
末来視というのは、この大和帝国でも宮代家の人間だけが扱える、時間に関する魔術だ。
薫はこの魔術によって数十秒後の未来を意識的に予知することが出来るし、逆に無意識ではあるが、大きな危険が迫っていれば、それが訪れる十数分後の未来を突発的に知ることも出来る。
そしてその的中率は脅威の百パーセント……回避のために行動しなければ、先読みした未来は必ず訪れる。指揮官として、これほど有用な魔術はそうそうないだろう。
(影を媒介に空間に関する魔術を操る燐とは、また違った意味で特異な魔術師だ)
【ドキ恋】の作中でも、実際に転生して調べた範囲でも、時間や空間に関する魔術を操るのは、燐と薫の二人だけ。
原作だと、この便利すぎる魔術を使って主人公である刀夜の活躍に大きく貢献していたっけな。
「それにしても、空間だの時間だのに関する魔術なんて、どんな術式を組み立てれば発動するんだ? 帝国中の研究者が日夜研究してても、全然進捗がないっていうのに」
「それに関しては、使ってる当人たちですら殆ど理解できていないらしいよ。先祖代々から受け継いできた術式を、内容がほぼ分からないまま丸暗記して使ってるみたいでさ」
「あー……その辺りは燐と同じって事か」
精度が落ちるからお勧めできないけど、魔術にはそういう発動の仕方もある。燐自身、頭で理屈を考えながら魔術を発動しているというよりも、感覚的に魔術を発動しているところがあるんだとか。
「先祖代々といえば……宮代家の始祖って確か、魔術の開祖の直弟子だったって話じゃなかったか? 勅使河原領を調べてる時にそんな情報を耳にしたんだけど」
「そうだね。始祖が亡くなった後、末来視の魔術式を受け継ぎながら各地を転々として、最終的には勅使河原家に仕えるようになったらしいけど……末来視の魔術の開発に関わっていないとは思えないかな」
「開祖が生きてた時代って確か、千年くらい前だろ? 日緋色金の事といい、飛行魔術で大船を飛ばした逸話といい、現代の魔術師でも不可能な事をしてのけるなんて、開祖の天才っぷりも大概だよな」
そんなことを話してから、俺たちは妖魔を殲滅する為に鉱山へと踏み込むのであった。
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