忠犬系鈍感年上幼馴染みの口説き方
「お話のところ失礼いたします。私は勅使河原家近衛衆筆頭、
「……あぁ、承知した。報告感謝する」
明るく、それでいて品を損なわない微笑みを浮かべ、慇懃とした態度で頭を下げる、この世界では公の場でも着ていける改造着物姿の少女に対して短く返事をし、俺たちは先導される形で窮奇城への道を歩く。
表面上は冷静に対応しつつも、俺は思わぬ人物の登場に驚かされていた。何しろこの少女は間違いなく、【ドキ恋】の攻略対象ヒロインの一人だからだ。
(宮代薫……確か、代々勅使河原家の筆頭家老を務める家の長女だったな)
華衆院家で例えるなら、重文的なポジションに就いている家臣の娘だ。
そして近衛衆というのは、当主の仕事を直接補佐したり身辺警護をしたりする部隊……その筆頭という事は、当主が逝去した今、惟冬の専属秘書のリーダーを務めているというわけだ。
(……で、原作だと最終的に勅使河原家を裏切る形で、主人公の陣営に就くことになる……っていうキャラだったっけ?)
とは言っても、そう後ろ暗い経緯があっての話じゃない。そもそも原作だと、領主を失って勅使河原家の全権を掌握した原作版惟冬は、悪行の限りを尽くしていた。
薫はそんな原作版惟冬を何とか諫めようとしたけど、結局それが叶うことは無く……最終的には、「これ以上仕えてきた勅使河原家が汚名に塗れるくらいなら」って感じで、原作版惟冬を刀夜と一緒に討ち取る……ってな感じのシナリオだったはず。
(しかし、この様子を見る限り。惟冬は薫の離反ルートを防いでいるみたいだな)
原作だと、主君であった惟冬の暴走と、それを諫めることが出来ずに自らの手で討った罪悪感で、暗い印象の方が強いキャラだったんだけど、今目の前に居る薫は、何気なく浮かべている微笑みが明るく、どことなく親しみ易さを感じる少女だ。
ここまで原作と雰囲気が乖離しているという事は、【ドキ恋】の知識を思い出せない中でも、惟冬は薫と良好な関係を築いてきたんだろう。
(思い返せば、薫の悲劇の元である惟冬が森野の転生先になったことで随分と違う人生を歩んできただろうし、案外こっちが薫の元々の性格なのかもしれん)
そんな事を考えていると、隣を歩いていた雪那が俺の袖を指で抓んで、軽く引っ張った。
「凄く綺麗な方ですね……! 特にあの黒髪は濡れ羽のように艶やかで……華衆院領とは、違った手入れの方法があるのでしょうか?」
「気になるんなら後で聞いてみるといいが……雪那の白桜みたいな淡い色の髪も負けないくらい綺麗だぞ」
「そ、そんなお世辞を言わなくても……」
「世辞なもんかよ。俺にとっちゃ、お前はあらゆる意味で世界一の女だ」
「~~~……っ」
これ以上は色んな意味で墓穴を掘るとでも思ったのか、顔を真っ赤にして無言になってしまう雪那。
ただまぁ、雪那が褒め称えたくなる理由も分かる。客観的に見て、薫は長く艶やかな黒髪が様になる美少女だ。あの黒髪を羨ましがる女は後を絶たない事だろう。
(…………正直、それが理由で薫に大きな原作改変が起こったとしか思えないんだが……)
自分の中で確信めいた疑惑を芽生えさせながら窮奇城に戻ると、ばったりと惟冬と会った。
「戻って来てくれたんだね、國久殿。急に呼び戻して申し訳ない」
「気にするな、惟冬殿。それで、軍の編成が終わったと聞いたんだが……」
「その説明をするために、今は関係者を集めている。申し訳ないけど、もうしばらく待ってもらえるかな?」
「承知した」
どうやらまた少しだけ時間が出来たらしい。
この時間をどう活用しようか考えていると、惟冬は薫に視線を向けた。
「薫も、國久殿たちの出迎え、ご苦労様。町中を探し回るのは大変だっただろう」
「いいえっ。この宮代薫、若様のご命令を遂行する為なら、火の中でも水の中でも突き進む所存です!」
「……ありがとう、薫。そう言ってくれると凄く嬉しい。これからも頼りにしているよ」
「はいっ!」
頼りにしている……その言葉が心の底から嬉しかったのか、忠犬のように明るく答える薫を見て、惟冬は淡い微笑みを零す。
絶世の美男子である惟冬が浮かべたその表情は、世の女性が見れば思わず魅了されてしまうんじゃないかと思えるくらい、甘く蕩けるようなものだった。
そんな明らかに特別な相手に向けるような視線を薫に注ぐ惟冬を見て、俺は「やはりか……」と確信する。
(これは自明の理だ……これほどの黒髪美少女を、重度の黒髪フェチである惟冬が放っておくはずがない……!)
最早、言葉で直接確認するまでもない。前世でも【ドキ恋】で一番好きなキャラとして薫を推していたし、惟冬は薫に惚れているとみて間違いないだろう。
俺と違って前世からの付き合いがあるわけでもない、出会って数日しか経っていない雪那もその事に感付いているのだろう。隣を見てみると、興味深そうに二人を眺めていた。
「それでは、私は雪那殿下を迎賓館までお送りしてから戻ってきますね」
「うん、よろしく頼むよ」
当たり前の話だが、これといった戦闘訓練を受けていない雪那は、今回の天狗討伐戦に参加することは無い。
武功を誇ったり、事の経緯を民衆に説明したりする為に、後になって戦いの一部始終を公表するることが多いが、一応軍の作戦は全て機密扱いとなっている。幾ら婚約者である俺が援軍として討伐戦に参加するといっても、今回に限っては雪那は部外者。作戦会議が終わるまで、迎賓館で待機してもらう事になる。
「雪那殿下。良い機会ですし、迎賓館への道すがら、薫とお話しするのがよろしいかと」
「は、はい。私は構いませんよ」
「え? 若様? 何を言ってるんですか?」
「何って、そんなこと決まっているじゃないか」
不思議そうにしている薫に対し、惟冬がさも当然のように言う。
「華衆院家と勅使河原家は同盟を結ぶんだよ? だったら、両家の次期当主である僕たちの婚約者同士、交流を深めるのも大事な務めじゃないか」
雰囲気から察していたが、二人の仲はそこまで進んでいたのか! 惚れた女に婚約者という明確な立場を与えて、着実に結婚へと話を持っていく……俺も同じような手口を使ったけど、惟冬もやるもんだ。
やや遠回しだが、明確な好意を示す惟冬の言葉に、俺と雪那は同時に目を輝かせた……んだけど、当人の薫は、何故か呆れたような表情を浮かべた。
「何を言っているんですか、もう。そんな冗談に雪那殿下を巻き込むものではありません」
まるで子供の悪戯を咎めるように注意する薫に、惟冬は思いっきり苦虫を噛み潰したような顔をする。
え……? 待って。何これ? 一体どういうことなの?
「……冗談でも何でもないんだけど? 薫を僕の婚約者にするって、昔から言ってるよね?」
「はいはい、何時もの若様の冗談ですよね。昔から一日一回は聞かされてるんですから、騙されたりしませんよー」
殆どプロポーズと言ってもいいセリフを言う惟冬に、一切狼狽えることなく平然と返事をする薫。その様子には他意を一切感じられず、心の底からそう思っていそうだった。
「いや、だから冗談とかじゃなくて――――」
「あ、話し込んでしまって申し訳ありません、雪那殿下。今迎賓館までお送りいたしますね」
「……へ? あ、はい。よろしく、お願いします」
何かを言いかけた惟冬を置いて、雪那を先導してさっさと立ち去ってしまう薫。後にはピュ~と物寂しい風が吹きそうなオーラを出している惟冬と、それを眺めている事しか出来ない俺だけが取り残されていた。
「……えっと…………どういう事なの?」
「……そうだね……是非とも話を聞いてもらえると助かるかな。折角再会したのに、同盟やら天狗やらで忙しくて、その事を相談する暇もなかったし」
何時になく弱々しい態度の惟冬に俺は頷く。時間的にはまだ余裕があるし、俺たちは人気のない場所まで足を運び、腰を据えて話すことにした。
「まずは前提として、薫が勅使河原家に代々筆頭家老として仕えている家の出で、原作シナリオと違って親密な関係を築けているのは分かっていると思うんだけど……」
「それは理解している。問題なのは、遠回しとはいえ、どうして惟冬のプロポーズが冗談として捉えられているかって事なんだけど」
「……それには深いのか浅いのか、判断に困る理由があってね」
ポツリ、ポツリと語り始めた惟冬の言葉を整理すると、こうだ。
次期当主と筆頭家老の娘という事もあって、惟冬と薫はいわゆる幼馴染みという関係で、生まれた時から親しい間柄にあった。
生まれた時から前世の記憶を思い出し、それと一緒に黒髪フェチという性癖も引き継いだ惟冬は、子供の頃から将来有望すぎる美少女だった薫と何としてでも結婚したいと考え、行動していたらしい。
「転生者が当時はまだ幼女だった女と子供の頃から結婚する為に画策……光源氏計画って事?」
「言い方は凄く引っ掛かるけど、大体合ってるね。ただ光源氏と違って、肉体的には薫の方が一歳上で……それが事をややこしくしているんだよ」
更に詳しく話を聞いてみると、薫が惟冬と交流を持つようになったのは世話係としてらしく、子供の頃から今に至るまで、薫はそれはもう懸命に惟冬の世話を焼いているらしい。
そうすると、自分の方が年上という事も相まって、薫は何時しか惟冬の事を恋愛対象ではなく弟分として認識するようになったという。
「あれだけの美少女だから薫の周りには昔から男が大勢寄って来ていてね。早くモノにしないとBSS展開に突入しかねなかったから、焦って毎日のように求婚していたんだけど、今はそれが悔やまれる……! 元から子供扱いされていたのが気にはなっていたけど、まさか直球の告白も冗談扱いされるようになるなんて……!」
「お、おぉう……それは何というか、御気の毒に……」
どうやら惟冬は、自分を子供扱いしてくる相手に愛の言葉を安売りし過ぎたらしい。そのせいで折角のアプローチも本気として受け取ってもらえず、弟分という立場から脱却できずにいるようだ。
だとしても、あれだけ露骨な雰囲気を出していた惟冬が直球に好意を口にしても伝わらないなんて、薫は相当な鈍感だと思わざるを得ない。
「今にして思えば、転生者であることを隠すために子供っぽく振舞って薫に甘えてたのも悪手だった! アレさえなければ現状はもうちょっとマシだったかもなのに!」
「……そんなこと言って、実は好みの美少女に甘えるっていうシチュエーションを楽しんでたりしてたろ?」
「それに関しては否定しない!!」
「素直で大変よろしい」
まぁ惟冬がそうした理由もよく分かる。子供の頃から二十歳そこらの大人と同じような振る舞いをしてたら、大抵の人間は不気味に感じるだろうし、かく言う俺も昔は、人前では肉体年齢相応の振る舞いをしていた。
(と言っても、それが面倒とは不思議と感じなかったけどな)
多分だけど、精神年齢が肉体に引っ張られて若返っているからだと思う。そうでなかったら、前世では二十歳の男だった俺たちが、十三歳以下の少女たちに一目惚れとかするはずもない。……晴信という例外もいるけど、それは奴が死んでも治らないロリコンだからだし。
「ちなみに、薫の父親である勅使河原家の筆頭家老はなんて?」
「……薫本人から結婚の了承を得られたら、話を進めるって。主君としての権限をフル活用して無理矢理話を進めようとすれば婚約できるだろうけど、それは出来るだけしたくないし」
つまり反対もしなければ、口出しをするつもりもないという事か。俺と雪那の時とは状況からして違い過ぎるし、惟冬が慎重になるのも無理はない。筆頭家老との間に溝を作るような真似は惟冬としても避けたいだろうし。
「雪那殿下と上手くいってるらしい君に聞きたいんだけど……どうやったらあの鈍感女に僕の本気を伝えられると思う?」
目が笑っていない笑顔を浮かべながら低い声で問いかけてくる惟冬。その口ぶりから、日頃から好意をスルーされてきて相当鬱憤が溜まっているのが窺える。
そんな深刻そうな様子の惟冬を見て、俺も真剣に考え……そして答えを導き出す。
「惟冬……とりあえず、薫の唇を奪っちゃいなさい。友好の延長だと思われないよう、強烈なディープキスで」
「頭に脳みそが詰まっていないのか君はっ!?」
折角打開策を出してやったというのに、なんて失礼な奴なんだろう。
「そんなこと出来るわけないじゃん! 僕たちはちゃんと好意を伝えあった恋人同士でもなければ、名目上ですら婚約者同士って訳でもないんだよ!? そんな相手にキスするとか、絶対にドン引きされると思うんだけど!? 恋愛で脳みそが蕩けて耳から流れ出ちゃったの!?」
「いやいや、そうは言うけどな惟冬。薫はお前の事を仕えるべき主君兼恋愛対象外の可愛い弟分としてしか見てないんだろ? だったらその認識を粉砕するインパクトを与えないと、何時まで経っても子供扱いから脱却できんぞ」
「う……そう言われると、そうかもしれないけど……」
薫の様子を見る限り、惟冬に対して相当強固な認識を持っているみたいだし、少なくとも言葉だけでは気持ちは伝わらないだろう。
「まぁキスはやりすぎとしても、言葉に説得力を持たせるなら、まずは行動に移さない事にはどうにもならないだろ。そもそも好意を口にしただけで恋愛が成就するなら誰も苦労はしない。まずは自分がどれだけ本気なのか、それを言葉と行動で明確に示さない事には始まらないと俺は思う」
「行動で示す……か。確かに、僕のアプローチには言動が伴っていなかったかも。………ありがとう、参考になったよ」
「気にすんな。俺で良ければ、相談くらい何時でも乗ってやるよ」
――――――――――
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