黒髪ロング美少女、現る
さて、今回雪那をデートに誘い出すのにあたって、一つ問題がある。それはズバリ、今の状況下だと雪那がデートの誘いに応じてくれないという事だ。
現状、時間にある程度の猶予があり、華衆院家の人間に出来ることが殆どないとはいえ、領地に絶大な被害が出る危機的状況であるのには違いない。雪那の性格上、そんな時に暢気にデートに出かけてくれるかと言われれば、答えは否だ。
デートがしたいという発想に至った俺自身でも、そこら辺の事はばっちり考慮している。考慮した上で、デートがしたいと考えたのだ。
(だって仕方ないじゃん……! ただでさえここ最近忙しくて、雪那とまともにイチャつけてないんだから!)
元々連合関連で対応に追われてたし、行きの船じゃあ秋葉が乗り物酔いしたからそれどころじゃなかったし、勅使河原領に着いたら着いたで、とにかく話し合いやら取引やらでメッチャ忙しかった。折角両想いになれたというのに、中々二人の時間が取れないくらいにな。
(はっきり言って、このままだと天狗戦に向けて英気を養うどころの話じゃない……雪那分が不足し過ぎて弱体化しそうだ。早くどうにかしなければ……!)
これはむしろ、来たる戦いに向けて必要な事なのだ。もうね、雪那とイチャつけないことに禁断症状みたいな気分の悪さを感じるんだよ。
幸いにも、こうして時間に余裕が出来た。ならばこれを活用し、心に溜まった鬱憤を綺麗さっぱり晴らしてから戦いに赴く。これが今の俺に出来る最善だと断言できる。
「雪那、時間が余ったことだし、城下町の視察にでも行かないか? 華衆院領とは違った方向性で発展している城下は、今後の領地運営の参考になるかもしれん」
というわけで、俺は視察という名目を用意してデートに誘う事にした。普段なら堂々と「逢瀬しようぜ」と誘うんだが、真面目な性格をした雪那は今、少しでも何かやれることが無いかと手持ち無沙汰になっている。何時ものやり方では断られるのが明白だ。
しかし、そこに仕事という名目を与えて、本来の趣旨を隠しながら誘えば、了承を得るのは簡単だった。
「そうですね……このまま無為に過ごすよりも、華衆院領の発展に繋がる何かを探しに行った方が良いかもしれません」
ぶっちゃけ、今回は完全に私利私欲に走ってデートに誘っているが、そんな時でも愛する女の心を煩わせず、それでいて今現在の心境に沿った方便を用意する……俺の趣味ではないが、まぁこれも一つのデートの誘い方だろう。
(それに、名目として口にしたことは何一つ嘘は言っていないしな)
今しがた雪那に言ったことは全て本当の事でもある。元々、勅使河原領に来たからには城下町を視察しようとは考えていたのだ。だったらそれと並行して雪那とデートしようって訳だ。
正直に言って、視察をデートと同じ枠組みに入れてもいいのかどうかはちょっと疑問だけど、俺的には雪那と過ごせるなら何してても楽しいし、こうして二人で町を見て回るなら、それは十分デートと呼べるだろう。
(これぞまさに一石二鳥……時と状況が上手い事一致すれば、こうやってデート兼視察に誘うっていうのもありかもしれん)
そんなわけで、窮奇城に居る勅使河原家の家臣に一言断りを入れてから城下町へ降りた俺と雪那。
今の雪那の格好は、会見のような畏まった席の時と違って打掛姿というわけではないが、華衆院家次期当主の正室として、領地の外で活動するのに相応しい、落ち着いた上品な感じの柄の着物に、動きやすさも考慮した袴を合わせた、この国における女性用のビジネススーツみたいな感じの着物だ。
いつもの鮮やかなデザインの着物も良いが、こういう雰囲気を引き締めるような柄の着物もまた似合う。
「ところで、案内人の手配などをしなくても大丈夫なのでしょうか? 初めて来た町なので、道に迷わないか少し心配ですし」
「そっちは問題ない。事前に人をやって勅使河原領を調べた時、城下の町並みに関しても調べさせててな。視察しようと思ってる場所に関しては、全部頭の中に入ってるんだよ」
そうでなければ、最初っからデートに誘うような真似はしない。エスコート中に道に迷うとか最高にダサいし。岩の大船を停めている場所から窮奇城に戻るまでの道中で、軽く道順も確認しておいたし。
まぁどこの領地でも同じなんだけど、城下町の町並みっていうのは道に迷い難く整備されている。よっぽどの方向音痴でもない限り、道に迷う事なんてまず無いんだけどな。
「それじゃあ、行くとするか」
「はいっ」
俺は雪那と歩調を合わせるよう、ゆっくりと歩きながら、頭の中で最適なルートを叩き出し、それに沿って雪那を先導する。
改めて歩く城下町の大通りには、魔道具工房がズラリと立ち並び、その店頭では様々な魔道具の実演販売が行われていた。
「凄い数の工房ですね……まさに職人の町といった光景です」
「他の領地だとこんな町はそうそう作れないしな。魔道具産業で栄えている勅使河原領ならではって感じだ」
「それに見てください。こうして店頭に並んでいる魔道具は、どれも見たことが無い物ばかり……! あれなど一体、どのような魔道具なのでしょう?」
興味深そうに目を輝かせる雪那の様子を楽しみながら、俺も辺りを見渡す。
勅使河原領の城下は職人街という一面が強いんだが、中でも一番の特徴と言えば、この町に立ち寄った商人やら観光客に向けて、新作魔道具を実演販売することで各工房の技術力をPRしているというところだろう。
そうすることで集客効果を上げるだけでなく、集まってきた人間と会話し、世間ではどんな魔道具が求められているのか、それをリサーチしてるって訳だ。
(ここ数年、画期的な魔道具は開発されていないしな。職人たちも躍起になってるんだろう)
当たり前の話だが、魔道具を開発するのも、それを量産するのにも金がかかる。だからこの町の職人たちは、貴族や商人をパトロンにしたくて、物珍しかったり、万人受けしそうな魔道具を作ったり、とにかくあの手この手で大勢の人間の目に留まろうと躍起になっているってわけだ。
そういう意味では、この町の職人たちの商魂は、うちの領地の商人たちと同じくらい逞しいのかもしれない。
「なぁ、あれ見てみろよ。変なのが置いてるぞ」
そんな中、俺たちの目を引いたのは、
「これは随分と変わった意匠ですね……どうやらこの魔道具に手で触れた状態で嘘を吐くと、音が鳴る仕組みみたいですが……」
「見た目は完全に職人の遊びが入ってるよな。何だこの間抜け面」
嘘に反応するおっさんの頭……和風版真実の口か何かか?
「でもこれは非常に有用ではないでしょうか? 昔から、犯罪が起こった時に噓の証言が飛び交う事が多いですし、この魔道具があれば町奉行所も非常に助かると思うのですが」
「さて……そいつはどうかな」
前世でも似たようなグッズがあったけど、あれは使用者の脈拍から嘘かどうかを判別するっていう、信憑性に欠ける奴だった。販売員に話を聞いてみたところ、このおっさん型魔道具も同じような原理で嘘を判別しているらしいし、司法の場で使うには怖い。
……折角だし、ちょいと試してみるか。
「雪那、ちょいとこの魔道具持ってみて」
俺はおっさん型魔道具を手渡すと、雪那は戸惑いながらもそれを両手で受け取る。
「あ、あの……國久……きゃあっ!?」
そして俺はそのまま雪那を抱き寄せ、両腕と胸板ですっぽりと閉じ込めた。
その瞬間、雪那の顔は真っ赤に染まり、おっさん型魔道具はピーピーとひっきりなしに音を鳴らし始める。
「く、くくくく國久様!? なな、何をするのですかぁ!?」
「何って、その魔道具の有用性を確かめてるんだよ。町奉行所で使うなら、本当に嘘を吐いた時にだけ鳴るのかどうかをちゃんと確かめないとだろ?」
まぁ結果は御覧のあり様。このように動揺してしまえば、嘘を吐いているかいないかに関係なく音が鳴るようじゃ、証拠能力はないな。
そんな事をしていると、店内にいた人間は勿論のこと、外に居た連中も何事かと俺たちに視線を向けてきた。
「あ、あわわわわ……! く、國久様……! ひ、人が……人が見ていますからっ! は、離してくださいっ!」
「何を恥ずかしがることがある? 俺はあくまで、この魔道具が使い物になるかどうかの確認をしてるだけだぞ? これは視察の一環、いわば仕事だ。何一つやましい事なんてしていないんだから、堂々としてろって」
「むむ、無理です……! こんな、人が大勢いる中で堂々となんて……! というか國久様、私を揶揄って楽しんでいませんか!?」
「さて、何の事かな? ……まぁこんな風に一々反応してくれる雪那は、本当に可愛いと思っているけど」
「かわ……っ!? ~~~~……! も、もうっ! もうっ!!」
口では色々と言いつつも、雪那が抵抗しないのを良いことに、俺は存分に柔らかく華奢な体を抱きしめて、雪那分を補給するのだった。
=====
「も、もうこの町を歩けません……!」
カァ、カァと烏が鳴き始めた夕焼けに染まる城下を一望できる高台で、雪那は夕日にも負けないくらいに赤く染まった顔を両手で隠しながら蹲っていた。
あれから、俺は隙を見ては雪那とのスキンシップを図り、それに対して雪那が右往左往するのを繰り返すという、楽しい楽しい視察を順調に終わらせることが出来、そのおかげで俺の英気は十二分なくらいに養う事に成功。
気分的には鉱山を守りながら天狗を百匹くらい仕留められそうだ。
「うぅ……もしかして、視察というのは建前で、本当はその……あぁ言う事をするのが目的だったのでは……?」
「何を言うんだ。視察だって、ちゃんとこなしてただろ?」
どこか恨めしそうに見上げてくる雪那に、俺は持参した手帳を見せる。
これでも雪那とイチャつくのと並行して、勅使河原領の城下町の利点や欠点、参考になるところとかをしっかり纏めておいたのだ。
「全くもう……國久様は、本当に困った人です」
その甲斐もあって、雪那もこれ以上の恨み節を口にすることは無かった。……それどころか、割と嬉しそうにしているのは俺の自惚れではないだろう。
「ここは良い町ですね。華衆院領や西園寺領と同じように、領主と臣民が強く結びついているのが感じ取れました」
橙色に染まる城下町を見下ろしながら、噛み締めるように呟く雪那。その横顔は、胸が締め付けられてしまいそうなくらい、神秘的な美しさを放っていた。
(……この表情を曇らせないためにも、天狗との戦いは絶対に勝たないとな)
改めてそう決意していると、雪那は俺の方に振り返る。
「……國久様。私は今の帝国を取り巻く情勢に対し、華衆院家次期当主の正室として、龍印を宿した者としてどう向き合うべきか、それをずっと考えてきました。今はまだ草案の段階でしかないのですが……聞いてもらえませんか?」
何時になく真剣な表情の雪那。当然断る理由が無い俺は頷き、静かに雪那の言葉に耳を傾ける。語られた内容は、正直に言って驚かされるものだった。
「場合によっては龍印を公表する事も視野に入れて動くって……本気か?」
雪那の話を端的に纏めれば、俺が出来る限り隠し通してきた最大の秘密を守るという選択肢を、状況次第では排除するという事だった。
公表すれば大きな箔を得ると同時に、ありとあらゆる危険が巻き起こる。俺からすればメリットとデメリットが釣り合っていないので、基本的には秘密を守る為以外には口外しなかった。
「そんなことをすればお前は……」
「はい……より多くの人から狙われるでしょう。その事はよく理解できます。ですが國久様は、この秘密を守るために並々ならぬ労力を割いてくださっていますね。今回の通信魔道具に関する会見でも、長い時間をかけて龍印の存在を誤魔化せるように手配してくださいました。その事はとても嬉しく思いますが……私はただ守られるだけではなく、貴方の妻になる者として、貴方に頼られる人間になりたいのです」
それから、雪那は立て続けにこう言った。夫婦は本来対等であるべきもの。妻となるからには俺の足枷になるつもりなど毛頭なく、持ち得る全ての力を使って俺の支えになりたい。その為に龍印の公表に迫られるなら、自分に迫ってくる苦難を自分で退けられるようになりたいのだと。
……まったく、そんなことを言われたら反論も出来なくなるじゃないか。
「正直、簡単には頷きたくない話ではあるが……俺の為なんて言われたら、頷くしかないな」
「それでは……!」
「勿論、何の根回しも準備もなく公表する気はないし、そもそも公表されないに越したことは無いと今でも思ってるが、これから起こるであろう内乱を、一緒に戦ってくれるなら、こんなにありがたいことは無い」
夫婦は対等であるべし。俺だってその事を理解しているつもりだったが、雪那を守らなきゃいけないっていう意識が強すぎて、共に並び立つという選択肢を無意識の内に排除してしまっていたのかもしれない。
「これからも俺が守るのに変わりはないが、もしその時が来れば、雪那が俺を守ってくれ。頼りにしてるからさ」
「……はいっ!」
そんな事を話し合っていると、俺たちが今いる高台に強い魔力の持ち主が近づいてくるのを感じた。
俺は少し警戒しながら魔力を練り上げ、俺たちの元に現れた人間の姿を視界に捉える。そいつは、輝くような艶を放つ見事な黒髪を持つ、前世で画面越しに見た覚えのある美少女だった。
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諸事情(溜まりに溜まった積みゲーの消化やその他)の為、しばらくの間投稿頻度を二日に一回程度に落とします。小説以外の色んな作品に触れ、より良い作品を作るの為でもありますので、読者の皆様にはご了承お願いいたします
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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