日緋色金の価値と天狗退治対策


 惟冬と話し合った数日後。予定していた通りに行われた、両家の家臣たちを交えた勅使河原家との会見は、波乱を見せながらも何とか無事に終了した。

 通信魔道具に関することは、事前に取り決めていたから、後はもう正式な契約書を交わす程度だったんだけど、そこから引き続き追加で行った、魔石が採掘される鉱山に棲み着いた天狗退治に関する事には、両家の家臣団から結構な反発があったのだ。

 理由はまぁ大体予想の通り、自領の問題に他所の次期領主を巻き込むことへの抵抗や、お互いに一粒種の跡取りであるから、危険を冒してほしくないといったことが理由である。


(特に勅使河原家側は、惟冬が天狗退治に自ら打って出ることを、本気で止めに掛かってたからな)


 幾ら領主の武勇が尊ばれる国柄でも、その跡取りがたった一人しかいなければ家臣たちも慎重にならざるを得ない。

 一人しかいない次期当主として危険は避けろって家臣から言われているのは俺も同じだけど、土蜘蛛の時とか大太法師の時とか、既に結構な無茶をしている俺に対して華衆院家の家臣たちは諦めムードがあったんだけど、勅使河原家の家臣たちは結構粘ったから、話が纏まるのに時間がかかった。


(惟冬がもっと早い段階で、自分で天狗退治に出なかった理由も、その辺りの事が関係してるみたいだな)


 幾ら天狗の討伐が急務であり、それが出来るだけの実力が惟冬に備わっていたとしても、たった一人しかいない勅使河原家の後継ぎであり、大切な主君をむざむざと危険に晒したくないという家臣たちの声を振り切るのは、そうそう出来る事じゃない。

 例え惟冬が出陣するとしても、相応の準備がしたかったところだろう。


(まぁ次期当主同士が裏で示し合わせて動いたから、最終的には家臣たちも頷くしかなかったんだけどな)


 会見やら会議やらは、事前の取り決めや根回しで九割が決まる。仮にも両家の当主同士で話を夜通しで纏め、最速で出来る限りの根回しをした以上、家臣の身では止めきれなかったという訳だ。

 

(採掘活動を何時までも止めているわけはいかないってことは家臣たちも理解してたし、大太法師の時とは違ってちゃんと軍を率いていくって言ったら、最終的には納得してたみたいだしな)


 ていうか、流石に俺たちも二人だけで鉱山に乗り込み、妖魔退治をしようとは思っていない。

 家臣には家臣の道理っていうのがある。主君が戦地に赴くなら、誰かしら絶対に付いて来るもんだ。だったら、最初っから戦力として組み込んだ方が良い。実際、そっちの方が圧倒的に楽だし。


(それにしても……惟冬は家臣たちから相当慕われてるみたいだな) 


 俺は正式に話が決まった後で、勅使河原家の家臣団から「惟冬様の事をよろしくお願いします」と頭を下げられたことを思い出す。

 勿論、連中は俺に頼らず、自分たちの力で惟冬を守り、支える腹積もりではあるんだろう。しかし戦場では何が起こるか分からない……いざという時の為に、俺に言い含めておきたいという、忠誠心による打算を感じ取った。


(惟冬たちの間にどんな事があったのかまでは分からないけど……少なくとも、家臣が自発的に動きたくなるような主君ではあるみたいだ)


 惟冬の武勇に関する話はあまり聞かなかったけど、実はここ数年間の間で既存の魔道具の品質が飛躍的に向上していて、それを齎したのは惟冬だという話はよく耳にしていた。

 この世界の魔道具や魔術は、転生者に現代知識チートをさせないと言わんばかりに発展している。下手な魔道具を作ったって、既存の魔道具の劣化品にしかならないくらいだ。

 そんな中、惟冬はコスパを追求し、既存の魔道具をより品質良く、より簡単に、より安く、より多く生み出せるように注力し、勅使河原領の財政を大きく助けたと聞く。


(そんな惟冬が主導で行っているのが、日緋色金の製法の復活って訳だ)


 ファンタジー世界にありきたりな話だけど、この国には既存の魔術や魔道具では製造不可能と言われる、伝説の武器やら魔道具やらが存在している。

 俺が見てきた物だと、鬼切丸や天魔鏡なんかがそうだ。あれらは全て日緋色金という合金を主材料にしていて、今の魔導技術では再現不可能な代物らしい。何でも、魔道具に組み込まれた術式は解析できても、日緋色金を使わずに作ったら、正常に機能しないんだとか。


(しかし逆に言えば、日緋色金さえあれば今まで作れなかったような魔道具も作れるようになるってわけだ)


 日緋色金の生成は、俺たち転生者に更なる武力、財力、技術力を与えることになるだろう。……そして、惟冬は少量ではあるけど、日緋色金の生成をすでに成功させている。各方面からの支援があれば、量産の目途も立つのだとか。  


(歴史上、日緋色金は魔術の開祖だけが作り出せ、開祖が死んだ後は誰も作れなくなった合金を現代に復活……何ともロマンと実益のある話じゃないか)


 そんな魔道具産業に革命を起こしうる日緋色金を、華衆院家が優先的に取引できる。これに乗っからない手はない。通信魔道具もより高性能な仕上がりに出来るかもだしな。


(その為には、鉱山を守りながら天狗を倒さないとな)


 ここで問題となってくるのが、天狗との戦いでは【岩塞龍】のような大規模な地属性魔術は使えないという事だ。

 地面を広範囲にわたって操る【岩塞龍】は、使う場所を配慮しないと建物や山を崩す恐れがある魔術だし、坑道を守るための戦いでは使用できない。そもそも、坑道の保全に集中しないといけないから、【岩塞龍】みたいな大規模魔術を使う余裕が無いのだ。


(だが……俺だって質量で圧し潰す戦法だけを磨いてきたわけじゃない)


 屋内で戦闘になった時や、周囲を巻き込めない状況の時とかを想定し、準備と実践を積み重ねてきた。その成果を天狗を相手に証明するために、俺は岩の大船を停めている空き地までやって来て、日課の訓練がてらに対天狗用の魔術を考察していた。


(天狗と戦う時、俺は基本的にサポート役になるだろうけど、俺が直接戦う状況だって十分考えられるしな)


 そうなった時の事を想像しながら、俺は懐から鉄製の釘が数十本ほど入った木箱を取り出し、地属性魔術を発動。すると、数本の鉄の釘が独りでに浮かび上がり、帯電しながら回転……そのまま同時に射出されて、標的となっていた岩に深々と食い込んだ。その威力は、下手な銃火器よりも上だろう。

 これは【鳴神之槍】の威力を落とし、その分連射性を高めた魔術だ。アホほど体のデカい妖魔には急所に当てないと効果は薄いが、人間並みの大きさの天狗にならどこに当たっても有効打になるだろう。


(他にも、小規模なら地面を操って岩の弾丸を飛ばしたり壁を作ったりもできるけど、天狗相手に遠距離攻撃は相性が悪いんだよな)


 地球の伝承に登場する天狗もそうなんだけど、この世界の天狗も風を操る怪物だ。中には小規模な城なら吹き飛ばしてしまうほど強力な風を起こす個体もいる。

 遠距離攻撃っていうのは得てして風の影響を受けやすいものだ。鉱物を自在に動かすことが出来る俺でも、天狗が巻き起こす風の中じゃコントロールがブレるかもしれない。


(となると、必要なのは地に足を付けたブレない攻撃と防御だな)


 防御に関してはどうとでもなる。例え城を吹き飛ばす風を吹かせても、鉱物の形状を即座に操れる俺なら、壊れても瞬時に修復される壁を地面から生やすことが出来るから。

 問題は攻撃だ。天狗は素早く空を飛ぶ妖魔で、頭も良くて慎重だから、下手な地属性魔術はまず当たらない。ダメージソースを惟冬に期待するにしても、俺が天狗に対する攻撃手段を一切持たないのは問題だろう。


(聞いたところによると、俺も惟冬も燐みたいに暗殺が得意な魔術師って訳じゃないからな)


 さてどうしたものかと悩んでいると、ふと俺の視界にある物が映り込む。

【鳴神之槍】を発動する時に使う、巨大な四方形の鉄塊だ。何らかのアイデアが閃く切っ掛けになるかと思って、岩の大船から持って降りてきたんだけど……その目論見は功を奏し、俺はあることを閃く。


「そうだ……! こういう魔術を使えば、天狗との戦いで役に立つかも……!」


 俺は早速、考察と実践を繰り返し……数時間後、無事に新魔術の開発に成功した。

 後は急ピッチで行われている、勅使河原軍の編成を待つだけになった。


(さて……思いの外時間が出来てしまった訳だが、この時間をどう使うべきか)


 正直に言って、華衆院家領の人間である俺が、この勅使河原領で出来る事なんて限られている。討伐軍の采配に口出しできる立場でもないし、天狗との戦いでも俺は基本的に惟冬の指示に従って動くことになるだろう。

 一応、勅使河原家と結ぶ取引関係の仕事もあったけど、そんなものはこの領地に来てからの数日で既に終わらせてしまった。今の俺たちは、時間に余裕があるのだ。


「となればやることは一つ……帝国一の魔道具生産地である勅使河原領の城下町、華衆院領とは違った意味で目新しい物が数多く存在している場所で、雪那と観光デートをするしかない!」


 俺もまだちゃんと見て回ってはいないんだけど、数多くの職人が日夜魔道具開発のための研究に勤しんでいる勅使河原領の城下町では、試作品のお披露目も兼ねて、華衆院領でも見られない嗜好品としての魔道具が数多く存在しているという。

 

(若者同士の恋愛には、時に目新しい刺激が必要だと聞く……そういう意味では、この勅使河原領の城下町もデートスポットしては最適だ……!)


 どんな時でも余裕をもって過ごすのが人生を豊かに過ごすコツだと俺は考えている。大仕事の前だからこそ、心身を癒すために英気を養う必要があるわけだ。そしてその英気を養う方法が、俺にとって雪那と過ごす時間なのである。

 そうと決まれば話は早い。俺は思い立ったが吉日と言わんばかりに、窮奇城の迎賓館に居るであろう雪那をデートに誘いに行くのであった。

 

 

――――――――――


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