勅使河原領の問題と、究極の貴金属
とは言っても、俺たちがこの世界に転生した理由だとか原因だとか、そういう事は今考えても仕方のない話。手がかりも無ければ、差し迫った問題もない以上、そこら辺の事は後に回すとして……今は目の前の問題が優先である。
「それで話は変わるんだけど、勅使河原家が保有する鉱山で問題が起こっているって本当か?」
「あぁ、知ってたんだ」
「他所の領地の内情を探るのは、領主として当たり前だからな。お前だって、華衆院領の事を調べてたりしてただろ?」
「まぁね」
惟冬は苦笑しながら肩を竦める。
「初めは近隣の土地を治める大貴族の次期当主たちが急激に力を付けていて、勅使河原家も負けじと成長しないとって思ってたくらいだったんだけど……九ヶ月くらい前かな? ある日突然【ドキ恋】の事を思い出して、僕を含む四人の小悪党キャラ達が皆、原作とは全く違う事をしているって気付いたんだ。だから今回は僕に会いに来てくれて助かったよ……接触するべきかどうかを判断するには、情報が不足していたし」
「ちょい待ち。九ヶ月前に【ドキ恋】のシナリオを思い出したのか?」
「そうだけど……それがどうしたの?」
俺は、俺自身と晴信や惟冬が原作シナリオを思い出したタイミングに関して伝えた。俺は生まれ変わった時から【ドキ恋】に関する記憶を保持していたけど、晴信と惟冬はほぼ同じタイミングで記憶が戻ったらしい。
「うーん……それはちょっと偶然とは考え難いね」
「だろ? 何か理由があるのかもだけど……まぁこれに関しても今は考えるだけ意味はないし、話を戻すとして…………鉱山に妖魔が大量発生したって騒ぎになってたけど、実際のところはどうなんだ?」
「どうもなにも、ご明察の通りだよ。おかげでこっちは本当に困ってる」
魔道具産業として有名な勅使河原家だけど、その産業を支えているのは領内に存在している、豊富な資源が眠っている巨大な鉱山だ。
帝国でも内陸に位置するこの地には多岐に渡って使用される鉄鉱石が大量に採掘され、それが勅使河原家の主だった財源になっているんだが……勅使河原家を帝国随一の魔道具生産地に押し上げる理由は別にある。
「それで……魔石の採掘場所は? 無事なのか?」
「残念ながら、そっちに妖魔が棲み着いてる」
「あっちゃあ……」
俺は額に手を当てて、天井を仰いだ。
魔道具というのは魔力を持続的に注いでおかなければ動き続けられない物だ。例えば、今では当たり前のように風呂場とかで使われている湯を生み出す魔道具。これを使って湯船に湯を張ろうとすると、魔力を注ぐ人間は湯船が満たされるまでの間、その魔道具に触れた状態でずっと魔力を注ぎ続けなきゃいけない。
(他にも、部屋に明かりを灯す魔道具や食品を冷蔵する魔道具みたいな、最早暮らしに欠かせない魔道具はどれも、常に魔力を注がないと動かないっていう弱点があるからな)
魔石というのは、そんな魔道具が抱える問題を解決する、天然のバッテリーみたいな鉱石だ。
外見はうっすらと紫がかった水晶みたいな物なんだけど、指先ほどの大きさでも大量の魔力を吸収し、溜め込む性質を持っていて、専用の術式が組み込まれた魔道具にセットすることで、溜め込んだ魔力を時間を掛けながらゆっくり放出し、数百時間も魔道具を稼働させ続けることが出来る。
魔石とは、魔道具産業にはなくてはならない存在なのだ。
(それだけじゃない。魔石は溜め込んだ魔力が空になっても、魔力を注げばそれを再び溜め込む性質を併せ持っている)
例えるなら、充電用コードが付属されているバッテリーみたいなものだと思ってもらえればいい。そんな奇跡みたいな鉱物が、この魔術全盛の時代に需要が無い訳がないのだ。
(勅使河原領は、鉄鉱石の採掘量だけじゃなく、魔石の採掘量でも帝国随一を誇るからな……そんな魔石の採掘場に、妖魔が棲み着いたのは痛い)
とはいっても、郊外で活動する上で妖魔の危険性は何時だって付きまとう。三年前、俺が研究用の農地を開墾する為に大量の土を確保しに行った時も妖魔に襲われたし、勅使河原家だって今回みたいに鉱山に妖魔が住み着いたことだって初めてじゃないはずだ。
本来なら、鉱山に妖魔が棲み着かないように対策をしているだろうし、仮に棲み着かれても早期に解決しているはず。なのに俺たちがこの領地にやってくるまで、妖魔が討伐されている様子が無いという事は……。
「察するに、棲み着いた妖魔が手強いってところか?」
「正解。何度か討伐隊を派遣してはいるけど、かなり手を焼かされてるんだ」
ままならない現状を憂いて、惟冬は深々と溜息を吐く。
「うちの兵士たちが悪いわけじゃない。彼らは本当によくやってくれている……でも、勅使河原領でも主要な鉱山が戦場になっているというのが、どうもね」
その言葉を聞いて、俺も納得した。
勅使河原家は昔から、坑道の開通に莫大な資金を投じてきた。鉄鉱石や魔石はそれだけの価値があるからな。
そうやって掘り進めた坑道は、勅使河原家にとっては金の卵を産む鶏みたいなものなんだろうが、今その坑道が崩落しかねない危機に直面している。
「戦う妖魔が強ければ強いほど戦闘は激化し、折角の坑道が崩れたら、苦労して妖魔を倒した意味がなくなっちまうからな。そりゃ兵士たちも戦い難い事だろうよ」
「しかもそんな戦いに出向くように命じているのは、他でもない僕だからね。坑道を守れという言いつけを忠実に守った上で撤退した兵士たちを、責めることは出来ないさ」
魔術師の戦いというのは色んな意味で派手になりがちだ。特に倒すべき敵が強ければ強いほど、高威力・広範囲の魔術が求められる。しかしそんな魔術を鉱山で使えば坑道が崩落してしまう……そうなってしまっては意味が無い。
「それで、敵の妖魔の正体は分かっているのか?」
「天狗だよ、天狗。そいつが大量の妖魔を仲間にして、鉱山に引き籠ってるんだ」
「あぁ、なるほど。確かにそれは苦戦するわな」
この世界における天狗というのは、妖魔の中でも非常に危険な種類の内の一つで、体のサイズこそ人並みだけど、その分莫大な魔力を保有しており、それを駆使して様々な術を使うことが出来る強敵だ。
その上知能にも優れているため、他の妖魔を従えて行動する事もあるんだが……ただ群れる事のみに留まらないのが、天狗の恐ろしいところだ。
「多分……というか間違いなく、件の天狗は僕たちが鉱山を大事にしていることに感付いていて、その上で鉱山を根城にしている。そこに居れば人間たちは満足に戦えないと知っているんだ」
言葉は通じない筈なのに、他種族であっても行動を観察し、戦略を練ることが出来る知能の高さ。それこそが単体の強さ以上に天狗が恐ろしいと呼ばれる理由だ。
「不幸中の幸いと言うべきか、天狗が棲み着いたのは必要な量の魔石を採掘し終わって、鉱員たちに長期休暇を与えた時の事だったから、腰を据えて天狗の討伐をしようとしてたんだけど、坑道惜しさに慎重になり過ぎた。こうして同盟を持ち掛けられた以上、もう天狗一匹に何時までも労力を掛けてはいられない。近日中に、僕自らが打って出るつもりだ」
「惟冬が自ら? 大丈夫なのか? 天狗は強いぞ」
あくまでも原作での話だが、勅使河原惟冬は戦いが得意なキャラではない。
地位と権力、財力を悪用して人を脅し、好きなように操って、自分は何もせずに高みの見物をするような下種キャラであり、最後には主人公である刀夜に満足な抵抗も出来ず、呆気なくやられてしまう……そんな雑魚キャラだったはずだ。
しかし、今目の前に居る惟冬は虚勢でも何でもない、至って平静な様子で笑みを浮かべる。
「大丈夫。これでも危険な異世界ファンタジー世界に転生して長いからね。もしもの時に備えて自分を鍛えてきたし……天狗が相手でも何とかなるさ」
……確かに。惟冬は前世から出来もしないことを真面目な場面で言うような奴じゃなかったな。
それに、こいつがどれほどの実力を持った魔術師なのかは詳しくは分からないが、それでも武勇を称える噂話は俺の耳にも届いている。勝算があるのは確かなんだろう。
(それでも、坑道が崩落する危険に関しては、一切口にはしないのな)
十八年越しだが、惟冬とは前世からの長い付き合いだ。考えている事なんて、何となくだが理解できる。
恐らく、惟冬は坑道が崩落するのも覚悟の上なんだろう。今はとにかく元凶である妖魔を排除し、その後で埋まった坑道を掘り直すつもりだ。
確かに何時までも天狗に煩わされて、魔石の採掘が止まるくらいならいっそのこと、坑道を掘り直すリスクを負った方が良いかもしれないが……ここは、俺が助け舟を出すところだろう。
「だったら、その天狗退治に俺を同行させてみないか?」
俺の地属性魔術なら、坑道を保全しながら天狗と戦うことが出来る。
勿論、魔術の影響が及ぶ範囲の問題があるので、惟冬と共に天狗と戦いながら、攻撃に応じてその都度地面を操る必要があるが……それが出来る自信が、俺にはある。
「……いいのかい? そうしてくれれば本当に助かるけど、今の君は華衆院家の次期当主殿だ。幾ら前世からの友人とはいえ、そんな君を自領の問題に巻き込むのは……」
「確かに、前世からのよしみで提案した事でもあるけど、同時に華衆院家次期当主としての提案でもある」
私情を抜きにし、華衆院領のトップに立つ者として考えても、魔石の採掘が長期間ストップされるのは非常に困る。
今はそこまで大きな影響は出ていないようだが、このままでは近い内に必ず帝国中の魔道具産業に大混乱が起こるだろうし、通信魔道具の開発も出来なくなるのだ。華衆院家次期当主として、このまま放っておくことは出来ない。
「だから遠慮なく俺を頼れ。これから同盟を組むんだし、逆に俺が困るような事が起きれば、今回の借りを返してもらうからよ」
「…………ありがとう。帝国中に勇名を轟かせる君の力を借りられるなら、こんなに心強いことは無い。どうか今回ばかりは、力を貸してほしい」
そう言って両膝に手を付け、深々と頭を下げる惟冬。
「でもそうなると、天狗退治に貢献する事に対する謝礼が必要になるね。何をすれば恩を返せるのか……」
悩ましそうに眉根を寄せた惟冬は、少しの間思い悩むように呻っていると、やがて何かを閃いたかのように顔を上げた。
「そうだ……! 國久、君は
その言葉を聞いて、俺は思わず目を瞠った。
それもそのはず。日緋色金とは、西洋ファンタジー作品に頻繁に登場するオリハルコンに匹敵する代物であり、大和帝国では既に製法が失われた、究極の魔術媒介とも呼ばれる貴金属の事だからだ。
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