勅使河原惟冬の推察


 晴信の時に引き続き、時空を超えての再会の挨拶とは思えないやり取りをした俺に対し、惟冬はバッと手を前にかざし、慌てたような表情で口を開いた。


「ちょっと待って!? その言い方には語弊がある! 僕はね、あくまでも髪フェチなんだ。黒髪だけに拘らず、ありとあらゆる色の髪を愛でている……まるで黒髪以外は受け付けない、狭量な男みたいに言うのは止めてもらおうか!」

「でもお前、好きになるキャラは皆黒髪ロングばっかりだし」

「……確かに、髪が綺麗なキャラと言えば黒髪ロングみたいなところはあるよ? でもそれ以外のキャラだってちゃんと好きになってるからね?」

「……割合的にはどのくらい?」

「…………黒髪ロングがメインキャラとして出てくる百作品中、一作くらいは黒髪ロング以外が好きになった記憶がある」

「やっぱり黒髪ロング愛好会会長じゃねぇかぁあああああああっ!!」


 前世の親友の一人である森野……コイツを語る上で欠かせない事といえば、猛烈な黒髪フェチであるという事だ。

 本人は色に拘りを持たない髪フェチだと言い張っているけど、好き好んで買い集めているラノベや漫画のヒロインは決まって黒髪ロングだし、当人がどんなに言い繕おうと、好みの髪色に関しては相当狭量だと思わざるを得ない……!


「そういう君の正体は北川だろう!? そっちの方こそ、性癖は死んでも治っていないようじゃないか! 雪那殿下と直接挨拶して思ったけど、完全に君のストライクゾーンど真ん中だったし!」

「そうだよ。それがどうしたって言うんだ?」

「ひ、開き直った!? 前世じゃあ、性癖を突いたら多少は怯んでいたのに……!」


 反撃に出ようとしたところを俺に出鼻を挫かれ、体を後ろに反らしてたじろぐ惟冬。


「当たり前だ……俺はこの世界で身も心も生まれ変わり、世界一のスパダリになって雪那と幸せ結婚生活を送る男。そんな俺が、惚れた女への愛を誤魔化して何になるって言うんだ? 恥ずかしくて好きな女に悪態をつくような小学生男子みたいな真似せんわ」

「くっ……! この堂々とした態度……確かに、僕の知っている北川とは一線を画するようだね……!」


 ラブコメ作品とかでも、主人公が好意を持っているヒロインに対して恥ずかしさのあまりに悪態をつき、仲違いしてしまうという展開が良くあるが、そんなもん現実でやっても面倒なだけだ。本当に愛する女を想うなら、当人がこの場に居ようが居まいが陰口のような事は言わず、愛情表現を出し惜しみしない……それが本当の意味で出来た男というものだ。 


「……ていうか、折角イケメンに転生したんだから、色恋には積極的にならないと勿体ないだろ」

「それに関しては完全に同意する……そういう思考回路は前世と変わっていないようで安心したよ」

「それはこっちのセリフだ……お前は転生しても相変わらずみたいで、なんか安心した」


 話せば話すほど、目の前に居る金髪貴公子風イケメンの正体が、俺が良く知っている友人そのものであると思い知らされる。晴信と違って話し方にも大きな変化はないし、世界を超え、十八年の時を経ても変わらないノリで話せることに、俺は思わず涙が出そうになった。


「とりあえず、乾杯といかないか? お前ももう、十八になったんだろ?」

「あぁ……そうだね」


 俺たちは向かい合い、互いの盃に酒を注ぎ合う。


「それじゃあ、世界を超えての再会に」

「僕たちの変わらない友情に」

「「乾杯」」 


   =====


「それじゃあ何!? 山本のロリコンは死んでも治ってなかったどころか悪化してたの!?」

「あぁ……前世じゃあYESロリータNOタッチを念頭に置いてたが、躊躇する理由を無くした今の奴は本気だ。本気でロリっ子を嫁にしようとしている……しかも正室待遇で」

「……前世じゃあ「君が警察に捕まったら何時かやるとは思っていました」って言っておくね」みたいな冗談をよく口にしていたけど……ついに行動に移しちゃったのか。相手が合法ロリだからまだ安心できるけど……」


 酒を酌み交わし、肴をつまみながら、募るに募った話を消化していく俺と惟冬。そうなると、必然的に話題はこの場に居ないもう一人の親友、山本の転生先である晴信についてになった。


「……とりあえず、晴信の恋路の主な障壁は身分差だな。現実的に考えて、名門である西園寺家に嫁入りするには忍者という身分では反発がデカすぎる。だから今のところ一番確実な手段は、華衆院家で燐を養子として迎え入れるってことだな」

「いいね。今のご時世、政略結婚の為に容姿が整った平民を養子として迎え入れる貴族も珍しくはないし、名門である華衆院家の家格があれば血筋のハンデくらい補えるし、同盟をより強固なものにも出来るって訳だしね」

「この事は雪那にも話して賛成を得られたしな。このまま何事も無ければ、燐を華衆院家の養女に出来ると思う。そうすれば対外的な問題は解決だ」

「もしも華衆院家で養子に出来ないような問題が起これば、その時は勅使河原家に話を持ってきてよ。こっちでも力になるからさ」

「あぁ、その時はよろしく頼む」

 

 ……そう言えば、燐を養子にする話を雪那にした時、彼女は反対するどころかやけに乗り気だったな。

 どんなやり取りがあったのかは知らないけど、雪那は燐と個人的な文通をしているという報告は受けていた。女同士のやり取りで、俺たちも知らない燐に関する情報を、雪那は掴んでいるのかもしれない。


「あぁ、そうそう。これからは内々の話でも、前世での名前じゃなくて、今世での名前で呼ぶようにしてくれ。話がどこから漏れるか分からないし、広められても面倒だ」

「……確かにそうだね。とりあえず、こういう私的な場でならそれぞれ、國久に晴信と、気安く呼んでも大丈夫なのかな?」

「それなら問題ない。晴信もきっと、同じことを言うと思うしな」


 そんな話の中で、忘れない内にこれだけは言っておく。下手すれば偽者疑惑まで発展しかねないし、呼び方を徹底するのは本当に大事なのだ。


「……それにしても、何だか安心したよ。二人とも、自分の幸せのために動いていて、それぞれ上手くやっているみたいだし……これは僕も、自分の目的に向けて頑張らないとね」


 盃を傾けながら、どこか気が抜けたような笑みを零す惟冬。

 きっとこれまでの十八年で、惟冬にも色んなことがあったんだろう。異世界転生なんていう、小説の世界でしかなかったような事態に巻き込まれ、平和な日本から妖魔が蔓延る大和帝国に生まれ変わって、それでも何かに縋って生きてきたと思う。……俺や晴信と同じように。

 その事に関しては本当に興味があるし、折角の機会だから聞いてみたいんだけど……先に聞かなきゃいけない事がある。


「惟冬、実はお前の前世が森野か坂田のどちらかなら、聞こうと思ってたことがある。原作の主人公についてなんだが……」


 俺は御剣刀夜に関して分かることを全て話すと、惟冬は次第に眉間に皴を寄せていった。

 その表情は刀夜の言動を不快に感じているというよりも、不可解に思っている……そんな印象を受けるものだ。


「俺も晴信も、【ドキ恋】を読み飛ばしながらプレイしてきた。だから原作に関する知識には穴が多いんだけど、お前と坂田の二人はストーリーを読み込みながらプレイしてただろ? 原作の刀夜も、こんな感じにぶっ飛んだ奴だったか?」

「……いいや。そこまで酷くはなかった。僕は原作シナリオの事を明確に覚えているし、その上で断言できるよ」


 記憶を掘り返すかのように少しの間考え込んだ惟冬は、静かに首を左右に振る。


「確かに言動の端々が鼻に付くキャラではあったけど、それでも気にならない人は気にならないレベルでしかなかった。勿論、物語として綴られていた以上、刀夜の性格の全てが描かれていなかった可能性もあるけど……それでも、話に聞くほど酷くはなかったはずだ」

「そうか……となると、刀夜も俺たちと同じように、原作から外れた存在になったって事か?」


 考えられる可能性の中では、それが一番高そうだが、問題は何が原因でそうなったかだ。

 俺と初めて顔を合わせた時から、刀夜は既にあんな感じだったし、少なくとも俺たちのせいではないと断言はできるが……。


「実は刀夜も転生者だったとか? どんなに性格の良いキャラでも、性格の悪い奴が転生したらって考えると、納得も出来る」

「僕も最初はそう考えてた……でも実際のところは、そんな簡単な問題じゃないのかもしれない」

「……どういうことだ?」

「可笑しいと思ったことは無い? 僕たちはなぜ、【ドキ恋】という空想作品・・・・の世界に転生しているのか」


 惟冬は居住まいを正して、真剣な表情で語り始める。

 

「確かに異世界に転生したこと自体、今でも信じ難い事ではあるんだけど、まだ納得は出来るんだ。生まれ変わりという現象も、異世界の存在も、ありえないと証明することは出来ないからね。でもゲームや漫画の世界に転生したとなると、話は全然変わってくる……空想は、現実に存在しないから空想なんだから」

 

 その言葉を聞いた途端、俺は晴信との会見の時から、自分の中で無意識に抱えていた疑問の存在を自覚した。

 確かにその通りだ。【ドキ恋】に限らず、数多に存在する作品というのは、原作者が思い浮かべた世界を絵や文章に変えて形にしたものに過ぎない。だというのに、なぜ俺たちは現実には存在するはずのない、創作物の世界の中に転生なんてしているんだ……!?


「何てこった……! WEB小説の読み過ぎで、ゲームの世界に転生することに疑問を抱かなかった……! 言われてみれば、創作物の世界に転生するなんて事自体が矛盾している!」

「……それでいて、この世界が偽物か何かでもないってことも理解できるから、疑問に拍車がかかるよね」


 ゲームや漫画の世界に転生するなんてことはあり得ない……それを自覚しつつも、俺たちはこの世界が偽者だとまでは思っていなかった。

 何せ十八年以上もこの世界で生活してきたんだ。食べた物の味も、訓練の疲れも、血が流れる傷の痛みも、触れた人の温もりも、この何もかもが偽りだなんて到底考えられない。

 自分で言ってて混乱しそうな話ではあるけど、この世界は紛れもなく現実であり、俺たちはその世界で確かに生きている……これもまた揺ぎ無い事実だ。


「ゲームの世界に転生したんじゃなくて、実は異世界に転生していた……と、そういうことか」


 そう判断するのが一番しっくりくるし、恐らく間違ってもいないはずだ


「國久。これは何一つ根拠のない予感でしかないんだけど……もしかしたら【ドキ恋】という作品には、プレイヤーである僕たちにすら知られていない、何らかの大きな秘密があるんじゃないかな? その秘密に僕たちが巻き込まれる形でこの世界に転生したのだとしたら、事は刀夜の事だけに収まらないんじゃないかって、そう思えてならないんだ」


 確かに根拠のない話だ。しかし現実味を帯びた話でもある。

 何せ事態が事態だ。何らかの陰謀を持った何者かが、目的があって俺たちをこの世界に転生させたなんていう可能性だって、十分あり得るだろう。


「……だがそうだとしても、俺たちのスタンスは変わらない。そうだろ?」


 仮に俺たちを転生させた何者かが存在しているとして、そいつが何らかの悪事を企てていたとしても、俺たちは俺たちの目的の為に動くという目的には変わりはない。

 むしろトラックに四人纏めて潰されたところを、異世界の地位の高いイケメンに転生させてくれたことを感謝したいくらいだ。そのおかげで、俺は雪那という真実の愛で結ばれた女と出会い、両想いの婚約者になれたんだからな。


「もし仮に……俺の恋路の邪魔をしようって奴が現れるなら、いつも通りはっ倒してやるだけだ」


  


――――――――――


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