新たなる転生者との対面


【岩塞龍・宙之岩船】によって生み出された、巨大な岩の飛行船に乗った俺たちは、前から後ろへと高速で流れていく景色を見下ろしながら、勅使河原領へと向かっていた。

 今回の会見はこちらから申し出たもの。だから会見場所に関してはこちらが相手の事情を考慮する形で話を進め、勅使河原家の居城である窮奇城に、俺自ら手土産である物資などを持参して直接出向くことで話が付いたのだ。

 

(……今の勅使河原領は、どうも少しゴタついてるみたいだしな)


 今回、連合の加盟に誘うにあたって、勅使河原領に人を送って内情を探らせたんだけど、結構大きなトラブルが発生していることが発覚した。

 だからこちらから、それとなく先方の手間を省くように調整したという訳である。西園寺家との会見の時みたいに、次期当主が威信を見せるために軍を率いて……って感じの事は、思った以上に時間と労力が掛かるからな。


(例え問題が起こっていたとしても、勅使河原家と手を結ぶ価値はあるし、そのトラブルだってこちらで力になれれば、より強固な関係を結べそうではあるけど……)


 まぁそこら辺は惟冬と直接会ってから決めることだ。今は他に優先すべきことがある。


(次期当主って立場は多忙……こういう移動時間にこそ、雪那とイチャつくチャンス……!)


 忙しさ、疲れなどを言い訳にして恋人に愛情表現をしないような奴は、生涯独身。仕事もプライベートも完璧に両立してみせてこそ、出来る男ってもんである。

 幸いというか、今回のように雪那とは仕事で共に行動する機会も多い。だからこういう空いた時間を見逃さずに愛情表現を行う事で、マンネリ化を防止するという訳だ。

 大抵の為政者は移動時間にも打ち合わせなり何なりをしているんだろうが、そんなものは速攻で、かつ完璧に終わらせている。大和帝国随一のスパダリになる男に抜かりはないのだ。


(この【宙之岩船】は、風属性魔術と組み合わせることで上空に吹き荒れている強風を受け流し、搭乗している人間が飛ばされたり凍えたりしないようにしているから、乗り心地も両立している。船首に立ってタイ〇ニックごっこも可能という訳だ……!)


 この俺が折角人を乗せて空を飛ぶ魔術を、空中デートに対応できるように改良しないわけがない。

 このまま雪那と二人、船首でラブコメ展開に突入してやろう……そう思っていたのだが。


「うぇぇぇぇ……! き、気持ち悪いぃぃ……!」

「あ、秋葉っ。しっかりして下さい。宮子、申し訳ありませんが水を持ってきてもらってもいいですか?」

「は、はいっ」


 この絶好の機会に、何故か雪那は船酔いをしている秋葉を膝枕しながら背中を擦っていた。

 いや、本当にどういう訳だ? 膝枕なんて俺もまだやってもらっていないんだが? そんな俺を差し置いて、何でお前が雪那の膝枕を堪能しているんだ。


「す、すみません……雪那様にご迷惑をお掛けしちゃってぇ……」

「どうか気にしないでください。秋葉には、日頃からお世話になっているんですから」

「うぅ……優しい……っ。こんな行き遅れ女にまで優しくしてくれるなんて……も、もう一生ついて行きますぅ……!」

「そ、そんな大袈裟な……」


 体調不良で完全に弱っているのか、秋葉はここぞとばかりに雪那の膝を堪能していやがる。なんて妬ましい……!

 どうやら【宙之岩船】にもまだまだ改良点があったらしい。これでも揺らさないように飛ばしているし、これまで乗せた人間は船酔いなんて起こさなかったけど、それでも酔う奴は酔うらしい。

 雪那は優しい奴だから、乗組員に体調不良者が出たら、そっちの方が気になって思う存分イチャつけないだろうし、今回はそれを予防しきれなかった俺の落ち度だな。


「とりあえず、勅使河原領で船を降ろしたら、しばらく休憩を入れるとしよう。お前だって今回の会見の主役なんだから、シャンとしてくれないと困るしな。到着するまでの間、水飲んで館の中で上体を斜めに起こしながら寝てろ。そうすりゃ乗り物酔いもマシになる」

「は、はいぃぃ……」


 今回秋葉を会見に連れて来ているのは、通信魔道具の術式を組んだ張本人だからだ。魔導技術に関する取引をする以上、研究開発をしている人間を連れて行かない事には始まらないからな。勅使河原家との交渉では口を出すことはさせないけど、いざ向こうの研究者に通信魔道具の仕組みやら何やらを説明するって時に居て貰わないと困る。


(通信魔道具を動かすのに必要な莫大な魔力の供給源に関しては間違いなく突っ込まれるけど、そこら辺は華衆院家が盾になって誤魔化す手筈になっているしな)


 一応建前として、「今回の通信魔道具に関する取引とは関係のない、華衆院家が独自に開発した魔力源なので、現状では公開できない」っていう言い訳は用意しておいた。それでも納得がいかない奴は出てくるだろうが、そこらへんは惟冬との交渉に成功すれば何とかなりそうだ。


「國久様。今所長を寝かせる布団の用意が出来ました。雪那様も、うちの所長が面倒かけてすみません」

「おぉ、太一。ご苦労さん、連れてってやってくれ」


 それから少し経ち、水を飲んで秋葉の船酔いが少し落ち着いたタイミングで、一人の男が駆け寄ってきた。

 俺と昔から付き合いのある城下町の住民、太一である。五年前の初デートの時、空気を読まずに話しかけてきたキッズ共の内の一人だった男だ。


(あれから五年……随分とデカくなったもんだ)


 あの時の子供たちは皆、意外なことに華衆院家と関わりの深いところで働きに出始めている。実際、目の前の太一も魔術研究所の見習い兼雑用として、今では私生活がだらしない秋葉のサポートみたいなことをしていて、今回は秋葉の世話係として連れてきたという訳だ。


(身分は低いけれど、どこぞのハーレム主人公と違って問題を起こすような奴でもないしな)


 昔はろくに敬語も使えなかった連中も、完璧にとは言えないまでも目上の人間には丁寧語で話すようになったし、このくらいの年齢の奴らを見ていると、時の流れの速さを感じざるを得ない。


「ほら、大丈夫ですか室長」

「うん……大丈夫。何時もごめんねぇ、太一君……迷惑ばっかりかけちゃって」

「……別に、これが仕事ですし。気にしなくていいですよ」


 秋葉に肩を貸して船内へと歩いていく太一は、顔を赤らめながらぶっきらぼうなセリフを吐く。そんな年頃の中学生みたいな反応を見せる太一に、俺はラブコメの波動を感じ取った。


(太一は隠しているつもりなんだろうけど……態度からして完全に年上美人に惚れてる中学生そのものなんだよな)


 そもそも、太一が魔術研究所で見習いになった動機は秋葉にあるんじゃないかと思っている。どんな経緯があったかまでは詮索していないが、太一の秋葉に対する態度は結構露骨だし、今も秋葉のおっぱいが体に当たる回数に応じて顔が赤くなっている。

 これはアレか。男が一番ムラムラする多感な時期に、年上の爆乳美人を目の当たりにして、一目惚れしてしまったと……そう考えるのが妥当ではなかろうか?


(ただ肝心の秋葉は、太一の事を異性として見てはいなさそうなんだけどな)


 秋葉自身、色恋沙汰は苦手みたいだし、太一とは十歳近く歳が離れているんだから仕方ないっちゃあ、仕方ないんだけどな。

 しかし太一のあの態度はいただけない……ただでさえ子供扱いされているというのに、素直に猛アプローチを仕掛けることも出来ないなんて、こんな調子じゃあ何時まで経っても二人がくっつくことはなさそうだ。ツンデレかましてる場合じゃないぞ、太一。


(秋葉も婚期を逃して焦ってるし、近い内に太一の背中でも押してやるとするか)


 秋葉は華衆院家でも大切な役割を持つ重臣だ。行き遅れを拗らせて仕事に支障が出ても困るし、ここは一つ、次期当主として誰もが幸せになれるように見合いをセッティングしてやるとしよう。……まぁ秋葉を口説き落とせるかどうかは太一自身に掛かっているけども。

 そんなこんなで、俺は少し飛行速度を落としながら勅使河原領に向かい、その間に秋葉をゆっくり寝かせた甲斐もあって、到着する頃には船酔いも大分回復させることに成功。そのまま事前に取り決めておいた空き地に岩の船を着地させ、地面に下りると、仕立ての良い着物を身に着けた数名の人間を引き連れた男が、こちらに近づいてきた。


「この噂に違わない見事な岩の船……そしてその出で立ち。貴殿が華衆院國久殿とお見受けするが?」

「如何にも。俺が華衆院國久だが……そう言う貴殿は、もしや」


 俺は先頭に立つ男の容姿を軽く眺める。

 短すぎず、それでいて爽やかな印象を相手に与える金髪と、海のように鮮やかな碧眼を持つ、まるで西洋ファンタジーから飛び出してきた王子様のような美男子だ。晴信とはまた違ったベクトルの秀麗さを誇るが、整った容姿という点においては決して引けを取っていない。

 そんな男の外見を、俺は前世のPC画面で見た覚えがあった。


「挨拶が遅れて申し訳ない……僕が勅使河原家次期当主、勅使河原惟冬だ。帝国に名高き華衆院家次期当主の國久殿と、こうして顔を合わせることが出来たことを嬉しく思う」


   =====


 それから俺たち華衆院家と、惟冬たち勅使河原家は正式な会見を始める前に軽く挨拶だけ交わして……先に窮奇城の迎賓館で一晩休むことになった。

 というのも、スケジュールの都合で、勅使河原家に到着したのが夕方直前だったのだ。だから会見を始めるのは到着した翌日と決まっていたし、惟冬たちが岩の船の着地場所に現れたのは、わざわざ自分たちの領地にまで出向いた俺たちを、窮奇城までスムーズに案内する為だったという訳である。


(次期当主である惟冬が自ら迎えに来たってことで、俺が連れてきた家臣たちも良い印象を抱いたっぽいし、ファーストコンタクトはまずまずってところか)


 しかし一番の問題はここから。俺と晴信の予想……勅使河原惟冬は転生者であり、前世では俺たちの友人だったのかという推測は当たっているのか、その答え合わせをする時が来たのである。そういう意味では、会見の前にこうして一晩時間を作れたのは僥倖だった。

 それは向こうも同じだったらしく、俺は一級品の酒や肴の料理が並べられた部屋に案内されることになった。


「待たせてすまないな、惟冬殿」

「いいや、どうか気にしないでくれ。こちらこそ、招待に応じてくれて感謝する」


 部屋の中では既に惟冬が俺を待ち構えていた。

 そのまま惟冬の対面……料理を挟んだ先に敷かれた座布団に腰を下ろすと同時に、惟冬は案内役の侍女を下がらせ、二人っきりの状況を作る。

 ……そんな惟冬の手元には、防音の結界を張る魔道具が握られていた。


「さて、まずは何から話すべきか悩むんだけど……」


 そう言って惟冬は懐から一枚の紙を取り出し、俺に内容が見えるように広げる

 それは会見を取り決めるための書状と一緒に、惟冬個人に向けて俺から出した手紙で、そこにはこの世界の言葉ではなく、日本語でこんな事が書かれていた。


 12月24日、男四人で行ったアキバのトレカガチャで大爆死したのは誰か覚えているか?


 秘密裏に転生者であることを確実に確認する手段として、異世界の文字ではなく、前世の文字で書かれた手紙を出すというのは極めて有効であるはずだ。

 これなら生粋の異世界人に見られても内容を理解されることは無いし……何よりも、俺たちの前世の証明にもなるはず。惟冬に出した手紙は、そういう類のものだ。


「まずはこの手紙について、僕から一言だけ言わせてほしい」


 俺は心臓が締め上げられるような緊張を感じながら、惟冬の言葉を待つ。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、惟冬は勿体ぶるかのように……あるいは、胸に込み上げてくる感情を抑えるかのように、たっぷりと間を作ってから、今にも泣きそうな笑い顔で叫んだ。


「三万もつぎ込んで当たりが出ず、サンタなんていないと脳を破壊された前世のトラウマを、今世で抉られるなんて思わなかったよコンチクショウッ!」


 その言葉を聞いただけで、俺は目の前の男の正体を理解した。

 そうか……勅使河原惟冬に転生したのは、お前だったんだな……!


「それはお前の自業自得だ! 俺らがあれだけ止めとけって言っても止まらなかったんだから! そうだろ!? 黒髪ロング愛好会会長の森野!」



――――――――――


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