閑話休題という名の雪那と燐の間柄


 勅使河原家との会見に臨むにあたってやっておきたい事は、勅使河原惟冬が本当に転生者であり、転生前は何者であったのかを確認することだ。

 転生云々の話はこの世界の人間に聞かれるわけにはいかない。だから転生者同士、お互いに腹を割って話せるように手配した方が良い。その為にはまず、俺が転生者であるという事を知らせる必要がある。


(とは言っても、華衆院家からの正式な書状に、馬鹿正直に「転生者同士で腹を割って話そうぜ!」みたいなことは書けないんだけどな)


 だからこそ、転生者にしか理解できない代物を、華衆院家からの書状と一緒に惟冬個人に送りつけておいた。それを見た惟冬が、何らかのアクションを起こしてくれば、こっちとしても確証を得られるって訳だ。


「國久様、勅使河原惟冬様からの返書が届きました」


 そしてその返事は、思った以上に早くに俺の元に届けられた。

 華衆院家と西園寺家が手を結んだことは既に国中に広まっている。そんな両家が連名で同盟を誘いに来たんだから、その優先度はかなり高かったことだろう。

 

(その上、通信魔道具のこともあるしな)


 大和帝国の連絡手段に革新を齎す通信魔道具……その技術と資金の提供を餌にすれば、即座に食いつくと思っていた。

 まぁその分、華衆院家が投資する金銭は莫大なものになるけど、通信魔道具が完成すれば払った金額に見合うだけの成果が得られるし、つくづく大金持ちの家に生まれてよかったと思う。

 

「それで、手紙にはなんと?」

「それでは、僭越ながら読み上げさせていただきます」


 俺は評定の間に家臣たちを集め、勅使河原家からの返書を重文に要約しながら読み上げさせる。

 内容はまず、ありきたりな時候の挨拶から始まり、ぜひ通信魔道具に関する事業に一枚噛ませてほしいという事が、華衆院家への賛辞を交えながら書かれていた。

 ここまでは予想の通り。領主なら必ず食いついてくると思っていたし、反対されるなんて最初から思っていない。

 

(なら、転生者としての返事はどうだ……?)


 俺と晴信にとって、ある意味ではそこが一番重要だ。

 書状と一緒に送り付けた物を見て、俺たちと積極的に接点を持とうとするかどうか……ここが一つ目の分水嶺と言ってもいいだろう。

 やけに心臓がざわつく感覚を味わいながら、読み上げられている手紙の内容を聞いていると、重文は「最後に」と前置きをしてからこう締めくくった。


「個人的にも國久様とは長い付き合いを望む。会見の際には次期当主同士、腹を割って親交を深めるために静かに話し合える席を用意させていただきたい……とのことです」

「うん……あい分かった」


 俺は拳を握りながら、周りに悟られないように小さく安堵の溜息を吐く。

 勅使河原惟冬が、どこの誰が転生した人間なのかは分からない。しかし、どうやら向こうは晴信の時と同じように、俺と二人っきりで話せる場を用意するつもりのようだ。結果はまだ判断できないが、今はそれで充分。


「よし! それではこれより、勅使河原家との会見に臨む! 華衆院家と手を結ぶ利を、存分に見せつけてやるぞ!」

『『『ははぁっ!!』』』


   =====


 饕餮城の表御殿。自分用に与えられた書類仕事用の部屋の中で、筆を墨で濡らした雪那は、慣れた様子で書類をしたためていく。


(あれから、目まぐるしい勢いで話は進みましたね)


 元々華衆院家から持ち掛けた話ではあるが、大和帝国……いいや、世界で初となる通信魔道具の開発には、魔道具産業で成功を収めてきた勅使河原家にとっても非常に魅力的なようで、向こうの方が積極的に話を纏めてきているのだ。


(この一件は、帝国一を自負する魔道具産業の名家、勅使河原家にとっても決して無視できない……そういう事なのでしょう)


 それもそのはず。成功すれば間違いなく、遥か先の時代まで功績が残り続ける……一年後、十年後程度先の利益とは比べ物にならない、大和帝国の歴史でも特筆すべき一大事業の立役者として後世に名前を残せるのだ。

 こと政において、名声というのは馬鹿に出来ない影響力があり、大抵の人間は一度は名誉を手にすることを夢見るこの時代。華衆院家の方でも、歴史に名を残すであろう事業……その第一歩となるであろう会見に向けて、気合の入り方が違って見える。


(それにしても……まさか私の提案がここまで大きな話になるなんて……)


 勿論、華衆院家の利益になるよう、真剣に考えて提案したことではある。しかし、遠隔通信という発想に至った経緯に関する説明について、雪那は少しだけ省略した事がある。


(元々は折角出来た文通相手……燐とのやり取りを、もっと便利に出来ないかと思って考えた事だったのですが……)


   =====


 大太法師の群れが無事に退治され、酒の力を借りながら國久に対して想いを告げることが出来た雪那が、恥ずかしさのあまりに気絶した翌日の朝。気が付けば客室の布団で眠らされていた雪那は、目が覚めた十数秒後に悶絶する羽目になった。


「あ……あぁ、あぁう~~……! とうとう、とうとう言ってしまいました……!」


 いずれ必ず言おうと思っていた國久に対する気持ちを酒の力を借りて無事に告げることが出来たことを思い出し、雪那は羞恥に顔を真っ赤に染めながら布団で全身を覆い隠す。

 好きな異性との関係が良い方向に転がったこと自体は喜ばしい事なのだが、それとこれとは話は別。恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


「だってもう、あれが最良の時だと思いましたし、あの雰囲気に流されなかったら次の機会は何時になるのか分かりませんでしたし……! わ、私……変なことを口走っていませんよね……?」


 後から自分の行動に可笑しなところはなかったのかを思い返す雪那だが、それと同時に國久に抱きしめられた時の事を鮮明に思い出し、「ひゃわぁっ!?」と変な声を出しながら顔を茹らせる。


(こ、このままではもう、色々な意味で駄目です……! 朝から汗まみれになってしまいそうですし、少し庭の散策をして気分転換をしましょう……!)


 そう決めた雪那は、渾沌城の庭園の、客人に許された範囲内を見て回った。

 早朝特有の涼やかな空気が羞恥で火照った体に心地よく、何とか気持ちを切り替えることに成功。そのまま朝の支度をしに戻ろうとしたところで、雪那はある人物を見かける。


(あれは……確か燐という、忍者の方でしたね)


 庭園に植えられた、時期的に花を咲かせていない、新緑が鮮やかな桜の木の枝に腰かけて。ぼうっと遠くを眺めている、子供のように小さく可憐な少女……斑鳩燐を見て、雪那は首を傾げる。というのも、燐がああいう風に何もせずに呆然としている姿が、少し意外だったのだ。


(彼女の事は殆ど何も知りませんが、常に忙しなく動き回っている……そんな印象を抱いていたからでしょうか?)


 龍印の事を隠す味方として、他家に仕える人間でありながらも、國久に協力を求められた燐が非常に優秀な人物であるという事に疑いはない。そんな燐が、雪那にここまで接近されている事にも気付いた様子が無いのだ。

  

(彼女も私と同じ人ですから、不調の時だってあるのでしょうが……)


 これは國久のような実戦経験豊富な魔術師全員に言えることだが、大和帝国で生業に戦いが含まれている人間というのは、とにかく気配に敏感だ。國久だって、雪那が背後からゆっくりと近づいて来ても、すぐに感付いてしまう。

 それはきっと燐も同じだろうと思っていたので、素人の雪那が近づいても気付かないくらいに気が緩んでいる姿が、想像が出来なかった……そんなことを考えていると、雪那の足元で砂利を踏む音が大きめに鳴り響き、そこでようやく燐が雪那の存在に気付く。


「っ!?」

「あ、危ないっ!」


 不安定な木の枝に座りながら、勢いよく振り返ったせいで落下する燐。雪那は咄嗟に駆け寄ろうとするが、燐は器用に空中で体勢を整え、まるで舞い散る木の葉のように鮮やかに着地して見せた。


「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

「……大丈夫。問題ない……です。……忍びとして、周囲への警戒を怠った私が悪いから……」


 怪我も無ければ怒った様子もない燐の様子に安堵しながら、雪那は改めて燐の様子を観察してみる。

 燐の表情は、相変わらず能面のような無表情だ。一見すると、本当に感情が宿っているのかと思いたくなる鉄面皮だが……その顔は妙に赤かった。

 最初は風邪か何かかと判断しかけた雪那だが、体調が悪いようにも見えない。では一体、燐の様子がおかしいのはなぜなのだろうか?


「あの……もしかして、晴信殿と何かありましたか?」

「っ!? っ!?!? ~~~~~~~~っ!!」


 それは、所謂女の勘であった。これといった根拠はなかったのだが、燐がこんな様子なのには晴信が関わっているのではないかと、先日の二人の様子を見ていた雪那は直感したのだが、予想は大的中。雪那の言ったとおり、主君から好意を向けられていることを知った燐は、改めてその事実を突きつけられて顔を真っ赤にしながらオロオロとし始める。

 

(あぁ……そうか。彼女は私と同じなのですね)


 顔を真っ赤に染める燐の事が可愛らしく思うと同時に、凄い親近感が湧いてきた雪那。きっと宮子や奈津から國久との関係を聞かれた時の自分は、こんな顔をしているのだろうと。

 

「あ、あの……! もし良かったらなのですが……」

「……?」


 この時、雪那は珍しく自分から仲良くなりたいという気持ちを抱いた。少なくとも、今の燐の姿はまるで鏡写しのように自分とよく似ていたので、余計にそう感じる。

 まるで仲間を見つけたような気持ちとでも言えばいいのか、燐とはもっと色んなことを話してみたいと思った雪那は、勇気を出して口を開く。


「私と、文通を始めませんか……!?」


   =====


 当時の事を振り返ってみて、我ながら突拍子もないことを提案したものだと雪那は一人反省する。

 自分も燐と同じく、好きな男性から真っ直ぐに好意を向けられて色々と恥ずかしい思いをしていることと、奇しくも自分とよく似た男女関係を築いている燐と、色んなことを相談し合える間柄になりたいという素直な気持ちを告げると、初めは遠慮しつつも最終的には雪那の提案を受け入れた燐だが、殆ど初対面も同然の相手からいきなり文通がしたいと言われて、戸惑っていたに違いない。


(……勇気を出した甲斐があって、友人としてのお付き合いが出来るようになったとは思うのですが……)


 最初の方は、あくまでも私的な手紙であるはずなのに、お互いに事務的な文面の手紙を送り合っていたのだが、今では気軽に思ったことをしたためた手紙を送り合える仲になった。

 手紙の内容は仕事に関わる事柄を省きながら、日常で起こった些末事や、國久の積極的な態度にどう対応すればいいのかとか、晴信とは身分が違い過ぎるけどどうすればいいのかといった、お互いの相談事だ。

 そんな気兼ねない同性との手紙のやり取りが、何時しか雪那にとっての楽しみになっていたのだが、一つだけ問題があった。


(華衆院領と西園寺領は離れた場所にありますから、文通するのも楽ではないんですよね)


 自分と同じく色恋沙汰に翻弄されている同志と折角友人同士になれたというのに、中々ゆっくりと話すことも出来ない現実に、少しだけ不満を抱いた雪那。そんな彼女が、遠く離れた場所に居る友人と何時でも直接話すことが出来るようになりたいという、極めて個人的な動機で秋葉に相談したのだが、当初はこんなに大きな話になるとは予想だにしなかった。


(丁度、勅使河原家との会見の為に動き出していたので時期が良かったと言いますか……後から交渉に使えると思って提案してみて正解でしたね)


 世の中、色々な事がどう繋がっているのか分からないものだと、雪那はしみじみと思いながら、発案者である以上頑張らなければと筆を走らせる。

 そうして誰もが通信魔道具の開発に向けて積極的に動くこと二週間。手紙を用いて遠くに居る相手とやり取りするのが当たり前の今の時代にしては、異例の早さで会見の日程が決まり、護衛の兵士を引き連れた國久と雪那が、勅使河原領へと出発するのであった。



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