革新の提案
悪事千里を走るとはよく言ったもので、刀夜がまたしてもやらかしたという話が華衆院領にいる俺の元に舞い込んできた。
首都を拠点に活動している家臣たちからの報告によると、土蜘蛛が出たから討伐に駆け付けたはいいものの、足を引っ張って部隊を全滅の危機に追いやったんだとか。
幸いにも、大太法師襲撃事件の報告に向かった晴信が偶然居合わせたおかげで人的被害は出なかったらしいが、その罰として刀夜は無期限の謹慎処分、鬼切丸を没収されてしまったのだとか。
(正直、甘い判断のように感じるけどなぁ……軍規違反の罪はこの世界でも重いぞ)
勿論、ケースバイケースの話ではあるんだけど、危うく死人が出かけた事実は重大だ。俺が皇帝の立場なら、刀夜を身一つで首都から追放くらいはしてたし、それが無理なら最低でも更生目的で労働刑にしてたところだ。
(ただ……人的被害が出なかったことも踏まえて、この処分にも納得がいくところがあるんだよな)
そもそもの話、正式にこの国の住人ではない、異世界人である刀夜をどう裁くのかが問題だ。
色々と穴も悪習も多いけど、この国は法治国家であり、他国民が罪を犯せばそいつの祖国に話を通してから、大和帝国の法で罰するかどうかを決めなくちゃいけない。
しかしここで問題となるのが、刀夜の故国である異世界と連絡が取れないという事である。流石に想定のしようがない状況に、誰よりも法に準じなければならない皇帝も判断に困ったのだろう。だから過度な罰を与えにくかったという訳だ。
(それから、異世界の知識……これに価値を見出している可能性もあるかもな)
原作でも、刀夜は地球の知識を使って発展に貢献してたりしていた。実際に、俺や晴信も前世から持ち込んだ知識を使って同じようなことをしていたし、刀夜たち異世界人の話を耳にした皇帝が、その知識に有用性を感じたという可能性もあるだろう。
(最後に理由を挙げるとするなら、鬼切丸の使い手だからって事か)
俺と起こしたいざこざの時もそうだったけど、どうも皇族は鬼切丸に対して大なり小なり執着を抱いている気がする。
確かに魔術の天敵になり得る鬼切丸の使い手は、数多くの魔術師が存在する大和帝国を統治するのに有用だろう。実際、鬼切丸が生み出されたのだって、各地に点在する強大な魔術師に対する抑止力を手に入れる為だって話だし、歴史を振り返ってみれば、反乱や内乱とかで活躍したという話をよく聞く。
(そういう意味では、鬼切丸は大和帝国統治者の証みたいなもんだ)
皇族の権威が弱まっている今、折角数百年ぶりに現れた、象徴である宝刀の使い手を逃がしたくないって思っているのかもしれない。
まぁ俺だったらあんな奴いらんけど、追い詰められた人間は視野が極端に狭まるもの。冷静に考えれば、宝刀を使って権威を二度も貶めにかかっている奴なんぞ処分した方が良いっていう決断が、選択肢に浮かんでいないという可能性もあるかもしれない。
(まぁ今は刀夜の事なんぞどうでもいい)
俺にはやるべきことがある。まずはそっちに集中しなければ。そう思った俺は、気を引き締めて政務に取り掛かる。
まぁ仕事と言っても書類仕事とかそういうのじゃない。雪那と重文、華衆院家でも立場が上の人間同士での、今後の方針の話し合いだ。
「……という訳で、まずは勅使河原家から連合に組み込もうと思う訳よ。勿論、土御門家にも並行して話を持っていくけど、今は後回しで良いと思う」
西園寺家との話し合いで、土御門家と勅使河原家に連合を組む打診をしに行く役目は、華衆院家が引き受けることになった。晴信たちは大太法師との戦いで荒れた街道を急いで整備しないといけないっていうのもあるんだけど、他にもそれぞれの領地の位置が理由だ。
帝国西域は幾つもの領地が集まっている地域なんだけど、その西域を地図で見てみると、上から西園寺領、その下に三笠領を挟んで華衆院領、更にその下に勅使河原領と土御門領が横に並んでいるって感じになっている。発案者は西園寺家でも、各方面への連絡・調整役は華衆院家が一番適任なのだ。
「そろそろ国中の妖魔が活発化し始める時期だ。お前も知っての通り、土御門領は大和で最も妖魔の出現率が高い土地。そこを治める土御門家はこれからとんでもなく多忙になるし、まともな会見が出来る状況じゃない可能性が高い。だから今は友好の証として、物資や援軍の提案しつつ、幾分か時間の余裕がある勅使河原家との会見から始めようと思うんだけど、どうだ?」
「私もそれが良いかと存じます。妖魔の出現率の増加に伴い、土御門家が自ら軍を率いて掃討戦に出るのは有名ですからな。当主の徹人様は勿論のこと、嫡男である政宗様もご不在であることも多いでしょうし」
大まかな方針は重文にも同意を得られた。後は細かい手筈に関する草案を纏め、家臣たちに正式に発表するだけだ。
「ところで……いい加減に一つお聞きしたいのですが」
「どうした? 何か問題でも?」
「えぇ、問題と言えば問題ですな」
重文は眉間に深い皴を作りながら呆れたような表情で口を開く。
「何故國久様は雪那様を乗せて話しているのです?」
そう聞かれた俺は、胡坐をかいた足の上に乗せた雪那を見下ろす。真っ赤になった顔を両手で覆い隠し、しおらしく縮こまっている姿はとても可愛い。ぶっちゃけ、密着状態で体温とか感触とか良い匂いとか感じられて、すっごいムラムラするわけだが……。
「それがどうした? 問題なんてないだろ? 公の場じゃこういう事は出来ないんだし、作法を気にしなくてもいい時くらい、こうさせてくれよ」
「あ、ありますっ、問題あります、國久様……! 恥ずかしいから降ろしてぇ……!」
そうは言うけど、俺だってずっとスキンシップをするのを我慢してきたのだ。晴れて両想いになれたことで、あらゆるスキンシップが解禁状態になったというのに、今さらそれを止めろなどと酷な話である。
「そう思うなら、抵抗したらいいんじゃないか? 俺はこの通り、腕に力なんて入れてないから何時でも抜け出せるぞ?」
「そ、それはぁ……! ……だ、だって、その……私だって、嬉しくないわけでは……っ」
いけない事と分かっていても、俺にこうされる事が嬉しいから抵抗できないんだろう。
そんな雪那の心情が伝わってきて、堪らなく愛おしく感じる。このままキスの一つでもくれてやったらどんな反応をするのか……俺は凄く興味がある。
しかし残念なことに、俺がそれを実行に移す前に、重文が大きく咳払いをして、甘い雰囲気を取り払ってきた。
「とにかく、このままでは話が進みませぬ。お二人の気持ちが通じ合ったことは大変喜ばしく思いますが、そういう事は政務が終わった後、人前ではなく二人だけの時になさいませ」
「ちぇっ……仕方ないな」
俺は渋々と雪那を隣に降ろす。ハグから解放された雪那は、安心したような、名残惜しむような、何とも複雑な表情を浮かべていた。
「そんじゃあ、話を戻すけど……勅使河原家に連合への加入を求めるにあたって、どんな利益を互いに提供できるか……これが問題だな」
西園寺家の時もそうだったけど、貴族同士が手を結ぶという事は、互いにメリットのある話じゃないといけない。そうじゃないと、お互いの家臣や領民が同盟に納得せず、下手をすれば離反の原因になってしまうからな。
お互いに手を結ぶだけの利益を明確にしてこそ、同盟っていうのはスムーズに出来るわけだ。
「次期当主の惟冬殿は確か、俺と同じような境遇だったな」
「はい。早くに御母君を亡くされ、先代当主である御父君も数年前に他界しておられて、今は家臣団と協力しながら領地を切り盛りしておいでです。きっと並々ならぬ苦労もあることでしょう」
「言い方は悪いけど、その辺りに付け込むような利益を提示できないか? 先代当主殿が亡くなられたことで切られた契約を補填するような……」
そんなことを話し合っていると、雪那がそっと手を挙げた。
「あの……その事に関して私から提案があるのですが、よろしいですか?」
「何だ? 何でも言ってみろ」
「はい。それではまず、秋葉をこの場に呼ぶことをお許しください」
魔術研究所勤めの三好秋葉は、政治には疎い人間だ。そんな秋葉をこの場に呼んで一体何を提案するのだろうか……その事が気になった俺と重文は秋葉を呼び出すことにした。
しばらく経ってから俺たちが話し込んでいた部屋に秋葉がやってきて、ようやく本題に映る。
「私はずっと、龍印を活用する方法を秋葉と共に模索していたのですが、先の大奉納祭の時に結界を張った時、私の魔力は遥か遠く離れた場所に結界を張ることが出来たのは、國久様もご覧になった通りだと思います」
その言葉に俺は頷く。天龍院家重代の短刀、月龍は遠隔で結界を展開することが出来る魔道具だが、実は遠隔魔術というのは人間の身一つで発動することは不可能とされていて、魔道具の補助があって初めて使用できたりする。
後大きな問題として、消費魔力が大きいっていうのもあるな。遠隔魔術っていうのは距離が開けば開くほど大量の魔力を必要とし、大奉納祭の時の雪那みたいに、あれだけ距離のある場所に結界を張るのは、今の俺の魔力量でも難しい。
「相応の魔道具さえあれば、遠く離れた場所に向かって魔術を発動することが出来ることが、月龍によって証明されました。そこで私は思ったのですが……もしも、領地を跨いだ先の遠い場所に居る人と会話ができる……そんな魔術があれば便利なのではないかと」
「「っ!!」」
それを聞いた俺と重文に激震が走った。
要するに雪那は、手紙が主な連絡手段であるこの異世界で、電話に相当する魔道具を作り出そうとしているのだ。それが何を齎すのか、理解できない俺たちじゃない。
「雪那様の発案で遠くに居る相手と会話ができる魔道具……暫定的に、通信魔道具とでも呼びましょうか。それを作ることが可能なのかどうか色々と試してみたんですけど……結果から言えば可能です」
「な、何と……! それは誠か!?」
「遠隔魔術って術式自体はそう難しい物じゃありませんからねぇ。一番の問題点である大量の魔力も龍印で解決出来ちゃいますし。まぁ何時までも魔力源を雪那様に頼るわけにはいきませんけど、実際に作って運用してみれば、その辺りの解決方法も見えてくるかも」
「むぅ……! もしもその通信魔道具が完成すれば、この国の連絡網に革命を起こせますぞ……! 土御門家や勅使河原家と手を結ぶための交渉の一手としては十二分ですし、製法や販売経路を四家で独占する体制を作れれば、得られる利益は計り知れない」
領主や商人などの有力者ほど、人と連絡を取る機会が多い。時は金なりとはよく言ったもので、高速連絡手段の需要が高いのは前世でも立証されているし、雪那が提案した通信魔道具は、きっと誰もが求める革新的な物となるだろう。
勿論、秋葉が言ったような問題点もあるし、機密事項である龍印を魔力源とする以上、普及するには壁が多いが……原作知識で龍印の事を知っているであろう、俺たち四人の転生者同士で電話が出来るようになるだけでも、通信魔道具の開発には多大な恩恵が生まれる。
(まぁそれは勅使河原惟冬と土御門政宗の正体が、俺たちの予想通りに森野と坂田の転生先であればの話。本格的な交渉を始める前に、予想が正しいかどうかを確認する必要があるな)
いずれにせよ、通信魔道具が齎す恩恵は計り知れない。重文の言うとおり、勅使河原家と土御門家、両方に対する交渉の一手になるだろう。
「ただ領地を跨ぐほどの性能を持った魔道具となると、かなり大掛かりなのを作らないといけませんよ。特に金属資源と妖魔の生体部位が、華衆院家で賄うには圧倒的に足りません」
詳しく話を聞いてみると、領地を跨ぐレベルの超長距離遠隔通信となると、魔力を仲介する電波塔みたいな役割を持った魔道具も作らないといけないらしい。そしてそれを作るための素材が、華衆院家では用意しきれないのだ。
金属の有用性は世界が変わっても同じだが、人を襲い、時には災害にも例えられる妖魔の牙やら角やらも、魔術や魔道具の触媒として重宝されている。しかし、華衆院領には鉱山はないし、妖魔の生体部位も他領に輸出するほど余裕のある代物じゃない。それは西園寺家も同様だ。
「となると……通信魔道具を作り出すには、勅使河原家と土御門家には、是非とも連合に参加してもらわなきゃな」
何しろ勅使河原家は帝国有数の巨大鉱山を抱えた、魔道具産業で成功を収めている家だし、土御門家は妖魔の生体部位を輸出して財源を確保している、帝国でもトップクラスの軍事力を誇る家だからな。
食料生産で成り上ってきた西園寺家とも、外交や商売で巨万の富を稼いでいる華衆院家とも違った強みを持つ二つの名家は、転生者云々とは関係なく、これから起こるであろう激動の時代を切り抜けるためには、是非とも手を組まなきゃいけない相手なのである。
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