失った汚名返上の機会と対魔術チート


 土蜘蛛が無事に退治されたその日の夜。刀夜は大和帝国軍の左大将である月島菜穂と、右大将である柴元幸香の二人に食って掛かっていた。


「どうして俺が無期限の謹慎なんだよ!? 俺だって土蜘蛛と戦ったんだぞ!? こんなの可笑しいじゃないか!」


 刀夜は美春からの要請に応じて、体を張って戦いに向かったのだ。実際に戦って土蜘蛛に対して傷を付けることだってした。その結果、どうして無期限の謹慎などを言い渡されなければならないのか……それが納得出来ずに猛抗議しているのだが、幸香と菜穂は唯々苦々しい表情を浮かべるばかり。


「お前という奴は……本気でそう言っているのか?」

「あ、当たり前だろ!? 命を懸けて戦った人を貶めるなんて、そんなの絶対に間違ってる!」

「……刀夜君、その一点だけは確かに正論よ。妖魔と戦った者は厚く労わなくてはならないというのは、他の誰でもない私たちが良く理解している。でもね、悪戯に戦場を掻き乱した者には罰を与えるべきだとも思っている。だから私と幸香の二人で、陛下に奏上したのよ。美春殿下の客将だとか関係なく、どうか刀夜君に何らかの処罰を与えてくださいって」


 口調こそ穏やかだが、どこまでも冷え切った菜穂の声色に、刀夜は思わず怯む。

 月島菜穂は滅多な事では声を荒げることのない温和な人物だ。その気性は軍隊での役割にも反映されていて、前線で兵を鼓舞して戦う猛将気質の幸香とは異なり、物資や兵糧を確実に確保するという、後方支援向きの能力に長けている。

 兵士たちからもとにかく話しかけやすいと評判で、大抵の事なら笑って許してくれる菜穂が、今この時ばかりは厳しい視線を刀夜に向けていた。


「そんな……菜穂さん、どうして……!」

「当たり前だ馬鹿者! 部隊長から聞いたぞ! お前は指揮権を与えられた者の言葉を一顧だにせずに無策のまま突撃し、あまつさえ考えなしに攻撃したせいで土蜘蛛の拘束が外れてしまったとな!」


 空気がビリビリと震えるような怒号に、刀夜は思わず身を竦める。

 今までの人生で、これほどまでに真っ直ぐな怒りの言葉をぶつけられたことのない刀夜は、何をどう言い返せばいいのか分からず、頭が真っ白になって立ち尽くすしかなかった。


「犠牲者が出なかったからまだ良かったが、貴様の浅はかな行動のせいで、部隊は全滅の危機に陥ったのだ! その事を咎めずしてどうするというのだ!」

「そ、そんなことは……! 別に拘束なんてしなくても、俺にだって土蜘蛛くらい倒せてたはずだ!」

「ほう……? 暴れる巨体に対応できずに一蹴され、つい数刻前までまともに起き上がることすら出来なかった男が、拘束が外れた土蜘蛛をどうやって倒すというのだ?」

「あ、あれは……その、ちょっと油断しただけだ! もう一度戦えば、今度こそ俺が勝つさ!」

「戦場で油断する奴など信用できるか! たられば話など言い訳にもならんわ!」


 刀夜が何を言っても火に油を注ぐ状態になる二人の将軍。怒号を上げる幸香と、静かに怒りを滲ませる菜穂という、表面に現れる態度こそ正反対の二人だが、両者ともに怒髪天を衝く勢いで憤ってるという点においては共通していた。


「言っておくがな、もしもお前がこの世界での戸籍を持たないが為に、大和帝国の法が適用され難い立場にある異世界人でなければ……美春殿下が個人的に雇い入れた客将ではなく、正式な大和帝国軍の一員であったなら……私は問答無用でお前を除隊処分にしていた」

「そ、そんな!? いくら何でも大袈裟だろ!?」

「大袈裟なんかじゃないわ。もしも貴方の行動が原因で死傷者を出していたら……私たちは容赦なく死刑を求めるつもりだったもの」


 死刑……刀夜は突然飛び出してきた重すぎる一言に目を瞠る。そんな物騒なことを、いつも穏やかな気質の菜穂が口にするとは思わなかったのだ。


「正直、無期謹慎で済ませた陛下は甘い判断を下されたと思わざるを得ない。幾ら鬼切丸の使い手で、何らかの使い道があるかもしれないからといって、この程度の罰で済ませてしまうなど……」

「そ、そうだ! 鬼切丸……切子の事だって納得がいかない! どうして切子が封印なんてされなくちゃならないんだ!?」


 今回の一件を機に、切子は刀夜の元から無理矢理引き剝がされ、再封印されるという処置がとられることになった。

 その事に関しても納得がいっていなかった刀夜は、息を吹き返したかのように再び騒ぎ出すが、幸香と菜穂の心には何一つ響かない。


「今のお前に魔術師殺しの鬼切丸は過ぎた玩具だ。それに調子の良い事ばかり言ってお前の愚行を諫めるどころか焚き付けたと聞くし、このままお前の手元に置いておくのは危険だと判断したまで。少なくとも、陛下からの正式な許可が下りない限りはお預けだ」

「だからって……! あんな暗い宝物庫にまた閉じ込めるなんて、可哀そうじゃないか!」

「いい加減にしなさい。この処分は貴方の行動が原因なのよ? 味方への迷惑も考えられずに行動を起こして被害を出す人間が戦場に出る資格はないし、今の刀夜君が軍と肩を並べて戦う事は絶対に認められない……まずはそう判断された自分の至らなさを自覚しなさい」


 必死になって言い募るが、二人の対応はにべもない。そもそも切子の封印を解除するかどうかは皇帝の判断に委ねられているし、今この場で二人に詰め寄っても、切子が戻ってくることは無いのだ。


(それじゃあ困るんだ……!)


 勿論、切子の事が大事だからという気持ちはある。しかしそれ以上に、自分の戦力が下がってしまったことと、汚名返上の機会が奪われること、そして何よりも自分を肯定してくれる美少女が減ってしまうという事実の方が重要であるという事に、刀夜は気付いていなかった。


「とにかく、話はここまでだ。……まったく、今回は本当に焦ったぞ。運良く優秀な魔術師が登城しに来ていたから良かったものの……」

「そうね……西園寺殿には感謝してもし切れないわ。後日正式な謝礼をしなくてはね」


 そのまま話を終わらせて立ち去っていく幸香と菜穂。そんな二人の背中に、刀夜は力なく手を伸ばすしか出来なかった。


   =====


 謹慎を言い渡されて、登城も禁じられた刀夜はトボトボと俯きながら屋敷に戻っていく。

 こんな結果は到底納得が出来ないが、誰一人として説得が出来ず、大人数で切子を封印されて奪い取られ、どうしようもなかった。そんな自分の無力さに打ちのめされていると、一日の仕事が終わって、城内にある使用人用の屋敷に戻っていく侍女たちの集団が、姦しく話しているのが聞こえた。

 何となく居心地が悪く感じた刀夜は、彼女たちに気付かれないように気配を断ちながら、その話を盗み聞きする。


「ねぇ見た!? 今日城に登城された西園寺晴信様のお姿! 噂に違わない良い男だったわよねぇ~!」

「あれは噂になっても仕方のない色男ね。しかも帝国屈指の大貴族の嫡男でもあるんだから、天が二物を与えるとは正にこの事って感じ」

「二物どころじゃないわよ。大奉納祭を襲った、土蜘蛛よりもずっと恐ろしい妖魔の大群を、華衆院國久様と二人で協力して打ち破ったって、専らの噂よ。容姿も地位も財力、その上武力まで備えている男なんて現実味を感じなかったけど、実際に目の当たりにするとそんじょそこらの男とは格が違うわよねぇ」


 國久の名前が出てきたことに、刀夜は思わず拳を強く握った。

 今日、自分たちの危機を救った男は、憎き國久と繋がりがあるというのか? 気になった刀夜は、聞き耳を立てることに集中する。


「しかも聞いた? 噂によると、西園寺様は近々婚約者を本格的に決定する為に行動すると明言されたそうよ?」

「きゃー! 本当に!? 今までどんな縁談も断ってきた孤高の貴公子として有名だったのに! もしかして、意中のお相手を見つけたりしたのかしら? もし私だったりしたらどうしよう!?」

「それは幾らなんでも夢の見過ぎよ。……でもついに西園寺様が婚約者探しに動き出すっていうなら、私も遠慮なく立候補しちゃおうかしら? 正室は無理でも、側室くらいはいけそうな気がするし」

「強くて美しい男に愛されるなんて女冥利に尽きるものね。実際、今日首都の近くに現れたっていう土蜘蛛を、西園寺様があっさりと倒したって聞くし、一度でいいからあんな優良物件と熱い一夜を過ごしてみたいものだわぁ」

「そうそう。土蜘蛛で思い出したけど、聞いた? 御剣刀夜さんの大失態!」


 人の失態話は蜜の味と言わんばかりに大きな声を上げる侍女に、刀夜の肩はビクリと跳ね上がる。


「詳しい事は分からないけど、刀夜さんも土蜘蛛退治をしに行ったらしくて、そこでとんでもない失敗をしでかしちゃったらしいのよ」

「軍を預かる幸香様だけじゃなく、いつも穏やかな菜穂様も凄い剣幕で陛下に刀夜さんへの処分を求めたそうよ。実害は少なかったから、そこまで大きな罰は与えられなかったそうだけど……陛下も美春殿下も甘いわよねぇ。幾ら数百年ぶりに現れた皇族伝来の宝刀の使い手だからって……もっと厳しい罰を与えればいいのに」

「そんなこと言っちゃって……ちょっと前までは刀夜さんの事を「将来有望で今の内に粉かけといた方が得かも」みたいなこと言ってたじゃない」

「ちょっと止めてよー。それはもうただの黒歴史なんだから!」

「実際、刀夜さんはもう落ち目よね。西園寺様や華衆院様と比べるのも烏滸がましいっていうか……結局のところ、刀夜さんって身元もはっきりしていなければ地位もないし実力も半端。本当に全てを兼ね備えた殿方と比べると、どうしても見劣りするのよね」


 当人が聞いているとも知らずに好き勝手に宣う侍女たちに、刀夜は愕然とした。

 自分は城の侍女たちにそのように思われているのか。國久や晴信と比べると、そんなにも見劣りしているのか……元居た世界ではイケメンの部類で格闘技も強く、学校の成績も上位と、何でも上手くやってきていただけに、自分の完全上位互換だと言われる男たちがいることを知って、刀夜は胸の奥から強い不快感が込み上げてくるのを感じた。

 もうそんな話は聞きたくないと思い、侍女たちから離れて別のルートで城から出ようとすると、等間隔で道の脇に設置された石灯篭の明かりに照らされた男の姿を捉えた。


(あれは……西園寺晴信?)


 咄嗟に気配を消しながら石灯篭の影に隠れて、様子を窺う刀夜は、晴信にどんな言葉をかけるべきなのか分からずにいた。

 まずはとにかく、昼間に助けられたことに関して礼を言うべきだ。それが礼儀であり、常識であるという事は分かっている。しかし先ほどの侍女の話や、兵士や幸香に菜穂が口々に晴信の事を褒めていたのを思い出すと、何故だか素直に礼を言いたくなくなってしまう。


(な、何でだ……?)


 自分でも原因の分からない感情に困惑しながら様子を窺っていると、晴信の足元から一人の少女が現れるという信じがたい光景が刀夜の目に飛び込んでくる。

 何とか声を出さずに済んだ刀夜は少女の容姿を見て……思わず固まった。


(なんて……可愛い女の子なんだ)


 一見すると愛らしい子供のような容姿をしている少女だ。美春や朱里たちにも顔立ちでは決して引けをとらないのだが、どういう訳か、刀夜には目の前にいる少女の方がより魅力的に見えた。

 自分は決してロリコンなどではないはず。ではなぜ、あの少女が美春たちよりも魅力的に映るのか……その答えが分からずに首を傾げていると、少女と何事かを話していた晴信が、ふいに少女の事を抱き寄せた。


「…………っ!!」


 顔を真っ赤にしながら抵抗をしている少女に晴信が何事かを囁くと、少女は途端に抵抗を止め、潤んだ瞳で晴信を見上げる。その表情は紛れもなく、恋する少女の顔であった。


(な、何でなんだ。どうしてあんなに可愛い子が、あんな表情を他の男に……!?)


 その光景を見た瞬間、刀夜の胸中は嫉妬で荒れ狂った。

 こんなの可笑しい。あれほど見目麗しい少女が、他の男に恋い焦がれるような表情を向けるなんて、あってはならないはずだ。本来、あの熱の籠った視線を向けられるべきなのは……。


(お、俺は一体何を……!?)


 そこまで考えて、刀夜は自分が抱いた醜い感情に戸惑う。

 別に晴信たちは何一つ悪いことはしていないはずなのだ。見ず知らずの少女が誰とどうしようと、本来なら刀夜には関係のない事。それなのに、なぜ自分は二人に非があるように感じてしまうのか。

 これではまるで、自分が何の罪もない二人に意味もなく逆恨みをしているかのようではないか……そう思い至った刀夜は、その考えを必死に振り払う。


(ち、違う! 俺はこんな間違ったことをしたりしない! これには何か……何か理由があるはず!)


 必死になって自分を取り繕う理由を探す刀夜は、やがて晴信に非があるかのような、それらしい適当な理由を心の中で挙げ始めた。


(そ、そうだ! あいつは極悪非道な華衆院國久と関りがある奴だ! そんな奴に、あんな可愛い女の子が騙されているんじゃないか……俺はそのことが不安なだけなんだ! 現に晴信があの子に対して何かを言ったら、あれだけ抵抗してたのにそれを止めて、涙で目を潤ませていた! きっと何か弱みを握られて、逆らえなくなっているんだ! そうだとすれば、あの二人の様子にも、俺が感じた気持ちにも説明が付く!)


 何という卑劣漢。所詮は悪辣な國久と交流を持つ人間。許すまじ、西園寺晴信……そんな風に頭の中で情報を整理し、自分が抱いた感情を正当化させることが出来た刀夜は、晴信の事を敵として認識した。初めて会った時も理由の分からない敵愾心を抱いたが、あれは晴信から滲み出る悪人の気配を感じ取っていたからなのだと。

 そんな風に自分の気持ちを整理している間に、いつの間にか晴信たちがこの場から立ち去って姿が見えなくなってしまったことに、刀夜は苦悶の表情を浮かべる。


(くっ……何てことだ。俺が悩んでいる間にどこかに連れ去られてしまったのか!?)


 苦しんでいる女の子が目の前にいたのに、それを救い出せなかった。その事を悔やみながらも、刀夜は次に会った時は必ず救ってみせると心に誓うのだった。



――――――――――


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