悪役転生者たちの甘い夜
今回の大太法師襲撃事件による被害を後から精査してみたところ、人的被害はなんとゼロに抑えることに成功していたらしい。
俺の見立て通り、街道への被害は甚大ではあるが、犠牲者が全く出なかったという事実は領地の内外に対して非常に好意的に受け取られ、今回の事件解決を最善の形で果たした俺と晴信は、この地に集った有力者たちから取り入られようと、それはもう全力で煽てられた。
もうそのまま宴でも始めるんじゃないかって勢いだったけど、流石に事が事だけにそこは自重させて貰い、今は雪那と一緒に客間で休ませてもらっているという訳だ。
「あー……疲れた。流石にあの数の妖魔を相手に全力戦闘はキツいわ」
「お疲れ様です、國久様」
「まったく……折角の逢引きだっていうのにとんだ邪魔が入って悪かったな、雪那」
「いいえ、今回ばかりは仕方がありません。それよりも……國久様にお怪我が無くて本当に良かった……」
雪那に魔力を供給してもらい、そのまま二人でのんべんだらりと茶を啜ってくつろぐ。
折角のお祭りデートだというのにどこぞの馬鹿のせいで予定が狂いまくってしまったけど、雪那が気にした様子を見せていないのがせめてもの救いか。今度お祭りデートに再び行ける機会があったら、今度こそ邪魔されないようにしないとな。
(その為には、今回の一件に関して、西園寺家と共同で精査しないとな)
黒幕が居ない、ただの偶然ならそれで良し。しかし、もしも俺と晴信の懸念通りに裏で手を引いている奴がいるのなら……俺たちの恋路の邪魔をしようとした責任、しっかりと受けて貰わないとな。
「…………っと、そろそろ始まるか?」
俺は客間の障子窓を開け、外の様子を雪那と一緒に眺める。
今俺たちがいる部屋は、丘の上に建てられた渾沌城に併設された、外交官などが寝泊まりする迎賓館みたいなところだ。城下町よりかは高いところに位置し、農作物の水やりとかに使われる大河が窓から一望できる。
「城下の至る所に灯る提灯が綺麗ですね……」
「あぁ。こういうところは、饕餮城の城下と変わらないな」
前世でもビルやネオンの光が密集する夜の町並みは絶景だったけど、提灯特有のぼんやりとした明かりがあちこちで灯る和風な街並みは、前世の夜景とはまた異なる魅力がある。もうこれだけでも十分ロマンチックではあるんだが……。
「おっ。来たぞ……!」
しばらくすると、川の方から火の玉が上空へ向かって昇っていくのが見えた。
その光芒を目で追っていくと、火の玉は遥か上空でバァンッ! と大きな音を立てながら炸裂し、夜空を明るく照らす色鮮やかな大輪の花火を咲かせた。
金属粉による化学反応ではなく、魔術によって生み出された花火が立て続けに、数えきれないほど連続で上がって暗闇の空を彩る。その光景は、前世で観た花火大会にも決して見劣りしていない。
「……凄いですね。この町の人々は。あれだけの事件が起こった後でも、力強く前を向いて、これほど美しい花火を上げるなんて」
「そうだな……華衆院領の連中もそうだけど、この国の民草って奴はどいつもこいつも図太い」
この美しい光景に見惚れながら、俺たちはそんなことを話す。
人的被害が無く、家や田畑への被害も防げたことから、大奉納祭は中止されずに済んだ。これも荒事に馴れている大和帝国の気風がなせることだろう……どうせ街道が潰れて帰れないっていう奴もいることだし、そういった連中のストレスを緩和させる為にも祭りを続行しちまおうってことで話が付いたらしい。
その分、西園寺家の連中は大変だろうけど、それで民衆のストレスが消えるなら安いもんだろう。むしろ戦勝の祝いってことでより盛大に祭りを盛り上げようとしているらしい。
「おかげで晴信と一緒に戦った俺も、町の何処を出歩いても注目されて落ち着かないからな。この客間じゃないとおちおち花火も楽しめない」
「それだけ皆が國久様に感謝している……という事ですよ」
「まぁな」
そんな何気ない会話を口にしながら、俺は西園寺家側が用意していた盃と徳利を手元に持ってくる。
普段は酒はあまり飲まないんだが今日は気分が乗ってきた。このまま花火を肴に一杯やるのも悪くないんだが……俺は盃を雪那に手渡し、徳利の口を傾ける。
……これは余談なんだが、この世界における日付の変更は、前世と比べると数時間ほど早く設定されている。そしてこの花火は日付が変わるのと同時に打ち上がった。つまり何が言いたいのかというと……。
「誕生日おめでとう、雪那。今年は忙しない誕生日で悪いな」
今この瞬間、雪那は酒が飲める年齢になったのだ。その事を俺は他の誰よりも早くに言祝ぐ。
本当なら、折角の誕生日を華衆院領でゆっくりと、盛大に祝いたかったところなんだけど、次期領主夫妻は多忙だからな。今年ばかりは都合が付かなかった。
一応、夜が明けたら岩の船に乗って帰るし、誕生祝いの宴の準備も饕餮城で進めさせているけど、それでも過密スケジュールなのには違いない。
「そういえば……今日でしたね。私の誕生日は」
「おいおい……忘れてたのかよ」
「も、申し訳ありません……ここしばらくは忙しかったものですから。……えっと、それで、このお酒はどうしたら……?」
雪那は両手で持った酒入りの盃と俺の顔を交互に見る。
「普通に飲んでも良いぞ。祝いの手始めに祝杯でもと思っただけだしな。まぁ酒が苦手だったら俺が飲むけど」
「いえ……折角國久様がお酌してくださったことですし、いただきます」
そう言って雪那はゆっくりと杯を傾けて酒を飲み干し……全力で眉根を歪めた。
「こ、これは……! 思った以上にその、飲みにくいですね……! とても苦くて、胸が熱くなって……何だか大人の味です」
「分かる。酌しといてなんだけど、俺も酒は苦手だしな。重文たち家臣の連中は美味そうに飲んでるけど、俺の口にはどうも慣れない。まぁ味云々っていうよりも、日頃の嫌な事を忘れたり、緊張を解いたりするために飲んでるみたいなところがあるらしいけど」
「……緊張を解く為、ですか」
すると、空になった盃をジッと見ていた雪那は、遠慮しがちに盃を前に差し出してきた。
「あの……よろしければ、もう一杯いただけないでしょうか……?」
「ん? 別にいいけど……」
もう一度盃を酒で満たすと、雪那はやっぱり飲みにくそうに酒を胃の中に流し込み、またしても空の盃を前に差し出す。
「も、もう一杯……!」
「おいおい、どうした? そんな一気に飲んだら酔い潰れるぞ。ていうか、苦手なんだったら無理して飲まなくてもいいだろうに」
反応を見る限り、決して美味いとは感じていなさそうだが……一体何が雪那を突き動かしているんだろうか?
「何でもいい……何でもいいから、背中を一押ししてくれるものが、ずっと欲しかったんです……」
そんな要領を得ない言葉と一緒に、雪那はゆっくりと近づいて来て、俺の手を包み込むように、自分の両手で優しく握りしめた。
酒を飲んで少し気が大きくなっているんだろうか? 何時にない雪那の行動を静かに見守っていると、彼女は真っ赤になった顔でポツリ、ポツリと語り始める。
「國久様……私は、その……ずっと貴方に言いたかった言葉があって……」
「うん」
「それは貴方が私にずっと言ってくれていた言葉で…………さ、最初は沢山戸惑ったけれど、いつの間にか私も、お、同じことを……~~~~っ」
今にも湯気が出そうなくらい顔を赤くし、口をパクパクとさせながら必死に言葉を紡ごうとした雪那は、たっぷりと時間をかけて消え入るような声で囁く。
「國久様……五年も待たせてしまいましたが、貴方はまだ私の事を……」
「好きに決まってんだろ。五年前から、今も、これから先も一生な」
「~~~~っ! …………す、少しだけ待っていてくださぃ……っ」
今にも恥ずかしくて気絶してしまいそうなんだろう。しかしそれを必死に堪えながら息を整え、真っ直ぐに俺の目を見ながら呟いた。
「私も……國久様の事が好き、です……!」
その言葉を耳にした瞬間、俺の内側に言い表しようもないくらいの達成感や喜び、感動が込み上げてきて……気が付けば、片腕で雪那を自分の胸元に抱き寄せていた。
「ったく、散々じらしやがって……!」
「く、國久、しゃま……!? あ、あああああああの、これはぁ……!?」
思わず冷静さを欠いてしまった行動であるという事は認めるが、仕方ないことだと理解してもらいたい。片想い歴二年、両片想い歴三年を乗り越えて、ようやく正式に両想いの婚約者になれたんだ。ていうか、もう完全に恋人同士も同然なんだから、このくらい見逃されて然るべきだと思う。
何だったら、この勢いに乗ってキスまでいけるんじゃなかろうか……? こちとら恋人らしいやり取りをずっと我慢してきたんだ。この超絶良い雰囲気を全力で有効活用し、やれるところまでやるべきだ……そう思って雪那と向き直ったんだが。
「…………きゅぅぅ」
「……マジかよ」
嘘だろ……? これからって時に羞恥心がオーバーフローして、目を回して気絶しやがった。
流石に意識のない女にアレコレするほど落ちぶれちゃいない。だからここは何もせずに寝かせてやるしかない訳だが……この鍛え抜かれた下半身の猛り、一体どうすれば……?
「……だがまぁいいさ」
今日この日の前進は間違いなくデカい。今までは金で買った婚約者、両片想い状態っていう壁があったけど、正式に両想いになったならこっちのもの。今までは遠慮して出来なかったことだって出来るようになったという事だ。
覚悟してろよこの野郎。これからは更に熱烈に溺愛して、もっと俺に夢中にさせてやるんだからな。
=====
一方その頃、渾沌城の奥御殿にある晴信の私室では、作業や手続きに一区切りが付き、寝間着に着替えて休んでいる晴信が、障子窓から見える花火を眺めていた。
何時もは後ろで纏めている艶やかな長い黒髪を下ろしている、普段とは違う姿をした想い人に胸が早鐘を打つような感覚を味わいながら、燐は音もなく晴信の影から現れる。
「……晴信様。本日最後の報告に来た」
「分かった。聞かせてくれ」
「……ん。まず大奉納祭に来ていた各有力者たちの動向だけど――――」
胸中で荒れ狂うような思慕を無理矢理抑えている燐の内心とは裏腹に、二人のやり取りは実に淡々としたものだ。
しかしこれが正しい。これこそが晴信と自分のあるべき距離感と雰囲気だ。燐は自身にそう言い聞かせながら、必死に平常心を取り繕う。その甲斐もあってか、報告が終わるまで晴信に内心を悟られた気配はない。
「……以上が、今日の報告。明日はまた早朝から行動を開始するつもり」
「委細承知した。……多忙の中、今日も良くやってくれたな、燐」
だがしかし、そんな風に作り出した心の防壁も、好いた男の微笑み一つで呆気なく崩されてしまう。
晴信とも、もう長い付き合いだ。彼が自分以外の女に対して微笑み一つ向けることもしないという事を燐は知っている。その事実を認識する度に、燐は胸の内に得も言われぬ優越感を感じてしまい、同時に自己嫌悪に陥ってきた。
(……駄目……! これは良くない感情……主君が他の女の人と仲良くなろうとしないことを喜ぶなんて、家臣として思っちゃ駄目……っ)
いずれにせよ、今回の一件で晴信の評価はまた鰻上りになることだろう。そうすれば更なる求婚者が国中から殺到し、晴信は今度こそ妻を迎えることになるだろう。自分などとは比べ物にならない高貴な身分で、名家に嫁入りするのに相応しい教養がある女性を。
そうなれば実に目出度い話だ。家同士の繋がりが出来て利益になるし、誰も文句を言わない由緒正しい血を引いた後継ぎが生まれる。卑しい身分と血筋の自分ではどうやっても与えられないものを、晴信に与えてくれるのだ。
(……その時が来たら、ちゃんとお祝いしよう)
元々、自分など晴信とどうこうなれる身分ではなかったのだ。いずれ嫁ぎに来る高貴な女性と晴信の間に割って入ることすらできない。だったらせめて、頼りになる家臣としての立場でも良いから、今みたいにずっと一緒に居たいと、燐は心から願う。自分の恋心さえ伝えなければ、それも叶うはずだ。
「……じゃあ、晴信様。おやすみ」
「待て。丁度良かった。もう少しお前に用事があったのだ。こっちに寄れ」
そんなことを考えながら部屋を後にしようとする燐を、晴信は呼び止める。
一体どうしたのだろうと思いながら、言われたとおりに主君の元に近づくと、晴信は何時になく真剣な表情で燐を見つめる。
「すまないが燐。俺はこれから勝手なことをする……嫌だったら抵抗しろ」
「…………え?」
その瞬間、晴信に腕を引っ張られて抱き寄せられた燐は、その小さな体を逞しい両腕と胸板に囲まれてすっぽりと収まってしまった。
「……っ!? ……! ……っ!」
自らの主君に……それも恋焦がれている男に突然抱きしめられた燐は目を白黒させながら首から上を真っ赤に染め、声にならない声を上げる。
心臓の鼓動が制御できずにドクンドクンと高鳴り、全身から汗が滲み出す。忍者として平常心を保つ術を身に着けていた燐だが、それが全く役に立たない。
「……は、晴信様っ。……だ、駄目……! ……こういう事は、未来の奥方様と……!」
「……初めに言ったはずだ。嫌だったら抵抗しろと」
余りにも卑怯な言い分に、燐の全身から力が抜ける。燐にとって晴信に抱きしめられるのは夢にまで見た状況。嫌である筈などないというのに。
「燐……お前も察しているだろうが、今回の一件を機に俺の元へ更に見合いの釣書が届くことだろう。西園寺家と繋がりを持ちたいと考える連中が、自分の娘と俺に関するありもしない噂を流して外堀を埋めようとするのは目に見えている。だからそうなる前に、俺の気持ちをお前に知ってもらいたいのだ」
「……晴信様の、気持ち……?」
燐が視線を持ち上げると、丁度下げられていた晴信の視線とぶつかり合う。見慣れたはずの晴信の目には、今まで見たこともないような強い感情が宿っていた。
「燐……俺はお前を、一人の男として愛している。三年前に出会った時から、ずっとな」
「……っ!?」
聞かされた愛の告白に全身が燃えるように熱くなり、燐はとうとう何も言えなくなってしまう。
「本当ならもっと早くに言わなければならなかったのだが……情けない事に、俺たちの間にある身分差という壁に臆した俺は、確実に想いが成就する状況を作らなければこの一言を口にすることが出来なかった。そのせいでお前には余計な心労を掛けさせてしまったことを、深く詫びよう。本当に申し訳なかった」
晴信の言い方に違和感を覚えた燐は、恐る恐る問いかける。
「…………は、晴信様……もしかして、私の気持ちを知って……!」
「三年もずっと一緒に居て、お前の事を見てきたのだぞ? 確証はなくとも察することは出来るし、その反応を見る限り、俺の思い上がりでもなさそうだ」
それを聞いた燐は、今すぐにでも消えてしまいたくなった。ずっと隠していたはずの恋心がバレていたことを、よりにもよって当人の口から聞かされるなど、夢にも思わなかったのだ。
「これまではずっと、燐には俺の気持ちを悟られないようにしてきた。変に期待などさせて上手くいかなかった時、燐が余計に傷つくことになるだろうと思ってな。だがそんな時、一人の友人が俺に教えてくれたのだ。……恋愛とは二人でやるものであって、一人で全てを判断して押し進めることではないのだと。そんな当たり前のことも分からずに俺は悪い未来ばかりを想定して、結果的に燐を傷つけてしまった……とんだ腑抜けだったという訳だ」
晴信は自嘲するかのように小さく鼻を鳴らすと、これまで聞いたことがないくらいに熱の籠った声で、燐の耳元で囁く。
「それでも……こんな俺にも機会を与えてくれないだろうか? もしもお前が許してくれるなら、俺は改めてお前の幸せに全てを尽くすと約束しよう」
途方もなく聞き心地の良い低い声に、燐は脳が痺れるような快感を味わう。
そして本来は家臣として諫めなければならなかった場面だと理解しながらも、降って湧いた突然の幸運に、燐は顔を真っ赤にしながら何度も頷く事しか出来なかった。
――――――――――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。ちなみに次回はチーレム主人公回です。
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