怪獣大決戦
俺が地面から生み出したのは、全長だけならば百メートルはある超巨大な岩の龍。岩盤を突き破って天空へと昇るように現れ、眼下の大太法師たちを睥睨する岩の龍の頭に乗りながら、俺は城下町付近の平野に停めてあった岩の船に向かって、遠隔で魔術を発動する。
そうすることで岩の船から飛んできたのは、この三年間で三メートルほどの大きさにまで拡大した、戦闘用の鉄塊だ。
(巨大な敵の核を一撃で貫くには、こいつがカギになる)
対して、空に浮かぶ雲を莫大な水として地上に降ろした晴信が生み出したのは、全身が水で構成された巨大な明王だった。
その大きさは大太法師にも決して引けを取らないほど。そんな水の明王の内部に、術者である晴信自身が入り込んでいる。
「行くぞ、國久!」
「応っ!」
一体どんな術式を使っているのか、莫大な水に覆われても鮮明に聞こえてくる晴信の声に応えるように、俺たちは同時に動き出した。
空中を泳ぐように飛翔する岩の龍と、重力から解き放たれたかのように空を飛んだ水の明王は、それぞれ左右に分かれるようにしながら雪那が生み出した障壁を飛び越え、片っ端から大太法師たちへの挟み撃ちを始める。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
そんな俺たちに気が付いた大太法師たちは結界への攻撃を止めて、俺と晴信を迎え撃ちに来た。
まるで十階建てのビルくらいの大きさをした巨大な妖魔が一斉に迫ってくる迫力は想像以上。恐らく軍を率いていったとしても、士気はがた落ちになってしまっていただろう。
だがこの程度で俺たちが怯むことは無い。
「人の恋路の邪魔をしに来たんだ。馬に蹴られて地獄に行く覚悟はできてるよなぁっ!?」
前もって燐がマーキングを入れておいてくれたおかげか、それぞれ場所は違うが、大太法師たちの黒い皮膚には真っ赤に輝くやたらと目立つ大きな印が浮かんでいた。おそらくあの印の奥側に大太法師の核が存在しているのだろう。
丁度先頭にいる大太法師は頭という噛みつきやすい場所に目印がある。俺は岩の龍を操り、先頭を走る大太法師の頭部を噛み潰し、即座に次の魔術を発動させた。
「穿て、【鳴神之槍】!」
地属性魔術で俺の後ろ斜め上を追従してきていた鉄塊は、全体がドリルみたいに捻じれた長大な鉄杭へと変化。そのまま回転と電力、磁力が加えられ、二体目の大太法師に刻まれた印を目掛けて雷光のような速さで射出された。
この三年間で魔力量、術式、鉄杭の形状といった、【鳴神之槍】という魔術を構成する全てを改善して放たれた一撃は、かつて土蜘蛛に放った時とは比較にならない威力となり、後ろを走っていた三体目、四体目の大太法師の体も纏めてごっそりと抉り飛ばした。
(地上からの攻撃を避けやすくするためか、核の位置は胴体や頭にある傾向にあるみたいだな)
それならばかえって好都合。上手く狙えばさっきみたいに纏めて処理することも出来るだろう……そんなことを考えながら、岩の龍で大太法師の肉体を核ごと嚙み千切り、戻ってきた鉄杭で【鳴神之槍】を再び放ちながら、俺はチラリと晴信の様子を窺う。
俺の見立てではあるけど……あの水の明王は、俺の【岩塞龍】と似た感じの魔術らしい。
「【明王身・
全身に雷を思わせる激しい電流を纏った水の明王は、とにかく一方的に大太法師たちを殴る、蹴るなどの打撃による体勢崩しを交えながら、手に持っている雷を束ねて作り出したかのような剣で大太法師の核を切り裂き、貫いていた。
それを見かねた大太法師たちは示し合わせたかのように多方向から一斉攻撃を仕掛けるが、それを前にしても水の明王は怯むことなく、全身から黒い雲を生み出した。
「おおおおおおおおっ!」
水の明王の頭上に突如発生した黒い雲は、ゴロゴロと音を立てながら稲光を発生させたかと思えば、全方向に向かって無数の雷を落とし、大太法師たちを貫く。
その姿はまるで、悪逆非道の怪物に天罰を落とす、本物の神仏のようだった。
(なるほど。大仰な魔術名に見劣りしていないな……!)
攻撃力もさることながら、水の明王はどれだけ攻撃を受けても術者である晴信には届かせないし、体が削れても即座に修復されるばかりか、触れた相手を感電させている。タイプ的には俺の【岩塞龍・炎天焔摩】によく似た魔術と言えるだろう。
その上、動き方や長時間維持できている事から察するに、水の中にいるにも拘らず、内部にいる晴信は呼吸が出来ているし、外の様子を完全に認識しているらしい。
(どういう術式の魔術かは分からないが、攻防一体の強力な魔術だ)
破壊力なら俺の【岩塞龍】の方が上だが、操作性で言えば恐らく晴信の【明王身】の方が上だろう。
これほど心強い魔術師が味方になってくれている……そんな無敵感に突き動かされ、片っ端から大太法師たちを叩き潰していく俺たち。もはや怪獣同士の大戦争みたいな規模の戦いを繰り広げてどれほどの時間が経っただろうか……結界に沿うようにして移動しながら戦っていた俺たちは、気が付けば合流を果たしていて、残された大太法師は五体まで数を減らしていた。
「さぁ、追い詰めたな」
岩の龍に乗った俺は捻じれた鉄杭を帯電させつつ高速回転させ、晴信は水の明王に更に激しい電流を滾らせている。ここまでくれば最早勝負は付いたも同然……そう思っていたのだが。
『『『ギィエエエエエエエエエエッ!』』』
大太法師たちが甲高い叫び声を上げたかと思えば、体内から一斉に心臓のような肉塊……核を飛び出させたのだ。
これには俺たちも驚かされた。大太法師が自分の肉体の殆どを魔力で構成するのは、弱点となる核を隠すため。だというのに自分から弱点の核を晒して一体何がしたいのか。
その答えは、俺たちの前で明かされることとなる。
「おい……! あれ、一体化してないか!?」
大太法師たちの核が空中で一纏まりになり、粘土のようにグニュグニュと一体化しようとしていたのだ。
それを見て何の予感も感じない俺たちじゃない。俺は【鳴神之槍】を射出、晴信は雷の剣を投げつけるという、最速の一撃を放ったのだが……今回ばかりは、相手の方が一枚上手だった。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
融合して新たに生まれた核が刹那にも満たない一瞬の内に肉体を形成し、肉体の一部を消し飛ばされながらも【鳴神之槍】の射線を核から外し、雷の剣を腕で打ち払ったソイツは、ロケットスタートを切って俺たちと間合いを詰めてきたのだ。
「うおっ!?」
その勢いに乗ったまま、岩の龍と水の明王は両手で纏めて突き飛ばされた。
何とか体勢を立て直し、俺たちは今しがた攻撃してきた合体後の姿、その全体像を眺める……と言っても、変化らしい姿はない。精々角みたいな突起が頭や肩、背中から生えていて、筋骨隆々とした体格になった程度だ。
しかしパワーとスピードが合体前よりも大幅に強化されているのはよく分かった。その証拠に、【岩塞龍】は半ばまで砕かれ、【明王身】も半分近く弾け飛んでいる。
「これは少し厄介になってきたな……」
「あぁ。晴信の攻撃は通らないし、俺の槍も避けられた。多分、単調な攻撃だともう当たらないと思った方が良い」
その上、俺が付けた傷も一瞬の内に修復してしまった。合体直後に即座に肉体を構築した事といい、再生能力も飛躍的に向上しているようだ。
「まったく……大太法師が融合するなど聞いたことが無い。これもラスボスの仕業だと思うか?」
「さぁな。だとしても、やることは変わらない」
核同士が融合しても、燐が付けたマーキングは消えていないようだ。丁度鳩尾の辺りに、煌々と光る赤い印が浮かんでいる。
変わったことがあるとすれば、晴信の攻撃が通りにくくなっているという事か。構築できる肉体の密度が増して、防御力が上がったんだろう。
「それにしても……合体などベタなやり方でパワーアップとは、何とも芸の無い奴だ」
「でも参考にはなる……そう思わないか?」
俺がそう言って晴信の方を見ると、一瞬だけ虚を突かれたような表情をしていた晴信は小さく笑った。
そうしている間にも、大太法師は俺たちに殴りかかってくる。このまま連撃を食らうのは危険だが……不思議と危機感を感じないまま、俺たちは同時に魔術を発動した。
すると、互いに示し合わせたわけでもないのに水と岩が交じり合い、新たな合体魔術が生み出されようとしていた。
「懐かしいな! 前世でもこうやって一緒に戦ったもんだ!」
「それはゲームでの話だろう。実戦の参考にはならん」
「そうか? こうやって息を合わせて戦えるんなら、一緒にゲームしたのも無駄じゃないだろ!」
大太法師は雄叫びを上げながら、岩の龍も水の明王も砕く拳を繰り出す。伝承通り、地形を変えるであろうその一撃は、岩の籠手を纏った水の腕によって横から強く弾かれた。
「ギィイイイイッ!?」
驚愕に表情が歪む大太法師。奴の攻撃を正確に、そして姿勢が崩れるほどの強さで弾いたのは、龍を象った岩の鎧を身に纏った、水の明王だ。
間髪入れずにもう片方の腕を振るって攻撃を加えてくるが、岩の鎧が水の体に押し込まれはしたものの、破壊することは出来ず、逆に掬い上げるようなボディーブローを食らって、大太法師の足が少し浮かび上がった。
「即席の合体魔術にしちゃあ、上手くいったんじゃないか!?」
何も言わずに同じ目的で魔術を同時に使ったのは、前世から続く絆の力とでも言うべきか。即席で【岩塞龍】と【明王身】を合体させることで堅牢さと柔軟性を両立した魔術を編み出そうとしたのだが、その目論見は上手くいったらしい。
「ガァアアアアアアアアアアアッ!!」
体が浮いて体勢を崩された大太法師は隙を晒すが、それと同時に大口を開けてとんでもない量の魔力を喉奥に集めている。間違いなく超火力のビームか何かが飛んでくるんだろうと当たりを付けた俺たちは、即座に対応を開始した。
雪那の結界がある以上、城下町や農村への被害は心配しなくてもいいのが楽な話だ。回避行動は晴信に一任し、俺は奴の核を破壊する為の魔術を発動する。
「【岩塞龍・
そして大地から生み出されたのは、鍔の部分が口を開けた龍の頭の形をした、超巨大な岩の刀だ。晴信が操る水の明王がその刀を握ると同時に、刀身が激しく燃え上がり赤熱化する。
「火力は俺が補う。炎熱と超重量でぶった切れ!」
そう叫んだ瞬間、大太法師の口から超高密度の魔力弾が発射され……俺たちを頭の兜部分に乗せた水の明王は、身を屈めるようにして回避した。
丁度俺たちの真上を通り過ぎて行った魔力弾が後ろで結界にぶつかって大爆発を引き起こすと同時に、水の明王は燃える岩の刀を横一文字に振り抜く。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」
燃え盛る岩の刃は大太法師の体に食い込み、そのまま一気に体に浮かんでいたマーキング部分……奴の核を切り裂き、胴体を両断した。
核が失われて塵となって消えていく大太法師。その最後を見送ってから、俺たちは魔術を解除して地面に着地する。他に妖魔の気配もないし、どうやら俺たちは無事に勝利出来たらしい。
「フゥ……やったな。俺らの勝利だ」
「あぁ……今回は助けられた。礼を言う」
「気にすんなよ。一緒にこの異世界で幸せに生き残るって、約束しただろ?」
そう言って、俺たちは笑い合いながらハイタッチを交わす。
パッと見たところ、大きな被害は出さずに済んだみたいだし、戦果は上々ってところだろう。……まぁ農村周りは大太法師の足跡やら戦いの余波やらでグチャグチャになってるから、そっちの整備をし直さないといけないんだろうけどな。
「……今回の一件、本当に人為的に引き起こされたとしたら脅威だな」
「そうだな……この場に俺たちが揃ってたからどうにかなったけど、これで一人でも欠けてたら被害はもっと大きくなってたと思う」
お互いに怪我はしてないけど、その分俺たちは全力を出し切って戦った。大太法師の群れというのは、それほどまでの脅威だったのだ。
元々、大太法師自体が突然現れる妖魔じゃない。体が大きい分、出現には事前の予兆が現れやすいし、祭りの最中でも西園寺家の兵が領地を巡回していた。発見と報告はもっと早くに出来ていたはず。
(そんな大太法師が三十体近く現れておいて、避難誘導が間に合わない距離まで接近されることに気付かなかった)
これは明らかに異常である。ラスボスやそれ以外の奴の仕業か、それとも全くの偶然なのか、今は判断材料が少なすぎて分からないが、こうして前例が出来た以上、警戒は必要だろう。
「そこら辺の事は追々考えるとして……お前もこれから大変じゃないのか? 今回の一件は、間違いなくお前の評判を上げるぞ?」
何せ土蜘蛛以上の妖魔である……それも前代未聞の群を成して襲っていた大太法師を、被害軽微で抑えて討伐してのけたのだ。この話が広まれば、晴信の元には更に多くの縁談が舞い込むことになるだろう。
「……それはお前も同じだろう」
「まぁそうなんだけどな。俺の場合、雪那と婚約するにあたって縁談を何度でも断れる言い訳を用意してたし」
こちとら皇帝の目の前で「生涯御息女一人だけを愛し続ける」と誓った身だ。この言い訳を前にして無理矢理縁談を進めようとする奴はいないが、晴信の場合は違う。幾ら燐一人を愛し続けると公表しても、「たかが忍者から成りあがった正室に遠慮する必要はない」と考える奴らは絶対に現れる。
「晴信……浄永寺で話した事、覚えてるか? 燐に対してまだ気持ちを伝えられていないっていう」
「あぁ……覚えている」
「期待させるだけさせて、もし上手くいかなかった時に燐を不必要に傷つけたくないっていう、お前の気持ちはよく分かる。そこら辺の事情に対して、俺がどうこうしろって言えた事じゃない。どれだけ親身に相談しても、結局のところ俺は部外者だから」
「……」
「でもな。これから更に婚約者候補が名乗り出てくる今だからこそ、あの夜に俺が言ったことを検討してみた方が良いと思うぞ? 最終的にどうするかは晴信自身に委ねるけど……燐の気持ち、お前だって気付いてないわけじゃないだろ?」
「……それで最後には、燐を深く傷付けて終わることになったとしてもか?」
「そもそもお前は前提を間違えているぞ、晴信」
眉を顰めて首を傾げる晴信に、俺は自信満々に告げた。
「何を最初っから上手くいかないことを前提に話を進めていやがる。何が何でも燐と幸せ結婚生活を送りたいって言ったのは、他でもないお前だろ? 折角脈あり状態なんだから、手段を選ばず、利用できるものは何でも利用して、全力で事を推し進めなくてどうする。本気で望んだものを手にしたいなら、友人兼同盟相手である俺でも何でも利用してみせろ」
俺がそう言い切ると、呆気に取られたような表情を浮かべていた晴信は、やがて小さく笑う。その表情は、先ほどと比べると明らかに晴れやかだった。
「そうだな……最初から悪い方にばかり考えても、出来ることも出来なくなるかもしれん。折角恵まれた環境で生きているのだ。全力で我を通してみるのも悪くない」
「そうそう。もしも燐の身分に不安があるっていうなら、華衆院家の養女にでもなればいい。多分だけど、雪那も反対しないと思うしな」
「あぁ。その時が来たら、お前を頼るとしよう」
そんな感じで、和やかな会話を繰り広げながら、俺たちは城下町へと戻っていくのであった。
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